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2014年3月 7日 (金)

雲仙鉄道 30~第1号機関車? その三  

Photo

              (「島原鉄道100年史」より

上の写真の機関車、「1号機関車(大正初期)」と書いてあります。前回書いたように、明治

44年、日本の1号機関車は、島原鉄道に払い下げられますが、前回の設計図と比べると

分かると思いますが、ほぼ一緒の形だと思われます。こうして見ると、D型機関車などと違

い、随分小さい事が分かると思います。


さて、一号機関車として、数冊の本に写真が出ているのですが、撮影の日にちがほとんど

分からず、私も、鉄道マニアでなく、よく分からないので写真を並べてみます。


一応、念のため、「大正初期頃の3号機関車と思われる」と注釈がある機関車。

Photo_3

           (「島原鉄道100年史」より)

松尾卓次氏編の「目で見る 島原南高の100年」に載っている、1号機関車。胴体の横の

所に「1」と言う字、その上に、島原鉄道のマークが見えます。本書では、大正初期となって

います。

Photo_5

 以前のマークと、今使っているマーク。少し違っているのが分かると思います。

Photo_6 Img_20140306_0003

「島原鉄道100年史」からの写真です。横に、島鉄のマークと「1」その下に、多分「島原鉄

道」の文字だと思いますが、加わっています。下の写真同じようでですが、写真の写す角

度、煙突の下の痛み具合から、上の方が使い込んだような感じ。

Photo_10

Photo_7

「長崎歴史文化博物館」に売っていた絵はがき。煙突前の探照灯(ヘッドランプ)がありま

せん。上の写真より以前のか?取り外しができたのか?珍しく、煙が出ている写真です。

Photo_11

下の写真、「島原南高の100年・監修 松尾卓次」、「島原半島の歴史・監修 松尾卓次」

「島原鉄道の100年」。同じ写真が載っていますが、「島原半島の歴史」には、「島原駅と

シマテツ列車」となっており、他の本には「多比良(たいら)駅」となってますが、どちらが本

当?

Photo_12

「多比良の浜、田川の鉄橋を走る1号機関車(大正時代)」。車体の真ん中、かすかに島

鉄のマークと「1」の字が見えると思います。

珍しく、貨車を押していますが、前の方には牽引機関車がいたと思います。

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さて、今日は、1号機関車が雲仙鉄道のレールを走ったのかどうか、結論を書こうと思っ

たのですが・・・・一号機関車は、原型をとどめないほどの改造を、国鉄、島鉄で受けます

が、どうして、改造を受けなければならなかったのか、偶然のことに、今日になって分かり

ました。


次号はそのことと、結論を。勘の言い方は写真を見て行けば、すでに分かられたと思いま

すが・・・結論まで長くかかりましたが、あと1回で、「第1号機関車」は終わりです。なにや

かやで、長くなって  (*_ _)人ゴメンナサイ  。



 



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