「島原城大手門枡形北側の発掘調査現地説明会」~島原市
先日、島原城の石垣が崩れ、その際「島原城(森岳城)跡石垣復旧工事に伴う発掘調査」
と、「島原城跡公園災害復旧工事竣工式」という事で、2回ほど、ブログに書きましたが、今
回はまた、新しいもの出土したとか。場所は島原図書館のすぐ横。島原拘置支所職員宿舎
の新築工事中見つかったもので、長崎新聞によれば、
①幕末期の石組みの暗渠
②築城当時のものとみられる大手門北端の根石
③二の丸石垣補習工事に伴い、堀の水を排水するために築かれた溝
近頃、あちらこちら行くと、史跡の説明会。参加者が多いですね。歴爺(私もですが)に歴
婆。失礼。若い方も混じっていましたが、関心の高さが分かります。
説明途中から、雨が降り、図書館へ入って、映像での説明。一番前に座って、スクリーンを
写したのですが、写真が斜めに写っています。補正するのも面倒くさいので、そのまま貼
ります。
昔の、珍しい写真
黄色の○印が、現在文化会館が建っているところ。その上の部分に、島原城が復興されて
います。青の矢印が島原商業高校、赤の矢印が、現在、観光バス等の入り口(多分)。こ
の、入り口は、新たに作ったもので、昔の大手門(入り口)ではありません。
普通、水堀がある城では、川から水を引きますが、島原は湧水が多く、堀の中からの湧水
で堀を満たし、水位の調整のために、暗渠が作られたのでは、という事でした。
青の点線が、暗渠の方向ではないかと、見られています。川の方向に、向かっています
が、一直線ではなく、曲がっているのではないかとの事です。この、ごく一部分が出土され
たという事です。
現在の航空写真と昔の絵図。
左の写真、緑の○印。上の方が、長崎地方裁判所、下の青○印が島原図書館。図書館の
左側が発掘現場になりますが、赤の矢印の所、小さなカギ括弧がありますが、これが、築
城当時のものとみられる大手門北端の根石と思われる所。
右が昔の絵図で、石垣の絵が描いてありますが、この矢印の所のカギ括弧、これが今回出
土した所と一致していると思われています。
なお、赤い線は石垣が築かれたところで、黄色の○印の所に「追手門」と書いてあります
が、「大手門」の事で、城に入るには、ここから、出入りした事になります。
この矢印部分が、「築城当時のものとみられる大手門北端の根石」になります。この上に、
石垣が積まれていたのでしょうが、ここは、官舎が建ったりで、その時壊されたもので、根
石だけが残されたものでしょう。
石組溝と暗渠。暗渠の所は、安全のため、ロープが張られ撮影できませんでした。

なお、暗渠には、土砂の除去などの、維持・管理。暗渠からの排水を溜めるための、溜枡と
して使ったと見られる石組み縦坑があり、暗渠と接続しているそうです。
底の方に手を入れるだけの、すき間があったので、手を入れて、スマホで写真を撮ったそう
ですが、90㎝×90㎝程度の大きさであったそうです。右が内部です。
なお、お堀の方にも、暗渠らしきものがあり、ここも手が入るので、矢印の石の左あたりから
手を入れて、写真を撮ったところ右のようになっていたそうです。
ただ、この附近は、明治29年頃から、水田やら宅地に使用されたようで、近くにコンクリー
の土管が設置され、使用され始めた頃は、暗渠の存在が知られていたのでは、という事で
した。矢印の所。
なお、暗渠は、堀水の恒久的な排水を意図し、溝を埋め戻す際に築かれたものと考えられ
るそうです。
今年が、島原城天守閣復元50周年で、今後、広域に、本格的に調査をしていくそうです。
まだまだ、なにか出そうな気がするのですが・・・なお、調査の現場は、埋め戻しをし、拘置
所の職員宿舎が建てられるそうです。そのままにしていて欲しいのですが・・・・・
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