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2014年7月22日 (火)

水権現の力石~島原市

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地方の、どこにでも見かける神社です。

歴史的には、寛政4年(1792)島原大変で、島原は壊滅的な打撃を受けます。ここ、中木

場地区でも、水源は全て枯渇し、毎日の生活に苦しみます。


当時の庄屋、下田吉兵衛は、神のお告げで、山麓に水源を見つけ、約5キロの水道(清水

川)を開設しますが、生活用水、灌漑用水も豊かになったそうです。


それから、地区民は水権現を守り神として、毎年、2月4日に祭礼をおこなっているそうで

す。222年の間守り続けてきたということです。見逃せば、何でもない神社ですが、地区民

の皆さんの思いが詰まった所です。


現在、私たちの身近な、小さな史跡等の記憶が、薄れ、又、破壊されていることを思えば、

この神社の歴史が残っているこは、大切な事だと思います。


観光地の寺院、史跡等も大事なものでしょうが、自分たちの身の回りのものに、もう一度、

目をむけることも必要な時代ではないでしょうか。


さて、力石です。力石については前にも3,4回取り上げましたが、昔は若者の遊びが少な

く、力自慢比べが楽しみだったらしく、神社等に奉納してあるのもありますが、家の庭などに

転がしてあるものもあり、今の70代以上の方しか、その事を知らないということがありま

す。


ここ、水権現の力石は、江戸時代から、大正初期まで、祭礼を盛り上げるため、力石の持

ち上げを若者が競い合ったそうです。

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力石は3個あり、大石が130キロ、中石が96キロ、小石が81.7キロあるそうです。力石と

して、保存してあるのは珍しいことで、これを昔の若者が持ち上げたという事を考えると、昔

の人の力が、如何に強かったのか、分かると思います。


私も挑戦しましたが、いつも書くように「色男、金と力はなかりけり」で、ビクともしませんでし

た。貴方も挑戦しませんか、場所は島原の第五小学校の近くです。

(資料・参考:「島原市の文化財~島原市教育委員会刊」・説明版より」)





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