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2013年11月24日 - 2013年11月30日

2013年11月30日 (土)

「男のおばあさん 2」~永六輔著

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先日、「男のおばあさん」を紹介しましたが、このたびは、「男のおばあさん 2」です。


永六輔さん、次のように書いています。

「おじいさんは、年のとり方をおばあさんに見習おう。

なぜなら、おばあさんのほうが断然、丈夫で長生きだから。

『おじいさんだ』って頑張ると、どうにもよくないと。」


私も、仕事の都合上、人の前で話すことが多かったのですが、話を良く聴き、うなずき、笑

うのはほとんど、おばあさん。おじいさんは、どちらかというと、「年下が何言うか」という感

じで、ひどい人になると、横を向いたまま一時間。あ~、この人は長生きしないなと思った

ものでした。皆さんも、元気で、長生きしたかったら、永さんが言うように、おばあさんを見

習いましょう。


さて、この本、TBSラジオ番組の、「永六輔の誰かとどこかで」を元にしていますが、いろん

な報道で、この番組について、「9月27日」が、最終回とか、終了と書いていますが、永六

輔さん、この本の最後に「ちょっとお休みします」と書いています。


お医者さんと相談し、本当に、病気にちゃんと立ち向かい、もう一回スタジオに帰りなさい、

といわれ、本当に休む事を決心をしたそうです。

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       (「男のおばあさん 2」より)

一応、けじめの放送が、今年9月7日。12、629回目。この日の放送は、YouTubeでも聞

くことができます。


今回の本も、愉快な話、お小言、人との繋がりのこと等書いてありますが、モンゴルの話。

日本人と違い、天才バカボンのパパ、「それで、いいのだ~」的な考え方、思わず、笑いま

すネ。


永さん、なんと携帯電話を持ってなく、79歳の誕生日の時、携帯電話を持たされたそうで

すが、使い方が分からない。番組の相方の遠藤泰子さんを講師に、番組の中で携帯電話

の扱い方を習っていますが、これが、なかなか理解できない。面白いやりとり。


シャンソンで一時流行した「思い出のサントロペ」の話。これもYouTubeで聴けます。シャン

ソンというと一時ブームがあり、今ではあまり話題になりませんが、いい唄です。大人の唄

が段々少なくなり、淋しい限り。この本読んでシャンソンの良さも再確認しました。さっそく、

CDだして、金子由香利さんのシャンソンを聴いてます。


人との繋がり、「人は、人に出会って人になる」。

黒柳徹子さん、永井荷風、小沢昭一さん、渥美清さん、五木寛之さん、安藤鶴夫さん、石

井好子さん、中村八大さん、淀川長治さん、篠山紀信さん(永さんのパスポートの写真は

篠山さんが撮ったそうです)、徳川夢声さん、古川ロッパさん、丹下キヨ子さん、中村メイコ

さん、芥川也寸志さん、黛敏郎さん、團伊玖磨さん等々多士済々。


永さんの人脈の広さが伺えますが、黒柳さんの所、「黒柳さんの話につながるように、途中

で言いましたが、どう繋がるんだろう?僕にもわからない(笑)。」という面白さ。


「こんにちは赤ちゃん」の歌を作ったときの話。歌詞の中に、「私がママよ」という言葉が入

っていますが、「そしたら、『そんなの変だ』『ママなんて、普通はバーのママのことだ』って、

随分いわれた。あの頃はまだ、「ママ」なんて、そんなに使われていなかったから・・・・」


時代を感じますね。私も、パパと呼ばれたいんですが、若い子から、「ねえ~パパ~」。


ほか、能と狂言の違い、粋と野暮、絆創膏の痛くない剥がし方、「おふくろの味」の記憶、

エビの目、カニの目など、書けば切りがありませんが、面白い話、役にたつ話など満載で

す。

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        (「男のおばあさん 2」より)

写真を比較すると、年月の過ぎ去るのを実感します。私も、同じように、歳取っているんで

すが・・・・永さん、病気をよくして、「永六輔の誰かとどこかで part2」、始まるのを待って

いますヨ。




2013年11月29日 (金)

宝くじで思い出した話

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年末ジャンボ宝くじ、久しぶりに買っちゃいました。昔は、宝くじの売り出しというと、福岡の

某デパートの近くの売り場が、当たるということで、わざわざ、長崎から買いに出かけたも

のでしたが・・・・


実は、私、高額の宝くじに当たったことがあるのです。100円、200円なら、誰でも当たり

ますが、なんと一億円の、しかも組違いという、本当に残念なこと。


宝くじの番号を合わせていたら、一億の番号と一緒。あの時は、ドキドキしましたが、組番

号を見たら、違っていて、ガックリ。組が合っていたら、一億円当たっていて、私の人生、

違っていたのですが・・・組違いは、10万円でした。まあ、宝くじで10万円当たったという

と、高額の方でしょう。


組違いなら、もう少しあっても良さそうなものを、と思いながら、カミサン呼んで確かめさせ

たら、「あら、当たっているじゃない、クーラー買おう」、ということで、私の懐には一円も入

りませんでした。今度、当たっても、カミサンには見せないことを、かたく心に誓いました。


さて、本論で、これ数十年前、TV放送でやっていたので、本当の事でしょが・・・・一億円

に、二回も当たった男の話です。おぼろげな記憶ですが・・・・


最初の一億円が当たったときは、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎで大散財。気がつけば、

金は無くなり、借金はでき、家族にも逃げられる・・・・


ところが、この男、悪運が強いのか、再度一億円に当選。

で、どうしたかというと、アパートを建て、その家賃で生活をし、自分は、別の六畳一間のア

パートを借りて、つつましやかに、暮らしているとのことでした。


今度の宝くじ、知らないで買いましたが、一等が五億円、前後賞が一億円、運が良けれ

ば、前後賞合わせて七億円。なにか、当たる感じがするのですが。当たったら、心臓病が

あるので、多分ショック死でしょう。当たらないように、祈っています。






2013年11月28日 (木)

アルレッキーノとハーレクインの関係

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あ~、「愛の一夜」ですか、良いですね。裏の説明を読むと、「・・・・一夜だけでも愛されたく

て、ヘザーは彼をひきとめた。・・・・」。私、引きとめたことはありますが、皆、逃げられまし

た。まして、引きとめられたことはない、侘びしい人生・・・・


この本、表紙の下に書いてあるとおり、「ハーレクイン」から出版されたもので、女性向け

の恋愛大衆小説を手がけている会社です。


さて、先日、「有明の森フラワー公園&リストランテ・アルレッキーノ」をブログにのせました

が、その折、「アルレッキーノ」の意味にも少し触れました。その続きです。


店のパンフレットには「Arlecchino」と書いてあるので、Googleの翻訳機能を使って、ここの

お店、イタリア料理店ですから、イタリア語→日本語で変換すると、「ハーレクイン」と出る

のですね。


もっとも、Googleの翻訳機能は、時々変な訳をして、先日、英語でコメントが入っていたの

で、翻訳させると、「私は彼が陰謀の精巧な方法を打ち出した。私たちを待って悲惨を説

明感じる」、なんて訳がでて、何の事ですか?


「ハーレクイン」どこかで、聞いたなと思いながら、気になって、アルレッキーノを、ウィキペ

ディアで改めて調べると、下のように載っているではありませんか。


「国によっては、アルルカン(仏: Arlequin)、ハーレクイン(英: Harlequin)とも呼ばれる。欧

米では道化役者の代名詞となっており・・・・・」


なお、アルレッキーノは菱形の衣装をまとっているとか。下の絵は、私が描いた絵、ではな

く、ピカソが描いた絵で、アルルカン(道化師)の服装をした息子パウロの肖像画。ピカソ

は他にも、アルルカンを描いた絵が何点かあります。息子の衣装、菱形の模様が分かる

と思います。

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さて、本屋さんをウロウロしていたら、ハーレクイン社の本があるではありませんか。ハー

レクインとは、このハーレクインに関係があるのかと、上の本を買ってきましたが・・・


何で「ハーレクイン」の名前を、と思って調べると、ハーレクイン社オフィシャルサイトの、豆

知識の所、「ハレークインの由来」として


「ご存知でしたか? “ハーレクイン”とは、中世ヨーロッパの道化役者のこと。“ハーレクイ

ン”はいつも一座の人気者で、恋物語の“かたりべ”としてたくさんのロマンスを演じてきま

した。ハーレクイン社のロゴである四つの菱形も、この“ハーレクイン”が着ていた衣装の

ダイヤ柄に由来しています。恋を演じ、愛を歌い、ファンを楽しませようとするエンターテイ

メント精神のシンボルといえるのかもしれません。」と書いてありました。


本を見ると、本当に会社のロゴは、アルレッキーノの衣装の菱形でした。ということで、ア

ルレッキーノとハーレクインーの繋がりが分かったという事でした。おわり。

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ところで、どなたか、私を引き止める方は、おりませんか・・・・・






2013年11月27日 (水)

「筏遺跡B」の発掘説明会~雲仙市国見町

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先日、国見町の「筏遺蹟B」の発掘調査の説明会とやらで、出かけて見ました。この場所

に、島原消防署北分室署ができるための発掘調査です。


どうせ、見学者は少ないだろうと思ったら、意外や意外。見学の方と話をしてみると、某市

で発掘調査をされている方、発掘調査の現場で作業されている方、郷土史を研究されて

いる方、まったくの素人の方。


説明は、雲仙市教育委員会文化財調査員の方。

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ここの筏遺蹟は、大正2年、島原鉄道建設工事中、縄文土器が出土し、昭和40年に地

元、大学の研究者、平成4年には長崎県教育委員会で調査が行われ、縄文時代の甕

棺、建物の柱跡、古代~中世の柱跡、土坑などが発見されたそうです。(多分、筏遺跡A

の方?)


昭和59年発行の「国見町郷土誌」によれば、「筏遺蹟の発掘調査が進むにつれて、その

範囲は初めの予想をはるかに超える広大な面積であることが明らかにされるようになっ

た。」、とあります。


縄文時代の住居跡、発掘された石器。黒曜石ですが、ここらあたりにはなく、黒曜石とい

えば、佐賀県伊万里市腰岳が有名ですから、多分何らかのルートで運ばれてきた物でしょ

う。

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ここ筏遺蹟は、標高が6~7メートル。海のすぐそば、有明海沿岸では海を挟んで、熊本、佐

賀あたりと、海上交易がおこなわれていたという話もあり、ここの小字名「筏」からも、うか

がえるものがあります。


余談ですが、海岸線に沿っている遺跡として、有明町の小原下、大野原遺跡。島原市の

景華園遺跡、深江町の中原遺跡、有家町の堂崎遺跡、加津佐町の永瀬遺跡、小浜町の

朝日山遺跡。


高地にあるものとして、国見町の百花台遺跡、開拓道路に沿って、吾妻町の弘法原遺

跡、瑞穂町の東原遺跡、島原市の礫石原遺跡、深江町の山の寺、梶木遺跡、北有馬町

の原山遺跡、小浜の諏訪の池遺跡があります。


愛野町、千々石町、小浜町、南串山町にも若干ありますが、海岸沿いにはほとんど無く、

これは、崖が多い土地であり、耕作地等が狭く、また、昔は、奥地まで海の所もあり、集落

ができにくかったものと思われます。


話を元に戻して、今回の調査で、見つかった「掘」です。左の方が浅く、埋まった後に、右

の掘りが作られ、豪族の館を守るための防御用だと考えられています。浅い方は45㎝、

深い方は1,2m.。

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なお、平成15年度の国見町の調査で、ここから150m離れた所から、同じような「掘」が発

見されたそうです。赤の矢印の所が実際に出土された「掘」。

この事から、点線で囲んだ所が、豪族が住んでいたところではないかと、考えられるそうで

す。一辺が150mですから、かなりの広さだったことが分かります。

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発掘調査現場を見ると、左のようなものがありますが、図面を書くときの印だそうで、図面

を描いた後、ここも土を削って調査するそうです。右が出土品の一部。

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縄文、弥生というと、戦国時代の華々しい話などなく、地味な感じですが、説明会があった

ら行って見てください。意外と、面白いものですよ。


なお、この場所、発掘が終わった後は、消防署が建つそうです。後は見られません。見る

なら、「今でしょう!」。場所は、島原市消防署北分署(国見町)のすぐ横。


なお、作業していないときは、多分シートが、架けられているでしょうから、雲仙市歴史資

料館へお問い合わせを。

(参考・文引用:「国見町郷土誌」・当日の資料「筏遺跡Bの発掘調査」より)







2013年11月25日 (月)

2013 南串うまかもん祭 !! &世界一の大門松作り始まる~雲仙市南串山町・千々石町

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この看板、南串山町の入り口の所に立っている看板です。反対から来れば、出口のところ

ですが・・・・あたりまえか gawk 。


知られざるところですが、農林水産省の平成21年度の調査によれば、ジャガイモの生産

量は2,459,000㌧。そのうち、一位が北海道、77,0%、二位が、なんと、長崎県の、

4、0%、三位が鹿児島県、3,4%。


北海道には、大幅に負けはしますが、二位は二位。その中でも、愛野町のジャガイモ、南

串山町のジャガイモは有名です。


南串山町は、平地が少なく、山の上まで段々畑で、ジャガを作っていますが、愛野町、森

山の唐比方面、遠くは、フェリーで天草まで、畑を耕しに行っています。南串山町は働き者

としても有名な所です。


さて、昨日は「南串うまかもん祭」が開催されていたので、行ってみたら、オオボケこいて、

昼からと思っていたら、朝からの開催。昼から行ってみたら、ほとんど終わりかけ。


左は、エンジンです。単なるエンジンですが、これに、ベルトなどを着け、ポンプなどに使い

ます。民俗資料館などで見た事はあるのですが、動いているのを見るのは初めて、しかも

10台ばかりありましたが、圧巻です。


右は、小豆島のテントで、オリーブオイルなどが売ってあります。島原の乱後、住民がほと

んどいなくなり、各地から移住をしてきますが、南串山町には小豆島から移住をして来て

います。


庄屋日記には、移住者の人数、どこの地区に、何名住むようになったかも書かれており、

小豆島出身の方の墓も残っていて、南串山町と小豆島とは交流をしています。

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婦人会の、「日本一の肉ジャガ」コーナー。無料でのサービス。

4

「日本一の肉じゃが」です。さすがのお味。

朝から、地元の団体等によるコンサートもあっていたみたいですが、私が行ったときは、最

後の、地域ミュージシャンの演奏会。早く知っていれば、私も出演したものを。いつも書い

ているでしょう。私、口三味線のお師匠さんです。

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テントに人が並んでいるので、なんだろうと思っていたら、無料でジャガイモを、袋一杯配っ

ているとのこと。私も、もちろん並びましたが、私の番になると、「合い言葉は?」と言われ

たので、思わず「キャバクラ」と答えたら、正解のようで、袋一杯いただきました。(いつもの

冗談ですよ happy01 )。今日、電子レンジでふかして食べましたが、日本一というだけあって、

美味しかった。

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レタスが100円で売ってあったので、買ったら、「おまけです」と、しょうがを沢山貰いまし

た。

右は「エタリの塩辛」。カタクチイワシ(こちらではエタリ)と塩をあわせ、稲ワラをかぶせ、

重石をして熟成させるもの。秋の彼岸前につけ込み、冬場の保存食になります。


2005年、イタリアのスローフード協会の本部が進める、「味の箱舟」計画(食の世界遺

産)に登録されています。


漫画の「美味しんぼ」「魚河岸三代目」にも登場。雑誌、テレビなどでも紹介をされたもので

す。ただ、塩辛というくらいですから塩辛いです。

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帰りがけ、橘神社を通りかかると、大門松作りが始まっていました。今日は、土台作り。こ

の大門松作りが始まると、もうすぐ正月かと思い、この一年何をしたのか、反省する事しき

りです。反省するより、年賀状を早く書かなくては、いけないんですが・・・・・

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写真では鳥居が傾いていますが、本物はちゃんと、まっすぐ立っています。傾いていたら、

「ピサの鳥居」で売り出せるかな?



2013年11月24日 (日)

天満神社秋祭★神迎えの神事~雲仙市千々石町

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千々石天満神社については、以前書、釜蓋城の所で書いたので、詳しくは省略します

が・・・・・→こちらをクリック


天正5年佐賀の龍造寺隆信に釜蓋城(この神社があるところです)が攻め落とされ、自刃

した城主の千々石大和大和守直員が切腹するとき、この国の世の平和を希求し、天満宮

菅原道真公をこの地に祀ることを遺命し25歳の生涯を終えたそうです。


時代は、それどころではなく、これより半世紀後の寬永二十年に島原藩主・高力忠房が、

この天満神社を創建されたそうです。直員と、一緒に戦った家老町田兵七郎、木戸萬九

郎が合祀されています。


なお、高力忠房は、将軍家綱から「島原は治難の所であるからお前の人柄を見込んで人

選した」と激励されたそうです(みなみくしやま~南串山町誌)。


そこで、まず人心を安定策をたて、綱紀を粛正すると共に、キリシタンによって破壊され

た、神社仏閣の復興にも力を注いでいます。(南有馬町郷土誌)


たしか、島原半島内に天満宮を、数カ所だったか、忠房氏が建立したという記録を見たこ

とがあるのですが、いつものボケで、資料を思い出せません。


さて、旧暦10月は神無月。各神社の神々が出雲神社へ集合し、どんちゃん騒ぎ、ではな

く、真面目に会議。


20日にお帰りになられると言うことで、秋祭り(神迎えの神事)。最初に、祝詞奏上、お祓

い、参加者の玉串奉奠(たまぐしほうてん)。

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この奥に本殿があり、3体の武者姿の木彫りの御神体が祭られていました。真ん中が、祭

神の菅原道眞公。言わずと知れた、学問の神様。受験の時、お参りされたことがあると思

います。私もお参りしたのですが、見事落第。

左右の御神体は、神社の神様で、狛犬に相当するものだと言うことでした。


長崎県の神社庁のホームページで見ると、千々石町では、橘神社が県社、温泉神社と天

満神社が村社、その他が無格社。社格については、説明するのが面倒くさいので、それぞ

れ自習して下さい。ネットで「社格」で検索すると分かります。


神事の後は、神様が戻られるまで、御神酒をいただきながら、雑談。

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いろりが良いですね。みんなで囲んで、「神さんは今頃どこじゃろ。」「諫早のキャバクラで

遊んどっとじゃない」。御神酒をいただくのは、コップではなくちゃんとした、神事用の盃。


前住んでいたところでも参加した事がありましたが、12時頃になると、外の立旗が突如バ

タバタと鳴り、「あ、神様が帰ってこらした」。


話を聞くと、毎年、どんな無風状態の時でも、神送り、神迎えの時は12時頃になると、旗

が鳴るそうです。という話をしていると、神主さんが、はやり他の所でも、同じ事が起こるこ

とがあるとか。神様は、本当にいるんですネ。


神主さんが、太鼓を叩くところがありますが

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山の中の深閑とした夜、太鼓の音が森の中に響き、太鼓のコンサートは何回となく行った

ことがありますが、素朴な音ながら、一番感動した太鼓の響きでした。

(参考・資料:「千々石町天満宮由緒記」・作成 太宰府天満宮 味酒(うまさけ)安則氏~ 

 提供・杉武侯氏:「千々石町郷土誌」「みなみくしやま~南串山町誌」等)






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