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2013年2月10日 - 2013年2月16日

2013年2月16日 (土)

第8回 雲仙市としょかんまつり~長崎県雲仙市

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朝から、カミサンが知恵熱を出して。知恵熱知っていますね?「小児の乳歯が生えるころ

起こる熱病」(新明解国語事典より)。カミサン精神的に幼いから、知恵熱ですね。


さて、この「雲仙市としょかんまつり」も、第8回です。町村合併で、各町の読み聞かせグル

ープが集まって、実施したものです。


各町で、規模は違いますが、毎週、あるいは毎月、子どもたちを集めて、読み聞かせをし

ています。


今回の参加グループは、おはなしのへやぐりとぐら(国見町)、みずほ♡なかよし会(瑞穂

町)、おはなしの会くれよん(吾妻町)、愛のおはなしのへや(愛野町)、てぶくろの会(千々

石町)、プーさんの会(小浜)、絵本の森の会(南串山町)の皆さんでした。


本当なら、絵本を手に持って、みんなに見せながら、読み聞かせするのですが、参加者が

多く、会場が少し広く、後からは絵本がみえないため、

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各グループ、紙芝居にしたり、プロジェクターを使ったり、知恵を出し合っていました。


読み聞かせばかりでは飽きるので、

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手遊びを交えながら、左が「あぶくたった」。右が「きゃべつのなかから」です。皆さん、幼稚

園などでした覚えありませんか?私たちの時代にはなかったので、見ていて楽しかった。


絵本の中身も、昔とは変わって、いいのが出版されています。私たちの頃は、「桃太郎」

とか「金太郎さん」とか「一寸法師」とか「かぐや姫」とかだったのですが、今は実に多彩を

きわめています。


さて、最後までいたかったのですが、知恵熱のカミサンの昼飯も作らなきゃいけないし、残

念ながら、途中で会場を後にしました。


なお、昼からは、子どもたちの「あつまるんば子どもクラブ」の発表会、囲碁、将棋、生け

花、水彩画の体験もおこなっていました。


明日は、わんぱく小学校シリーズ(ちこく姫、飼育係長、給食番長、おそうじ係長等)の作

者の、よしながこうたくさんのライブペイントが午後2時から、朝10時30分からは、ワーク

ショップ、「番長と絵を描こう!」があるそうです。興味のある方は、どうぞ。


なお、3月2日には、ピアニスト、辻井伸行さんのお母さんの講演会もあるとのPRもやって

おりました。こちらは、入場券が入りますのでお早めに、雲仙市教育委員会まで。


帰りがけ見たら

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図書館の不要になった本、雑誌のお持ち帰りコーナーです。結構いい本もあったのです

が、何しろ昼飯を作らなければ・・・・


ところで、子どもに本を読んでやっていますか?特に小さいときは大切な事ですよ。わたし

も、よく読んでやりました。「昔々、桃太郎というキャバクラに、白雪姫という美しい、コンパ

ニオンがいました・・・」。だから、うちの子ちょっと他人とかわっているのかな?


カミサン、まだポチポチ熱があるみたいで、明日も飯作りか・・・

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2013年2月15日 (金)

長崎県立総合運動公園陸上競技場&体育館完成間近~長崎県諫早市

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何回もご登場いただいた、諫早市にある「県立総合運動公園」です。


昭和44年の第24回国民体育大会主会場として、昭和39年から整備をされたものです

が、平成26年の第69回国民体育大会、第14回全国障害者スポーツ大会開催のため、

平成21年から、古い競技場を解体し、やっと完成間近になりました。


この間まで、高いフェンスに囲まれて中が見えなかったのですが、行ってみると、入れない

ように、ネットは張ってあったものの、高いフェンスは取り除かれ、中は見えるようになって

いました。

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こちらが、正面玄関。北村西望さんの制作した像が残っていますが、昔は、真正面にあっ

たような気が、少し移設したのかな?

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最後の舗装工事、仕上げ工事をおこなっているみたいでしたが

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何となく、気になるこの壁の傷、ひびがはいったのかな?手当はしてあるようでしたが、あ

ちらこちらにありました。オープンまでには綺麗にするのでしょうが・・・・


この、競技場の側に

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新しい体育館です。入り口の看板はカバーで覆われていましたが、風でめくれたのか、「諫

早中央体」まで見えました。多分、「諫早中央体育館」という名称でしょう。


どうも、3月2日に朝からオープニングの式典があって、昼からイベントがあるみたいで

す。私の所には招待状が来ていないので、詳しい事は分かりませんが・・・・3月3日から共

用開始みたいなので、私も、少し走ってみようかな。100mを25秒くらいで・・・オープンし

たら、内部の写真を紹介します。


諫早市はどんどん発展をして、裕福な市。歴史文化館建設の構想もあるみたいだし。それ

に比べれば、私の住んでいる所は・・・・・


金はなくとも、愛とポチがあれば・・・・・か。

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2013年2月14日 (木)

十二支公園の謎~長崎県諫早市

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昨日は、小さな赤鳥居の謎に迫りましたが、なんか、拍子抜けという感じでした。今日も、

多少、体の空気が抜けていくという、拍子抜けする話です。


でも、昨日の鳥居、ゴミを捨てられて困っておられる方は、試してみてはいかがでしょう

か?意外と効果があるような話でした。


1月31日「女夫木の大スギと十二支公園」と言う事を書きましたが、十二支公園について

は、どうにも由来など分からない、と書いておりました。


夫婦木にいったとき、下のような看板があり、行ってみると、公園といいながら、真ん中に

猿田彦の石碑。入り口には「十二支公園 牛 平家と大スギの里」の標識。


「十二支公園」と書いてあれば、十二の公園があるはず。また、この公園の様子を見れ

ば、何か史跡と関係があるのではないかと、誰でも思うはず。

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たまたま、この前書いた「木秀の一里塚」を見に行ったとき、途中の道で、こんな看板を。

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やはり、なにかあるのかと、諫早に関する資料を、数日あったってみたのですが、分から

ない。


ところが、昨日書いた、諫早の某図書館の副館長さんと話していると、この公園の事に関

しても、話が出て、数十年前、県だったか国だったかの公園(環境?)整備事業があり、

その補助金を使い、作ったものだそうです。


こちらとしては、何か、歴史的由緒があるものと思っていたのですが、体から空気が抜け

ていくようで、ガックリしました。


ただ、この宗方公園はいつも買い物に行く道の近くにあるので、ちょっと見ていこうと、場

所を聞いて行ってみました。道にある看板は、上の写真の所しかないので、多分、聞いて

行かなかったら分からなかったでしょう。

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現場に行くと、入り口の看板はこれっきりでした。一番上の写真が、公園です。ブランコと

すべり台が一緒になった遊具が、はしっこにポツンと。でも、のびのび遊ぶなら、かえって

こんな所がいいでしょう。駐車場、トイレは完備です。


お爺さんがいたので、話をしていると、20~30年くらい前に出来たとか。この先に、キャ

ンプ場もあるよ、ということで

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なんとも立派な橋が、橋を渡って5分ほど歩くと

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16張ばかりテントが張るようにしてありました。さっきのお爺さんの話では、あまり、利用

が無いとか。まあ、場所自体も分かり難いからでしょう。


さて、他のブログを読んでいくと、十二支公園は、市内の史跡や、謂われのある場所を公

園として整備した、とありますが、もしそうなら、その謂われの説明版くらい設置して欲しい

ものです。せめて、公園の入り口名前くらい、きちんと書いておいて欲しいと思います。


しかし、考えて見ると「十二支公園」とは、良いネーミングですね。なにか、ありそうな感じ

で、私も、引っかかった一人ですが・・・・


そういえば今日はバレンタインデー。チョコよりポチを。

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2013年2月13日 (水)

謎の小赤鳥居

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国道251号線を走ってると(もちろん車で)、いつの頃からか、こんな赤鳥居、といっても5

0㎝くらいの小さな鳥居が立っていて。こんな具合です。

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小浜の郷土史を研究している方も気づいたらしく、40~50歳くらいの男が立てていたが、

一体全体、あれは何だ。という事で、調べる事、ここ半年あまり。


すると、ここだけではなく、唐比から、山際に抜けて行く道。

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M町のモーテルに行く道。(私、モーテルには入っていません。絶体に。一人で入っても面

白くないから・・・)

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という事で色々考えたのですが、ここらあたりは霊山雲仙を控えているところ。雲仙は昔、

修行僧のメッカで、今も、時々、修験者の方が通っている事もあり、その関係で、ひょっと

したら結界でも張っているのかなと思い、地図に鳥居のあるところを落としていったのです

が、よく分からない。


ところが先日、他の事で某図書館に行って、副館長さんと話していると、ひょっとこの鳥居

の話に及んで、聞いてみると大笑い。


某町で、ゴミを道端等に捨てるのがあまりにひどく、

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こんな看板を立てても、いっこうに効果が無く、誰が考えたのか、赤い鳥居を立てたとこ

ろ、これが効果覿面(できめん)。捨ててあるゴミの量が減少したそうです。これを聞いた

隣町がマネをして、あちらこちらに立てていったそうです。(役所の環境課あたりだそうです

が。)小浜の郷土史家が見られた人物も役所の方だったのでしょう。


鳥居は神聖なものであり、そこをついた心理作戦であったのでしょうが、日本人ははやり、

神仏に対しては、恐れの気持ちも持っているのでしょう。


という事を、カミサンに話したら、、「あら、そんなの知ってるわよ」。人が半年も考えていた

事を、しらっとした顔で。これだから、うちのカミサンは嫌いだ!


なに、あなたも知っていた?いけず pout !!


日頃は温和な私も、今日はポチと腹がたちました。

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2013年2月12日 (火)

買ってみました「エンディングノート」

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先日、週間ポストに「エンディングノート」の事が出ていたので、紹介しましたが、本屋さん

に行ってみると、田舎の本屋さんにも関わらず、4種類ほどの「エンディングノート」が並ん

でいたので、そのうち一番安いのを、一冊買って来てみました。


蓮如上人の「御文章」、「白骨の章」に「・・・我やさき、人やさき、けふともしらずあすともし

らず。・・・」と書いてあるとおり、いつ何時、何が起こるのか、分からないのが世の習い。


週刊ポストに、書き込んで「エンディングノート」にするわけにもいかないでしょう。父は、

ノートに、色々書いておりましたが、はやり、分かりにくい所もあり、この、本を利用する

と、残された方が困る事も少ないでしょう。


「私に関する事」「財産お金に関する事」「もしものとき」「伝えておきたいこと」」「万一の時

のアドレス帳」など、多彩にわたっています。


「履歴書」。幼稚園から書いてありますが、私は「諏訪幼稚園中退」。問題児で中退ではな

く、単に引っ越しで家を変わったためですが。最終学歴、「諫早自動車学校」。


「20代の頃」に熱中していた事、めぐりあった人、そのほかの思いで。「40代の頃」までし

か書いてありませんが、60代だって「めぐりあった人」があっても良いじゃありませんか。

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ちょっと分かりにくいですが、家系図です。右のページには配偶者の分がありますが、全

部書けますか?家紋も書く欄がありますが、これ、葬儀屋さんから聞かれて、とっさに返事

出来ませんでした。知っておきたい事です。


「介護」~「お願いしたい人や場所」。「彼女」、「彼女宅」。いればの話です。

「棺に入れて欲しいもの」。「ポルノ雑誌」。なお、CD、DVDの類は、ダイオキシンの問題で

火葬場によっては入れる事が出来ません。


「戒名」。「○○○院○○○居士」という戒名を見ますが、「○○○院」を入れた場合は、本

寺に、○○万円寄付がいりますから、入れて欲しいか、欲しくないか、はっきりした方が、

良いですね。残された方の、懐具合を考えて。


「死亡通知や葬儀の案内をだしてほしくない人」の項まであります。もちろん、カミサン、と

いうわけにはいかないでしょう。


おや、「ペット」の欄までありますね。「名前」「種類」「生年月日」・・・ペット化の時代を感じさ

せます。


あと、「財産・お金にかんすること」がありますが、これは、ちゃんと書いていたが良いで

す。へそくりも書いておくのかな?


私の義兄は、心筋梗塞で急に亡くなったものですから、息子に話を聞くと、預金通帳がど

こにあるか、畑が(息子はサラリーマンをしていましたから)どこどこあるか、非常に困った

そうです。


半分冗談めかして書きましたが、これに、相続の問題なども絡み大変です。私の知ってい

る独身女性(高齢者)の方は、公証人役場で手続きをして来たそうです。


なお、死後も、しなければならない事が山ほどあり、役場、保険、貯金、四十九日、忌明け

のお礼等々ありますから、残された方に、なるだけ負担をかけないように、ちゃんとしてお

きましょう。もっともあの世から、みなさんバタバタしているのを見るのも一興かな?


とにかく、本は買わないまでも、立ち読みで良いから目を通して見てください。気づかない

事もたくさんあって、絶体役に立ちますよ。


あなたも、ポチポチご準備をどうですか think 。

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2013年2月11日 (月)

「安德天」と「二位尼(にいあま)」の碑 ② ~諫早市夫婦木

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昨日は、長崎のランタンフェスティバルの開会式。子どもを長崎に送っていったら、人が多

く帰るのが遅くなって、お休みしました。


さて、「安德天」の続きです。先日、安德天皇のお祖母さんの「二位尼」の碑の事を書きま

したが、その碑より先に進む事200m程度。

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「旧嶋原街道 安德天碑」の石碑があり(この碑も、諫早史談会の方が建てられたもので

す)、この階段を上がったところにすぐに広場があり、真ん中に「安德天」の碑がありまし

た。

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広場は綺麗に掃き清められ、碑にも新しい花が飾られていました。この土地の方が、丁重

に祀っている事が分かります。また、この碑の所までしか、舗装がして無いところをみる

と、わざわざ、ここまで来るためのものだと思われます。


さて、仁徳天皇の伝承については、各地に残っているところですが、「諫早を歩く~山口八

郎著」には、次のように書かれています。一部要約しながら書いてみると、


壇ノ浦で二位尼と共に入水した安德天皇ですが、その実、こっそり生き延び、ここまで来た

が、ここで源氏の手にかかって生涯を閉じられたという伝説が残っていおり、そういう安德

天皇のお墓は全国にいくつもある。「恐らくは似た年頃の平家の子どもたちを影武者とし

て、安德天皇だと匂わせて八方に散らせ源氏の追っ手を引きつけ、ご本人はこっそりと安

全に落ちのびるという、策を練ったものと思われます。たといご本人でなくとも、可哀想な

平家の子どもが犠牲になったものと思えば安德天皇として、お祭りすることこそ、最も

ご本人の気持ちをくんだ慰霊の道だと思います。夫婦木の皆さんが、八百年来お祭りを

続けて来られたのも、素晴らしい事だと思います。」


碑が立っている、この広場に立つと、つくづくと同じ気持ちにさせられました。


さて、諫早市史によると、女夫木の安德天皇の伝承では、安德天皇は、壇ノ浦から豊前、

肥後の五箇米良、筑後潟から島原に上陸、島原安德で足を休め、雲仙を越え、串山村京

泊(現在の雲仙市南串山町京泊)から海路有喜、鶴田越から乙女木まで来られたが、源

氏の知るところとなり、討ち取られたということでした(地図の場所は大体の所です)。

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里人は深く崩御を痛み、ご遺骨を治め手厚く祀ったと言う事です。


さて、ここの碑には「安德天皇」ではなく、「安德天」と彫れています。本来、無銘の自然石

の小碑が立っていたのを、お粗末だと言う事で、立て直したものだそうです。


「安德天皇」と彫ると畏れ多いということで、「天」で止めたと言う事です。「大黑天」とか、

「弁財天」とかありますから。

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正面に「安德天」、横に「女夫木」と彫られています。


なお、市史によると、「諫早は平氏との交渉が深かったと思われる。」と書かれてありま

す。


影武者だったのか、本当の安德天皇だったのか、あるいは、安德天皇の崩御を知った、

平家方の者が、霊を慰めるために立てたものか分かりませんが、今も夫婦木の方々から

篤く祀られて様子が見てとられました。

(参考・引用:「諫早を歩く~山口八郎著」「諫早市史」)


近ごろ疲れ気味で、試しに、「コエンザイムQ10」というのを飲んでみました。ポチ、効いた

ようです(まだ一粒しか飲んでないので気のせい?)。赤マムシの方が良かったかも。で

も、あれ、あちらの方にも効きますから。お相手がいれば良いのですがね・・・・ポチ

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