「嫌老社会を超えて」~五木寛之著
五木寛之さんといえば、「さらばモスクワ愚連隊」、「蒼ざめた馬を見よ」、「青年
は荒野をめざす」等で颯爽とした作家でしたが、いまや八十三歳。最近は、「蓮
如物語」、「親鸞」等を書き、変われば、変わったものだと・・・
五木さんは、車好きでしたが(確かポルシェだったかな?)、60代の時、車の運
転中に頭で描いた車のラインと、実際の車の動きに微妙な差異を感じ、車の運
転を止めたそうです。ウチの近所では、80,90歳の方が、軽トラックを乗り回し
ていますが・・・・
「嫌老社会」。老人が下の世代から嫌われる事ですが、「僕は嫌老社会を生む最
大の原因を、年金、医療という社会保障制度をめぐる『利害対決』だと考えてい
ます。現状では、自らが被る不利益の大きさに、まだ下の世代の多くが気付いて
いないのだけれども、それはいつか白日の下にさらけ出される、そうなれば、一
気に空気が変わるだろう、という予感が僕にはあるのです。」
というようなことから、高齢者と下の世代との利害関係が、「世代間の対立」を超
え、「階級闘争」になるのではと。考えれば、高齢者には高齢者の言い分があ
り、下の世代には、その世代の言い分があるのですが。
五木氏は現代の世界、人生を古代インドのヒンズー教に生まれた、人生を四つ
の時期に分ける考え、「学生期(がくしょうき)」、「家住期(かじゅうき)」、「林住時
(りんじゅうき)」、「遊業期(ゆぎょうき)」について説明しています。
「学生期」は、青少年の時代。「家住期」は社会に出て、結婚し、家庭を持って、
子供を育てる時期。「林住期」は世俗の迷いや苦しみから脱する「解脱」に向け
た段階で、実社会からリタイヤし、家も家族も捨ててしまう時期。「遊行期」は、定
住地を持たず、無一文になって放浪し、死と生に煩うことなく、天命にゆだねる時
期。
五木氏はこれを登山にたとえ、「学生期」、「家住期」は山に登る時期、「林住
期」、「遊行期」は下山する時期。
登る時は、登るのに一生懸命で、回りを見ることがないが、下山の時は周囲の
山々、下界まで、楽しく眺めながら下ることができる。ただし、登山事故は下山
の時が多いと。ですから、下山の時の時の心構えが、大切だと。また、五木氏は
「人生の黄金期」は「林住期」ではないかと考えています。
少子化、高齢者の増加対策、戦争の事などにも触れてあり、「嫌老」から「賢老」
へどうしたらいいか、今から、日本はどうあるべきか、考えさせられる本でした。
私としては、「嫌老」より、カミサンからの「嫌夫」の方が気になり、カミサンには「
賢婦」になっていただきたいのですが・・・
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