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2014年3月19日 (水)

空照上人壹百日修行頭髪塚~雲仙市田代原

A

以前、空照上人については、少し触れたと思います。多分ダブル所があると思います

が・・・→以前記事はこちらをクリック


雲仙の高岩山の登り道の鳥居から、けもの道に入り、500m。天照上人(他に、天照法

師、天照さんの記述あり)の立像があり、いつか行くつもりが体調が悪く、ついに行ききれ

ませんでした、特に、これからの時期は蛇さんがでてくるので・・・・・

B

天照上人は、佐賀県東多久市の出身だそうで、当時、有馬村に住み、病気を治す霊験

を現していたそうですが、大正11年の島原大地震、12年の関東大震災などの天災があ

り、西有家では天照上人にお願いし、西有家八十八か所霊場の基礎を築きます。


像の大きさは、台回り1.2m四方、高さ1.5m、像は60~70 ㎝だそうです。さらに、ここか

ら、登ると、「びわの口」と呼ばれる巨石群があり、その石窟の中に、太子像があり、「西有

家四国奥の院一夜太子」像があり、この両方の像は、有家町見岳名の信者さんが作った

そうです。


特に太子像は、セメント、砂などを険しい山道を担ぎあげ、一夜にして作りあげたそうで

す。

C_2

この、空照上人は、雲仙最後の修験道者と言われ、百日修行をされたそうですが、この場

所が、上人が回峰修行をされた所だろうということです。修行は昭和6年に行われたそう

です。


以前にも書いた、雲仙別所ダム(鴛鴦の池)のパワースポット、大黒天の横にも空照法師

(こちらには法師の文字)の像。年代は、昭和6年1月29日。多分修行に関係して作られ

たものと思うのですが・・・・・

Pa1402121_2

さて、話変わって、いま、島原から千々石にいたる街道、千々石道といいますが、島原の

お殿様が長崎まで通い、伊能忠敬が測量をしていった道であり、勝海舟、坂本龍馬一行

も通った道(これには異説あり)を少しうろうろして、田代原(藩政時代からの放牧場)の集

落を歩いていると、一番上の写真。


近頃、こんなものを見るとすぐに、調べる癖がつき、字を読んでみると、

E

「空照上人壹百日修行頭髪塚」。空照上人の百日修行の願を、讃えたたものでしょうが、

「え!こんな所に」、と思って建立者を見れば、

D

「三會村(三会、現在の島原市三会)信者一同謹建」。三会といえば、島原市の有明町と

の境で、一番端の所。


ということは、空照上人の名は、昔で言うと、西有家、有家、布津、深江、安中、島原市、

三会と、かなり広範囲に知れ渡っていたことが分かります。


田代原の管理人の方に聞くと、別の所に建てる予定が、都合があり、こちらに頼まれたと

のこと。


さて、空照上人の事も、この碑の意味も、すぐに忘れられ、私達の先人の歴史が段々薄

れていくことでしょう。


世界遺産の指定、ジオパークの指定と、それも結構なのですが、もっと、足元にも忘れて

はいけない歴史もたくさんあるのですが・・・・まあ、文化後進発展途上市としては・・・・・・

N市、I市、S市などと比べれば、遅れていますね・・・・

(参考・引用:「西有家町郷土史」「雲仙歴史散策資料~西久海著」より)

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