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2013年2月17日 - 2013年2月23日

2013年2月23日 (土)

神代小路(こうじろくうじ)まちなみ散歩&鍋島邸緋寒桜

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鍋島邸の緋寒桜。今が一番の見ごろでしょう。奥の建物が鍋島邸。主屋、御座敷、隠居

棟、土蔵、長屋門が国の重要文化財の指定です。最近まで、調査、改修をしていて、入れ

ませんでしたが、やっと入れるようになりました。次の調査、改修が150年先だと言う事で

す(これは本当)。


今日は、「神代小路まちなみ散歩」があるとかで、参加してみました。案内人の方が、いる

のは心強いですね。参加料500円。

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こちらが、長屋門。上の写真の入り口です。

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町並みですが、なにか気づきませんか?電柱が一本もありません。別段、電気が来てなく

て、江戸時代の燭台を使って生活をしているのではありません。景観の問題で、電線は全

部、埋設にしてあるそうです。スッキリして良いですね。


前後しましたが、神代鍋島藩の位置です。(以前にも書きましたが・・・・)

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変な領地割りのようですが、これには、当時、島原半島を治めていた、有馬氏に楔を入

れ、有馬氏と島津氏を牽制させる、豊臣秀吉の思惑だったとの説もあります。


元に戻って、左が、家老宅の門、元禄時代そのままとってあります。右、石垣の上に石が

積んであります。敵が攻めてきたとき、投げつけるもの。鉄砲が出てくるまで、戦いでの負

傷の原因は、矢、槍、投石が多かったといいます。また、泥棒が乗り越えるとき、音をたて

ますから、泥棒除けにもなります。つぶて石というそうですが、参加者の中に、五島出身の

方もおられ、五島では、泥棒除けにしているそうで、「こぼれ石」と言っているそうです。

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道を歩いていると、竹で作った、垣根が多く見られます。矢竹だそうで、戦の時刈り取っ

て、矢にするそうです。


所々、右の写真の様な家があります。まっすぐ入ろうにも、生け垣が邪魔で、まっすぐ入れ

ません。矢印のようにしか入れなく、敵がはいってくる時間を稼ぐために、わざとこのように

してあるそうです。これがなければ、自動車もゆっくり入れるのですが、昔の伝統を守って

おられるのでしょう。

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お殿様が、勉学に来られた家らしいのですが、右の写真の様に、座敷が一段低くなってい

ます。お殿様に、お教えするとき、この一段低いところから講義され,お殿様は上の段の

座敷で、学ばれたそうです。左の写真が正面玄関。

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家はご覧のとおり、茅葺き。古びて雨漏りするそうですが、これを葺きなおすとなれば、大

変でしょう。外側をトタンで覆った家が多くなって来ています。

座敷をよくみると、ちゃんと、陣笠に刀。いつでも、飛び出せるようにしてありました。

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他にも案内していただいたのですが、今日はこれくらいで・・・・


なお、明日が芸能大会、お茶会。3月に入って民謡、オカリナ、詩吟俳句大会、鎧武者さ

るく、とイベントがたくさんあるみたいですから、皆さんもどうぞ。「神代小路まちなみ散歩

は」、毎日午前11時からと、午後2時からおこなっています。開会15分前に、お越し下さ

いとのことです。普通では、入れないところも、見せてもらえますよ。


この一帯は、国の重要伝統的建造物保存地区に指定されています。ガイドさんがおられ

ますので、雲仙市観光協議会まで、お問い合わせを。


天気は良いし、これで連れが(もちろんカミサン以外)いたら、ポチ良かったんですが・・・

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2013年2月22日 (金)

右か左か?~男雛と女雛

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古いギャグですが coldsweats01、4月4日は何の日でしょう、というのがありました。


3月3日が女の子の節句、5月5日が男の子の節句。4月4日は、真ん中なので、オネエ

の節句。皆さんご存じですね。


数十年間だったか、男雛と女雛、どちらが右で、どちらを左にするかの議論があったよう

な気がします。


現在は、向かって左が男雛、右が女雛が普通になっているようですが、昔は、宮中の並び

方で、左側(向かって右側)の方が上位の席であったようです。


それにならって、古い時代は向かって右が男雛、左が女雛だったようです。明治になり、

日本も西洋化を受け入れ、大正天皇は西洋式に右に立たれたそうです。


以後、昭和天皇、皇后陛下、現天皇陛下、皇后陛下もそれにならい、天皇陛下は右(向

かって左)、皇后陛下は左(なんかややこしくなってきましたが・・・)に並ばれるようになっ

たようです。


この、雛人形もそれにしたがい、東京の人形協会が、向かって左に男雛、右に女雛を並

べるようにしたそうですが、どのように置くのかで「現代式」、「古式」としているそうです。


余談ですが、舞台なんかも向かって左が下手(「へた」とは読みません、「しもて」)、右が上

手(「じょうず」とは読みません「かみて」)。向かって右が上席になるのですが、国旗、市旗

を飾るとき、国旗は下手、市旗は上手に飾ります。日本式に考えると、なにかひっかかる

のですが・・・・・多分国際的な儀礼を踏襲しているのでしょうが。


ついでにもう一つ、宮中内では両殿下は儀式用の和服を身につけられますが、国外から

来賓が見えられ、正式な場では洋装になられます。


数十年前、永六輔さんが、陛下がどうして日本伝統の着物で迎えられないのか、「天皇に

着物を着せる市民連合」、略して「天着連」なるものを作りましたが・・・・


さて、こちらでは昔はどうだったか考えていくと、灯台もと暗し、昨日から紹介している押し

絵雛、下の写真は大正時代のもの、有家町で見たもの。

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こちらが、明治中期のもの、島原城内の復興記念館に飾ってあったもの。

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これ、現代風に向かって左に男雛、右に女雛を置くと、そっぽ向いたことになり、絵になり

ません。少なくとも大正時代までは、こちら地方では、右に男雛、左に女雛を置くのが普通

だったのでしょう。

あと、二体ほど別の所で見ましたが、やはり、男雛、女雛の配置は同じでした。


なに?夜になったら、左右ではなく、上下になって、組つほぐれつになるから、そちらの方

を見たい?それもそうですね。


ウチの雛人形が夜に、何をやっているか、ポチと覗いて見るか。

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2013年2月20日 (水)

ちゃポリタン食べました

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この間、長崎のチャンポンについて触れましたが、この「ちゃポリタン」、「ちゃんぽん」と

「ナポリタン」からつけた名前でしょう。チャンポンの麺に具材を入れ、ケッチャップで味を

つけたものです。何となく可愛いネーミングですね。「ちゃポリタン」。


少し前から、販売もされているようなのですが、半調理品で手をかけなければ、いけないよ

うな感じなものです。


今回の発売のものは、コンビニのフ○○○○マートから、期間限定で一月間、19日から、

九州地区で販売。レンジでチンすれば良いものです。昨日、夕方買いに行ったら売り切れ

ていました。今日、行ってみたら、二個残っていただけ。九州以外の方は写真でガマンして

ください。


今や、高校生と共同発売、した「じゃGAぱん」、「みかんこまち」、地元大学と共同開発し

た、お弁当。地元密着の方向が見えます。


焼きちゃんぽんは知っていたのですが、この「ちゃポリタン」、ケッチャップ味とはこれ如何

に。


ラベルを見ると、「長崎県生麺協同組合」、「長崎かんぼこ組合」、「カゴメ」、共同開発

になっていました。開発した側と、コンビニの販売の思惑が一致したものでしょう。


さて、チャンポンにケチャップ味とは、どんなものがと思って食べたら、意外と合ってます

ね。


考えれば、「イチゴ大福」も出て来たときは、「ゲェ~そんなのありかよ。」と思っていたので

すがいつの間にか定着。走り高跳びも、正面跳び、はさみ跳び、ベリーロールしか無かっ

たのですが、メキシコオリンピックの時、フォリスベリーが初めて背面跳び。驚きましたが、

今や、全員背面跳び。何事にも発想の転換は必要のようです。


雲仙市でも、長崎チャンポンに対し、小浜チャンポンと名前をつけて売り出していますが、

この、「ちゃポリタン」くらい思い切らなければ、違いは出てこないのではないでしょうか。


ポチポチ熱は下がってきましたが、明日から、又、カミサンが帰ってくるかと思えば、ポチ

ポチ辛いですね。

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2013年2月19日 (火)

観櫻火宴 2013 のお知らせ(日本一の松明武者行列)~長崎県雲仙市千々石町

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カミサンが白内障の手術のため、ゆっくりできると思ったら、風邪引いて、ここ数年風邪に 

かかたことはないので、やはり歳のせいでしょう。熱が、38,7分くらいあって、もうふらふ

ら。


昨年も紹介をした、「観櫻火宴(かんのうかえん)」、冑.を身につけ、松明を持って、海岸か

ら商店街を通って、橘神社まで、練り歩いて来ます。早々とチラシが出ていたので・・・


この、イベント、衣装は貸してくれますので(人数制限アリ)、早めに、申し込みを

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特に、稚児武者、元服武者になる小、中学生は喜びますよ。うちの孫も昨年参加して、大

喜びでした。

写真は、クリックすると拡大しますから、ご確認を。 写真愛好家の方も絶好の被写体で

す。


また、ポチポチ熱が出て来たので今日はおしまい。ポチ。

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2013年2月18日 (月)

第14回 島原子どもフェスティバル~長崎県島原市

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入り口のアーチの真ん中に見えるのが、島原城です。島原城あたりは、昔、森岳という小

山があり、そこに島原城を作ったのですが、古い本などには、「森岳城」とも書いてありま

す。右に少し見えているのが、「森岳公民館」といいます。このあたりが、二の丸にあたる

ところです。


昨日、島原城の梅を見に行ったとき、ちょうど、第14回 島原子どもフェスティバルが開

催。私も、7、8年前、島原にいたとき、ボランティアとして参加していたので、懐かしく、覗

いて見ました。


始まりは、近ごろの子どもは、押さえつけられる事が多く、自分たちで伸び伸びとしている

ところが無いので、子どもたち自身に、いろんな企画を考えさせ、実施させたらどうかと言

う事から出発したものです。


カフェに餅つき、もちろん、これも子どもたちが企画をし、運営をしています。

Photo_2 Photo_3

最初は、保健センターで小規模に実施していたのですが、いつの間にか会場が足りなくな

り、こちらの方に移りました。事務局によれば、今年の参加者は、4000名くらいだろうと

いう事でした。

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なんとかレンジャーをやっているのは、高校生のボランティア。


綿菓子に、ポップコーン。これも、子どもたちが作っています。どういうわけか、神出鬼没

の、来年開催の、がんばらんば国体のマスコット、がんば君も。

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この、フェスタの良い所は、小学生の時参加した子どもが、中学校になっても、ボランティ

アとしてやってくる事。高校生になってもやってくる子も多く、今年は、高校生がリーダーに

なって、随分はかどったという事です。小学生ばかりの時は、随分、手をとったものでした

が・・・


島原には、高校が4校あり、それぞれボランティアとして参加していました。工業高校と、農

業高校はそれぞれの特長を生かして、工業高校は手作りの遊具。機械科の生徒かな?

手作りのゴーカート。そのほか、ロボットとか、ソーラ関係とか出品して、子どもたちに説

明していました。

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農業高校は、畜産科の生徒が、小動物園。実際に触れる事ができます。

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この、子どもたちが、大きくなってからも、ボランティア活動を続けてくれると良いですね。


さて、警察もパトカー、ミニパトカーまで出演。人気がありました。

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私も、子どもを押しのけて、乗って来ました・・・本当に大人げない。


今日は少し風邪気味、咳が止まりません。私の咳は「ゴホゴホ」ではなく、「ポチポチ」。

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2013年2月17日 (日)

ありえ蔵めぐり&島原城吉野梅園満開~南島原市・島原市

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昨日、行く予定だった、「ありえ蔵めぐり」。カミサンの風邪のおかげで、いけませんでした

が、本日行っていきました。


今日の長崎新聞に、同じ雛飾りの写真が写っていましたが、私の写真の方がいいな。

やはり、写真はカメラではなく、腕の問題。


さて、このイベントは16日と17日開かれていますが、酒造業、みそ、醤油、ソーメンの製

造業者の5軒の蔵で開催され、地元の特産品の販売、ひな人形が展示されています。


ひな人形の展示は3月3日までだそうです。

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昔ながらの、懐かしい風景。落ち着きを感じます。

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各会場には、特産品が並んでいました。


現在、島原市でもひな祭りがおこなわれており、昨年紹介をしたので、今年は、有家のお

ひな様を。各写真はクリックすると少し拡大します。

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下の写真の左は、明治時代、島原ではやった押し絵雛です。

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下の左の写真が、江戸時代より雛人形で有名な鴻巣(埼玉県)の人形。長崎で見られるく

らいですから、よほどのブランド品でしょう。右が、江戸時代のおひな様。

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床の間に飾ってある右と左の絵、多分、栗原玉葉の絵でしょう。明治16年、山田村(現雲

仙市吾妻町)生まれ、東京女子美術学校。苦労しながら絵を描き続け、大正3年第7回文

部省主催展覧会に出品した、「さすらひ」が入選。


日本画壇で大きな地位を占め、婦人雑誌の表紙に多く用いられたそうです。大正9年に生

まれた、「月曜会」は玉葉を中心とし、当時の女流画家のほとんどが入会していたそうで

す。


いいですね、うちのカミサンの塗り絵とは大違い。なお、玉葉の絵は、吾妻町内に2枚しか

ないといわれていますが(吾妻町史による)、もう一枚某所にあるそうです。

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さて、蔵の中も見られ、昔ながらの、はねぎしぼり。青いポリタンクには水が入っています

が、全部で一㌧もあるとか、右は人力で絞っていたものだそうです(こちらは今は使われて

いないそうです)。機械で絞ったのとは、はやり違っているとのことでした。

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ところが、会場の片隅に、信じられないものが

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左が憧れのノートン、右が「CORBIN」。前輪の「吉田蔵酒造場」「清酒萬鶴」の文字が泣け

ますね。人形さんより、こちらを見ている時間の方が長かった。


さて、このあと、島原城に向かいましたが、丁度、昔の二の丸、今の文化会館があるあた

りで、 「子どもフェスタ」が開催中、私も少し関係していたので、これは、又明日。


島原城の災害記念館でも、ひな祭りの最中。

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スヌーピーなどの新作の雛人形とかもたくさんありましたが、右に写っているのは、押し絵

雛人形。100年ほど前の明治中期に、呉服屋 で売り出され、70年ぶりに日の目を見た

そうです。


さて、島原城の吉野梅苑は満開でした。行くなら今のうちでしょう。

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城に桜もいいですが、こうして見ると梅も似合いますね。


私にはポチがお似合い。

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