「雲仙市ふれあい方言集」~雲仙市商工会刊行部会
少し寂しい、というより素朴な表紙のパンフレットですが、右下がマスコットの「あ
いのん」です。中身を見ると、観光客向けかな、と思われます。イベント会場で貰
ったものです。
一番後に「島原半島の方言の歴史」の説明がしてあるので、書き抜いてみます。
「島原方言は島原半島に限られており、大きく北と南にわかれます。北部は一般
的に物言いが穏やかで、南部は言い方が荒っぽいようです。北部がまとまって
いて、南部は変化に富んでいるようです。その理由を、島原半島内の人は『島原
の乱』で南部の住民の移転が激しかったからだと推測しています。
乱後、幕府はキリシタンを根絶やしにするために、近くは九州の各藩から、遠く
は瀬戸内海の小豆島から移住させ、半島南部に定住させましたが、それが言葉
にどれほどの変化をもたらしたかについては、はっきりとしていないそうです。
島原方言には接頭語が多く語勢を強める役割を果たしています。(例:行ってき
ます→イチクッタイ)。また島原半島は田畑も多く長崎の穀倉地帯であるだけに、
農業関係の方言に富んでいます(例:牛場の飼料→ハミ)。」
「キリシタンを根絶やしにするため」は少し違うようですが・・・
方言についていえば、仙台まで受験に行き(サクラチルサイキコウ、でした)仙台
から長崎まで、3泊4日鈍行列車(もちろん蒸気機関車)の旅をしましたが、東北
のお婆ちゃんから話しかけられても、何がなんだか。
また、沖縄の宮古の方同士が話をしているのを聞いて、あれ?これどこの外国
語?と思ったり、鹿児島の方と話をしてもチンプンカンプンで、という事で、「狭い
日本そんなに急いでどこへ行く」と言いますが、方言は実に広いですね。
島原半島内でも、各地で違う所があるのですが、パンフレットに書いてあるのを
少々。
①アットーシテ ニギラエント ②イタランゴッ スッナー
③イラジャ ④エッタ ノボシュルギラ クラスッドー
⑤セーチ クレンネ ⑥コナチャ ナンバ シュットカン
⑦ドアロー ⑧ナカスッドー
⑨ヒョット スルギラ ⑩モテコナサン
翻訳すると
①熱くして握ることができません ②余計なことをするな
③(どうしても)必要ですよ ④余り調子づくとなぐるぞ
⑤閉めてください ⑥お前は何をするのかね
⑦どうであろうか かまわぬ ⑧泣かせるぞ
⑨あるいは、ことによると ⑩どうにもならない
現在、子供たちは標準語を使いますが、おじいちゃん、おばあちゃんがいる所で
は、時々聞かれます。なお、学校の子供の学校放送を聞いていると、原稿は標
準語で、アクセントはいささか、千々石なまりです。なお、私は、長崎弁、標準
語、千々石弁と3つの言語をしゃべれます。
島原半島は昔、いろいろ町村合併がありましたが、最終的には1市16町でし
た。平成の大合併で、三市になり「南高来郡」(北高来郡も)という由緒ある名前
も無くなりました。パンフレットにかいてある「北部」、ざっと言うと、雲仙市方
面。「南部」は南島原市方面で、南部は「島原・天草一揆」でほとんど壊滅した
所です。
若い奥様、子供も標準語になりつつあります。本当は、地方文化の中にこそ「文
化」があると思うのですが・・・・
« 「ひとつの言葉」覚書⑤~まとめ(最終回) | トップページ | 平成27年「長崎くんち手拭」 »
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 日本音楽の面白さ(2024.10.01)
- 台風10号~確かに通ったはずなのですが?(2024.08.31)
- 島原半島に関する三冊の本(2024.05.05)
- 勝手に開花宣言~橘公園(令和6年3月28日)(2024.03.28)
- 観桜火宴のお知らせ(2024.02.19)
コメント