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2014年7月29日 (火)

「人民の移住と娼婦の出稼ぎ」 その1~福沢諭吉?

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え~、一万札です。財布の中には、一万円札しか入れない主義で、5000円札が、樋口一

葉だったかな、千円札が野口英世でしたか。以前の一万札は、確か聖徳太子でした。聖徳

太子の一万円札で、買い物したら、うさんくさい目で見られた人がいるそうです。


福澤諭吉(一万円札には「福沢諭吉」)といえば「學問ノスヽメ」。「學問ノスヽメ初稿」には、


「学問ノスヽメ  福澤諭吉 小幡篤次郎 同著」


となっており、小幡篤次郎がなぜ同著になっているか、調べていたのですが、本が行方不

明で、記憶喪失で書けませんが、小幡氏は、慶応大学の第3代目の塾長になります。


「福沢諭吉の真実~平山洋著」には「福沢が40代半ばの壮年時代に育成した、小幡篤次

郎・小泉信吉・馬場辰猪・朝吹英二・井上各五郎・犬養毅・・・・・」と書いてあります。


「學問ノスヽメ」の出だしは、「天ハ天ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云エリ・・・・・」

で、「天ハ天ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズ」の後に、「云エリ・・・・・」という言葉が入

っており、福沢諭吉の言った言葉では無い事が分かります。説としては、アメリカ独立起草

委員会トーマス・ジェファーソンの宣言案からのヒントだという説が有力なようです。


福沢諭吉というと、慶応義塾大学創始者ですが、今でこそ慶応というと、わ~っ、というよう

ですが、「福沢諭吉の真実~平山洋著」によれば、「慶応義塾に大学部が設置されたのは

90年のことであった。しかし普通部(旧制中学)からの進学者がきわめて少なかった事もあ

って、文学・理材・法律の三科合わせて三百名を予定した在学生数は毎年百名に満たない

ありさまであった。96年10月、大学部の累積赤字にたまりかねた協議員は、その廃止を

主張する中上川彦次郎の意見が多数を支配するところとなった。」とあり、当時はたいした

学校ではなかったことが伺えます。


さて、私が、福澤諭吉に少し興味を持ったのは、先日書いた「天如塔とからゆきさん」の講

演を聞いた時、福澤諭吉が海外の賤業婦人(からゆきさん)について、下記のように書いて

いると言うことを、講師の方が話され、本当かなと思った事です。


福澤諭吉は、1882年3月に「時事新報」を発刊しますが、「福翁自伝」によれば、発行の当

初は中川彦治郎、次いで伊東欽亮(きんすけ)、次男の捨次郎と続き、会計も本山彦一、坂

田実、戸張志知之助と続いて、担当をし、「私の性質として金銭出納の細目を聞いた事もな

く見たこともなく、その人のするがままに任せておいて、かって一度もまちがいのできたこと

はない。まことに安心気楽なものです。コンナことが新聞事業の永続するわけでしょう。」

と、なんともノンビリしか書き方をして、福澤諭吉の気質が伺えます。


さて、「時事新報」に書かれた記事は、「福澤諭吉全集」に載せてありますが、全集は、明治

版(「福澤全集)、大正版(福澤全集)、昭和版(続福澤全集)、現行版(福澤諭吉全集)と四

種類ありますが、長崎県内の図書館には、現行版しか置いて無く、借りて読んでみました。

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昭和36年4月1日発行、「福澤諭吉全集 第15巻 著作権者 慶應義塾、発行者 岩波雄

二郎」ですが、「人民の移住と娼婦の出稼ぎ」(明治29年1月18日付け、362頁~364頁)

のところ、少し長いですが、当時の世相、考えも伺えますので、全文載せます。なお、文章

が長いので、誤字、脱字等あると思いますが、ご了承を。


「世間一般の論者は賤業婦人の海外に出稼ぎするを見て甚だ悦ばす、此種の醜態は國の

體面を汚すものなり、是非とも之を禁止す可しとて熱心に論ずるものあり。婦人の出稼ぎは

事實なれども、之が為に國の體面を汚すとの立言は更に解す可らず。娼婦の業は素より

清潔のものに非ず。左ればこそ之を賤業と唱えて一般に卑しむことなかれども、共に、之を

卑しむるは人倫道德の上より見て然るのみ。人間社會には娼婦の缺く可らざるは衛生上に

酒、煙草の有害を唱えながら之を廢すること能はざると同様にして、經世の目を以てすれ

ば寧ろ其必要を認めざるを得ず。彼の廢娼論の如き、潔癖家の唱ふる所にして、或いは実

行したるの例なきに非ざれども、其結果を如何と云ふに表面に靑樓と名くる悪所の存在を

止めたるまでのことにして、實際に風俗を破り衛生を害するの弊は、公娼の營業を公許し

たる時に比すれば一層の甚だしきを致して其弊に堪へず、苦情百出の為めに遂に復舊し

たるの事實は世人の知る所なる可し。或は内の醜態は兎も角も、之を外に現すに至りては

國の體面に関係すと云はんかなれども、娼婦の醜態、果たして國の體面に関係するものな

らんには、之を内に存するも其體面は既によごれたるものなり。内には公行を許しながら外

出を禁ずる如きは、俗に云う臭き物に蓋の喩に漏れずして、其臭は到底掩う可らず。内に

置いて臭きものならば、外に出すも亦臭からざるを得ず。四面解放の世の中に、臭き物に

蓋して國の體面を維持し得たりと思ふが如きは、所謂井蛙の見にして、與に世界の事を談

ずるに足らざるなり。況んや論者の如き、娼婦の營業を以て體面に関係ありと論ずれども、

娼婦の公行は世界一般に同ふする所にして、現に文明の中心を以て自ら居る倫敦、巴

里、伯林、ニューヨークの如き大都會の眞中に於いてさへも、賤業婦人の数は計ふるに遑

あらざる程にして、公に私に其業を營めども會て人の怪しむものなし。論者は獨り我醜業

婦の外出を禁じて誰に讃められんとの考えるや。果たして井中の蛙なるを免れざるものと

云う可し。抑も我輩が殊更らに此問題を論ずる所以のものは他ならず、人民の海外移植を

奨勵するに就いて、とくに娼婦外出の必要なるを認めたればなり。移住民たるものは或べく

夫婦同行して家居團濼の快濼を共儘、外に移して、新地に案ずること猶は故郷に居ると同

様ならしめんこそ最も望む所なれども、多數の移住民、必ずしも妻帯のものヽみ限らず、否

な、最初の間は不知案内の海外にいくことヽて、移住の希望者は差當り係累のなき獨身者

に多きのみか、或は妻帯のものとても先ず一人にて移住したる上、國より妻子を呼寄せん

とするものもあらんなれば、移植地の人口は男子に割合して女子に乏しきを訴へざるを得

ず。人口繁殖の内地に置いてさへ娼婦の必要は何人も認める所なるに、況して新開地の

事情においてはますます必要を感ぜざるを得ず。往年德川政府の時に香港在住の英國官

吏より日本婦人の出稼を請求し來りしことあり。其理由は同地の兵士屯在すれども婦人に

乏しきが故に、何分にも人氣荒くして喧噪争論のみを事とし制御に困難なれば、日本より

娼婦を輸入して兵士の人氣を和げたしと云ふに在りき。又浦鹽斯德などにても同様の理由

を以て頻りに日本人婦人の出稼ぎを希望し、適ま々々出稼ぎのものあれば大いに歓迎し

て、政府の筋より保護さへ與ふるやの談を聞きたることあり。海外の移植地に娼婦の必要

なるは右の事實に徴するも甚だ明白にして、婦人の出稼は移民の是非とも相伴ふ可きも

のなれば、寧ろ公然許可することこそ得策なれ。且つ又當人の為めに謀るも、賤業婦とし

て外に出づるものは内地に於いても何れ同様の境界にあるものにして敢えて苦とせざるの

み。現に外に出稼ぎして相應の銭を儲け歸國の上、立派に家を成したる輩も多きよしなれ

ば、等しく賤業を營まんとならば寧ろ外にでヽ利益の多きを望むことならん、何れの點より

するも賤業婦の外出は決して非難す可きに非ざれば、移住の奨勵と共に其出稼を自由に

するは經世上の必要なる可し。」


「娼婦の出稼ぎ」を薦めている記事ですが、「からゆきさん」の実態を知っていたのか?借

金の形、良い働き口があるとの詐欺まがいの誘い、拐かし、からゆきさんの平均年齢が

26.1歳。


この記事を読んでみて、本当に福澤諭吉が書いたのか?どうにも信じられない話です。

(明日に続く)


(参考資料・文引用:「福澤諭吉全集 第15巻 昭和36年発行版」「福翁自伝」「福沢諭吉 

 の真実~平山洋」より)





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