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2015年2月 4日 (水)

「剣術修行の旅日記」~永井義男 其の一

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今日はバタバタしているので、ほんのおさわりです。


剣術修行とか、他流試合とかいうと、すぐに映画の、一対一で、審判がつき、と

うのを思い出しますが、この本読むとイメージが全然違います。著者の永井

男氏が、20年ほど前「諸国廻暦日録」を入手。


同書の著書は、佐賀藩鍋島家の家臣牟田文之助。嘉永6年(1853)9月~安

2年(1855)まで、2年間にわたって、諸国武者修行をした日記。


牟田文之助は天保元年(1830)生まれ、父は吉村市郎右衛門。宮本武蔵の二

刀流の流れを汲む鉄人流の剣術藩士。


当時、佐賀藩の武芸はタイ捨流、柳生流、直心影流、戸田流、無限流、新影流、

時極流等々あったそうですが、二刀流は異色であったそうで、文之助が各地で

修行をする際も、興味を持って見られています。


文之助は、その後牟田家に養子に行きますが、同じく、鉄人流藩士の内田正右

衛門に、同じく鉄人流の手ほどきを受け、父と内田から免許皆伝を受け、佐賀藩

から諸国武者修行を許可されます。

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上が、文之助が剣術修行に回った道場です。同じ道場に数日滞在した所もあり

ます。


もちろん、江戸の千葉周作の北辰一刀流の玄武館、斎籐弥九郎の練兵館、桃

井春蔵の士学館といった有名な道場でも、手合わせをしています。


さて、読んで見て、まさに著者が「はじめに」で書くように、「緊張と苦難の連続

や、命がけの修行とはとても思えない。その雰囲気は和気藹々と形容するにふ

さわしい。まるでスポーツ選手同士の交流、交歓といおうか。・・・・・・・世の中に

は剣豪や剣技、剣術流派について解説したノンフィクションは多い。しかし、諸国

武者修行の実態について詳説したノンフィクションは皆無である(研究者による

論文はあるが)。

けっきょく、時代小説や時代劇に描かれた武士の諸国武者修行や他流試合のあ

りさまは、すべてがフィクションではないのだろうか。そして、フィクションがフィク

ションを拡大再生産せてきたのではないだろうか。」


という事で、実際の武者修行、他流試合のありさまはどうだったのか、著者永井

義男氏の本をもとに、ご紹介を少ししたいと思います。目からウロコです。では、

回。



(参考・文引用:「剣術修行の旅日記~佐賀藩・葉隠武士の『諸国廻暦日録』を読

 む~永井義男著より)





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