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2014年2月2日 - 2014年2月8日

2014年2月 8日 (土)

八王社★筏遺跡後日談~雲仙市国見町

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以前、「筏遺跡Bの発掘説明会」について書きましたが、その折、ある人が、山手の方を差

し、「あのおおきな木の所に、安德天皇の・・・・」という話を耳にしたので、行って見たら、ご

覧の如く石碑、石仏があるばかりで、安德天皇を思わせるものは何もありません。


もっとも、安德天皇の遺跡については各地にあり、多分、あちらこちらに落ちのびた、平家

の落人が、安德天皇を偲んで建てた物でしょう。


さて、先日、大正12年に出版された、「島原半島戦国史(高陽史譚改題)」を読んでいる

と、


「神代に筏といふ處あり。その一部分を八王(やつのわう、昔の読み方で、やつのう)とい

ふ。今畑となり居れども、もと古墳ありし由。文化七年之を発掘せしに、中に石櫃あり。朱

を以て其の中に滿たせしを、運び出して海に投ぜしに、海中一面血の如くなり。・・・・・その

時出でし勾玉は、今同村の小学校にあり。丸玉は余が家に保存せり。傳へいふ。昔安德

天皇平氏の一族に擁せられ、、海上より筏に乗りてこの地に孝し、爾来世を避けて、此處

を隠棲の地とせしが、崩ずるにおよびて、従者等此處に之を奉葬せり。故に此の地を筏と

いひ、古墳を八王(八歳の王の義)といふと。・・・・・・」

ということで、これは見なければと、再度出かけました。


「国見町郷土誌」「島原半島史」によれば「八王」は「八王日(はちおうにち。立春、春分、立

夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至)」、「八大竜王」の語からきたものであろうと書いてあり

ます。


「国見町郷土誌」によれば、「『鍋島家日記』によると、前にも述べたとおり、文化七年(18

10)に百姓・六兵衛という人が、ここの竹藪を開梱した時に、石棺、金冠、宝玉、つぼ、石

斧を発掘し領主へと献上した。領主は佐賀(国見町鍋島家は佐賀藩に属します)に尋ねた

ところ『もとの所へ埋めよ』といわれて、埋めてしまったが、これら写絵は鍋島家に現存し

ている。」そうです。


なお、入り口の正面に、碑が建っていますが、これは、旧領主・鍋島桂治郞氏が碑文を書

かれたもです。

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これによると、口碑によると、八王社は文治元年の頃創立し、後は荒廃したまま。文化七

年、上にかいたような発見があったそうです。


「・・・・数年の後現地還納に噂有りといえども半信半疑その詳細を知るを得ず。今以って

不可解の問題なり。・・・・・・当霊域に於いて曲玉、円玉、発見今尚現存、永年この地に居

住の医師・原秀太方に在り。・・・・・・」


ここらあたりは、「筏遺跡A」として発掘し、出土物がかなりあり、石棺から出て来たもので

はないでしょう。


なお、この土地は、明治36年、原秀太医師が買って私有地にしたそうですが、大正5年

地区の人が譲りうけ協同社地としたそうです。


郷土誌には、八王社参道碑とかいてありますが。どうも、「八王神社々苑並(?)参道」と

書いてある気がするのですが・・・・・大正14年に建てられたものです。

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同書では、八王社として紹介されていました。大正5年建立。左の方が古く見え、ひょっと

したら本来のものは、左では?

なお、敷地内の片隅に、五輪の塔碑の一部が、5,6個ありました。

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ちいさな、神社ですが、調べると、いろいろ歴史があるものですね。


珍しかったので・・・ポンプは動きませんでした。右側はエビス様です。

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2014年2月 7日 (金)

大江戸恐竜伝 第五巻~夢枕獏著

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予定通り、出ました。最終巻。でも、これで最後かと思うと、何となく寂しさも。


さて、恐龍を連れて、ニルヤカナヤから戻った平賀源内。恐龍を見世物に。最も、本来の

目的は別にあるのですが・・・この恐竜が評判を呼び、将軍家治、平賀源内が仕えていた

高松藩主がご観覧に。


無事終われば良いが、盗賊、火鼠一味の、なにやら、よからぬ動き。さて、ここから、どん

でん返しにつぐ、どんでん返しなのですが、後は、本を読んでお楽しみを。

でも、ラストは、ハッピーエンド過ぎるかな?



この第五巻で面白いのが、作者のあとがき、小説を書いたいきさつ等、手の内を全部明

かしています。


「本書をお読みになってから、このあとがきに目をとおしていらっしゃる方なら、もう、おわ

かりと思いますが、この物語、映画『キング・コング』をベースにしております。

なぜ、平賀源内が主人公なのかも、明かしています。が、これも読んでからのお楽しみ。


さて、この小説、作者は冒険小説だと書いています

「書きあがってから気がついたんですが、これ、冒険小説なんですね。考えてみたら、あた

りまえのことなんだけど、押しも押されもしない、ど真ん中の冒険小説ですよ、これ。

これが、ぼくの冒険小説です。たぶん、ぼくにしか書けなかった冒険小説、謎解き、古代の

秘宝ーお宝さがし、悪の組織、怪獣、南の島、ヒーローとヒロイン、恋と悲しみ、挫折、その

他ぼくの考えている冒険小説の要素が、全て、この中に入っている。」


言われてみれば、その通り。「できることなら、作家として書くより、読者としてこれを読み

たかった。」如何にも、夢枕獏さんですね。


戯作者、画家として、エレキテル、寒熱昇降器、源内焼き、火浣布等を作り、本草学者とし

て、鉱山の開発者としての源内を、


「才能がありすぎた。

何でも手をつけたが、そのほとんどを途中で放り投げるか、失敗をした。

おそるべき奇人、奇態なる人物であったと言っていい。」

「源内は、早く生まれすぎた、哀しき天才です。」と書いています。


平賀源内の碑文を杉田玄白が書いたそうですが、最後の一行、有名ですが・・・

「嗟(ああ)、非常の人、非常の事を好み、行い是非常。何ぞ、非常の死なる」


さて、あとがきの最後に、夢枕獏さん一行書いてます。


「映画化、希望。」


庭の梅も散り始めました。蜂が飛んできたので、「お名前は?」と聞くと、「マーヤ」と答えま

した happy01 。

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2014年2月 6日 (木)

2014 第八回 雲仙市美術展覧会~雲仙市・愛野町公民館講堂

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今日から、9日(日)まで、愛野町公民館講堂で、雲仙市美術展覧会が開催されます。

初日とあって、結構な観覧者でした。


最初に、挨拶。挨拶で思い出すのが、元NHKの鈴木健二アナウンサーの講演会。人間が

集中して話を聞けるのは58秒で、私は結婚式でも、この時間でやっております、との事。

今日の挨拶は・・・・・・

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テープカットが終わると、各部門毎に、解説があります。

写真の説明に、書道の説明、時間があまりないので、簡単に。

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絵画、うまい人が多いですね。カミサンも一生懸命描いて、出品していましたが、一生懸命

描いたからといって、良い作品になるとは限らず・・・・・・


「天才は1%のひらめきと、99%の汗」と云いますが、「1%のひらめき」が無いために、誰

でも天才にはなれないのですが・・・・・汗は流せますが。


もっとも、この言葉の真意、「1%のひらめきがなければ、99%の努力はむだである」とい

うことらしいのですが。困りますね、こんな事を云われても、皆さん一生懸命、努力をしてい

るのに。


でも、私、天才でないので、全然努力はしません。我が師匠、伊奈かっぺい先生曰く、「努

力は積み重ねるから、崩れる」。

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テレビ局の方も来ておられました、東京からではなく、ローカルテレビ「ヒマワリテレビ」さん

ですが。

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写真のコーナー。皆さん良い写真ですね。知った方にお会いしましたが、どこのイベントで

も必ずお会いします。本当に、まめに回って写真を撮っています。私と違って、良いカメラ

を持っておられますが・・・・・・

・・・・・・腕が悪いのを、道具のせいにする、私の悪い癖。

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書道、残念ながら、説明文を見ないと、全然分かりません。古文書より難しいみたい。上

手なのは、分かるのですが。

日本画も、大きな作品がずらりと。これくらい描けると面白いのでしょうが・・・・

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出品者の方は、県展、日展、コンクール等に入選、入賞の方も、かなりおられるということ

でした。確かに見ていて、昨年よりレベルが上がっているのが分かりました。


都会と違い、文化に恵まれない田舎の市ですが、皆さんの今後の頑張りを期待したいも

のです。また、来年も鑑賞に行きます。それとも、出品もしてみるかな、セルフヌード。


このほか、工芸の部、デザインの部があったのですが、私も別件の打ち合わせがあり、写

真を撮るのを、忘れてしまいました。申し訳ないm(_ _)m。


 

2014年2月 5日 (水)

森鴎外のユーモア~寒山拾得・寒山拾得縁起

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(群像 日本の作家2「森鴎外」~小学館刊より)


病院の待ち時間。スマートフォーンを利用して、「青空文庫」に、何か、短い読み物は無い

かと探していると、鴎外の「寒山拾得縁起」があり、面白く、ついでに、短いので、「寒山拾

得」の方も読んでみました。


「寒山拾得縁起」は、小説「寒山拾得」の後の方に、添え書きのようにして書いてあるので

すが、中身は大体こうです。


鴎外が何か書いてくれと頼まれ、「寒山拾得」を書いている時のこと、おりしも、子供から、

寒山の詩が出版されるので、買ってくれと云われる。


子供は、どうしても欲しくて、買ってくれと云うが、鴎外は、子供には無理だという。

ここで面白いのが、さすが鴎外の子供、云うことが、「詩はむずかしくてわからないかも知

れませんが、その寒山という人だの、それと一緒にいる拾得という人だのは、どんな人で

ございます。」


今の子供、こんな事言えるのいますか?今や、大人も子供も幼稚になっているんじゃな

い?私もだけど。


さて、鴎外は色々説明をし、この寒山は文殊で、拾德は普賢(後で説明します)だと云った

ために、子供は、ますます分からなくなる。


最後に鴎外は、「そして、とうとうこう云った。『実はパパアも文殊なのだが、まだ誰も拝み

に来ないのだよ。』」


本論の「寒山拾得」は、こんな話です。


唐の貞観のころ、閭丘胤という官吏がいた。台州に主簿(日本の県知事くらいの地位)とし

て赴任をする。


赴任する時、どうにもならないくらいの頭痛におそわれる。そこに、乞食坊主が現れ、直し

てしまう。


名前と、住んでいる所を聞くと、天台の国清寺、名は豊干(ぶかん)。閭が赴任するところ

も、国正寺のある台州。

台州には逢いに行って、ためになるような,偉い人がいないか聞くと、国正寺に、拾得という

ものがおり、実は普賢。寒巌という石窟に寒山という者があり、実は文殊という返事。


閭は赴任し、国清寺を訪れるが、同翹(どうぎょ)という僧が出迎える。豊干という僧の事を

聞くと虎の背に騎って、詩を吟じていたが、ある日、ふといなくなったとのこと。


拾得について聞くと、豊干が松林で拾ってきたが、寺で不躾なことをしでかし、現在、僧の

食器を洗っているとか。


寒山について聞くと、寒巌という石窟に住んで、拾得が食器を滌(あらう)うとき、残ってい

る飯や菜を竹の筒に入れて取って置いて、それを取りに来るとか。


閭が厨に案内された時、拾干と寒山は、厨に蹲っていた、どちらも痩せていてみすぼらし

い小男。


同翹が呼びかけ、閭が恭しく挨拶をすると、二人は、腹の底から籠み上げて来るような笑

い声を出すと、立ち上がって厨をかけだして逃げしなに、寒山が、「豊干が喋ったなと」と云

ったのが聞こえた。


という物語ですが、寒山が文殊、拾得が普賢というのは、寒山が巻軸を、拾得がほうきを

それぞれ手に持っている絵が多く残されており、巻軸は文字・思想・知恵を表しており、釈

尊の左に侍し、知恵を司る文殊菩薩の化身。拾得のほうきは、実践・行動を意味し、釈

尊の右に侍し、慈悲(行徳)を司る普賢菩薩の化身であるとされているそうです。

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           (「寒山拾得」~久須文夫著より)


正体がバレたとたん逃げ出した寒山拾得。文豪、軍医総監、高等官一等などでありなが

ら、「余ハ石見人森林太郎トシテ死センント欲ス」で始まる遺言を残していった鴎外。何とな

く同じ匂いがするのですが・・・・


なお、この鴎外の「寒山拾得」は、詩集「寒山詩集」の「寒山子詩集序」に書かれた話とほ

ぼ同じです。


序を書いたのは、鴎外の物語に出て来る、、閭丘胤です。この序には、後半があって、二

人のことを調べさせたところ、竹・木・石・壁、村の人家の壁に書き散らした文句など三百

余首、拾得が土地堂に書いた偈文もあり、これを一巻の書物にしたそうです。

豊干・寒山・拾得の三人は「国清三隠」とも云われているそうです。

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さて、文藝春秋社から、「現代日本文学館」という文学全集が出ており、10頁弱の附録が

あり、小林秀雄氏が編集ですが、この小説をどう解説しているか、楽しみだったのですが、

残念ながらこれには言及されておらず、解説を小島正二郎氏が次のように書いています。


「同じように面白いのは、『寒山拾得』だろう。この小説の面白さは、わざと説かずに置く。

これには『寒山拾得縁起』という一文が添っている、この、『縁起』を読まれると、いっそう

面白いだろう、ことに、最後の一行がいい。」


最後の一行は、前述した「実はパパアも文殊なのだが、まだ誰も拝みに来ないのだよ。」

です。


この本を読んで、釈然としない方がおられると思いますが、それで良いのです。「寒山拾得

縁起」にこう書いてあります。


「子供はこの話には満足しなかった。大人の読者はおそらく一層満足しないだろう。」







2014年2月 3日 (月)

「桃カステラ大集合」から思い出した話~島原市ひなめぐり

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今の時期、島原城の写真を撮るとすれば、この古野梅園からでしょう。霞んでいるのは、

PM2.5のせいです。梅は満開です。


長崎ではランタン祭り、島原市では1月30日から、3月9日まで、「島原城下ひなめぐり」

がおこなわれており、その一環として、「桃かすてら大集合」が実施されています。島原の

お菓子屋さんで作られた「桃カステラ」を集めたものです。「ももフェチ」の私としては、行か

ないわけがなく・・・・(ももの意味が、少し違いますが)


桃カステラについては、「ひなめぐり」のパンフレットに説明が書いてあり、少し長くなります

が、


「桃カステラは、南蛮貿易で栄えた頃に伝わった『カステラ』と中国で不老長寿の果物とし

て珍重された「桃」が異国情緒と云う長崎県独特の風土の中でアレンジされて生まれ、生

活に溶け込んでいったものです。

 カステラの上に桃を描いて『フォンダン』(砂糖)をのせたその姿はとても愛らしく、又、昔

なつかしい素朴な甘さで、長崎県を代表する伝統的銘菓となっています。島原地方では初

節句返しなどにも利用されています。」

(注:島原地方だけではなく、長崎市等の他の地方でもこの風習あり。初節句は女の子の

節句)

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時間が早かったせいか、まだ、全部は揃っていませんでしたが、同じようで、店により、形

が少しずつ違っています。最近のヘルシー志向か、やや小型のものが、多くなってきたよ

うな感じ。

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私も、二つばかり買ってきましたが、右が標準的な桃カステラ、左が、洋菓子屋さんが作っ

た、創作桃カステラ、上に載っているのは、桜の花びらの塩漬け。

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さて、桃カステラを見ていると、思い出した事があるので・・・・・・以下は下ネタになりますか

ら、要注意。昨年、桃カステラのことを書いた時


「景気よく 開きし妻の もも匂う」


という川柳を紹介しましたが、以下は、「歴史を彩った性豪セックス列伝~菊池美佳子著」

に書いてある、ナポレオンと、妻ジョゼフィーヌのことです。


ジョゼフィーヌは、バツイチ、一男一女をもうけますが離婚。32歳の時、6歳下のナポレオ

ンと結婚します。


有名な話ですが、睡眠中のナポレオンに「ブルーチーズ」(独特な風味があるチーズ)の匂

いを嗅がせたところ、「ジョゼフィーヌ、今夜は勘弁してくれ」と寝言を言ったそうです。


さて、ナポレオンは戦争で忙しく、家を空けることが多かったそうですが、たまに戦地から

帰ってくる時は、「今から帰るから、風呂にだけはいるな」という手紙が、ナポレオンから届

いていたそうです。ナポレオンは匂いフェチだったみたいで、本当に「妻の もも匂う」です

ね。

(参考・引用:「歴史を彩った性豪セックス列伝~菊池美佳子著」)



2014年2月 2日 (日)

2014 第7回雲仙市民音楽祭~雲仙市

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昨年も書きましたが、雲仙市民音楽祭です。第7回目。旧七ヶ町が集まっての、年に一度

の市民音楽祭。


最初が、吾妻町の和太鼓、「吾魂」。

国見町のオカリナ、「ブルースカイ」。以前、宗次郎だったかな、オカリナが流行った時代

がありましたが、たまに聞いたら、いい音ですね。

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瑞穂町の長田さんのピアノ独奏、確か、去年も出演したかな。

愛野町コーラス、「わらべの会」、「ふるさと雲仙」。なかなか良い曲でした。

3 4

南串山町、「ムジカ・アコード」。田舎にしては珍しい、室内楽。

千々石町の「アヘナ」。いつもは、3人グループだったのですが、どういうわけか、今日は

一人。

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愛野町の文化箏「羽衣会」。曲は「少年時代」と「サントワマミー」とは、お年のわりには、洒

落てらっしゃる catface 失礼。

「吾妻中・瑞穂中」の合同演奏。「威風堂々」のBrass Rook.。ロックの編曲で聞くのも、な

かなかおつなもの。

7 8

瑞穂町の「津軽三味線愛好会」。なかなかの腕です。

国見町のオカリナ、「ストロベリー」。こちらも、小浜町と同じく、素朴ないい演奏でした。「い

い湯だな」は、頭に手ぬぐいを、のっけて。

9 10

国見町のFill inの「フィル イン」のピアノ連弾。子供たちも加わって、ほ~、こんな方法も面

白いな、という感じ。

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千々石町の「ファミリーコーラス」、若い方も、何名か参加され、頑張っています。衣装は新

調したものだとか。なかなか、良い感じ。もちろんコーラスもですが。

小浜町の荒木さん。普段はジャガイモを作っているそうですが、なかなかのもの。バックは

小浜町のコーラスの皆さん。

コーラスをバックに歌うのは、気持ちよさそう。私も、来年やってみようかな。バックコーラ

スですか?キャバクラのお姉さんに声をかければ、これくらいは集まりますよ。

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ということで、わきあいあいの市民音楽祭の最後は、「レインボーハーモニー」。「レインボ

ー」は七色で、七ヶ町が合併したものから。歌は、「花は咲く」。

最後に、全員で「一人の手」。

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又来年を、楽しみに・・・・・・といっても、ブログでは、音は出ないか・・・・


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