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2015年5月24日 - 2015年5月30日

2015年5月30日 (土)

「ある小さなスズメの記録」人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯~クレア・キップス著 梨木香步訳

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本の大きさがA4の半分弱、この大きさにしては珍しく上品な箱入り。出してみた

ら、紺色のクロス風の紙の装幀でハードカバー、小さな金色の字で表には、

「Sold for Farthing」、裏には著者の「Clare kipps」の文字。なんとも言えない気品

のある本でした。


以前、印刷会社で本作りをやっていたので、良い作りの本を見ると、編集者、作

者、翻訳者、装幀者、印刷会社が、本をいかに大切に出版したかが分かります。


ただ、この原題が、「Sold for Farthing」。日本語題の「ある小さなスズメの記録」

とは全く違います。


「日々の光」(礼拝用の古典)のあるページを、スズメが小さなくちばしで、指して

いた事があるそうで、その文章が・・・本書124ページ。


マタイ伝十章二十九
節「スズメは二羽をまとめて一銭でうっているほどのもので

ある。しかしそういうスズメの一羽ですら、主の許しなしでは地に落ちることもか

なわないではないか」から来ているらしいのですが・・・


この物語は、第2次大戦中の1940年7月1日、「寡婦であり、比較的世間から

遠のいた生活」をしている、作者のキップスさんが、家に帰った時、玄関前で、瀕

死の状態にある、小鳥を見つけたところから始まります。


介抱しながらも、今夜のうちに死んでしまうだろうと思ったところ、これが「彼はす

くすくと育ち、元気いっぱいでうるさくせがみたてる雛鳥に成長」したそうです。


自分の力で飛ぶことができるようになれば、外へ放すつもりが、障碍があり、こ

れから一緒に住むようになります。


このスズメは12年と7週と4日を生き抜いたそうで、その間のことを、淡々と、ま

た、時にはイギリス流のユーモアを交えながら、語っています。


スズメに芸を教え、慰問をし、市民防衛隊の重要なメンバーになり、観客が選ん

カードを当てたりする手品をしたそうですが、ただし、「私がそれを、指したり、

ごく軽く前へ押し出したりして」やったそうですが・・・


なお、カードを、くちばしにくわえて10回から12回、グルグルまわしたそうです。

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        (「ある小さなスズメの記録」より)


また、スズメというと「チュンチュン」という鳴き声を思い出しますが、このスズメは

歌までうたったそうですが、作者はロンドン王立音楽院卒業で、ピアノのプロの音

ですが、スズメが歌うのも採譜しており

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               (同書より)


このような曲だったそうです。


その後、11歳を越した時から、調子が変になり、結果的には、卒中だったそう

で、便秘、視力も落ち、羽が抜け、「完全な裸」に見えたそうです。


獣医で鳥専門のリチャードソン博士に、腸炎の薬を処方してもらったりしたそうで

すが、「最後の手段として」なんと、「シャンパンを試してみましょう」ということで、

一応めざましく回復したものの、残念ながら老衰で亡くなり、それでも、十二年と

七週間と四日を生き抜いたそうです。スズメが十二年ですよ!


この本、以前にも出版されたらしく、今回が再出版だそうです。

推理小説とか恋愛小説みたいに、山あり谷ありではありませんが、このような本

は手元に一冊置いておきたい本です。多分、読むたびに新しい発見があり、何

回も読みたくなる本でしょう。




2015年5月29日 (金)

「水木しげるの 泉鏡花伝」~水木しげる著

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泉鏡花については、国語だったかの時間で、名前は習って知ってはいました。


あと、小畑実さんの歌で、「湯島通れば 思い出す お蔦(つた)主税(ちから)の

心意気 知るや白梅 玉垣(たまがき)に 残る二人の 影法師」とか「婦系図(

おんなけいず)」の「湯島の境内」のところ、「月は晴れても心は暗闇(やみ)だ。」

とか、「切れるの別れるのッて、そんな事は、芸者の時に云うものよ。・・・・・私に

ゃ死ねと云って下さい。蔦には枯れろ、とおっしゃいましな。」というくらいしか知り

ませんでしたが・・・・(これ知っている方は、かなりのご年配)


あと、泉鏡花が神経質みたいに清潔好きで、酒の燗もグラグラ煮立たせて飲ん

だ(これを泉燗と言い、泉鏡花の信奉者は真似をしたそうですが、アルコールが

飛んじゃうんじゃないかな?)そうです。


誰かがラジオで話をしていたのですが、ウル覚えですが、刺身もお湯で煮て食べ

たとか(刺身で無く、煮魚でしょうが)、旅行は奥さんが付いてきて、料理は奥さん

に作らせたとか、この本には出てきますが、天井からチリが落ちてくるから、天井

板の隙間に紙を貼ったとか・・・・


この本、もちろん「泉鏡花伝」ですから、泉鏡花の生まれた時から、尾崎紅葉との

出会い、妻の「すず」さんとの出会い(当時芸者で、同棲したのを、師の尾崎紅葉

から叱責され、これがもとで、「婦系図」の湯島境内の場が生まれたわけです

が)、泉鏡花の死に到るまで描いてあります。


その中で、泉鏡花作品の「黒猫」「高野聖」が描いてあるわけですが、「高野聖」

読んで見ると、妖怪ものですね。「高野聖」という題なので、私、てっきり、仏教

係の本だと思っていました。お恥ずかしい catface 。 


他にも、「青空文庫」で読んでみると、それに類する物語も多くあり、「妖怪年代

記」なんて、主人公が松川私塾に入り、その目的が、塾が昔、旗野という千石取

りの館で、邸内に三件の不思議、「血天井」「不開室(あかずのま)」「庭の竹

藪」。これを知りたさに寄宿するわけで、いろいろな不思議がありますが、最後の

どんでん返しが面白いですね。書けば長くなるので、読んでください。


さて、泉鏡花が妖怪好き、水木しげるも妖怪好き、これで、なぜ水木しげる氏が「

泉鏡花伝」を描いたが分かりました。


水木しげるは、「水木しげる 遠野物語」を描いていますが、「遠野物語」といえ

ば、妖怪がたくさん出てくる物語ですが、泉鏡花も探したら、同じく、興味を持った

のでしょう。


「遠野の奇聞」。「近ごろ近ごろ(ママ)おもしろき書を読みたり。柳田國男氏の

著、遠野物語なり、再読三読、なお飽くことを知らず。この書は陸中国上閉伊郡

(かみへいごおり)に遠野郷とて、山深き幽僻地の、伝説異聞怪談を土地の人の

談話したるを、氏が筆にて活かし描けるなり。あえて活かし描けるものと言う。し

からざれば、妖怪変化豈(あに)得てかくのごとく活躍せんや。・・・・・」いかに、

「遠野物語」に興味を持ったかが伺われます。


なお、解説を、金沢学院大学学長・泉鏡花記念館館長の秋山稔氏が書いていま

すが、泉鏡花は随筆「一寸怪(ちょっとあやし)」で、怪談を「理由のある怪談」と

「理由のない怪談」に分けており、「理由のある怪談」は「因縁話・怨霊」で、現世

で非業の死を遂げた霊が祟るもの。「理由のない怪談」は「天狗、魔の仕業」によ

るもの。


「黒猫」は殺された盲人の怨念が、黒猫に取りつく物語で、「理由のある怪談」。

「高野聖」は「理由のない怪談」だと、秋山氏は分類をしています。


泉鏡花は、文語体で書いていますが、文語体も「文章が立っている」という感じで

いいですね。2,3,読んで見たら、ハマリそうな感じ。なお、泉鏡花の本は、パソ

コンをお持ちでしたら、「青空文庫」でかなりの本が読めます。

2015年5月28日 (木)

2015 「唐比(からこ)ハス園」(5月28日)~まだでした★諫早市森山町唐比

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もうボチボチかと思ったら、ご覧の通りまだでした。


昨年のブログを見たら、7月頃に載せていました。一つくらいは咲いてないか、ウ

ォーキングがわりに歩いて見たら、少しばかり蕾が。


多分、来週くらいには、蕾が開くのでしょうが、「咲かぬなら、咲かせてみせよう蓮

の花」という事で、「苦しゅうない、少しくらいは、良いではない、見せてみよ、年貢

は取らぬから」と、言ってもシカトされましたが。

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せっかくなので、以前撮った写真を

Nenngajou Jpeg

30分ほど歩いたら、スイレンがやっと5つばかり・・・

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蓮(ハス)と言えば、仏さまが、ハスの花をかたどった蓮台に置いてあったり、手

に持ったしていますが、なんでかな?と調べたら、ネットで詳しく書いたものが

りますが、ざっと書けば、ハスは泥の中にあり、そこから出てきて、綺麗な花を

かせますが、人間は苦しみから、大きな悟りを開くという事だそうです。

綺麗な水の中からは、小さな花しか出てこないそうです。


さて、皆さんご存じの「男はつらいよ」の主題歌にも、「蓮」が登場します。

「・・・どぶに落ちても根のある奴は いつかは蓮の花と咲く・・・」この場合は「蓮」

は「はちす」と歌っていますが、花が散った後の花托(花弁・めしべをつける部分)

が「蜂の巣」に似ることからで、ハスの別名だそうです。写真は、枯れたものです

が・・・

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こんな感じですね。


なお、このハス園「誠蓮」「真如蓮(しんにょれん))」「ミセス・スローカム」「唐比古

代蓮」「日本古代蓮」「巨椋(おくら)の炎」「白万万蓮」「王子蓮」「浄台蓮(れん)」

「茶碗蓮」「酔妃蓮」「中国古代連」「睡美蓮」などが見られるそうです。


このハス園には環境庁の絶滅危惧種に指定されている「アサザ」もあるそうです

から、捜してみてください。ハスの花は6月中旬~8月中旬(その年の気象によっ

て違いますが)だそうですから、また、咲き始めたら、報告をします。





2015年5月27日 (水)

「週刊誌」つまみ読み

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今日は古文書研究会で、5年ばかり勉強した人の中で、参加4回目の私では

いて行くというより、後ろ姿も見えないくらいで、みっちりと2時間。疲れました。


という事で、今日はお手軽に「週刊誌」つまみ読みです。なお、「週刊現代」と「週

刊ポスト」を買って来たのは、ただ単に、過激なヌードグラビアが載っているから

です。週刊朝日などには載せてありません。


「週刊現代」。ビックリしましたね。「太ももを揉むだけ 60過ぎて『精子』が6倍に

増えた!」。今月30日発売の「壮快Z」の中で、大きく取り上げられるらしいので

すが、「精子の量が6倍に増えた!ペットボトルで右の太ももをほぐせば勃起力

も大回復」だそうです。


セックスレスのご夫婦が増えているようですが、お二人で、ご熟読、実践を。私も

実践してみようと思ったのですが、精子が6倍に増えても、どこへ出すんですか!!


という事で読んでみると、なんと「がんの予防にもなる」。「セックスをしている人

の方が、前立腺肥大症が起きる可能性が低いのです。前立腺がんの予防という

観点からも、60歳過ぎて射精をする事は必要です」。だって。


ところで、私、PSA(前立腺がんの検査)の値が高く、この間も、お医者さんが説

明用のパネルを見せながら、「酒は飲んでいませんか」「煙草は吸っていません

か」などと質問をされましたが、その中で「サイクリング」の項目があって、サイク

リングは前立腺に悪いそうです。


パネルの最後に「射精」と書いてあって、「射精」も前立腺に悪いらしく、「射精は

してませんか?」「・・・・・・・・・」。でした。


「何のための増税だ?虚しくなる『財政再建』 財務省、自分たちの給料を上げる

とは」


公務員にはスト権が認められてないため、民間との給与の格差をなくすため、人

事院からの勧告がありますが、この「民間給与」の「民間」は、「企業規模50名

以上かつ事業所規模50人以上の事業所」だそうで、大企業では今年のベース

アップがかなり良かったそうです。それに伴い、国家公務員またそれに準ずる地

方公務員も賃上げになりそうです。

大体、50名以上の企業なんて、千々石にはありません。


「財政難」で、消費税アップしたのは何のためか、年金は下がり、介護保険料を

上げたのは何のためか?


中国の歴史を読めば分かるとおり、国が滅ぶのは、国王がバカか、官僚の腐敗

が原因。いよいよ、官僚が跋扈(ばっこ)して、日本滅亡か。


つい最近、日本歯科医師連盟からの献金問題がでて、菅官房長官にも関係ある

か。また、きな臭い献金問題もありましたが、あれからどうしたんでしょう?消え

た年金問題、TV局が自民党に呼びつけられた問題。TV、新聞に出て無い事が

く、また、深く報道してません。昔は新聞のスクープが多かったのですが、記

さん、単なるサラリーマンになり下った感じです。天下りの問題も、やり放題みた

ですが・・・・


さて、両紙、ガンについて朗報が出ています。ガンの新薬が作られたとかで、

NHKでも大特集があったそうで、「ニボルマム」(商品名はオブジーポ)。日本では

小野製品工業が製品化。


ただし、保険適用外で一回当たりの費用が100万円超。一回で効くケースもあ

るが、継続的な治療になれば、1,000万~1,500万円だそうですが、いずれ

は保険適用になるでしょう。


大阪の都構想の選挙、両方とも出ていますが、「週刊現代」は大きく「橋下徹『引

き際は見事だった』と言おう」ポストは、「長谷川幸洋の反主流派宣言」で「橋下

徹市長は手痛い敗北で教訓を得た もう一度『使い捨て』する時がやってくる」。

両方とも、好意的な扱い。


僅差の敗北でしたが、原因は「都構想」なるものが、なんであるかの説明、理解

不足。


橋下市長、かなり反感も買いましたが、選挙後すぐの記者会見、あれで、橋本

市長の考えが、かなり分かったと思います(ただし、フルバージョンで見ると)。


「僕みたいな政治家が長くやる世の中は、危険です。」「民主主義は素晴らしい」

いま、選挙をすれば賛成派が多数を占めるでしょう。


政界に戻ることは100%無い、といっていましたが、これが本当に戻らないな

ら、素晴らしい男だと思います。最も「政治家は、選挙に落ちるとただの人」です

が、橋本市長は「選挙で落ちても、弁護士業」です・・・


あと、「金正恩」「ピース又吉の『芥川受賞の可能性』」「能年玲奈」「マンション相

場に大暴落のサイン」「浅田真央」「安倍晋三」とか、話題満載ですから、後は自

分で買うか、立ち読みするかして下さい。







2015年5月26日 (火)

「サンチャゴ」~円城寺真己著

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某日、本屋に寄ったら上の本が平積みされており、イヤでも「島原の乱」という文

字が、目に入ってくるじゃありませんか。特に、島原半島に住む者にはですね。


マンガだから、買おうかどうか迷いましたが、例によって、マンガ本はガッチリとビ

ニールカバーで覆われて、中身が確かめられません。まあ、酒を飲むわけでもな

し、煙草を吸うわけでもなし、バクチをするわけでもなし、女遊びをするわけでも

なし、本ぐらいは好きに買っても良いかと。


島原半島では「島原・天草の乱」で、天草では「天草・島原の乱」になりますが・・・

「乱」なのか「一揆」なのか「宗教戦争」なのか、見方によって違いもあり、難しい

面があり、関係の本も、昨年、五野井隆史氏の「敗者の日本史 島原の乱とキリ

シタン」、今年は、吉井豊雄氏の「天草四郎の正体」が出版で、鶴田倉造氏の「Q

&A 天草四郎と島原の乱」に「乱研究の経過と関係史『資』料」として、二百数十

冊の本があげられていました。もちろん、手に入らない本もあるみたいですが、

持っている本も数冊あるので、いずれ、ご紹介を。


さて、マンガだからと思って読んだら、以外と良く調べて描いてあって、もちろん、

マンガですから、架空の人物、物語もありますが、まだ、2巻目で、島原・天草の

をこれからどう描いていくか、しばらくは続刊を読んでいきたいと思います。


題の「サンチャゴ」。何の事かと思ったら、

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乱が起こった時、「サンチャゴ」と叫びながら、襲撃をしますが、この「サンチャゴ」

については、第2巻目の最後の方に「聖ヤコブのスペイン名。戦争の最中にあっ

たスペインを、白馬に乗って現れ勝利に導いたとされる。スペインの守護聖人で

あり、戦うキリスト教徒の象徴としても崇められた」とあり、ホントかな?と思って

調べると


「天草四郎の正体」には「『叛乱軍』が、雄叫びをあげた、『サンチャゴ』とい
う鬨の

とは、キリスト教において、その昔、西暦997年、イスラム軍に占領されたスペ

ンを救った、国土回復戦争『キスタ』の若き指導者、軍神・聖ヤコブのスペイン

である。この聖ヤコブに一揆=『叛乱軍』の総大将天草四郎が擬せられている

とはいうまでもない」。


「Q&A 天草四郎と島原の乱」にも「『サン
チャゴ』は、チリの首都名にもなってい

ますが、キリスト教ではかって異教徒と戦った十二使徒の一人、軍神ヤコブの

語名でもあるのです。彼らはこの戦いを異教徒との戦いである『レコンキスタ』に

対比し、四郎を異教徒と戦った聖ヤコブになぞらえて、『サンチャゴ』と叫んだの

でしょう」とあり、なおしつこく調べると・・・


「ニコラス・クーケバッケル日記(平戸オランダ商館の日記 寛永14年11月23

日)」。日記の日付は1月8日付ですが、これは、西洋暦と旧暦の違いでしょう。


乱を起こした服装も書いてあり、有馬からの報告として
「彼らは白い麻の着物を

着て、髪を十字の形に剃り、ときの声は、『サンチャゴ』である。これはポルトガル

人が戦陣で叫ぶのと同じで戦争の神である。・・・」(原資料で綴る天草島原の

~本渡市・現天草市発行 鶴田倉造編集)


四郎は

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という格好をしていますが、手にしているのに瓢箪をくくりつけていますが、「天草

四郎の正体」では、「その天草四郎が、総大将としての『指物』にさしている『金

の瓢箪の馬印』の『金の瓢箪』とは、これも聖ヤコブが瓢箪のついた杖をさしてい

たという伝承に由来するものともされている」


「Q&A 天草四郎と島原の乱」にも、「原城陣図には、本丸の部分に瓢箪の馬験

 (うまじるし)が描かれた旗があり、千成り瓢箪を馬験に用いた秀吉と四郎を関

者のように考える向きもありますが、これも聖ヤコブが瓢箪のついた杖をつい

いたと考えらていたためで、秀吉とはなんの関係もありません。」


「Q&A 天草四郎と島原の乱」に

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このような絵が載せてあり、注釈は「益田四郎肖像 図中央はひょうたんの馬験

(三上参次『島原城矢文付益田四郎肖像画』より)」とあり、この図は、明治32年

に三上参次氏が「史学会雑誌」に紹介をしているそうですが、「板倉内膳正重昌

に従って出陣した備中上房郡高梁村(岡山県高梁市)の野村家に伝存のものだ

とのことで、資料的価値の高いものとおもいます。」とあります。

板倉重昌は島原の乱鎮圧の総大将として派遣され、戦死をしています。


こうして見ると、「サンチャゴ」「天草四郎のひょうたんの馬験」にしても、よく調べ

たものだと思います。マンガですから読みやすく、島原・天草の乱の入門書とし

て、良いかも・・・次号も、検証をしてみたいと思います。ホント、近頃の時代物の

マンガ、良く時代検証をしてますね。









2015年5月25日 (月)

神社を遊ぶ~千々石町天満宮 その二

Photo

こちらが、本殿になます。随分、貧弱な感じですが、平成三年の台風19号で

害を受け、改修されたものです。

扉は新しく、2~3年前、拝殿を改修したので、その時修理したものかな?


階段の下に見えるのが、大正十五年に建てられた鳥居。右の写真が、上がって

来たところ。ここまで登って来るの、この歳では大変です。もっとも、楽して、横の

近道かきましたが・・・・

Photo_2 Photo_3

左右に手を洗うための「御手洗(みたらし)」、右は「函盤」と書いてありましたが、

水を入れるから「水盤」なのでしょうが・・・左は、花形のシャレたもの。


真ん中の赤の矢印の二つ、この間も書きましたが

2 Photo_4

左が2行書きで、「寛延四(1751)辛未五月日」「社僧音(春?)栄」。右が「肝煎

田中文? 田中平助」の文字。写真では、ほとんど読めませんが。


ここが創建されたのが、寛永二十年(1643)と言われていますから、神社ができ

から、約百年後になります。


この神社の土地は一時国有になりますが、地元の努力で払い下げを受けていま

す。


本殿の土台ですが、この石垣の見事なこと。さすが、千々石は昔、石工さんで有

名な所でした。

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ところで、下の矢印の所、何のためにあるのか、気になるのですが、ひょっとした

ら、こが、昔の本殿の土台になるのか?

2_4 3

4 6

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小さな田舎の氏神様の神社ですが、手の込んでいる彫りもので、見事なもので

す。


屋根の瓦を見ても、菅原道眞公のご紋です。下の彫りものも、手を抜いていませ

ん。

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軒瓦もちゃんと、梅のご紋です。

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拝殿も、本殿もかなり傷んで、この本殿も直そうかという話もあったのですが、こ

れだけのものは、地元の大工さんも出来ないとか。宮大工さんでなければ、とい

事ですが、先立つものがという事で・・・・


ここに、「一千年祭記念」の碑があって、これが明治三十五年。もう一つが、「千

五十年祭 神殿拝殿 改修記念」、これが昭和二十八年十月の日付。計算が合

いません。


ネットで調べて見ると、「一千年祭」が、明治32年、33年、35年。「一千五十年

祭」が、昭和26年、33年と各地でバラバラ。計算も合いませんが、どうしてでし

ょう?

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ここに「なぎ」の木があって、この前、歴史専門の方の話では、ここらあたりで

珍しい木だとか。他の所では、神木になっているところもあります。

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ひょっとしたら、海外との関係も・・・・という事でしたが、一の鳥居の「華表」の文

字といい、なにか、ただものではないという感じの神社です。


神社は、鳥居の形式とか、建物の作り、注連縄もいろいろあり、素人にはなかな

か分かりづらい所があり、せめてもは「神社を遊んで」みませんか。お金もいらな

いし wink 


皆さん方も、お近くの神社を調べられては?なかなか、面白いものがある神社

たくさんありますよ。小さいところも、注意して見てください。



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