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2014年8月22日 (金)

有馬氏時代の食文化と茶室ー「伊勢御師食膳日記」ー~「コレジヨ文化講座」より・南島原市有家町

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有家町で開催された「コレジオ市民文化講座」です。皆さん、興味が深いのか、満員で机、

椅子を追加する状態。熱心さが分かります。


講師は、元龍谷大学教授の根井浄(ねいきよし)先生。「修験道とキリシタン」等の名著があ

ります。この講座をブログにまとめていたら、長崎新聞に先をこされ、今日、新聞に載ってい

ました。


紙面の関係上、多くは書けないようで、当日、参加していた者として、少し物足りないので、

少し補足を。

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                (長崎新聞より)

当日の主要な話は3点。

①有馬氏時代の食文化

②中世有馬領内にあったと思われる茶室と、室主「ひヽや宗清」のこと。

③「ひヽや宗清」と、西有家須川の国指定の吉利支丹墓碑の関係。


まず、①です。「伊勢御師」とは、伊勢神宮の大麻(御札)を全国に配り伊勢信仰を説いて

廻国する宗教者だそうで、肥前を活躍した伊勢御師に「宮後三頭(みやしりさんとう)太夫」

がいたそうで、その記録が、三重神宮文庫に「宮後三頭太夫文書」としてあり、今回は、そ

の中から「伊勢御師食膳日記」を取り上げ話をされました。


塗りつぶされたところが、「宮後三頭太夫」が永禄四年~永禄十一年に活動した範囲で、当

時の有馬家、大村家の広い範囲で活躍をしています。

2

「桃(?)仙院」「西(?)光寺」「さいかう殿」(諫早西郷純尭?)「大村殿」(大村純忠か)等々

のところで出された、食膳の事が書かれていますが、有馬家で出された食膳。

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Photo_2

「義貞」は「肥前国領主・有馬義貞」のことです。


「けいらん」は「鶏卵」、「そうめん」は粉をひいて、練って、延ばしてと、以外と手がかかるの

で、ご馳走だったとか。


「なつとうまめ」は、いわゆる「ねば納豆」ではなく、「納豆味噌」。普通こちらでは、「なっとう」

といえば、味噌納豆。私も「ねば納豆」は、東京へ出て初めて食べました。


あと「くわし」は「菓子」。むかしの発音です。「ミつかん」は「ミカン」。後は何となく分かると思

います。「ひきしお」は、日光で乾かした海草。あとは、自学自習してください。


さて、②の茶室の方です。これも、「伊勢御師食膳日記」にも書いてあった図だそうですが、

「有馬義貞」は詩歌に優れ、書道家でもあり、いわゆる文化人でもあったのでしょう。有馬に

あった茶室だと思われるそうです。図面からみて、かなり立派な茶室のようだそうです。下

に図面を載せておきますので、古文書のお勉強だと思って・・・・

Img_20140822_0006_3

赤丸のところ「ひヽや宗清座敷(茶室?)」と書いてあります。

さて、この「ひヽや宗清」とは何者か?また、明日。


(参考・図、文引用「嶽南風土記 21号」「当日の資料」「長崎新聞」より」)




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