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2015年3月15日 - 2015年3月21日

2015年3月21日 (土)

2015 「~青い目の人形~リトルメリーと仲間たち・日米親善人形交流と島原展」・「春うらら茶会」~島原市

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毎年、書いていますが、やはり、こういう歴史があったという事を、忘れてはいけ

いな、という事で、また、去年と同じ事ですが、書いてみます。


日米関係が悪化していくなか、日米の子ども達の友好を願い、親日家、シドニ

 ー・ギューリックさんが昭和2年、日本に12,700体ほどの人形を日本の幼稚

園、学校等に送りますが、戦争が起こり、敵国の人形だということで、焼かれた

り、破棄され、現在、全国で300体、長崎では2体しか残っていないそうです。


今見れば、なんの変哲もない人形みたいですが、当時、昭和2年ということを考

えれば、外国の人形で珍しくもあり、貴重でもあり、高価でもあったのでしょう。


真ん中のリトルメリーさんは、島原第一小学校の雛人形と一緒に、箱の中に入っ

ていたそうです。


だれかが、隠したか、たまたま人形ということで、一緒の箱に入れられていたの

かは分かりませんが・・・


アメリカからのお人形のお礼に、日本からは日本人形47体を贈りましたが

崎からは、答礼人形「長崎瓊子」が贈られ、行方不明のところ、ニューヨーク

州ロチェスター市科学博物館に保存されいて、2003年に、里帰りをしていま

す。

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一番左は、人形でなく本物の人間です。

「島原親善人形の会」のお世話をしている、Kさんです。スラリとした美人で、年齢

は若く、独身です。島原の「子ども狂言」のお世話もしている方です。


話をしていると、真ん中の、リトルメリーちゃん、何となく元気がないようで・・・


リトルメリーちゃんの右側は、某小学校から借りてきたものだそうですが、顔が何

となく生き生きしていますね。この小学校では、人形を自由に触らせれたり、抱っ

させたりしているそうです。リトルメリーちゃんは、大事なものとして、ケース

れて飾ってあるそうです。


「人形は、抱っこしたり、触ってあげた方が良いんじゃないかしら。」という話など

をしてきました。まあ、夫婦も一緒の事ですが・・・


会場では、ボランティアの方による「リトルメリー物語」の紙芝居(手作り)と、お茶

のお接待。

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なお、お茶の接待は「森岳婦人会茶道教室&モリモリ広場茶道教室の子ども

達」で、以外と沢山のお客さんが来られていました。


会場は、「御馬見所」。島原城三の丸にあったそうです(建物は、現在、本丸にあ

ります)が、幕末藩主、松平忠和公の時代、藩士の訓練状況を見るのに使われ

たそうです。


「リトルメリー俱楽部」の活動等、詳しくはFacebookにも掲載されています。

こちらをクリック


昼からは、子ども達の紙芝居、「しまばら半島国際交流クラブ」の「春を外国語で

歌おう会」があったのですが、用事があったので、午前中だけの参加で、残念で

た。来年の開催もまた楽しみにしています。





 

 

2015年3月20日 (金)

2015 「有馬ひょうたん展」~雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)

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「有馬ひょうたん展」が、南島原市で開催され、行って見ようと思っていたら、用事

があり、見に行けなくなって、今、「雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)」で、ひょ

うたん展をやっているとのことで、病院の帰りがけよってみました。

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この、「有馬ひょうたん会」、私が、数年前、某町に勤務していた時、駐在所のI氏

が、駐在所で、ひょうたん作りをしているとの話を聞いたことがあったのですが・・


I氏は、同町の同じく駐在のI氏と共に、F氏に、ひょうたん作りを習ったそうです。

駐在所の事務室で展示会をおこなったところ、これが評判をよび、駐在所では狭

いので、公民館を借りて、ひょうたん展を行ったら、評判が評判を呼び、習う人が

増えていきました。


昔は、色を塗らなかったり、一番多いのが下のタイプでしたが、今や上の写真の

ように、

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「瓢箪ランプ」が沢山でていました。

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これ作るの、本当に、根気だけでしょう。アップしたところですが、ここまでくると、

美術品。

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その他、大きいのやら小さいのやら・・・

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これ、ビンに入っていましたが、小さい時からビンに入れ、育てたのでしょうが、

大変ですよ。

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大瓢箪に、会場のようすです。

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瓢箪を見ていると、世間のことを忘れ、心がなごみますね。なぜでしょう?

見に行かれない方は、ブログの写真でも見ながら、ごゆっくりと・・・・ご鑑賞を。

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なお、駐在所勤務だったI氏、多分退職されたのかな?大村市のみろくじ町で「有

馬ひょうたん館」を開かれているようです。

→場所は、こちらをクリック

2015年3月19日 (木)

「決戦!関ヶ原」~伊東潤・天野純希・冲方丁・吉川永青・葉室麟・矢野隆・上田秀人著

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普通は、「関ヶ原」なら、「関ヶ原」で、一人の作家が書くのですが、この本「決

戦!関ヶ原」、7名の作家で書いています。


もっとも、全体的なことではなく、各作家が、別々の武将の事を書いて、「関ヶ原

」を浮かび上がらせようという、意図なのでしょうが・・・


■伊東潤氏は「徳川家康」を描いて、題名は「人を致して」。

伊東氏は「国を蹴った男」で第34回吉川英治賞文学新人賞、「巨鯨の舟」で第4

回山田風太郎賞等を取った方。

「徳川家康」は皆さん、ご存じですね。


■吉川永晴氏は「可児才蔵」を描いて、題名は「笹を噛ませよ」。

吉川市は「我が糸は誰を繰る(後、戯史三國志 我が糸は誰を繰るに改題)」で

第5回小説現代長編新人奨励賞。「戯史三國志 我が槍は覇道の翼」で、第33

回吉川英治文学新人賞候補。


「可児才蔵」は、美濃の斉藤龍興の家臣であったものの、斉藤家が織田信長に

滅ぼされ、明智光秀、織田信孝、柴田勝家、三次秀次、前田利家と転々とした

身の上。いまは、福島正則の家臣。


本来、福島家が「関ヶ原」の栄えある先陣を切る予定が、井伊直政から、騙さ

れ、先陣の功を取られますが・・・後は小説をお読み下さい。


■天野純希氏は「有楽斎の城」を描いて、題名は「有楽斎の城」。

天野氏は「桃山ビート・トライブ」で第20回小説すばる新人賞。「破天の剣」で、

第19回中山義秀文学賞を受賞。


「有楽斎」は、織田信長の弟で、本能寺の時、二条御所に泊まっていたため、抜

け出すことができ、「武」より、「茶の湯」を好む人物。関ヶ原から生き延び、大阪

城に残り、「淀殿(茶々)」が、大阪城の実権を握っているため、豊臣勢の動向を

ているようにと、暗黙の命令。


■上田秀人氏は「宇喜多秀家」を描いて、題名は「無為秀家」。

上田氏は「奥右筆秘帳」シリーズで、「この時代小説がすごい!」の2009年版、

2014年版の2回、文庫シリーズ第一位。また、第3回歴史時代作家クラブ賞シ

リーズ賞受賞。「孤闘 立花宗成」で、第16回中山義秀文学賞を受賞。


宇喜多家は内紛し、西軍、東軍分裂しますが、「万一があればどうする。秀頼様

は、太閤殿下唯一のお血筋ぞ」という事で、西軍につきますが、敗れます。


命は助かりますが、「慶長八年(1603)家康が征夷大将軍になったのを知った

秀家は、匿っていてくれた島津家を守るために自訴、罪一等を減じられ、八丈島

へ流罪となった。」そうです。


「寝返った小早川秀秋を筆頭に家康方で戦った加藤家、福島家ら多くの大名が

滅亡したなか、秀家の子孫は数百年を生き抜き、今に続いている。」・・・「長い歴

史のなかで、どちらが勝者なのだろうか。」


■矢野隆氏は「島津義弘」を描いて、題名は「丸に十文字」。

矢野氏は、「蛇衆」で第21回小説すばる新人賞を受賞。


島津義弘、この時六十六歳。もちろん西軍ですが、破れてからが、すごい。敵兵

に囲まれてからも、徳川家康の陣に向かっていき、そのまま逃げ切ります。


■冲方丁(うぶかた・とう)氏は「小早川秀秋」を描いて、題名は「真紅の米」

冲方丁氏は、「黒い季節」で、第1回スニーカー大賞金賞を受賞。「天地明察」

で、第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞を受賞。「光圀伝」で第3回

山田風太郎賞等を受賞。


「小早川秀秋」。この人物の裏切りで、「関ヶ原の合戦」の決着が、ついたような

もので、NHKドラマでもやっておりましたが、冲方丁氏のような解釈もあるかと・・


■葉室麟氏は「石田三成」を描いて、題名は「虎狼なり」

葉室麟氏は「乾山晩愁」で、第29回歴史文学賞を受賞。「銀漢の賦」で第14回

松本清張賞を受賞。「蜩ノ記」で第146回直木賞を受賞。


もちろん石田三成は破れますが、獄舎の中で、毛利茂元と行動を共にした
恵瓊

と三成の対話。最後の2~3頁ですが、コンナノもあり?という感じで読みま

した。



さて、歴史書と歴史小説は当然違うわけで、上の小説家の方、かなり歴史に詳し

い事が分かると思います。その上に想像の翼を広げていく、ひょっとしたら、こち

らが本当かな?と思えるところもあり、なにせ、7人の競作です、いろんな見方が

ありますが、以外と分かりやすく、

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こんなのも附録で付いてますから、これ見ながら読むと、よく分かりますよ。こ

の附録のためだけに、本を買っても損はしないと思います。

特に、私みたいに、日本史オンチには。世界史もオンチか weep 。


 

2015年3月18日 (水)

四次元のパズル~その二(おしまい)

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今日は、土砂降りの雨。おまけに、雷まで。さて、今日から、お寺で「春の彼岸会

法座」で、お客さんが少なくては、住職さんも、講師の先生も寂しかろうと、出か

けて見たら、何と、いっぱいのお客さん。


隣に座った、おばちゃま(美人)に「今日は多いですね。」「うん、雨で農作業を

せんでよかけん」と。


言われてみれば、以前、雨のひどい時に、病院は少なかろうと行って見たら、

れまたいっぱいで、「農作業ができんから」。


都会では、晴れたら、行ってみよう、と考えますが、はやり、田舎の考えとは逆で

すね。


特に、今はジャガイモの芽出し(ジャガイモにはマルチをかけていますから、芽が

出て来たら、その部分を破って、芽を外に出します)の最中。


という事で、今日は三十分ばかり、みんなで「正信偈」を唱えて、その後、法話で

すが、お経を唱えるのも良いですね。顎と、口のまわりの運動。正しい呼吸。「お

経健康法」です。


さて、昨日から、「四次元のパズル」ということで、書いていますが、これ、以前、

この手のパズルが流行った時、これだけは覚えていたものです。本の名前、ボケ

て思い出しません。


準備品は、上の写真にあるように、紙、(郵便ハガキ、ケント紙の少し薄いのが、

使いやすいみたいです)。定規、ハサミかカッターナイフ、筆記具。


分かりやすく、線を引きましたが、皆さんの場合は、軽く印を付ける程度で。


縦の二分の一のところに黒線。横の半分、右に二分の一の赤線。反対側に三分

の一の赤線。反対でも構いません。結果、同じになります。

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この赤線の所のみ、切り離します。黒線のところは、そのまま。こんな感じになり

ます。

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これから少し分かりにくいので、分かりやすいように付箋を貼ってみました。

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この、桃色の付箋の部分を後ろ側に、ひっくり返します。黒の線の所、少し筋を

付けておいた方が、やりやすくなります。


文書では、分かりにくいですが、実際やってみれば、すぐにできます。桃色の付

箋の部分、もっと後まで、ぐるりと、ひっくり返します。

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ひっくり返したあとの、表と裏側。

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あとは、薄緑の付箋の部分を立てるだけ。

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これ、作る時はこっそりと、。来上がったら「こんなのできる?」。


この時、相手に
絶体に触らせないこと。触ると仕掛けがすぐに分かります。見せ

て、相手が、不思議に思ったら、すぐに破って、紙くず箱へ。


特に子どもは、すぐに触りたがりますから、その時は、別の紙に、はがれないよう

に、しっかりと貼り付けます。これなら、大人にも触らせてOK。

何人かにやらせてみましたが、一発でできたのは、一人だけでした。

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もうすぐ、春休みですが、小学校高学年程度でしたら、これ見せたら、半日は静

かになります。







2015年3月17日 (火)

四次元のパズル~附録・橘神社の桜 その一

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明日から、彼岸です。


彼岸は、「中国伝来の二十四節季にわが国で補った雑節の一つで、春分、秋分

をはさむ前後七日間をいう。単に彼岸といえば春のことで、初日を彼岸の入り、

春分の日を中日、終日を彼岸明けという。『暑さ寒さも彼岸まで』というように、温

和な季節で古くより彼岸会の仏事が修され、民間でも祖先の墓参りをするならわ

しとなった。」(「ハンディ版 入門歳時記~角川書店刊)


という事で、明日は朝から雨の予報なので、今日、墓参りをしてきました。墓友が

来てなかったので、少し寂しくはありましたが・・・・


明日からは、お寺で「春の彼岸会法座」があり、お知らせに住職さんのお話が

いてあって、


「『彼岸にお寺に参らんもんは虫になるとぞ』、と昔の千々石の人はお寺参りを勧

められたと聞きました。

皆さんの中できいたことのある人はおられませんか。

この『虫』は『無私』かもしれません。

『無私』なら『無我』、つまり『仏さま』のこと。

もしかしたら『彼岸に参ったものは無私、仏さまになるとぞ』ではと住職は思って

います。」と結構良いことが書いてあるので、明日は「彼岸法座」に行く事に。講

師によっては、かなり面白く、いい話を聞くことができます。


さて、今日は一番上の、パズルです。良く見てください。なにか、変ではありませ

んか?


少し、角度を変えたところと、真上から見た写真。

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真ん中の、立てている部分、接着剤でくっつけたものではありません。一枚の紙

に、切り込みを入れて作ったものです。


どこがヘンか分からない?分かるまで見てください。分かった方は、実際に作っ

てみてください。


明日の法座が早いので、回答は明日します。それでは、お休みなさい。


【おまけ】

橘神社の桜は、まだです。露店の準備はボチボチというところです。

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毎年よ彼岸の入に寒いのは    子規

月日過ぎただ何となく彼岸過ぎ   風生

身命といふ語しみじみ彼岸過   風生

人ごみに蝶の生まるゝ彼岸かな  耕衣

グラウンドに白き線引く彼岸かな  sugikan   いつも (^-^; スミマセン。



2015年3月16日 (月)

推理小説で遊ぶ~「上を見るな~島田一男著」

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某日、公民館の図書室をウロウロしていると、「この本読んだことがあります

か?」「え、ないけど」「千々石が舞台なんですよ。」

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という事で、ぱらっと読んだら「長崎県南高来郡千々石町字虻田なる虻田家

は・・・・・」と「南高来」のふりがなは「みなみたかじ」となっていますが、本当は、

「みなみたかき」です。なお、「千々石」は「せんせんいし」ではなく、「ちぢわ」と読

みます。とまあ、千々石が舞台みたい。


また、「高来」の地名については、「肥前風土記」にも出てくる、由緒ある名前でし

たが、残念ながら、町村合併のため、歴史ある名前が消えてしまいました。ホン

ト行政は馬と鹿ですね。歴史を知らないんでしょう。「高来市」でいいんですよ。


読んでみると、はやり推理小説だけあって、フィクションですが、小説と実際で

は、どうか違うか、比べて見るのも一興かと・・・違いを遊んで見ました。


著者~島田一男

確か、小学校の時かな、NHKで「事件記者」という、人気番組の作者だったと覚

えています。


■内容

内容は、大きな旧家の遺産、跡取りの問題で、殺人事件が絡むもの。小説の筋

については、長くなるので、パス。


■時期

読んで見ると、主人公、南郷次郎弁護士が東京へ郵便局で、電話をかける場面

がありまが。郵便局で、電話を取り扱っていたのは、かなり以前。


なんと・・・
「東京へ電話をかけたいんだがね。」・・・・「この局で、最初の東京電話

ですわ」・・・「光栄ですなぁ・・・・。ところで、時間はどれくらいかかる?」・・・「通話

まで、三時間くらいかかるそうです。」「急報では?」・・・「一時間半くらい、特別至

急通報なら三十分くらいででるそうです。」ということで、電話をかけますが、三通

話の特別至急電話で3,600円ですよ。今なら、携帯ですぐかかるんですが、

ういう時代もあったのです。3,600円ですよ。


さて、主人公が東京から来る時、福岡までは飛行機で来ますが、福岡からは「急

行雲仙号が出たばかりだ。」と書いてありますから、「雲仙号」は、昭和25年~

和53年まで運行ですから、この間の物語。


「長崎で見たいのは丸山の女郎部屋」。
売春防止方の施行は昭和32年、完全

施行が昭和33年。


「・・・”長崎の雨”か・・・どこかで聞いた文句だ」。「長崎の雨」は、藤山一郎の、昭

 和26年、のヒット曲。


ということで、物語としては、昭和26年~昭和33年までの間。


さて、もう少し絞れないかと思ったら、私、バカですね。この本、いつ書かれたか

調べれば済むだけ。


文庫本の発行は、昭和61年。ただし、書かれたのは、昭和31年。「第9回日本

探偵作家クラブ賞(候補)」となってて、私の推理、昭和26年~昭和33年、ま

あ、外れてはいませんね。戦後まもなくの作品だということが分かります。


■舞台

最初の方に、「長崎県南高来郡千々石虻田なる虻田家は、遠く藤原秀郷におこ

り、藤原家九代龍造寺家を創設・・・明治維新までは代々虻田の太夫(たゆう)と

呼ばれていた・・・・」


とありますが、ここらで、古い家系を持つ大きな家といえば、橘中佐を生んだ橘

家。郷土誌によれば、橘家の始祖は和田氏で、吉野朝廷の忠臣で、楠木正成

の血統を継いだ武士で、享禄2年(1529)和田義澄という楠木氏一族の後裔が

畿内から肥前島原の千々石村に来たり住み、橘性を称した、とあります。


左が昔の橘家、右が現在の風景で、町営住宅でした。

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さて、上の文章で「虻田の太夫」と言う言葉がありますが、こちら方面で「太夫」と

いうと、小浜温泉の「湯太夫(本多家)」になります。


ここのところ、「道路から、高く積み上げた石垣の上に、朱塗りの厳めしい扉は大

きく、乳房のような鉄の金具が四つうちこまれ・・・・」

「そう・・・さっきのトンネルは、叔父が作ったのだよ。諫早から虻田ノ津まで、軽便

鉄道を敷くつもりでね・・・・」。諫早から小浜までは、昭和13年まで、「温泉鐵道

(途中、名前の変更有り)」が走っていました。湯太夫もかなりの出資をしたようで

す。石垣と内部ですが、内部の建物は昔とは変わっています。

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この門は、島原城が売却の折、島原城の門(七つあったそうですが、その一つ)

で、古びて分かりませんが、見たところ、多分、朱塗りはフィクションでしょう。右

の写真、「乳房のような鉄の金具が四つうちこまれ」というのは、分かると思いま

す。


この「湯太夫(本多家)」は、島原城主から、温泉場の取り締まりを、命じられてい

ました。なお、本多家は、明治時代、自費で海岸を埋め立て、今の小浜温泉の基

礎を作っています。


島原は佐賀の龍造寺とは犬猿の仲で、「龍造寺家を作った」、とは考えら
れない

でしょう。


橘家と本多家の昔の見取り図です。

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              橘家見取り図

橘家には、裏側に、倉庫(酒倉)もあるみたいで、飲んべえが多かったのかな?         

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             本多家見取り図

本多家には、島原のお殿様も、湯とうじに来ていますから、専用の座敷もあった

うです。


という事で、この小説は、千々石が舞台になっていますが、実際の舞台は小浜だ

ということが分かります。


■地名

作中、「猿丸山」とありますが、「猿」の名がついた山は「猿場山」しかありませ

ん。右の山が「釜山」、千々石少年自然の家があります。


左の連なった山が「猿場山」。裏の方に、(向こうから見ると表ですが)「猿場神

社」があり、正月は賑わいます。

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「六ッ木浜沖猿丸山中腹に亘って、目下海上警備隊砲撃訓練地として接収のあ

り、・・・」とあり、この「・・・猿丸山の中腹魚見平の中腹魚見平の女人堂。」、これ

も残念ながら「女人堂」別のところです。


「・・・昔、男達は雲仙の大乗院まで参詣に行ったが、女はあの堂に籠もってお経

を読んだそうだよ。・・・だから女人堂も立ち腐れる一方だ」。

「大乗院」は多分「一乗院」で、雲仙は昔女人禁制でした。なお、「女人堂」跡形も

なく、名残として、石碑が三つばかりり残っているだけです。


赤丸印が「女人堂跡」。矢印が海ですから、ここまで砲弾が届くには、商店街をこ

え、人家を越え、畑を越えですから、到底無理。まあ、フィクションですから・・・

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■橘中佐銅像

「やがて、小さな銅像の下を走り抜けた。旧式の軍服を着て、双眼鏡を握った軍

人の銅像だ。橘中佐である。」大きな銅像から見れば小さいし、小さい銅像から

れば大きいし・・・・


「─ よくもまァ、アメリカさんからとっ払わわれなかったもんだなァ」

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以前橘中佐の銅像については書きましたが、左が現在の銅像。この銅像は、当

初はここでなく、上山というところにありました。


戦中、物資不足で、供出されそうになったのを、町民一同の熱意で免れたそうで

す。戦後、進駐軍から撤収される恐れがあるので、有志(在郷軍人会・青年団だ

そうですが)によって、小学校の、現プール近くに隠されたそうです(林の中とか、

布に包んで砂浜に埋めて隠した等の説がありますが、郷土史家のS氏から聞い

た話です)。


その後、昭和22年橘氏宅に移し、昭和29年に現地に設置し、昭和51年現在の

ようにかさ上げしたそうで、「アメリカさんからとっ払わわれなかったもんだなァ」と

いうような、簡単な話ではないのです。昭和31年の話ですから、まだ、土台が低

い時代の時に見たのでしょう。


まあ、外にもいろいろありますが、ご当地を主題にした小説があったら、読んで

見てください。地名の変更、風土、歴史を、小説家がどうフィクションに仕立て上

げていくか、よく分かります。


本日のブログは、当地を知らない方には、分かりにくかったと思いますが、お許

しを ヾ(_ _*) 。

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