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2015年5月14日 (木)

「阿弥陀寺(アミデジ)跡」と「無縁塚」~雲仙市千々石町 その一

Photo

千々石には、「阿弥陀寺」と「大泉寺」という寺があったといいます。今は、地名の

み残っています。


千々石は雲仙の山麓にあり、雲仙は修験道者の修行の場所であり、この「阿弥

陀寺跡」から、少し離れた所に、雲仙に行く道があり、以前書きましたが、雲仙は

女人禁制のため、雲仙に登る道の途中に、女性がそこにとどまり、読経をしたと

いう「女人堂」があったそうです。いまでは、板碑が数枚残っているだけですが、

2 Photo_3

左の方の写真の道をそのまま行くと、雲仙の田代原キャンプ場、放牧場に着き

ます。赤の矢印が、説明版。このあたりに、「阿弥陀寺」があったといいます。


この、「阿弥陀寺」については、根井浄氏が、「修験道とキリシタンン」で次の様に

述べています。

「千々石町に存在した阿弥陀寺は、満明寺大乗院(注:雲仙にあった寺社)の末

寺であったと伝承され、地元の人々は寺跡をアミデシンと呼んでいる。一帯から

石像や古碑が発掘され、その寺跡の丘上に無縁塚として整理されている・・・

の阿弥陀寺は、伝承のように温泉山修験の里坊的存在であったものと考えら

る。」(地元では、「アミデジ」「アミデシ」の発音あり)


なお、このすぐ横の道を伊能忠敬が測量をし、「伊能忠敬測量日記」にも「字阿

弥陀寺」という文字が見えます。


さて、この寺が潰れたについては、ルイスフロイスの「日本史」に「かくして巡察師

が滞在した三ヶ月の間に、大小合わせて四十を超える神仏の寺社がことごとく

破壊された。それらの中には、日本中で著名な、きわめて美しい幾つかの寺院

が含まれていた。仏僧たちは、そのすべてがキリシタンになるか、さもなくば有馬

領から去って行った。」とあります。

この、阿弥陀寺が、その時、破壊された寺かどうかは、よくわかりませんが・・・


少し話は変わりますが、雲仙には、瀨戸石原に300坊、別所に700坊があり、

「一乗院(雲仙市南串山町)」の「温泉山縁起(温泉山一乗院開山1300年記念

誌)」には、当山(一乗院)伝わる伝説では、「・・・・満明寺(雲仙市)寺には瀨戸

に三百坊、別所に七百坊の僧坊を有する大寺であったそうじゃが、島原の乱

で仏教諸寺院はみんな焼かれてしもうた。」とあります。


別説では、雲仙に「白雀の乱」の伝承があり。二人の僧坊の小坊主が、可愛い

白雀を、貸すの貸さぬので、それが発展し、大人の喧嘩になって、寺が放火され

全滅したという話があります。白雀ではなく、稚児争い(男色関係)であったと言う

説もあります。


また、根井浄氏によれば「満明寺の乱の本質は、キリシタン伝道にからむ一山

の衆徒の内乱であったと解釈される。後述するように、天正十二年温泉山を実

見した上井覚兼は、南蛮宗のために荒廃していたと記し、白雀の乱というものに

一言も触れていないのはこの間の事情を物語っている。」と書いてあります。


さて、元に戻って、明治十二年の「千々石村村誌」には、釜蓋城の所に「
医王寺

光庵天徳寺阿弥陀寺大山寺 以上皆往時釜蓋城下ノ寺院ニシテ廃城後随テ

滅スル者唯地名ヲ存ス」とあります。


なお、大正七年の「千々石村郷土誌」には、「・・・一乗院僧侶両派ニ別レ所謂白

雀ノ乱ヲ起コシ僧兵大ニ戦ヒ坊舎七百焼盡シタルコトアリ或ハ當時の阿彌陀寺

モ其ノ兵火に罹リタルハ非サルカトニカク八百年前ノ古寺蹟タルヤ疑イナシ」


という事で、「阿弥陀寺」が廃寺になったのは、

① キリシタン大名、有馬晴信による破壊

② 「白雀の乱」に巻き込まれた

③ 城(釜蓋城)が廃城になったため、それに伴い絶滅した


と3説になりますが、③については、島原城主になった、松倉重政が元和四年

(1618)~寛永元年(1624)にかけて、島原城を築城するにあたり、島原半島

中の城の石垣を持っていっていますから、阿弥陀寺のすぐ近くにあった、釜蓋城

の石垣も全部持っていったということで、廃城になったという事です。


もっとも、元和元年(1615)には武家諸法度で、いわゆる一国一城の令になっ

ていますから。島原半島は島原藩の島原城だけになるわけですが・・・・


さて、一番上の写真が「無縁塚」といわれるもので、橘中佐の兄、橘常葉氏が建

立されたものですが、明日はここらあたりから・・・



(参考・引用*「修験道とキリシタン~根井浄著」「山岳修験 30号」「千々石郷

 土誌」「伊能忠敬測量日記」「完訳フロイス日本史10 松田毅一・川崎桃太 

 訳~中公文庫版」「温泉山縁起(温泉山一乗院開山1300年記念誌)」) 

  

  (注:当時は「温泉」と書いて「ウンゼン」とよんでいました)









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