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2015年9月24日 (木)

「嫌老社会を超えて」~五木寛之著

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五木寛之さんといえば、「さらばモスクワ愚連隊」、「蒼ざめた馬を見よ」、「青年

は荒野をめざす」等で颯爽とした作家でしたが、いまや八十三歳。最近は、「蓮

如物語」、「親鸞」等を書き、変われば、変わったものだと・・・


五木さんは、車好きでしたが(確かポルシェだったかな?)、60代の時、車の運

転中に頭で描いた車のラインと、実際の車の動きに微妙な差異を感じ、車の

転を止めたそうです。ウチの近所では、80,90歳の方が、軽トラックを乗り回し

いますが・・・・


「嫌老社会」。老人が下の世代から嫌われる事ですが、「僕は嫌老社会を生む最

大の原因を、年金、医療という社会保障制度をめぐる『利害対決』だと考えてい

ます。現状では、自らが被る不利益の大きさに、まだ下の世代の多くが気付いて

いないのだけれども、それはいつか白日の下にさらけ出される、そうなれば、一

気に空気が変わるだろう、という予感が僕にはあるのです。」


というようなことから、高齢者と下の世代との利害関係が、「世代間の対立」を超

え、「階級闘争」になるのではと。考えれば、高齢者には高齢者の言い分があ

り、下の世代には、その世代の言い分があるのですが。


五木氏は現代の世界、人生を古代インドのヒンズー教に生まれた、人生を四つ

時期に分ける考え、「学生期(がくしょうき)」、「家住期(かじゅうき)」、「林住時

(りんじゅうき)」、「遊業期(ゆぎょうき)」について説明しています。


「学生期」は、青少年の時代。「家住期」は社会に出て、結婚し、家庭を持って、

子供を育てる時期。「林住期」は世俗の迷いや苦しみから脱する「解脱」に向け

た段階で、実社会からリタイヤし、家も家族も捨ててしまう時期。「遊行期」は、定

住地を持たず、無一文になって放浪し、死と生に煩うことなく、天命にゆだねる時

期。


五木氏はこれを登山にたとえ、「学生期」、「家住期」は山に登る時期、「林住

期」、「遊行期」は下山する時期。


登る時は、登るのに一生懸命で、回りを見ることがないが、下山の時は周囲の

山々、下界まで、楽しく眺めながら下ることができる。ただし、登山事故は下山

の時が多いと。ですから、下山の時の時の心構えが、大切だと。また、五木氏は

「人生の黄金期」は「林住期」ではないかと考えています。


少子化、高齢者の増加対策、戦争の事などにも触れてあり、「嫌老」から「賢老」

へどうしたらいいか、今から、日本はどうあるべきか、考えさせられる本でした。


私としては、「嫌老」より、カミサンからの「嫌夫」の方が気になり、カミサンには「

賢婦」になっていただきたいのですが・・・




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