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2015年5月17日 - 2015年5月23日

2015年5月23日 (土)

神社を遊ぶ~千々石町天満宮 その一

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神社といっても、伊勢神宮とか、明治神宮とか立派なものでなく、近所の氏神様

です。


ここ、何回か取り上げた事があるのですが、時間があったので、カメラでも持って

ぶらっと行ってみました。


前にも書きましたが、この神社、千々石ミゲルの父、千々石大和守直員が佐賀

の龍造寺に滅ぼされた時、戦国の世の終結と平安を願って、天満宮菅原道真を

祀る事を願い、自刃したそうです。


大正七年「千々石村郷土誌」には「故千々石釜蓋城城主大和守澄籌及家老木

戸万五郎 仝町田兵七郎ノ三名 天正十二年甲申七月十二日切腹ノトキ當時ノ

社人福石右ェ門及乙名源之丞ト云フ者ニ天満宮ヲ奉祀セヨトノ」とあります。


それから半世紀後の、寛永二十年(1643)、新島原藩主高力忠房のもと、篤信

の方により創建され、貞亨元年(1684)には、島原藩主松平忠房が社領一石八

斗五升を寄進したそうです。


なお、大和守の名前が、
直員、澄籌と違っていますが、ここらあたりは、はっきり

とした文献が残っていないので、混同しているみたいです。


なお、家老の二名も一緒に祀られていて、本殿の中には、以前本殿を掃除した

時、木彫りの座像の武将が三体あり、写真を撮ろうとは思ったのですが、畏れ多

くもあり、撮りきれませんでした・・・


一の鳥居になりますが、左に「享和三年癸亥年八月吉日」ですから、1803年に

なりますが杉田玄白(1733~1817)、伊能忠敬(1745~1818)、ほかに、北

川歌麿、鶴屋南北、十返舎一九、遠山金四郎などがいた時代です。

Photo

Photo_3 6

右側には「奉?建石華表一基」。この「華表」で悩んだのですが、中国語で、華表

の訳が鳥居だそうで、過去には「華表」と記したこともあるそうで、珍しいですね。

(この部分誤りがあったので、下に訂正をしています)


灯明。表に「献灯」と書いてあって、脇には「明治三十五年壬寅十一月納 一千

年祭紀(ママ)年建設」「小倉上峰名?先躍 子供?中?拾(?)名」とあり、あと

名前がズラリと書いてありました。「先躍」は現在祭りの時に奉納する「先踊り」。


「一千年祭」。何の事かと思ったら、菅原道真公の御神忌で、ここは天満宮で菅

原道真公を祀ってあるので、その時、お祭りをした時の記念ではないかと思いま

す。なお、他の所では、明治36年という記録もあるのですが・・・・


また、ここは小倉名という地区の氏神様なのですが、灯明には「小倉上峰」「子供

?中」というところを見れば、上峰名は小倉名のお隣ですから、一緒にお祭りを

したような感じです。


一の鳥居の階段を上がったところ、50㎝位の石柱があって、「一 石段」「施主

等敬白」かな?

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二の鳥居ですが、これがちょっと・・・

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千々石郷土誌には「一の鳥居奉納 1000年祭記念 明治三五年 二の鳥居奉

納 1025年祭記念 大正十五年」とありますが、ここは神社まで2本の鳥居しか

りません。


上の写真は、大正十五年 一千二十五年祭記念」と記されてありますから、そし

たら、前の「享和」の鳥居はナンデショウ。また、明治三五年の鳥居はどこへいっ

たのでしょう?どうにも分かりません。また、調査を・・・・


この鳥居、小倉名の氏子さん方が作ったのですが、発起人は「小倉名石工中」と

なっていて、「中」は「そのメンバー全員」とあり、千々石は石工さんがあちらこち

で活躍していますから、多分、小倉の石工の仲間、組合みたいなものと思いま

す。(邦楽なんかでも「○○社中」とか使ってますね)

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まだ、半分位ですが、夜が遅くなったので、良い子は早く寝ることにして、又、こ

の次に・・・・


【訂正】

「中国語で、華表の訳が鳥居だそうで」と書いておりましたが、これは誤り。華表

ついては、中国の伝統的建築様式に用いられる標柱の事だそうで、詳しくは

こちらをクリック

漢和辞典で読みは「かひょう」、意味は「神社の鳥居。とりい。」(漢辞海~三

堂)です。





2015年5月22日 (金)

ひとやすみ

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どうも、季節の変わり目は調子が悪く、明日から雨だということで、墓掃除に行っ

て帰りがけ、海でボンヤリとひとやすみ。


海って、広くて、良いですね。広いといっても、地球ほど広くはなく、そんな謙虚な

ところが好きです。泳げれば、もっと好きになれるのですが・・・

海の音と波が、大きくなったり、小さくなったり。まるで、私の心みたい。


このアオサギ、いつも一匹で、老後の事でも考えているのかな?

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海辺近くに集落がありますが、ひじきを干しているところ。松の芽も、元気よく伸

びていました。昔は、私も、これくらいピンピンしていたのですが、今では、下向き

す。

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家に帰ってみたら、庭木も新芽が出て、一昨年植木が一本枯れたので、ヤマボ

ウシを植えましたが、ヤマボウシは、下から見るものではなく、上から見るもので

すね。2階から見たものです。

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今日は、平成27年5月21日。乙未の年、旧暦四月四日、友引。


よく、甲子、とか、丁辰、とかいいますが、これは干支(かんし)といわれるもの

で、十干(じっかん)と十二支の60通りの組みあわせによって作られています。


十干は
、甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸。

十二支は、ご存じのとおり、子、牛、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥で、こ

れを組み合わせて、甲子がはじまりとすれば、60年で一回りをし、子に戻り、

人間の歳でいえば、60歳で還暦という事になります。


なお、十干の場合は普通、「こう、おつ、へい、・・・」と読みますが、干支で読む場

合は、「甲=きのえ」「乙=きのと」「丙=ひのえ」「丁=ひのと」「戊=つちのえ」

「己=つちのと」「庚=かのえ」「辛=かのと」「壬=みづのえ」「癸=みずのと」と

読みます。


なお、友引とか、大安は聞かれると思いますが、「先勝(せんから・せんしょう)」。

急用や訴訟などに用いて吉の日、午後は凶だそうです。

「友引」。午前中と夕刻と夜は相引きで勝負なしの吉日。ただし、昼は凶。この日

儀を行うと、死人の道連れになると言われています。

「先負(せんまけ・せんぶ)」。この日は静かにしているのが良いそうです。とくに

事、急用は避けるように。午後は大吉になるそうです。

「仏滅」。移転、開店、新規事業の開始等、すべてのことに悪い日。この日は、

休を取って休みましょう。デートも巌禁。

「大安(たいあん・だいあん)」。婚礼、移転、建築、旅行、新規事業等、すべての

に吉日。


最も、今日は「友引」ですが、カミサンの知人の母親が亡くなり、カミサンは葬儀

に行ってました。「仏滅」の日にでも結婚式をあげる時代。廃れゆく歴史文化です

ね。


(参考・引用:「神宮館百彩暦~髙島易断所本部編集」より)




2015年5月21日 (木)

「絵本 夢の江戸歌舞伎」「絵本 江戸のあかり」「月刊 たくさんのふしぎ」~一ノ関圭著 その二(おしまい)

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昨日、一ノ関圭さんの漫画のことを書きましたが、捜してみると、あと4冊絵本が

見つかりました。まだ、あるとは思うのですが、なにせ田舎ですから、他にあるか

どうか、よく分かりません。


上の二冊が、月刊「たくさんの不思議」、2002年5月号、「おおふじのひっこし大

作戦」。


1994年、栃木県足利市にある植物園から、都市化が進んだため、幹の大きさ

が日本一という4本の、おおふじを、20㎞離れた郊外にひっこしさせる樹医さん

お話です。

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スキャナーに入りきれないので、写真で撮りました。少し見にくいかな?


2012年5月号は「琉球という国があった」。

これは琉球王朝の歴史についての本ですが、良く考証されていて、どちらかとい

うと、文の方が主になるようですが、

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やはり、一ノ関圭さんだけあって、絵もしっかりしたものです。多分、水彩かなと

思うのですが・・・



絵本「江戸のあかり」は、「歴史を旅する絵本」と書いてありますから、シリーズ

かな?副題が「ナタネ油の旅と都市の夜」


田おこしから、苗植、収穫、油しぼり、どうやって江戸まで運んだのか、江戸の夜

に、ナタネ油が灯りとして、どう使われたのかが描いてあります。

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少し明るいようですが、付録の解説の塚本氏と一ノ関氏の対談で「今に比べて非

常に暗いあかりを、この絵本ではやや明るく描いています。本当はこの絵に描か

れたよりも全体に暗くって、あかりも、今のあかりほど明るくないわけですよね。」


・・・・「あんどんはこんなに暗かったんだ、というのが本当の実感でしたね。何も

見えないんですよ。あれで針仕事をしていたなんて、信じられない」と書いてあり

ますが、本当に現代に生まれて良かったですね。


歌舞伎座での灯りの様子も描いてありますが、「舞台の背景に緑を使ったんで

す。そしたら次に、服部先生が歌舞伎の世界では着物に緑を使うことはあって

も、背景に緑を使うことはありえない、というふうに言われたんです。・・・」という

ように、専家の考証もきちんと入っている本です。



「絵本 夢の江戸歌舞伎」。歌舞伎について、本格的な本です。うしろにも、細

絵の内容について、説明が入っています。

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矢印の所、客席の上を通って橋が架かっています。


これ、本当かなと思ったら、解説に「こういう大胆な演出が実際に行われたことが

あるのは記録によってわかります(たとえば文化三年〈1806〉の5月、市川座で

『仮名手本忠臣蔵』の10段目と11段目の2幕が出た時に、これと同じような橋を

つくり、これを両国橋にしました。この時は『中の間の歩行板を桟敷の高さまでせ

り上げて欄干付きの橋にし、上桟敷から四十七士の面々が討ち入りの衣裳でこ

の橋を渡って行った』という記録が残っています)。芝居は劇場全体の空間をフ

ルに使って演じられます。・・・・」と、江戸時代の歌舞伎もたいしたもんですね。


絵の方も、これ、楽屋を描いた一部分を拡大したものですが、驚くほど、良く描か

れています。

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一ノ関さん、歌舞伎のことは、あまり知らなかったそうですが、資料等を調べ、8

年かけて描いた絵本だそうです。細部まで、実によく描き込んであります。


大道具作り、工房、楽屋、奈落、宙乗りの立ち回りをどうしていたのか等、絵と後

の解説を読むと、昔の歌舞伎の事がよく分かります。


この本、特に歌舞伎が好きな方には、お薦めです。歌舞伎は、こちらではほとん

ど、お目にかかりませんが、少しお高いですけれど、買いました。見ているだけで

も楽しい本です。



(「江戸のあかり~文・塚本学 絵・一ノ関圭」「夢の江戸歌舞伎~文・服部幸雄 

 絵・一ノ関圭」~岩波書店刊 ★「月刊 たくさんのふしぎ」~福音館書店刊」)


2015年5月20日 (水)

「鼻紙写楽」「ランプの下」「茶箱広重」~一ノ関圭著 その一

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この漫画、多分、漫画界の玄人筋では、最高の評価を受けるでしょう。


何となく、本屋の棚を見ていたら、並んでいて、何となく気になったのですが、本

のお値段が1,800円。しかも、ビニールでしっかりと包んであって、中が確かめ

られない。こうなると博打と一緒で、買って来ましたが、ビックリしました。とにかく

面白い。


幼女の誘拐事件のミステリーから、田沼意次、歌舞伎のこと、浮世
絵のこと、そ

れに付随する人物像。本の3分の1あたりで、大阪からやって来た、「伊三次」、

当時は「流光斎如圭」という絵師が登場しますが、これが、後の「写楽」になりま

す。


この、登場人物が絡みに、絡んでいきますが、残念ながら、427ペ-ジを費やし

ても「『鼻紙写楽』第一幕 完」で、まだ続きます。

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絵の感じは、白土三平さんか、ケン月影さんタイプかなと思ったのですが、線が

太く力強く、今の若い方のコミック系の線とは全く違い、好き嫌いはあるでしょう

が・・・


さて、漫画読書暦五十数年になりますが、この「一ノ関圭」氏のこと、ウィキペデ

で調べたら、1950年生まれ、吾妻ひでお氏が、小畑健の絵について「幻の漫

家・一ノ関のような自在さはない」と感想を述べ、竹照健太郎氏は「美術をテー

にした漫画で納得行く漫画絵画を描けていたのは、俺の知る範囲では一ノ関

が筆頭」とまで言っています。不覚にも、「一ノ関圭」氏のこと、知りませんでし

た。


吾妻ひでお氏の「幻の漫画家」の事は、何しろ、本としては、上の一冊と、下の2

冊しかありません、ただし、絵本としては、やっと何冊か見つけたので、これは明

日のご紹介。なお、下の本は、現在、小学館の文庫本で、読めますが、「らんぷ

の下」は売れ中です。表紙は全然違っています。

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「ランプの下」で、第14回ビッグコミック賞を受賞。なお、この時のペンネームが

「夢屋日の市」。白土三平の「カムイ伝」に出てくる、人物の名前だったかな?

という事は、絵は白土三平の影響も受けたのかな?内容は全く違いますが。


なお、この時、東京藝術大学油絵学科在学中だったそうで、絵はしっかりしてし

ているはず。


読んでいると、明治時代の画学生の、愛憎渦巻く物語も多く、「裸のお百」は、明

治時代(この時代、人前で女性が裸になるのは憚られていました。今とは時代が

違います。)のヌードモデルになる主人公が出てきますが、「ランプの下」と読

み合わせれば、女性を縛った責め絵画家、伊藤晴雨のモデルであり愛人。ま

た、大正9年から15年まで、竹久夢二の「黒船屋」「黒猫をだく女」のモデルであ

り、愛人であり、そして、東京藝術大学教授の藤島武二が描いた「芳恵」のモデ

ルであった、「佐々木カ子(ネ)ヨ」、通称「嘘つきお兼」。竹下夢二は「お葉」と呼

んでいますが・・・この、女性の事が彷彿と思い出され、多分、一ノ関圭氏も芸大

ですから、この事も知っていたのでは、と思われます。(私の推測ですが・・・・)


さて、話、元にもどって、「一ノ関圭」氏、あの絵から見て男性の方だと思っていた

ら、女性の方でした。ネットで検索しても、写真が出てきません。

やっと「月刊たくさんのふしぎと」という雑誌と、「江戸のあかり」のという絵本の付

録にを見つけ、載っいることは、載っているのですが、

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という感じで、カットしか載ってませんでした。


この、「ランプの下」の解説を書いているのが、「名取弘文」氏という方であり、肩

書きをみると、「藤沢市立滝の沢小学校教諭」となっており、一ノ関氏との接点は

感じれませんでした。なお、名取氏は、「総合的な学習時間」の講師として「重

信房子」の娘を招聘し、問題になったことがあるようです。


氏は最後に次のように書いています。「伝え聞くところにでは、江戸の謎の画家

写楽をテーマにした作品に取りくんでいるようである。どんな作品になるのか、フ

ァンとしては待ち遠しい」


この、「ランプの下」が出版されたのが1992年。「鼻紙写楽」2003年~2009

年までビッグコミック増刊で不定期連載され、今回、それに大幅加筆、再構成し

本として出版でから、構想から23年、描き始めてから12年かけているわ

す。この後の出版がいつになるのか、待ち遠しい限りです。


なお、氏が描く女性達は、時代に流され、哀愁を帯びながらも、力強く生きる姿を

描いています。又、絵本の方も面白く、これは、また明日~。


なお、「鼻紙写楽」の「鼻紙」は「茶箱広重」を読むと、何となく分かるような感じで

す。「茶箱広重」も面白いです。初代、二代目、三代目広重の話です。


蛇足:伊藤晴雨氏は、警察博物館長 藤澤衛彦氏(1,951年現在)著、伊藤晴

雨氏著・絵で「日本刑罰史」、「いろは引・江戸と東京風俗史」等、優れた風俗画

があり、1960年、出版美術連盟賞受賞。



2015年5月19日 (火)

「ノージーの ひまつぶしブック」~NHK「ノージーのひらめき工房」制作チーム&tupera tuptra 作

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題が見えにくいのですが、「ノージーの ひまつぶしブック」と書いてあります。


NHKのEテレで「ノージーのひらめき工房」というのがあって、土曜日の午前7時

30分~7時45分、再放送が、月曜日と水曜日にあるらしいのですが、残念なが

ら、私、見たことがありません。ホームページは→こちらをクリック


人気工作番組で、そのプロセスを、大切にしているらしいのですが、今度、見て

すが・・・・


「ひま」の反対語は「忙しい」ですが、昔、先生から習いましたが、忙しいは「忄(り

っしんべん)」と「亡」から成り立つ、「忄」は「心」だから、「忙しい」は「心が亡くなっ

ていることだ」。


という事で、なるだけ、忙しくしならないように、務めているのですが、今日も、病

院、図書館での調べもの、デート(カミサンではない!)と、毎日忙しくしておるの

ですが、ですね。


書店に寄ったら上の本が置いてあって、何となく面白そうなので、買って来ました

が、

Img_20150519_0002_2

このページは、空白の所に、点々を描いて、砂浜らしくしてください、という事で

す。まったく、「ひまつぶし」にピッタリ。


ほかにも、落書きとか、ゲームをしたりとか、宝の地図を描いたり、まあ、良く考

えたな、という本です。


今から、梅雨時になって、お暇な時はピッタリですね。ストレス解消にもピッタリだ

し。家庭の常備本に一冊置いて、「ひま」な時に、好きなページを開けて、楽し

でもいいし。お子さんがいる家庭は、子供に与えておけば、熱中して、しばらくは

静かになりますヨ。一緒に楽しんでも良いし。


私?忙しいので、まだ全部読んでいません。スミマセン。反省 despair


【おまけ】

今日は良い天気で、もうすぐ梅雨が来て、夏が来てと思うと・・・私の苦手な季節

です。

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2015年5月18日 (月)

少し嬉しい話&新聞に疑問

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今日は少し嬉しい話です。これ、ネットの「時事ドットコム」に載っていた話です。


皆さんも、宝くじ買われた経験をお持ちの方が、多いと思いますが、買っても当

たらない、買わなくても当たらない、と言われていますが・・・


みずほ銀行で、昨年中に窓口で高額当せん金を受け取った男女、780名(男性

508名、女性272名)に調査をしたところ・・・・


男性がみずがめ座(52名)、女性はおうし座(33名)男女合わせると、全体の

10,1%だということだそうです。実は、私、みずかめ座なんです。


イニシャルでみると男性は○○、女性はM・S(SMではありません)が最も多く、

実は、私、イニシャルが○○なんです。


男女ともシニア世代が最も多く、60歳以上は350名で、全体の44、9パーセン

ト。で、私、実は60歳以上なんです。


みずがめ座で、イニシャルが○○、しかも60歳以上。私の事ではありませんか。

という事で、明日は、宝くじを買いにいってきます。



さて、昨日は、大阪府構想の選挙がありましたが、大阪都構想が僅差で敗れた

ことはご存じだと思います。


その後、NHKで15分くらい記者会見の実況を放映しましたが、時間の関係か、

途中で打ち切り、脳天気に天気予報をやっていましたが、あの記者会見、1時

50分ほど続いていて、YouTubeでノーカット版が見られるので、全部見まし

た。

Img_20150518_0005 Img_20150518_0004

記者会見で、大切な事を言っていたんですが、NHKも馬と鹿ばかりみたいで、野

球放送の延長はするが、大切な事は放送しない。NHK会長も会長なら、職員も

職員ですね。


さて、今日の長崎新聞に載っていた写真で、左が一面、これは納得できる写真で

す。


右が23面に載った写真で、説明が、「大阪都構想住民の結果を受け、記者会見

で厳しい表情を見せる大阪維新の会代表の橋下市長」となっていますが、これ、

多分最初の発言の終わりで、大阪市民、大阪都構想に向けて頑張っている職員

に感謝をしている顔で、その後は一度として、こんな顔はしていません。


写真だけ見ると、選挙に破れて、泣いているように見えますが、多分、新聞社と

しても、「選挙に負ける」=「残念・悔しい」という絵が欲しかったんだと思います

が、意図的な写真で疑問を持ちます。


この顔は、ほんの一瞬で、以前はマスコミともかなり喧嘩はしましたが、この記者

会見、実にサバサバして、時には真面目に、時にはユーモアを交えながらの記

者会見で、負けた方の記者会見にもかかわらず、見ていて気持ちの良いも

で、意外と笑いの多い記者会見でした。


私も、橋本市長には疑問を持ったり、なるほどと思ったりしていましたが、やっと

橋本知事が何を求めているか、納得できる会見でした。


負けたことに対しても、悔いは無い、最高の舞台でやらせていただいた。


変革に対し市民から、ノーを突きつけられましたが、それに対し、変革を求めら

れない社会は、不平不満がない、安定している社会だ。


TV局に対しても出演が多かったのでしょう。もっとディベートを学ぶべきではない

か、情報提供なのか、質問会なのか、始めはぐちゃぐちゃで分からなかった。TV

局は総務省が怖いのか、同じ時間しか喋らせられない。等の質問、回答があり、

そして、何よりも、民主主義の素晴らしい事を、何回も繰り返していました。新聞

社も、もっとよく話を聞いて、書くべきなのではないかと思った次第です。


「橋本劇場ついに幕」と、週刊誌みたいに書いていますが(私、週刊誌の方が、

新聞より好きですが)、あれだけ僅差の票を見ると、投票率の低下が嘆かれてい

る現在、少しは目覚める人もいるのではないでしょうか。


YouTube、時間のある方は是非ご覧下さい。1時間50分は、いささか長すぎまし

たが・・・・


忘れていました、ネットで「質問 あなたは『大阪都構想』に賛成だった?それとも

反対だった?」と投票させるところがありましたが、「賛成だった71,06%」「反

対だった23,39%」「どちらとも言えない5.34%」。結果はご存じのとおりで

す。


これ、無意味ですね。だいたい、パソコンを扱えるのは、せいぜい60歳前半くら

いで、70歳以上は、ほとんど使えません。投票したのは若い方だけ。年寄りを切

り捨てにする投票なんて、意味がありません。この手の調査結果には注意しまし

ましょう。






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