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2015年1月18日 - 2015年1月24日

2015年1月24日 (土)

歴史講座「南串山馬場庄屋に見られる半島の歴史」~雲仙市南串山町

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先日、南串山町の「南串山馬場庄屋・古記録抜書帳」について書きました。

詳しくは→こちらをクリック


今日は、その庄屋抜書帳の説明会。意外と皆さん興味があるのか、町外からも

聴講の方も見えておられました。


先日、出版された本です。

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古文書が37冊あるそうで、その中の一冊を解読し、せっかくならと言うことで、印

刷物にされたそうですが、あと、36冊残っているわけで、現在、2冊平行して解

読されているそうです。


茂和夫会長さん。今日の講師です。手に持っているのが、馬場庄屋が書いた、

古文書です。

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南串山というと、小豆島からの移住と思いがちですが、同じ半島の北目からも、

移住者があり、「二月 湯江村多比良大野村 右三ヵ所から家数一七軒当村尾

登名へ引越候様被付引越来候・・・・・」とあるそうです。


小豆島からの移住は有名ですが、「小豆島より七百軒程当島江御受込、所々江

住居仕候様被仰付候・・・明暦3年(1657)


となっていますが、小豆島の人口が、元和年間(1615~23)で、28796名、

3638戸。寛文年間(1661~72)で、20065名、3566戸。果たして、この中

で700戸移住したのか、疑問があるそうです。


なお、ちと疑問の所もあり、「享保明細帳」の「一 首塚一ヶ所。有馬一揆の節、

切支丹の首三千余、埋し塚と申し伝え、会津村(現雲仙市愛野町)に之あり。」


以前は、島原・天草一揆の首が埋められていた、という話がありましたが、現在
 

は否定的で古墳か、地元の郷土史家の方に聞くと、罪人を埋めた所ではないか

との事でした。


さて、小豆島からの移民の方は、伊勢参りが夢で、といっても、日にちと金がか

かり、講を作って、金が貯まると、抽選をし伊勢参りをする人を選んだそうです。

もちろん、当時のこと、途中で倒れる人もいたそうです。


伊勢参りには、面倒臭い手続きがいるのですが、「小豆島より参り候の者、格別

の事」という、文書も残っているそうです。


まだまだ、いろんな話がありましたが、2冊目、3冊目の出版が待ち遠しいもので

す。本を希望の方は、雲仙市教育委員会へお尋ねください。

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伊勢に行く時、集落の人が集まり、お祝いの酒盛りに「よ伊勢」(伊勢音頭調)を

歌ったそうです。


三番までありますが、小豆島への望郷の思いが二番に凝縮していると思います

ので、二番だけご紹介します。なお、歌われたのは、一番上の写真の「よ伊勢保

存会」の皆様でした。


よ伊勢 一人息子を ヨイヨイ 馬の背にのせて アラヤットコセ 今日は 旅立つ

アリャぁ 晴れ姿

よ伊勢 お伊勢行くなら ヨイヨイ 小豆島 通れ アリャ ヤットコセ 島はなつか

し アリャぁ 土までも

よ伊勢 ついて行きたい ヨイヨイ うちん島里へ アリャ ヤットコセ まつ人がい

る アリャぁ あの丘に



 

2015年1月23日 (金)

島原城「幻の廊下橋」復元~島原市島原城

Photo

新聞を読んでいると、「島原城下ひなめぐり」(1月30日~3月8日)に合わせて

「島原城天守閣復元50周年記念」で、「幻の廊下橋」を復元するとか。もちろん、

本物でなく、パネルに絵を描いたものでしょうが。


パンフレットの中の絵図をみると、赤の矢印、橋が「筋違橋(すじちがいばし)」

(攻めてくる敵が、直進しにくくなるように、門から見て斜めに架けられた橋)にな

っています。

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島原城は、本丸、二の丸、三の丸とあり、二の丸から本丸を攻められた時、敵を

入らせないように、橋を架けておいて、それを落として、敵の侵略を防ぐようにし

てあります。


なお、二の丸に入るには、石組みのものであり、これは壊せません。

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上の写真の横が現在、島原第一小学校、島原高等学校になりますが、これが

の丸になります。


この橋を渡ると、現在、島原文化会館と、森岳公民館が建っています。

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右の矢印が「森岳公民館」、左の矢印が「文化会館」。この「文化会館」の裏側が

「廊下橋」があったところです。


文化会館の裏側ですが、掘りの下、二の丸と本丸を結ぶ通路(赤の矢印)があり

ますが、これはあとから作られたものです。


足場が組んであるところ、ここが、「廊下橋」があったところです。あと、パネルな

どに絵を描いて、貼り付けるのかな?

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良く見ると一直線で、上のパンフレットのように「筋違橋」ではなく、まっすぐ一直

線です。


おや、と思ってほかの絵図をみると、水色が本丸、緑色が二の丸。赤が「廊下

橋」になります。分かりにくいですが、まっすぐです。

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島原市図書館内にある、寛文8年の絵図の写し(島原半島の歴史~監修・松尾

次より)だそうですが、これも直線です。


島原図書館で開かれている、「郷土史を学ぼう」の土橋啓介氏の発表資料で、

寛永4年の状況だそうです。原本は滋賀県甲賀郡水口町の河井氏が水口図書

館に寄託してあるそうです。長崎県立長崎図書館に「幕府隠密復命書」として

写本があるそうです。

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分かりにくいですが、橋の所に三角形が書いてありますが、多分、上のチラシの

ように、橋に屋根がかかっている事をあらわしているのでは?橋は直線です。

赤の四角の所。「ろうかはし」と書いてあります。

ほか、国立国会図書館デジタルライブラリー等を調べても、はやり直線になって

いました。


で、この橋、「筋違橋」だったのか、普通の橋だったのか、分からないので、教育

委員会に聞いたところ、この「幻の廊下橋」の復元プロジェクトは、「森岳商店街」

が主催で、この絵図の出所は分からないとか。

また、島原城はまだ充分に発掘調査ができていないとかいう事ですが。ただ、ほ

かの島原城の絵図を調べてもらったところ、全部直線で書いてあり、多分、絵図

を書く時、「廊下橋」の下の方に、柱が書いてあり、この柱がある事を分かるよう

にするめ、デフォルメして描いたのではないか、という事でした。


さて、何回も書きましたが、皆さんが島原城に入る所。これ、築城時には無く、観

光客用の出入り口として作ったものだそうです。大手門と誤解されないように・・


「島原城下ひなめぐり」と共に「幻の廊下橋」もお楽しみ下さい。きっと、迫力ある

「廊下橋」が見られますよ。

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2015年1月22日 (木)

こんなの買いました~「とく問?カード」

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本屋さんの、受験参考書のコーナーを見ていたら、こんなのが置いてありまし

た。


え~!今の試験、戦国武将は出題されるのは分かるものの、「城用語」なんて、

試験に出るのかと思って買って来たら、「中学生向け」「日本の歴史」「小学校高

学年向け」があるみたいで、良く見ると、私が買って来たのは「日本の歴史」。


「戦国武将」は、まあ分かるものの、この「城用語」なるもの、分からない言葉が

多く、「縄張」とか、「亀甲積(亀甲○りではありません)」とか、「埋門(うずみもん)

とか、専門家か、よほど城が好きな人にしか分からない事ばかり。


先日、人を案内して、「ここらが、くるわだよ」と言うと、「え!お城にも遊郭があっ

たんですか?」。やはり、城の用語は難しいですね。ちなみに城でいう「くるわ」

は、「城・市・とりでのまわりにめぐらす、土や石のかこい。」(三省堂国語辞典7

版)、「城壁や掘、自然の崖や川などを仕切った城・館内の区画」(大辞林)で

す。


さて、このカード

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このように、片面(写真でいえば、右側)が問題になっており、左側(裏側)が答

えになっています。英単語のカードと同じです。英単語カードより、一回り大きく、

厚いカードですが。


さて、カードに書いてある、問題を皆さんにも。


「戦国武将」編からいくと、こちらは簡単ですネ。

■①秀吉の二大軍師のひとりに数えられる

  ②キリシタン大名

  ③出家後の「如水」の号が有名

すぐに分かりますね。この間まで、NHNの大河ドラマで放映していた主人公

「黒田官兵衛」です。裏の答えには、ちゃんと、どんな人物であったかも説明がし

てあります。

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■①わずか2歳で家督を継ぐ

  ②松永久秀を討って大和一国を支配する

  ③山崎の戦いで日和見主義の俗説がうまれる

日和見(ひよりみ)をする事を「洞ヶ峠」「洞ヶ峠を決め込む」と言いますが、その「

洞ヶ峠を決め込んだ」、「筒井順慶」です。


「城用語」は難しいですよ。全部で156問題が載っています。

■問、「陣城」。答、「戦いのために臨時に築かれた城。」

■問、「城割」。答、「城郭を破却すること。」

■問、「縄張(なわばり)」。答、「城の曲輪(くるわ)や石垣、掘などの配置を考え  

    た設計のこと。紐や縄を張って決めていたことに由来する」

■問、「天端石」。答、「石垣の表面の最上段の石」

■問、「門」。答、「城や曲輪の虎口(出入口)に設けられた城門。敵に攻められ

    た 際、内側に物を積み上げて門が開かないようにしてバリケードとするた    

    めに城の門は必ず内開きで作られた。」、そう言われれば、城の門は全部

    内開きですね。


と言うように、あまり専門的でなく、分かりやすく書いてありますから、観光見物で

城の見学に行った時、知っていると、城の見方が違って来ますネ。


なお、「城女」になりたい方
の、入門としてピッタリ。特に、カード式ですから、ポケ

トに入れておけば便利です。「幕末編」などもあったので、明日にでも、買いに

行く予定です。







2015年1月21日 (水)

挑戦!「ボールジャグリング」!

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「ボールジャグリング用」のボールです。


やってみようかなと思ったのが、NHKの昨年の放送「ためしてガッテン」。「認知症

&受験に勝つ!脳フル回転する昔遊び」。「けん玉」「お手玉」「紙飛行機」が

知症予防、うつなどの症状改善に役立つとか。


昔、長崎から大分まで通って、皿回し5段を取りましたから、この方面には興味

があり、せっかくなら、お手玉より、テレビでよくやっている、ボールジャグリング

でもやってみようかと(内心は、若い女の子から、わぁ~おじさんカッコイイと言わ

れたく・・・・)。


最初、テニスボールでやってみたら、落としてばかりで(落とさなかったら、練習

しなくても良いのですが・・・・)ボールが、あちらこちら転がっていって、取りに行く

のが一苦労。


という事で、調べたら、ジャグリング用のボールがあるんですね。外は皮で、重さ

もあり、お手玉とは全然違います。


とはいっても、落としたら少しは転がりますが、取りに行くのは、後期期高齢者に

は良い運動。

1

最初は、一つで、右から左へ、左から右へ。これも、同じ高さ、同じタイミング等で

練習する必要があり、やってみると、なかなか難しい。


次は二つですが、お手玉は下の方から、もう片方の手に、お手玉を渡しますが、

ボールジャグリングは、右手で投げ上げ、一番上の所に来たら、左手の玉を投

げ上げ、右手と左手で受け取りますが、これが又難しい。できるようになったら、

に左手から投げ上げるようにします。


ここまでで来たら、右手で投げ上げるのを先にしたら、次に左手から先に投げ

げます、左右変わり代わる投げ上げる事になるのですが、これが、あれ?右か

ら投げたっけ、左から投げたっけ、と、本当ボケ手前。


何とか、これできるようになりましたが、私の華麗なる演技を見せられないのが、

残念。といっても、ボール2個ですから・・・

で、今三個で練習を始めましたが、これが全く混乱。

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まあ、ラスベガスでショーに出るわけでもなく、TVに出演するわけでもなく、ボケ

防止と、ウツの予防と思って、気長に練習しましょう。一年ばかりすれば何とかな

るでしょう。


道具の方は、Amazon、または、ジャグリング専門店「ナランハ」で通販をしてくれ

ます。私のは、「ビーンバック」といって、一番上の写真です。皆さんも、今から練

習すれば、忘年会の余興に間に合うかもヨ。

なお、本、DVDもあり、YouTubeでも放映していますから、ご利用を。






 

2015年1月20日 (火)

大寒・二十日正月

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テレビでも言っているように、今日は二十四節季(にじゅうしせっき)の一つ「大

寒」です。千々石の「大寒」風景です。白く見えるのは雪、ではなく、ジャガイモの

マルチです。


二四節季は、立春、雨水(うすい)、啓蟄(けいちつ)、春分、清明、穀雨(こくう)、

立夏、小満、芒種(ぼうしゅ)、夏至、小暑、大暑、立秋、処暑(しょしょ)、白露、秋

分、寒露、霜降、立冬、小雪(「こゆき」、キャバレーの、女の子の名前にありそ

う heart02)、大雪、冬至、小寒、大寒(だいかん)。時々、「たいかん」と言っているア

ナウンサーがいますが、「だいかん」です。


知っているのもあるし、知らないのもあると思いますが、自学自習で調べてくださ

い。


大寒」は、新暦一月では二十一日ごろで、一番寒い時になりますが、春はもう

すぐです。この「一月二十一日ごろ」の「ごろ」というのが、何となくノンビリした感

じで良いですね。今年は今日「二十日」が「大寒」でした。


さて、今日は大寒と同時に「二十日正月」です。「はつかしょうがつ」で「にじゅう

にちしょうがつ」ではありません 。

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「二十日正月」は、テレビ、新聞等、話題にもなりません。一月一日から店を開け

る時代だから・・・


「最新俳句歳時記(新年) 山本健吉編」によれば、「正月行事は、だいたい二十

日を境界としている。・・・・」となっており、今日で正月気分が、終わりだと言うこと

になります。


さて、旧暦と書きましたが、太陽暦が日本で実施されたのが、1872年(明治五

年)十二月三日からで、この日が太陽暦の明治六年一月一日になります。

の、旧暦も便利なもので、旧暦の十五日はいつも満月で、分かりやすいですね。


この間紹介した、「神宮館百彩暦」に、「旧暦の名残をとどめる行事や風習」のと

ころに「八月一日」を何と読むか?「ほずみ」です。旧暦の八月一日は、稲の初穂

を積み神に捧げ、感謝をするという事だそうです。


「四月一日」は「わたぬき」。旧暦四月一日は「衣替え」の日で、冬物の衣類から、

綿を抜いて軽くすることから「わたぬき」。


旧暦で言えば、今年の「正月」は二月十九日、「二十日正月」は三月二十日で

す。こうして見れば、随分、時期が違いますね。


今日は「二十日正月」と「大寒」がダブって一緒の日ですが、俳句歳時記では、

「二十日正月」は「新年の部」、「大寒」は「冬の部」です。



:「二十四節気」を「にじゅうよんせっき」と書いておりましたが、コメントにて「に

  じゅうしせっき」ではないかとの指摘をいただきました。「にじゅうしせっき」の

  の方が正解です。お詫びかたがた改めて訂正をしておきました o(_ _)oペコッ。 

  なにせ、昨日はTVでサッカーを見ながら、書いてたもんで・・・・coldsweats02



大寒の一戸(いっこ)もかくれなき故郷(こきょう)  飯田龍太

大寒や転びて諸手つく悲しさ              西東三鬼

正月も二十日になりて雑煮かな            嵐 雪

正月も二十日となりて樽の酒             間 去





 

2015年1月19日 (月)

「風の丘だんだん」~雲仙市南串山町

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島原半島で島原市といえば、昔の城下町。南島原市は「長崎の教会群とキリスト

教遺産」で世界文化遺産の国内遺産推薦が決定。影が薄いが雲仙市。雲仙

市の方も「観櫻火宴」「大門松」「あいのん」など、いろいろ頑張ってはいるのです

が・・・・人にあま知られないところを、ボチボチと紹介して行きたいと思います。


「風の丘だんだん」。主に、パンを作っていますが、その他、スイーツ類、コーヒー

もあります。


ただ、南串山町といえば、小浜町の隣町になりますから、観光客は小浜までで、

なかなか、こちらまで足を伸ばしません。国崎半島の浜辺などは、良い海水浴場

なんです・・・


「風の丘だんだん」も、少し、道が分かりにくく、下の写真左側、大きな建物が、雲

仙市役所南串山支所(旧南串山町役場)です。この、信号機の所を左に登って

行きます。道は広い方で、おや、まだかなと思う頃、右の写真の様に、目印の旗

があります。お店はこの下の所にありますので、見逃さないように。

Photo_6 2

少し下がって、左に行くと、お店になりますが、ここの坂道が、運転しにくく、ベン

ツに乗って、運転が下手な方は、上の大きな道に停めて歩いた方が無難かな?


下の方に、プレハブ風の建物が3棟。手前がお店で、向こう側がパンを作る所で

す。

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少し、小さい店ですが、「風の丘だんだん」です。南串山町は段々畑の町です

が、店の名前の「だんだん」はここから取ったもの。


近年、レタスも作っていますが、ほとんどが、ジャガイモで、ここのジャ
ガイモはお

いしく、以前東京から某有名歌手(○季の歌を歌った方)が気にいって、良く取り

寄せていたそうです。

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美魔女お二人のお出迎えで、左の方がパンを作られる、ひとみママかな?

品数は少なそうに見えますが、少量多品目で、メロンパン、あっぷるパン、キャラ

メルパン、野菜プリン等々いろいろあります。


地元の方が作った、黒砂糖、ニホンミツバチの純粋蜂蜜、地元の米などもありま

す。

Photo_7 2_2

そのうち、試作品ができたという事で、食パンの上の方に、蜂蜜とゆずを塗った

るそうで、私もご相伴にあずかりましたが、さすが、焼きたては美味いですね。


右は、高菜を入れたもの。高菜饅頭というがありますが、意外にパンにも合いま

す。


話をしていたら、毎日何を作るのか、分からないそうで、まあ、その日のお楽しみ

というところで・・・・

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真ん中は、先ほど食べておいしかった、蜂蜜とゆずの食パン。右から、先ほどの

高菜パン、左が特産ジャガイモを練り込んだ、じゃがパン、その隣も、メロンパン

風のじゃがパン、その左が、レタスを使ったレタスパン、下の長いのが「じゃこ(小

魚)」を練り込んだ、カレー風味の「じゃこパン」。ゆっくり噛んでいけば、ジワッと、

うま味が出てきます。全部、私が、買っていったパンで、美味。

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風景は良いところで、外にテーブルと椅子もありますから、少し暖かくなったら、

外で風に吹かれて、コーヒーとスイーツで愛でも語りながら、いかが?

ただ、二人で行った方が良いですね。一人だと、少し淋しい。


昨年11月29日に開店で、話が少し遅くなりましたが・・・・・・cafe

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