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2014年12月14日 - 2014年12月20日

2014年12月20日 (土)

子ども会「ミニ門松作り」準備

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気がつけば、今日は12月20日。クリスマスはきていませんがxmas、子ども会で、明日はクリ

スマス会と同時に、門松づくり、私もお手伝いをしています。

おまけに年賀はがきは、まだ手つかずaries


まあ、子どもはどうしても上手にできないので、飾りで多少誤魔化しますが、大車輪で、

100円ショップで準備品の購入と、見本作り。


私の作り方は、ナンチャッテ門松で→こちらをクリック①  こちらをクリック②


子供たちは、本物の竹を使いますが、私はビニール管を使います。これだと、竹を取りに行

く必要が、ありません。大きいのがお好きなら、大きな菅を。可愛いのが好きな方は、小さ

い管を使って下さい。なお、左の管は、真ん中の三本に使うものです。

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昨年の土台が残っていたので、それを利用して、チョイチョイとsweat01。上の写真です。ちょっと

飾り付けが多いかな?まあ、また作り変えるつもりですが・・・・・


私、ビニールパイプを、カラースプレーで色付けをしましたが、昨年は間違って、内側まで、

青を吹きつけてしまいましたが、本年は「軍師官兵衛」の、太閤秀吉にあやかって、金色に

塗り替えました。

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明日の門松の準備品です。約10名分。門松で一番大変なのは、竹切りですが、これは、自

治会長、老人クラブ、ボランティアの方がやってくれます。さて、明日はどんなのができるの

か?月曜日にでも、報告します。

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今日は、まだ準備の都合があるので、ざっとした「かどまつ」の話で「おそまつ」(「まつ」の駄

洒落でした happy01 )

さて、年賀状を作らなくっちゃpostoffice 。








2014年12月19日 (金)

「いさは屋特産品お歳暮フェア」~諫早市物産ホール(諫早商工会館1F)

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図書館の帰りがけ、ふと、看板が目についたので、入って見ました。

「お歳暮」の文字の所、貼り付けてありましたから、はがせば「お中元」になるのでしょうが。


場所は、諫早高校の横、市役所駐車場広場側の方です。駐車場は、市役所駐車場か、「高

城有料駐車場」に停めれば、無料券がもらえます(購入者のみ、市役所側はフリー)。


お歳暮、お中元には、頭を悩ませるもの。ここには、諫早を中心とした、特産品が置てあり

選ぶのに、便利みたいでした。


いさはや「有喜面浮流」。玄関の飾り物に。諫早といえば、おこし、歯が弱って、よく噛めま

せんが・・・・・

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「くじら」。いつまで食べられるか分かりません。今のうちに。最も、私達世代は、うんざりす

るほど食べ、カツといえば、「クジラカツ」のことでした。

一時流行った、ザボン、小畑実さんの唄で「鐘が鳴る鳴る マリヤの鐘が 坂の長崎ザボン

売り・・・・・」。たしか、長崎駅に、女性のザボン売りがいた覚えが、かすかにあります。

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「チャンポン」は、なんといっても長崎。多分、長崎からの出品かな?

諫早には、スッポン料理がありますが、スッポンのエキスを使った「ゼリー」。もちろん買って

食べましたが、コラーゲンいっぱいで、すぐに、お肌スベスベ。

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鰻も諫早料理の代表のひとつで、昭和天皇も長崎にお越しの時は、いつも某店のウナギを

召し上がられた、という話を聞いたことがあります。

長崎は、魚が捕れるので、かまぼこ店が多いのですが、長崎では「かんぼこ」と発音。

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「幻の唐比れんこん」。一時、跡継ぎが少なくなり、危うい時代がありましたが、最近、盛り

返してきました。おいしいですよ。

「幻の高来そば」。今、売り出し中です。

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これも高来町の煎り大豆。縁側で日向ぼっこをしながら、お茶を啜りつつ、猫を相手に、ポ

リポリと食べると、おいしいですよ。

「太白飴」「のんき飴」。今どきの子ども、知りませんね。

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黒米うどんとは珍しい。黒米は何度か食し、結構おいしかったのですが・・・・

「地酒」。今は、ドクターストップで、関係ありません。

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回って見ると、珍しいものもあって、一時間ほどかかりました。どうかしたところで選ぶより、

こちらの方が、イイかも。

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外へ出たら、国体の看板が出ていましたが、今年はあとわずか。また、するつもりかな?

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なお、お歳暮フェアは12月24日までですから、まだの方は、お急ぎを・・・・・開館時間は10

時~17時までです。





2014年12月18日 (木)

「社会保障一覧表」~コンビニで見つけた本

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コンビニといえば、大体、若者が利用するところですが、上にあるような本が置いてありまし

た。社会保障といえば、私も、40代くらいまでは考えた事はなく、この本、コンビニで売れる

のかな?(表紙と裏表紙です)


先日、法事の席で、「取る時は、否応なくとるくせに」「もらいに行く時は、申請ばせんとい

かんとに」という話。


昨年、「日本年金機構」から、年金振込通知書が来まして、この中で、一昨年までなかっ

た、「介護保険料・12,900円」「個人住民税・4,500円」、合計17,400円が天引きで、

否応なく取られて」いました。これ、年金生活者には、大出費ですヨ。


なお、「介護保険料」は分かりますが、「個人住民税」とはなんぞや?「年金から特別徴収す

る保険料等について」でいろいろ書いてありましたが、これは説明無し。


なお、ハガキの最初には、「個人住民税が特別徴収されたことにより・・・・」と書いてありま

したが、「特別徴収」とは?「特別」なら一回限りか?数回続くのか?わけ分かんない。


さて、病気で病院に通っていて、医療費が重なっている方、一年で一定の額を超えると、

「医療費控除」の申告をすると、税金が還付されます。これが、「申告しないと」、当然貰え

るべきものが、貰えないという事です。


私の場合は昨年、6,820円還付されました。ただ、サラリーマンでも確定申告が必要なこ

と。確定申告書に医療費控除額に関する事項を記入し、領収書を添付して提出します。こ

のほか年末調整済みの源泉徴収票も添付。なお、該当するかどうかは、居住地の税務署

か役場、役所に聞けば分かります。(面倒臭いこと!)


さて、ここで腹が立つこと。ウチでは「雲仙市 市民窓口課 国民年金班」から、毎月、「医

療費のお知らせ」が来て、「受信者氏名」「受診区分(通院・薬局等)」「日数」「医療費総額」

「国民健康保険から支払った額」「窓口での負担額」「病院等名称」が書いてあります。


要は、国民保険の医療費を抑えるため、「あなたの医療費はこれだけかかっていますよ。」

ということを自覚させるためでしょうが・・・・


ここで、問題なのが、役所が個人の医療費を全部把握しているなら、医療費の控除をする

時、「領収書を添付して提出します」はいらないはず。PCで各部署繋がっている時代。まっ

たく、市民に無駄なことを押しつけている、としか思えません。要するに、時代遅れで、民間

では考えられません。


ついでに、この間、十八銀行から通知が来ました。昭和25年度の税制改革で、「所得法等

の一部を改正する法律」が成立しましたということで。ここからですが・・・


「これにより、平成28年1月以降、特定公社債等に対する課税方式が、上場株式等と同様

に税率20.315%(所得税 15.315%+地方税5%)申告分離課税方式に変便されるほ

か、特定公社債等の譲渡所得が非課税から課税扱いに変更となります。・・・・・」。これ、普

通の人、完全に、分かりますか?銀行員なら分かるでしょうが。


自民党が政権を取ったおかげで(野党がとっても一緒)、官僚がやり放題で、また、わけの

分からない制度を作るでしょうが、税金はきちんと納める(いらない公共事業、天下り、国会

議員の削減、消えた社会保険料、今回の選挙費用700億等ありますが・・・・)、その代わり

貰えるものは貰いましょう。


昨日の、放送で、生命保険料の申請が無いために、支払っていない保険料が、数億あると

か。あなたのお父さん、お母さんの保険料もひょっとしたら、数千万あるかも知れないので

もう一度、確認を。


なお、一番上の写真、裏表紙に、取り上げられている「社会保障」の項目がありますから、

該当が無いかどうか、お調べを・・・・・・・・・


今日は、何となく「立腹帳」になりました。


【お口直し】

この2,3日寒くて、雲仙岳に雪が積もっていました。元気なら、樹氷を見に行きたいのです

が・・・・

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2014年12月17日 (水)

「キマイラ・鬼骨変」出版~夢枕獏著

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出てましたね。今年の9月30日出版です。全く気づきませんでした。大チョンボ。もっとも、

近くの本屋さんには並んでなく、某図書館に行ったらあったので、さっそく借りてきました。


この本、「文庫版1『幻獣少年キマイラ』」が出版されたのが、昭和57年。あとがきの最後

に、「この本は絶体に面白い。作者からそう宣言しておく」と書いて、もう何年経ったことか。


「キマイラ9 幻象変」が出版されたのが、2010年(平成22年)7月ですから、実に4年間

待たされたことになります。途中忘れているので、図書館から全部借りてきました。

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まあ、本当に、良く書いた事だと思いますが、最も、栗本薫さんの「グイン・サーガ」シリーズ

の正伝130巻、外伝21巻に比べれば、まだまだですが・・・


この「キマイラ」一冊の本に、大体二巻づつの話が入っていますが、この、後書きが面白

い。なにせ、約30歳からの書き始めですから、その間の作者の考えがよく読めます。後書

きを中心にご紹介します。


「キライマ」ご存じない方、始まりは「キマイラ1 幻獣少年」ですが、「キライマ1 朧変編」

の後書きで、


「”北上次郎をうならせてみたい”そんな秘かな野心があるのである」と書いていますが、こ

の「キライマ10 鬼骨変」の最後のページ。キマイラの宣伝のページでこう書いています。


「己の内に幻獣を秘めた、大鳳吼と九鬼麗一。彼らを見守り、『キマイラ化』の真相に挑む、

真壁雲斎、九十九三蔵、菊池良二らの、壮絶にして豊かな物語がここに展開!

『この大河小説は、ファンタジーであり、青春小説であり、格闘小説であり、作家夢枕獏の

美点のすべてがぎっしりと詰まった書だ』」(北上次郎)


これで、この小説の内容が分かると思います。分からない?それなら、最初から全部読めば

分かります。



「キマイラ2 餓狼変」
が昭和58年8月。後書きで、沢木耕太郎に影響を受けたことが分か

ります。



「キマイラ2 魔王変」
が昭和59年6月。



「キマイラ3 菩薩変」
が昭和59年9月。



「キマイラ3 如来変」
が昭和60年9月。「・・・・できうることなら、ぼくは、ほくという作家の

最後の最後まで、このキマイラという物語にかかわってゆきたいと考えている。

しかし、それは物語が決めていくことである。

問題は夢枕獏という作家のレベルが、この物語と共にあがっていけるかどうかだ。今の僕

の心配は、この自走し始めた物語の生み出してゆくレベルに、夢枕獏という作家がどこまで

ついてゆけるかどうかということである。・・・」「ぼくに約束できるのは、とにかく書き続けると

いうことだけである。・・・・・」



「キマイラ4 涅槃変」
が昭和61年9月。この間「長安だよ。」と書いており、その後、「・・・ぼ

くは、その”キマイラ”を書き終えて、ネパール・ヒマラヤへ向かったのである。、・・・・・・ぼく

を、ベースキャンプまで連れていってくれた遠征隊も、マナスル登頂を断念した。途中、雪

崩にあい、シェルパが一名死んだ。・・・・・」

多分、「沙門空海唐にて鬼と宴する」と「神々の山領」の時ではないかと思います。



「キマイラ4 鳳凰変」
が昭和62年7月。



「キマイラ5 狂仏変」
が昭和63年11月。「ぼく自身の現在のイメージでは、ようやく、この

物語は半ばを通り過ぎつつあるようである。」終わりませんね。「ウソ」



「キマイラ5 独覚変」
が平成元年2月。この年「上弦の月を喰べる獅子」で、日本SF大賞

を受賞。この年、故手塚治虫氏も同賞を受賞していますが、満60歳にて亡くなっています。

これについて、夢枕獏氏は次のようにかいています


「・・・・人の死というのは、いつ死ぬにしても、三八歳の今死ぬにしても、六〇歳のその時に

死ぬにしても、志の途中の死であるのに違いないのだな、人はいつ死ぬにしても志半ばで

死ぬのだな、ということであった。

ならば―

答えは出ているではないか。

今一番やりたい仕事を、やるべきなのだ。

そのために全力を尽くすべきなのだ。

今すぐやるべきなのだ。・・・・・」



「キライマ6 胎蔵変」
が平成3年3月。前のが平成元年ですから、少し間が空いています

が、「三国志伝来玄象譚」という歌舞伎の台本を書いていたようで、多分坂東玉三郎が演じ

たみたいです。



「キライマ6 金剛変」
が平成4年3月。



「キライマ7 梵天変」
が1994年3月(平成6年)。



「キライマ7 緑生変」
が1998年2月。前巻から間が空いていますが、「キマイラを連載す

る雑誌がしばらく見つからなかったためである、・・・」とありますが、ところが、この雑誌が隔

月刊。遅れたはずです。

「必ず書き、必ず書き続けます。これしかないと思う。」・・・「書き出して30年・・・・・この物語

が、この長さを要求しているとしか、僕には言いようがないのです。覚悟を決めて、おつきあ

いいただければ幸いです。」覚悟は決めていますが、私の寿命が持つか、どうか。



「キマイラ  群狼変」
2000年(平成12年)1月。「キマイラのこの物語、どうやら一生かか

りそうである。・・・・」



「キマイラ  昇月変」
2002年(平成14年)。夢枕獏五一歳。キライマシリーズ二〇年目。

「まだ終わらない。まだ途上である。途上であることの、なんという至福。・・・・」



「キマイラ9 玄象変」
2010年(平成22年)7月。前巻とするとかなり間が空きますが、これ

は、「東天の獅子」を「最初の担当者の定年までに仕あげようと、多くの連載中の物語を、

一時中断してしまいました。」という事で、夢枕獏さん、心優しい方ですね。夢枕獏59歳。



「キライマ10 鬼骨変」
2014年(平成26年)これも間が空いていますが、朝新聞出版で、

「宿神」の連載をしていたからだそうです。


なお、最初予定していたストーリーができないと分かったそうで、「今後、この物語がどうな

ってゆくかは、天にあずけることにした。・・・・・三十歳の頃始めたこの物語を、終わらせる

準備をそろそろ始めるか、それとも永遠に書き続けて死んだところで終わりとするか、そう

いうことを考え始める時期に来たのではないか。・・・」


あと、「餓狼伝」も終わってないし、「東天の獅子」も終わってないし、完結する頃は、多分、

私、いませんよ。とにかく、早めに書いてください。


なお、夢枕獏さんのファンになりたい方。現在、連載しているものは読まないで、完結した

ものだけを読むようにして下さい。昔からのファンの忠告です。


(「キマイラ○ ○○変」の表記については、朝日新聞出版社から刊行されたものを基にし

ています。文引用は、朝日新聞社刊「キマイラ」からです)




2014年12月16日 (火)

写真アルバム「諫早・大村・東彼杵の昭和」発刊

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今日はまた病院へ。最近は、家にいるより、病院にいる方が長いようで(待ち時間が長いか

ら)、出がけに、カミサンから、いつもの店で「卵買って来て」の下知を受けて、「ハイ、ハイ」

「ハイは一回で良いの」。


ついでに、子ども会の、ミニ門松作りの飾りを買いに諫早経由で帰っていたら、ちょうど昼。

久しぶりに、久山キッチンへ寄りました。ここ、おかずが作ってあり、それをチョイスして前払

いになるので、待つ時間がいらなくて、時々利用しています。

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そのあと、本屋さんに寄ると、どういうわけか、鳥居があって、神社とか祭りの本が並んで

いて、来年あたりは「神女」か「祭女」が流行のかな?

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と、本屋さんを回っていたら、一番上の写真、左は昭和56年、諫早史談会編著ですが、右

の本「諫早・大村・東彼杵の昭和」が出版されていました。収録地域は、諫早市、大村市、

東彼杵町、川棚町、波佐見町。


この手の本は、一回限りの出版が多く、再版はほとんどありません。手に入れるのに、苦労

します。という事で、お高くはありましたが、入手してきました。


昔の田植え風景、川棚町、昭和19年頃だそうですが、昔は、地区で協力して、田植えをや

ってました。いまは、トラックターと田植機で2,3人いれば充分です。

右は、諫早市、昭和20年代。昔は、牛とか馬とか家で飼っていて、農作業、荷物運びに使

っていました。ウチのカミサンの所も昔飼っていましたが・・・・・

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現在、眼鏡橋は諫早公園にありますが、この写真は、実際に本明川に橋が架かっていた

昭和20年頃だそうです。


昭和32年、諫早大水害が起こり、この橋は壊れず、かえって材木が溜まり、両脇の市街地

に損害を与え、市民から「撤去しろ」との声が上がったそうですが、当時の野村市長が国に

交渉し、国の初の重要文化財指定にしたそうですが、普及工事で川幅が1.3倍に拡張さ

れたため、今の諫早公園に移転し保存される事になったそうです。

7

昭和5年の諫早市永昌町。「長諫(鶴長長諫乗合自動車)」バスだそうです。前の、ボンネッ

トが懐かしい。確か、前の方にクランクを入れて、それを回し、エンジンをかけていた覚えが

あります。


今年は、長崎で国体が開催されましたが、昭和44年、第24回国体も長崎で開催されまし

た。その折の写真。東彼杵町大音琴郷だそうです。

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こちらは、以前出ていた、「図説 島原半島の歴史」。右は、千々石の老人クラブ連合会が

平成4年に作ったものですが、これは、全く手に入りません。

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とにかく、このような本は、手に入れることが困難なので、目に付いたら購入しておきましょ

う。自分の経験からです。(参考・文引用:「諫早・大村・東彼杵の昭和」より)





2014年12月15日 (月)

「青い鳥」そしてその続編「婚約」又は「チルチルの青春」 その3(最終回)

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前に書いたように、「五木寛之さん」の「青い鳥」について書いたものを読み、「青い鳥」の原

典を探していたら、上の本に出会いました。1990年8月、あすなろ書房より出版。翻案・

画、中村麻美さん。「青い鳥」の続編になります。


最後の「『解説』かえて」(冨田博之・白百合女子大学教授)を読むと、「大すじは、メーテル

リンクの原典に忠実ですが、物語としてつじつまがあわなくなってしまうような箇所には、中

村さんの創作の手が加わっている。」と書いてあり、それなら、原典を読んでみたいと、あち

らこちら調べて見たら、いつもの「国立国会図書館デジタルライブラリー」

こちらをクリック (こちらの題名は「許婚」)

に、大正12年、富山房発行、訳者 安藤勝一郎でありましたが、読みにくいので、本を探し

たら、単行本はありませんでしたが、全集本で二冊探しあてました。


左は、昭和2年3月15日、世界文豪代表作全集刊行會から発行された、「世界文豪代表

作全集」。訳者は布施延雄。この本、県内では、某図書館にしか無く、「禁帯」(図書館内の

中だけで閲覧可、館外持ち出しは禁止)という事で、もう一冊「メーテルリンク全集 5」に載

っていたので、こちらを借りてきました。


この本は、復刻版になりますが、最初の全集は、大正九年十二月三十一日、冬夏社より発

行。訳は、鷲尾浩氏。

復刻版は1989年(平成元年)、(株)本の友社から発行。ちなみに、お値段は、全8巻セッ

トで、139050円(税抜き)です。両方とも題名は「婚約」になっています。

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今回の物語は、「青い鳥」の7年後、チルチルが約16歳の時、「青い鳥」の時の、妖婆が現

れ、チルチルに、誰か愛している娘がいるか、尋ねます。


チルチルは、恥ずかしげながらも、生意気に、6名の娘の名前を挙げます。16歳で、6名で

すよ。私でさえ16歳の時は2,3名の好きな女子しかありません。


あとは、その中から、チルチルの婚約者を選ぶ旅になるわけですが、妖婆は、サファイア(

青い鳥の時は、ダイヤ)のついたぼうしを渡し、サファイヤを回すと、6名の娘が次々に現

れ、なんと、全員チルチルを愛しているとか。こうなると、光源氏と、良い勝負ですが・・・・


今回は、チルチルの妻を決める旅で、ミチルは、まだ年齢的には夫を選ぶ年では無いので

登場しません。他のお供もついてきません。ここで、6名の娘が現れた時、もう一人、ベー

ルをつけた、何も喋らない娘が一人現れ、あと「運命」がついて、各世界を巡ります。


最初は、「吝嗇家の家」。「妖婆の宮殿内の小部屋」では、娘達の本性が少し見えます。

「先祖達の住家」では、死んでしまった、先祖達に会いますが、なんと、先祖には「罪人」「大

金持」「人殺し」「偉大なる百姓」。そして最後には「偉大なる祖先」が出てきますが、残念な

がら、ここでも、誰が妻になるか分かりません。


次に来たのが、「子供たちの住所」(原文のママ)。ここには、これから生まれる子供たち

が、沢山いますが、ここで、チルチルが6名の子を持つことを知ります。少子化どころではあ

りません。


さて、チルチルの子どもですから、どの娘が自分の母親か分かります。ところが、なんと、一

番最後の、顔も分からない、しゃべりもしない娘の所に全部集まってくるのですね。


チルチル  (母の手を取って)あなたは何處からきたんです?・・・・あなたは一體だれです

        か?・・・・・あなたと何處かで前に見たつかしら?・・・・僕、覺えてゐない・・・


という具合なのですが、さて、妻になる娘は分かったのですが、この娘が何者か分からな

い。分からないことには、婚約できないわけです。


さて、「青い鳥」と一緒で、ここでチルチルが目覚め、そこに、お客さんが尋ねてきます。そし

て、その尋ねてきた娘が・・・・なのですが、チルチルはやっと思いまします。この娘だ!意

外な人物でした。


「青い鳥」では、最後に、青い鳥が逃げ出してしまいますが、今回は、メデタシ、メデタシで、

幸福は足元にあったという事になります・・・


本当なら、メーテルリンクの全集を読んで、「青い鳥」「婚約」を論評していくのが、本来の姿

でしょうが、どなたか、全8巻 139050円出して、研究してみられませんか。


なお、この戯曲は、上演した例はないということでしたが「チルチルの青春」の「『解説』かえ

て」を書かれた、白百合女子大学教授の冨田博之教授(平成6年没)によれば、「1987年

に、学生たちが上演するおてつだいをしましたが、おそらくこれが、わが国で、この戯曲が

上演された最初の例ではないかと思います。」ということです。


なお、「メーテルリンク全集 第5巻」は、県立長崎図書館に蔵書されています。遠くの方

は、お近くの図書館、公民館の図書室でリクエストすると、図書館等に送って来ますので、

どなたでも借りられます。いまのところ、私の所にあるので、しばらくのお待ちを。


「尋ねてきた娘が・・・・なのですが」。・・・・が誰なのか、知りたい方は、本をお読みください。

                                         
                                           (この項、おしまい)











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