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2014年5月 8日 (木)

天如塔修復 落慶法要~島原市

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天如塔については、再三紹介をしてきたところですが、外側、内側とも完全に出来上が

り、今日は、修復落慶法要が行われました。

信者の方、ご近所の方、修復に関係された委員の方。

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まあ、今日は人が多いので、天如塔に入れるかなと思ったら、皆さん自由に入っておられ

たので、私も入ってみました。本を読むと、階段を登るのがきついと書いてあったのです

が、まあ、そんなにきついこともありませんでした。ただ、夏は、窓もほとんど無く、風も通

らず、大変でしょう。


入り口になりますが、左から入って、右から出るようになります。前に書いたように、上り階

段と、下りの階段は別々になっています。


説明版も書き換えられ、以前は「・・・近代の邦人の海外進出を物語るとともに、知られざ

る出稼ぎ労働者の実態を示す物として貴重である。」という事で、「からゆきさん」とは、は

っきり書いてなかったのですが、新しい看板には、「浄財の多くは師が東南アジアで出会っ

た『からゆきさん』からのものであっったことから、唯一の『からゆきさん』の遺跡とされ・・」

と「からゆきさん」とはっきり書いてありました。

Photo Dsc_0001

左の入り口から入ると、狭い、コンクリートで作られた階段を少し下り、あとは、急な階段

を上っていきます。多分この上り階段の下に、下り階段が作られているのでしょうが・・・


中は所々に明かり取りがありますが、ほとんど暗闇です。修復する時に、新しく取り付け

たらしく、足元を照らす電灯が所々に設置してありました。これが無ければ、ほとんど手さ

ぐり状態でしょう。

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階段の途中には、死者の成仏を願う各年忌の仏様が安置されています。

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塔の一番上には、開祖広田言証師が、ラングーンの寺で贈られた、大理石の如来像が安

置されてありました。

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上が展望台になって、なかなか、眺めは良いのですが、足元が、何となく不安で・・・・・

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さて、私、またポカをやりまして・・・・

上って来る時は、右の戸口から出てきて、下る時は、左の小さな戸口から下るのですが、

左の戸口が小さいため、風通しかと思い、また右側の方から下ってしまいました。

同じ階段を上り下りしたという事で、もう一度、正式に、上り下りしようと思ったのですが、

歳には勝てず・・・・・

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今後、どのように運営していくかですが、関係者の方にお聞きすると、修復委員会は今日

をもって解散で、今後は若い者にバトンタッチして行くそうです。


近所の方と話をしていると、よく、100年も、もったものだ、その間に何回の台風をくぐり抜

けてきたことか、はやり、この塔には魂がこもっているのだろう、という事でした。


今回は、信者、修復委員会、賛同者の寄付、市の補助金、多くの人に支えられ修復され

たもので、海外で亡くなられた「からゆきさん」の魂が、この塔で、安らかに眠る事を願うも

のです。





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コメント

 落慶式、法要の様子よく分かりました。
 一昨日『島原のからゆきさん』が届きました。読み始めたところ、興味津々。しかし、明日母親大会の助言者をしなければならず、その準備があるので、途中でやめ(残念)、終わったら一気に読めそうです。
 島原、行ってみたいです。そして、できたら天如塔にも入らせていただきたいな、と思っています。

落慶法要のあと、本堂で「からゆきさん」の法要も行われました。
なお。実際のからゆきさんに話を聞き、小説化したものが、宮崎康平氏(「島原の子守歌」の作詞、作曲者)著で、「からゆきさん物語」として出版されていますので、ご参考までに。
なお、当日、教育委員会の担当者が来ておりましたので、ひょっとしたら、相談連絡があるかもしれない、という事で連絡しておきました。
是非、島原にお越しを・・・・

教育委員会の方にお話しくださったとのこと、ありがとうございます。行く方向で考えています。旅行社へも大筋の見学場所を伝えました。私が行程時間がどのくらいかかるものか全くわかりませんので(バスで移動)、時間がわかりましたら、教育委員会の方にもお願いしようと思います。謝礼はどのくらいしたら良いのでしょうか。多分限られた中なので、十分なことはできないかもしれませんが、またご相談させてください。
『からゆきさん物語』のご紹介もありがとうございます。入手したいと思います。

さて、昨日は読み始めましたが、数日間の疲れで、直ぐに眠くなりました(笑) 
ブログのお名前に使われている千々石町が出てきました。大豆がたくさん取れるところなのですか?
国産大豆は貴重ですので、良いな、と思いました。

教育委員会の案内でしたら、時間中の勤務になりますので、謝礼は不必要かと思います。お礼にお菓子などで結構かと思います。
宮崎先生をご紹介されても、寸志程度で結構かと思います。観光ボランティアさんの場合は、料金が決まっていたと思いますので、ご確認を。

千々石の大豆の話、昔のことで、当時を知っておられる方はいないようで、いつか調べてみようかと思っているのですが・・・・・

色々ありがとうございました。
日にちはもう決まっているので、とは言え、まだ先なので急がなくても良いとは思いますが、行程など決まった時点で連絡しようと思っています。

島原に伺いましたら是非 Sugikan様にもお目にかかりたく思います。web上にご記入いただくことは個人情報なので避けるとしまして、もしもよろしければ私のメールアドレスにご連絡いただけたら幸いです。

Rohdy様
口之津の資料館の館長さんの話では、からゆきさんの部屋を、改装されたそうです。
時間があるようでしたら、じっくりとご検討を。
こちらは、現在入院中なので、後日メールにて。

本文とは関係ありませんが・・・
広田言証師が長崎市内にも足跡を残しているのはご存知ですか
西山にある長崎四国八十八ヶ所霊場のひとつである「薬師寺教会」というのは
以前は「西山町十善講薬師堂」と呼ばれていたのですが明治の初期に
島原大師堂の勧めで「肥前三十三ヶ所霊場」のひとつとして広田言証師が
建てられたそうです

情報ありがとうございます。
ご存じかも知れませんが、島原の理性院太子堂の初代言証氏は、僧侶としての修行、学問を積んだ方ではなく、また、お寺も、江戸時代の檀家制度、寺請制度とは関係無いため、いわゆる檀家を持っておりません。
広田言証氏を慕う信者さんがおられるだけで、この信者さん達を「十善講」として組織され、島原地方のみならず、各地毎に、十善講を作っています。
1902年、長崎にコレラが流行り、亡くなられた方のために、施餓鬼供養を挙行し、十善講社長崎支部の信者さんと一緒に、ネズミ島まで「流れかんじょう」というものを行い、巡礼姿をした者だけでも、800余名参加したそうです。これには、水上警察まで船を出して、協力をしたそうです。
その後、竹の久保、戸町、笠頭でも、白骨の供養をしたそうです。
「西山町十善講薬師堂」は長崎の信者さんが開かれたものでは?
広田言証氏は、何となく、カリスマ坊主だという感じがします。
なお、落慶法要の時も長崎から、信者の方が来ておられました。

お勧め頂いた『からゆきさん物語』読み終えました。長編で、読み応えがありました。聞き取りなので実感が湧きました。炭鉱船の中で亡くなっていく人たち、運良く(・・・と言って良いのか)渡航地に着いて働いていく人々のどちらが良かったのか、考えさせられました。夏代さんのその後はどうなったのか、ウィルソンさんとの本当の別離は第二次大戦で捕虜になっていく時だったのか、と思ったものでした。集団的自衛権がどうなつかと気がかりでなかった時期だったので、そんなことも頭をかすめながら読んでいきました。夏代さんはsugikanさんが発信していらっしゃる千々石の方だったんですね。歴史的な場所にお住まいなのだとしみじみ感じた次第です。ありがとうございました。

こんにちは

島原半島は、日本キリシタン発祥の地でもあり、キリシタン大名有馬晴信が統治し、半島すべての寺社を焼きはらったり、後、「島原・天草一揆」が起こり、住民無き土地に、南目(口之津近隣の町です)に、小豆島から移住してきたり、また、古くは、雲仙岳が修験道の地であり、千ばかり僧坊があったと言われています。歴史的には、面白い所です。

なお、映画「女衒」、「女売るのも国のため」のセリフで有名になりましたが、主人公の村岡伊平治も、島原半島の某町の出身で、有名な女衒です。

ネットで、「からゆきさんの小部屋」というのがあり、分かりやすく書いてありますので、参考にご覧になられてはと思います。

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