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2015年2月 6日 (金)

「剣術修行の旅日記」~永井義男著 其の三(最終回)

Img_20150206_0001

(「剣術修行の旅日記~永井義男著」より)


上の写真は、幕末から明治期の稽古の様子だそうです。ほとんど今の格好と変

わりませんね。


さて、当時「技は千葉、力は斎籐、位は桃井」と言われたそうです。牟田文之助

は、安政元年一月二十五日に、斎籐弥九郎の神道無念流の練兵館に入門をし

ますが、神道無念流を習うわけではなく、練兵館で一緒に稽古をさせてくれとい

うものだったそうです。


この当時、斎籐弥九郎はほとんど長男の新太郎が事実上の道場主だったそうで

すが、二十七日に、立ち会いをし、「大ニ吉し、外は数人無限事也」と書いてある

そうですが、「新太郎の技はすばらしいし、門弟にも数人、傑出した者がいる、

ということであろうか。珍しく手放しでほめちぎっている。」と解説してあります。


二月五日、桃井春蔵の鏡新明智流の士学館に、練兵館の同輩五名と手合わせ

に行ったそうですが、道場主の桃井春蔵に申し込んだところ、体調が良くないと

のことで断わられたそうです。


代わりに、高弟の上田馬之助らと立ち会い「各勝利を得大慶ニ及候。(中略)余

程面白有之事也。」と「自分たちの方が勝っていたことに大いに満足した。なんと

いってもあいては三大道場の一つ志学館である。」とあります。


なお、三月二十五日には、三名で直新影流の男谷清一郎の男谷道場に出向

き、男谷とも立ち会ったそうですが、このとき、男谷は五十七歳。


手合わせの結果
「尤老人男様始手合致し、実ニ老人の稽古誠ニかんしん仕

候。」と書いてあり、著者によれば、「文之助も高齢の男谷に剣技には感心した。

とても自分の優勢だったと書けるような状態ではなかったのであろう。男谷には

『様』づけをしているほどである。」と書いてあります。


この後、各道場、また、福島あたりまで、各道場で手合わせをしますが、帰りが

け再び江戸に滞在をし、千葉周作の北辰一刀流、玄武館(千葉道場)に申し入

れをしたそうですが(当時は千葉周作の次男で、実質上の道場主は栄次郎)、の

らりくらりと断られ、「尤流石之栄次郎行掛かり尾逃げかき候段腰貫極。」と痛罵

をしたそうで、「栄次郎は尻尾を巻いて逃げ出す始末で、腰抜け(腰貫)の極み、

ということであろう。」だそうです。


さて、この文之助、力量があって性格も良かったのか、各地で、歓待を受けてい

ます。それでは力量がないものはというと、

Img_20150203_0005

昭和三年は戊辰六十年にあたり、幕末維新に関する史談、幕末維新を背景とし

た時代小説が多く刊行されたそうです。この本も、その一つです。


作者は明治四年生まれですが、報知新聞に入り、古老から話を聞き、一面に掲

載し好評を呼んだそうですが、これをまとめ、明治三十八年に出版しています。


内容は、学術、系統だったものではなく、市井の面白い話を集めたもので、「八

十一人斬」なんて載っていて、「岡部菊外」という百石取りの人物が、「人を斬る

のが飯より好きで、新刀を求めると七人斬らねば本当の斬味がわからないとい

っていた。」なんて、物騒な話もあり、「今でこそ言えるが」という話「安政の地震」

なども、載っています。


この中に、「撃剣修行の道場」で「修行の帳簿」というのがあり、「その頃有名な

先生方の道場はというと(いずれも師範役)、番町の斎籐弥九郎、蜊川岸の桃井

春三、お玉ケ池の千葉周作、子息の栄次郎・・・・・」とあり、大体、文之助と一緒

の頃だと思われます。


まず、剣道の道具を持って、「一本願うと申し入れる。・・・『拙者は何々藩士、師

匠は何の某でござる、剣術修行のため罷出ました。何分共御教授を願いたい』

と望みますと、その帳面へ先生の名義を記載してくれます。・・・・・その代わりひ

どい目に遭うことといったらお話しにならぬ。・・・・サテ他人の道場へ前(ママ)い

うた修行に参るてえと、場合により一命はないものと覚悟を極めて行くから、なか

なかまいらない。道具を外れを喰らって気絶なんかはノベツで・・・・・・」


という事で、文之助の場合とは、随分違いますが、文之助はよほど強かったので

しょう。


文之助は、明治七年の「佐賀の乱」に加わりますが、敗れさり、判決は懲役三

年。明治九年釈放。明治二十三年十二月三日病死、六十一歳。

剣道修行に明け暮れた青春時代、佐賀の乱に破れたあとの人生。文之助はどう

思って生きたのでしょう。


時代劇が好きな方、是非お読みを。今までのイメージが変わってきます。

 


【参考・文引用】
 

「剣術修行の旅日記~永井義男著」「増補 幕末百話~篠田鉱造著」より





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