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2014年1月5日 - 2014年1月11日

2014年1月11日 (土)

「ダンヒルライター」と映画「竜二」の私的思い出 その1

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下の台の色の影響で、少し金色気味になっていますが、両方ともシルバーです。


左が、ジッポーのライター、高校時代に買ったもので(もちろんタバコを吸う為)、50年弱の

前のものです。今のジッポーは、いろいろ飾りがありますが、以前は、何もついてなく、シン

プルなもの。


右は、ダンヒルのライター「dunhill 70」と入っていますから、調べると1960年~1970年のも

のらしく、ジッポーと同じ年代かな?


ダンヒルのライターは、今から10年ほど前、オークションで買ったもの。私がタバコをやめ

たのが、30年ほど前。タバコを吸っていないのに、ライターを買った?理由は、又。


今回は、このダンヒルのライターの私的思い出です。ダンヒルのライターは、友人がカタロ

グのオークションをやっていて、それで見つけて買ったもの。


今もちゃんと動きます。この、キャップを開閉するときの音、なんとも言えませんね。高級

外車のドアの開閉音と一緒です。


小さい所も手抜きなし。フリント(火花を飛ばす石)の入れ替え部分。1を下げ、2を左に動

かし、3の部分にフリントを入れます。ちゃんと今も動きます。

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底の部分。ガスを入れるところですが、まあ、精密機械ですね、

5 6

さて、私が東京で会社勤めをしていた時、先輩のダンヒルが故障し、丸の内の東京支社に

持っていったところ、とにかく、凄い鍛錬をしたような、カッコ良い紳士が現れ、私がライタ

ーを出したら、さっと恰好よく、バックスキンの手袋を付け、両手で受取り、「お預かりいた

します」。その、物腰たるや、実に優雅なもので、さすが一流のところは違うと、感動したも

のでした。


この人物、早川良一郎さん(日本エッセイスト賞受賞者)の本に、「・・・私の勤め先に来た

ことがある。後で、対応した女性が私にいった。「『顔は日本人みたいだけど、なんか外国

人みたいでしょう。日本語通じるかしらって心配してしまったわ。』・・・・幹侯(幹部候補生)

出身の大日本帝国陸軍将校であった時期もある。」。将校なら、鍛え方も違うはず。同じ

感じの人物でしたから、私に対応した人でしょう。


さて、このダンヒルのショップマネージーと、この方、なんと、ダンヒルの社員にもかかわら

ず、禁煙をしたとか。あるパイプーラー(パイプを喫う人)が、「けしからん、本社に投書して

やる。」といっていたそうですが、まもなく、喫煙を再開したそうです。


なお、ライターの故障に関しては、團伊球磨さんだったか、梅田晴男さんだったのかの本

に、こんな話が書いてあった記憶があります。


初代のダンヒルは、「我が社のライターは、絶体故障しない。もし故障したら、我が社が悪

い。故に修理代はいただかない。」

2代目のダンヒルは、「我が社のライターは、絶体故障しない。もし故障したら、使う人が悪

い。故に修理代はいただく。」

どちらも分かるのですが、どちらが本当でしょう?


私、以前はヘビースモーカーで、毎朝、ピー缶(ピースの缶入り、50本入っています、もち

ろん、フィルター無しの両切りタバコ)を2缶買って、毎日吸っていました。ちなみに、フィル

ターのタバコは、婦女子が吸うもので(差別的用語ですみません m(_ _)m ゴメンチャ

イ )、あれは、タバコではありません。


タバコが旨いのは、ニコチンとタールがあるため、それをフィルターで軽減するとは、何

事。男なら、両切りタバコを吸うべし。


パイプも20本ばかり持っていて、楽しんでいたのですが、タバコを止めるのには、苦しみ

ました。パイプの話は、いずれまた。


いずれにしても、禁煙して良かったと思います。あのままだと、多分この世にはいなかった

と思います。映画「竜二」の話ですか?それは次回。


シクラメンが、きれいに咲いていました。「真綿色した シクラメンほど 清(すが)しいもの

はない 出会いの時の 君のようで・・・・」、ウチのカミサンもそんな感じでしたが・・・・・

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2014年1月10日 (金)

写真を2枚

今日ハ、イロイロ、アリマシテ、疲レタノデ、写真ヲ二枚ダケ。

ノンビリ、眺メテクダサイ。

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場所ハ、千々石海岸ノ千々石川河口。向ウニ見エル崖ハ千々石断層デス。

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デハ、オヤスミナサイ。




2014年1月 9日 (木)

「2014 間違いだらけのクルマ選び」&昼ごはんは「ビッグシェフ」にて~諫早市唐比

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カミサンが、私が新車に替えたのに刺激を受けたのか、「私も、車を替える!」。もっとも、

10年ばかり乗って、消費税のアップとあっては、今のうちに買っておくのがベスト。


H社のFという車種に乗りたいというので、カタログと話を聞きに。カミサンは自分の事なの

に、またや、ぬり絵教室。一人で行ってきました。


クルマ屋さんに聴いたら、消費税の関係か、購入する人が多く、3カ月待ちぐらいになる

とか。


しばらく話をして、帰りがけ、本屋さんを見たら、上の本が並んでいました。

この本、以前お世話になったのですが、1967年から2004年まで刊行。一時休刊して、2011

年から、島下泰久氏を加えて再刊行。本の中身については、人の読み方それぞれでしょ

う。特に車については。


読めば分かりますが、徳大寺有恒さん、相変わらずの、VWのゴルフ好きですね。私も影

響をうけて、ゴルフを買い10年ほど乗りましたが・・・いまUP!に乗っていますが、良くも悪く

も有り、やっと慣れてきたところです。面白い車ですが・・・・・


7000キロあたりで、ミッションの一部故障で入院。まあ、外車ですから、外車持ちは、故

障が多くても、おおらかに生きましょう。


車に求めるものが、昔はカッコよさ、カッコよさからスピード、スピードからエコ、エコから安

全へ、そして自動運転へと変わって来ました。


高齢者が多くなっていくなか、田舎に行くほど、車が必要です。なにせ、バスは、30分から

1時間に一台。あとは、タクシーでスーパー、コンビニに買い物に。これ、実際の話です。


行き先を指定すれば、目的地まで、自動運転してくれる。ドア・ツー・ドアの車。ありがたい

ことです。早く、そんな車ができてくれれば良いのですが。この本にも、この事には、少しば

かり触れてあります。


さて、帰りがけ途中で昼食タイム。以前、森山町の唐比にあった「シェフ亭」に。と思ってい

たら、あら!看板が変わって「ビッグシェフ」に。


とにかく、分かりにくいですね。右の写真。看板がなかったら分かりません。まさに隠れ

家。赤の○印が、看板。

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中は、まったく普通の家。二間ばかりが、食事をするところですが、テーブルが4,5個。で

も、全部ふさがっていました。

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経営者も変わっていると思ったら、同じ方。話をしたら、体力が衰え、昔みたいに、コース

料理を作るのは、少し無理なので、ハンバーグの店にしたとか。


左は、前菜と、大根の煮物。大根は、柚の薬味がきいて、美味しかった。ハンバーグは、

ふわっとしたハンバーグ。アットホームなお店なので、探して見てください。

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お店にあった飾り物ですが、海に落ちているガラス片(シーガラス)を拾い、組み合わせて

作ったものだそうです。お知り合いの方が作られた物だそうです。

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店にかすかに流れていたのが、サッチモこと、ルイ・アームストロングの音楽。このセン

ス、分かる人には分かるんですが。分かりますか?




2014年1月 8日 (水)

正月の行事②~鬼火

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千々石では「鬼火」と言います。「オネビ」「オンノメ」「オンノホネ」という所もあります。

「左義長」と同じで、小正月の火祭り行事です。千々石では一月七日に実施。


こちらでは、子供会が中心になって、実施をしています。私の、自治会では実施していない

ので、近くの自治会の、鬼火をしているところに、松飾りを持って行って、焼いてもらいまし

たが、子供の姿が見えなく、

「子供は?」

「2人しかおらんとよ。もう、大人の行事たい。」

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数年前は、どこの子ども会でも、鬼火をし、高学年が下の学年を指導して、山から木や竹

を切ってきて、積み上げていたのですが・・・

みれば、矢印のところに、子供が二人。田舎に住んでいれば、少子化は、「ああ!実感」。

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大人は、お喋りをしたり、酒を飲んだりで、自治会の良いコミュニケーションの場。


子供は、この日に、習字の紙を焼いて、高く上がるほど、字が上手になるとか、体を温め

れば病気にはならないとか、餅やイモを焼いて、竹のはぜる音にビックリして、楽しんだも

のですが・・・・


さて、山本謙吉氏の歳時記によれば、「左義長」のところに、「どんど場は村はずれや道の

辻、坂の根、橋の袂など一定しており、東国では道祖神の祭りと統合して、さいと焼きとも

言う。」と書いてあり、この行事、随分昔からあったらしく、続けて、「『徒然草』に「さきちよう

は、・・・・・・」(第180段)とあり、また、「『弁内侍日記』には、建長三年(1251)正月16

日、左義長が行われたことが見える。」と記されています。


こちらでは「鬼」という字が入っていて、なぜ「鬼」という字が入っているのか、調べて見る

と、新上五島町の公式サイトでは、「オンノホネ」として、「鬼の骨まで焼き尽くし、災いを取

り除く正月行事で・・・」とあります。


「吾妻町史」には、「・・・大隅半島では、鬼の死体からいろいろなものが発生した。そのこと

については民俗学の大林太良氏は、死体化生型作物起源神話の痕跡がとどめられてい

るとも言っておられる。」・・・・・「正月の火祭りの起源といえば、天から降った神ないし鬼が

死に、その死体に作物が発生し、それが儀礼化して火祭りが始まり、また鬼の死体ないし

死体に発生した作物を焼いたことから、火祭りの焼餅が始まった。」と書いてあります

(太陽と月 小学館発行)。


正月の行事③は、1月20日、午前五時から、橘神社軍神橋下の千々石川で、寒中禊が

行われます。もちろん、みなさん、川の中に入ります。これを予定していたのですが・・・

私、残念ながら、不倫を初めとして、禊ぎするほど、悪い事はやっていません。おまけに、

朝五時には起ききれませんから、これはパス。







2014年1月 7日 (火)

新年の行事①~七草がゆ★雲仙市千々石町橘神社

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1月7日といえば、七草がゆ。七草がゆの振舞いがあった神社もあったと思います。

今日は、橘神社で七草がゆの振舞い。ちろん、ご近所とあっては・・・出かけてみました。


さて、七草、言える方?「せり、なずな、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」。一つ抜

けてる?「ごぎょう」ですネ。皆さんを試してみただけです happy01


橘神社には、ちゃんと皆さんが分かるように、高見氏によるちぎり絵の見本と、本物が展

示してあります。どれも同じような雑草みたいですが、「名のない草はない」ということで、こ

れなら、子どもにもよくわかりますネ。

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橘神社といえば、桜が有名ですが、皆さんご存じないと思いますが、梅の木もあります。そ

の梅の実で作った、梅干し。もちろん、無農薬。

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平日なので、少ないかと思ったら、意外と皆さん、ご馳走になっておられました。

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さて、折角ですから、七草がゆに関する話を、少しばかり


南北朝から江戸時代の初めまで300年ぐらいの間に、「御伽草紙」という、いろんな話が集

められた本が書かれました。


「鉢かつぎ」「浦島太郎」「ものぐさ太郎」「一寸法師」なども入っています。そのなかに、「七

草草子」という話があります。概略を紹介すると


昔、唐土に、大しう、という孝行ものがおり、親が百歳に及び、老いてしまい、これを見るに

つけ、心を痛め、若くなってほしいと望み、「両親の代わりに自分に歳をとらせてくれ」と、

神仏に少しでも近づくため、高い山に二十一日間登って祈ります。


二十一日目に、帝釈天王が現れ、薬を与え、次のような話をします。


須弥(世界の中心そびえたつ山で、帝釈天が住むという)の南に、白鵞鳥という鳥がいて、

長生きをすること八千年。


この鳥は、春の初めに七色の草を集めて服するから、長生きをする。その白鵞鳥の命を

お前の両親の命にしよう。ついては、七草を集めて、柳のお盆に載せて、玉椿の枝で、正

月の6日より始め、

酉の時には、芹といういう草を打つ

戌の時には、薺という草を打つ、

亥の時には、御形

子の時に、田平子

牛の時には、仏の座

寅の時には、菘

卯の時には、清白を打ち、辰の時に、七草を合わせ、東の方から、岩井の水を掬い、若

水と名付け、この水で、白鵞鳥のわたらぬ先に、服するように。

そうすれば、一時に十年づつ若返り、その後、親子三人、八千年生きるだろうと、言ったそ

うです。


さて、ここで、「白鵞のわたらぬ先に」とありますが、七草かゆを作る時、右手に包丁、左手

に杓子を持って、七草の若菜をたたきながら、「七種(ななくさ)なずな、唐土の鳥が日本の

土地に渡らぬ先に」と言いながら、若菜を刻んでいきます。


今日のTVニュースを見ていると、長崎の諏訪神社で、「七草なずな、唐土の鳥が日本の

土地に渡らぬ先に」と唄いながら、若菜を刻んでいました。

何百年も前からの風習ですが、伝統として残っているのを見ると、うれしくもありました。


今日見たら、英語の絵馬。見るの初めて。「カミサンと仲良くしたい!」と書いてあるのでし

ょう(私、日本人で英語全然分かりませんが・・・)。


参道の出店、いつの間にかなくなっていました。いつもの、静かな神社に戻りつつありま

す。次ににぎわうのは、桜の季節。

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大門松。1月26日、「大門松解体清祓」をもって、解体されます。見るなら、今のうち。

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ひさかたのあさきゆめみむひめはじめ   鷹羽狩行

初湯殿卒寿のふぐり伸ばしけり   阿波野青畝

七草や女七人かしましや   sugikan  (^-^; 毎度おそまつ



(参考・文引用:日本古典文学全集「御伽草子集」~小学館・刊★古典文学全集「御伽草

 子」~北畠八穂★微苦笑俳句コレクション~江國滋)




2014年1月 5日 (日)

「新春初笑」★鰻家小にょろ・らくご一もん総出演~島原市・サンプラザ万町にて

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「新春初笑」といっても、プロの落語会ではなく、全員アマチュアで、今日、寄席があるとか

で、知り合いから案内があり、よせば良いのに寄席にでかけました(これ駄洒落です、念

のために)。


あまり期待はしていなかったのですが、皆さん、上手いこと。プロ顔負けといったところ。


さて、島原では、子供狂言、各種の催し物での、子供たちによるお茶の接待があり、上手

に子供たちを育てていますが、この寄席にも、子供たちが4名ほど出て、これがまあ、堂

にいったもの。


いま、島原は衰退していますが、子供の頃から、文化、芸術に触れさせ、育てていけば、

時間はかかっても、必ず復興していくでしょう。


童流亭砂利くんに、童流亭小蓮ちゃん。この、堂々たる舞台態度。大人だって、こんな所

で、話をしてくれといわれると、ビビリますよね。

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童流亭湧水くんは「時そば」。このそばの食い方の上手いこと。童流亭放鯉くん、中学生で

しょうか、普通中学生くらいになると、恥ずかしがって、こんなところには出ないんです

が・・・・・・

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浪花家すずめさん。一番上の写真の様に、演台があるのが、上方落語の特徴。上方落語

は、江戸落語と違い、最初は、道端に舞台を設けて、話をしたのが始まりといわれ、人に

注目をさせるために、演台を叩きながら、話をしたとの事です。


すずめさんは年齢不詳。大阪の河内生まれの美女。もちろん、本物の大阪弁での咄。演

目は、大ネタの「愛宕山」。男も疲れる演目です。


なお、子供の本の読み聞かせもしていますが、大阪弁で書かれた童話があり、これを本

場の大阪弁で話したのは、絶妙なものでした。

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さて、この落語のグループ、数年前、鰻家小にょろ師匠を講師とし、公民館講座で「落語

講座」を始めたのが、きっかけだという記憶があります。


今は、師匠は桜宴社中を作って、各種イベントで活躍をしているみたいです。なお、FM島

原でも、パーソナリティをつとめています。


少し立ち話をし、「師匠は?」と聞くと、無いと言うことで、どうも独学みたいでしたが、立川

談志師匠を尊敬しているそうです。演目は、これも大ネタの「道灌」。かなり練習しないとで

きない咄。前半から、後半の切り替え、なかなかのものでした。

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最後のトリは、紫紺亭志い朝師匠。えらく、舞台慣れしているので、あとで他の人に聞いて

見ると、M大学の落研(落語研究会)にいて、第11代目の紫紺亭志い朝だったそうです。


演目は、「金明竹」。これ、前半と後半に別れますが、後半、上方の男が現れ、丁稚とおか

みさんに「わてな、中橋の加賀屋佐吉方から、使いに参じまして、先ほど仲買の弥市が、

取りつぎました道具七品のことで・・・・・・・」と、延々やるのですが、紫紺亭師匠、淀みなく

やってしまいました。さすが、落研。

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この部分は、三遊亭円丈が、名古屋弁で演じたものがありますが、こちらも、機会があっ

たら、聴いてみてください。少し変わって面白いですよ。


さて、特に子供たちは、寄席に行って咄を聞いて、勉強するのが一番なんですが、田舎

の悲しさで、年に数回しかこちらには来ません。(談志師匠は寄席に、入り浸りだったそう

ですが・・・・・)

こういうグループがある所って、楽しいですね。






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