« 2013年10月6日 - 2013年10月12日 | トップページ | 2013年10月20日 - 2013年10月26日 »

2013年10月13日 - 2013年10月19日

2013年10月19日 (土)

平成25年度 温泉神社秋季例大祭~雲仙市千々石町

1

稲刈りもほとんど終わり、夏が異常に暑かったのですが、台風も来なかったために、例年

通りの出来みたいでした。


昨年も書きましたが(来年も書く予定ですが)、今日は千々石町の氏神様、温泉神社の秋

のお祭りです。


千々石には、木場名、野田名、小倉名、上峰名、下峰名、南船津名、北船津名の7名が

ありますが、祭りは順番に回って、7年に一回の当番になり、今年は北船津名が当番で

す。「船津」と言うくらいですから、昔は北船津名くらいまで、海だったことが伺えます。な

お、頼山陽が泊まったという、「天川屋」があります。


最初に、奉納踊り、踊りが2~3,

Dscf4105 Dscf4108

後は、神事が続きます。拝殿では、御輿の担ぎ手、役員さん、地元の偉い方がお祓いを

受けますが、私は偉くないので、ここには入っていません。

2 Dscf4128

やっと出発。右は、このあいだ書いた、鯛引きです。子どもが引いていきます。

Dscf4141 Dscf4160

下の写真、単なる天狗さんだと思っていたら、これは、古事記、日本書紀に登場する、「猿

田彦」だという情報をいただきました。


御神輿は以前は、担いでいたのでしょうが。若い者が少なくなり、車を付けた台車の上に

乗せ、引っ張って行きます。まあ、この人数では、担ぐのは無理。いつの日か、トラックに

乗せていくのでは・・・・

Dscf4163 Dscf4206

途中、8カ所での道踊り。北船津名独特の「トントンロッツン」。太鼓の音に合わせて踊り、

そして三味線を弾くことから、「トントンロッツン」と呼ばれているそうです。

右の女性、三味線を持って、歌っています。カミサンの同級生ですが、8カ所で道踊りをす

るので、「もう、くたばった」と言ってました。

Dscf4188

「浜の音頭」と「南中ソーラン」

Dscf4195_2 Dscf4189

途中、老人センターがあるので、見物ですが、今日は寒くて、毛布を被っていました。

右の写真。子どもが、紐で引っ張られて、便利と言えば便利ですけれど、何か、犬っころを

引っ張っているみたいで・・・・せめて、お手々つないで・・・

Dscf4168 Dscf4212_2

さて、御旅所へ到着が、13時近く。15時からは、「中日の演芸会」です。


昔は、祭りは3日で、一日目がお下り、二日目が中日、三日目がお上りだったのですが、

皆さん忙しく、祭りを二日にし、中日の演芸会は、お下りの後、一日目のお昼からになりま

した。


北船津名には、上石田、下石田、瀬々尾(ぜぜお)、中島、上町、中町、北元江、八が島と

各自治会がありますが、その自治会ごとの演し物です。

Dscf4255

歌あり、踊りあり

Dscf4224 Dscf4229

Dscf4233 Dscf4265

右の方は、カラオケ好きが高じて、カラオケ屋さんのオーナーになった方。

Dscf4272_2 Dscf4274

餅まきならぬ、サービスの飴まき。

Dscf4281 Purezennto

さて、こうして一日が終わったわけですが、いろいろ話をすると、どこも同じ事。

若者が少なくなっており、次回の当番の時に、自分の所で、できるかということ。何とか続

けて欲しいものですが・・・・


6月頃から準備に入りますが、御輿担ぎ、旗持ち、会場準備、交通係、踊りの練習、等々

があり、見ている分には楽しいのですが、当番町の大変さは、やってみなければ分からな

いところです(ウチも三年前、当番町でした)。


長崎の、くんちも素晴らしいものですが、田舎の祭りも、素朴な味があって面白いものです

よ。機会があったら、どこかの祭りを見に行ってください。




2013年10月17日 (木)

一汁一菜★一汁三菜★一汁五菜

Pa110734

「一汁一菜」

一汁と一品の菜との食事。粗食のたとえ。

「一汁三菜」

膳立てで、飯と汁のほかに鱠(なます)・平皿・焼き物を添えたもの。

「一汁五菜」

膳立てで、飯と汁のほかに鱠(なます)・坪(香物)・平皿・猪口(ちょく)・焼物の五菜を添え

たもの。

「猪口」は本膳料理につく小丼、また、刺身や酢の物などを盛る小さい器。 (広辞苑より)


一汁一菜、一汁三菜、この言葉、久しく聞いたことがなく、もう死語に近いのかな?一汁五

菜といえば、かなりのご馳走になります。


諫早市内~髙来町・小長井町に行く207号線に、「一汁三菜屋」さんという、食堂(夜は、

居酒屋もしているみたいな感じでしたが・・・・)があり、時々通りかかるときがあり、気には

なっていたのですが、ご覧のように、なかなか車が停められなく、いつか入ろうと思ってい

たのですが、道を隔てたところにも駐車場があったので、入って見ました。


入ったら、威勢の良いお姉さんが、テーブルに着く前に、「今日の定食は唐揚げです」、と

言われ、こちらも、気が弱いので、「はい、はい」。

Pa110728

ウチでは、唐揚げなんて、カロリーが高いということで、2切れくらいしか食べさせてくれま

せんから、5,6切れも食べると、罪悪感が起こり、今日は何か悪い事があるのでは、と思

いながらも完食。


後でテーブルの上を見ると、メニューがあり、一汁三菜定食、ヘルシー定食、日替わり定

食の3種類がある事が分かりました。


一汁三菜定食は、メインの14種類の中から一品、小鉢の14種類から2品を選びます。

これに、ご飯と汁物がつきます。一汁三菜というわけです。

ヘルシー定食は、小鉢の中から5種類選びます。日替定食は、日替わりです。

Pa110726

メニューとは別に、品目別に、カロリー、脂質、塩分が書いてありますから、メタボが気に

なる方、血圧が気になる方はこれを参考にすれば、バッチリ。

Pa110723

お味ですか?味は、薄味を好む方、濃い味を好む方、スパイシーなのを好む方、苦手な

方、甘いの好む方、辛いのを好む方、様々ですから、いつも書くように、自己責任で行って

食して確かめてください。


さて、昭和39年度に長崎県教育委員会が、長崎県内の各所で民俗調査をし、民俗資料

調査報告書を出していますが、その中で、食事のことも書いてあり、千々石に近い南串山

町が載っていましたので、ご紹介を。農村地区で、島原半島は大体同じ感じです。


「ちゃのこ」

午前6~7時頃。いも或いはいもめし、いもだんごを沢庵、塩からでたべる。

「朝めし」

午前10時頃。麦飯、こっぱめし(切干芋を炊いたもの)を味噌汁、沢庵漬、菜漬でたべ

る。

「昼めし」

午後2時頃。麦めし、芋めしを魚の煮付け、野菜の煮染めでたべる。

「晩めし」

午後7~9時頃。麦飯を主とし、ろくべ(芋の切干しの粉を水でねり、板状にのばし、それを

千切りにして沸騰する湯で茹で上げ、魚のだし汁をかけて食べるもの。)、そうめんの煮染

め、塩から、沢庵で食べる。


塩気が多いですね。それから、芋が多いこと。今の食事と比べると、いかに貧しかったか

が分かると思います。ウチのカミサンも、小さいときから芋ばかり食って、芋嫌い。


ここまで書いて、少し思い出したことが・・・何年も前の話で、おぼろげながらしか覚えてい

ないのですが・・・


指揮者の大町陽一郎氏の奥様、大町インゲボルグさん(ドイツの方だったかな?)がラジ

オで話していたことです。


ドイツでは、大人と子どもの世界をはっきり分けていて、レストランには子どもは連れて行

かないとのこと。ある日、インゲボルグさんが、子どもに聞いたそうです。


「レストランに行きたくない?」

「行きたくない。」

「どうして?」

「だって、お母さんの料理の方が、おいしいから。」

さて、皆さんの子どもは如何ですか?


附録

帰りがけ、お礼になった方へ、お菓子でもと思い、いつもの、千々石のピュアリッツさんに

寄ったら、「おやじケーキ」というのがあって、禿げている以外は、私そっくり。買いたかった

のですが、唐揚げを5,6個食べた後なので、良い子にして、我慢しました。

Pa110722 Pa110719




2013年10月16日 (水)

世界で一番強い酒などのこと

Dscf4053

現在、世界で一番強い酒です。ポーランド産のウォッカ。現在と書いたのは、以前、これよ

り、少し強い酒があったと言うことを聞いたことがあるのですが、今は作られていない、と

いうことで、現在、世界で一番強い酒です。96度あります。


「スピリタス」と読むのか、裏にはこう書いてあります。

「蒸留を繰り返すこと70数回、純度を極めたポーランド産ウオッカの雄です。

アルコール度数が高いため、火気に注意して下さい。ポーランドではチェリー等の果実

酒を作るのに良く使用されています。」

Dscf4060

ちゃんと、96%と書いてあります。「アルコール度数が高いため、火気に注意して下さ

。」、の所は、太文字で、下線がいてあります。


燃やしてみたら、本当に燃えます。最後の最後まで。「私のハートに火を付けて」、なん

て文句を思い出しましたが・・・・


晩酌に飲むと、酒代が安上がりになります。生で飲むと、喉が焼けついて、血が滲む事も

ありますから注意すること。我が身をもって、実験済みです(酒が飲めたときの話)。お値

段も、1,500円くらいで、お安いもんです。ネットの通販で手に入ります。


この次ぎに、強いのが、ブルガリアの「バルカン176」という、88度のウオッカがあるみた

いですが、これは持っていませんが、3,000円程度。これもネットで手に入ります。


さて、古谷三敏さんの、酒の薀蓄漫画「レモンハート」の題名になった、レモンハート。ラム

酒で、甘さがあります。

Dscf4055

確か、漫画によると、「スピリタス」が出るまで、これが、一番強い酒だった、と書いてあっ

た覚えがありますが、上記の「バルカン176」は新しく作られたか、輸入され酒なのかな?


レモンハートは、75.5度と40度の2種類がありますが、買うなら、もちろん、75,5度の

方でしょう。

Dscf4062

レモンハートはラム酒ですが、少し悲しい話を聞いたことがあります。ネットでも確認すると

やはり私が聞いた話と一緒で、以下の通りです。


ヨーロッパで喫茶が流行し、これに伴い砂糖の需要が増大。砂糖の生産地西インド諸島、

ブラジルで労働力が必要になったそうです。こうしたことから、ラム酒、繊維、武器を積ん

だ船がヨーロッパからアフリカへ。


アフリカでは積んだ品と、アフリカの部族同士の争いでの捕虜(奴隷)と交換。次ぎに、砂

糖の生産地へ行って、アフリカでの奴隷と砂糖を交換。その砂糖を持って、本国に戻り、

砂糖を供給したそうです。要するに三角貿易です。


さて、これはフランスのものらしく、品名は「ブランディー」となっていました。

Dscf4057

ビンの中は、洋なし(私は用なし:「踊る大捜査線」からのパクリ)みたいですが、マジックで

入れたのではなく、多分果実が小さい時に、ビンにに入れ込んで育てたのでしょう。ビンを

割って、食べて見たかったのですが、もったいないので観賞用にしています。


あと、中国製のヤモリに似た、大きいのが入った酒(多分、あの方面に効くのか?)も持っ

ていたのですが、他人に取られてしまいました。まあ、持っていても、何となく気持ちが悪く

て・・・・


そういえば、年配の方が、マムシ酒を作っていて、飲ませてもらい、次の日に、「効いた

か?」、と聞かれましたが、あの頃は、毎朝テントを張っていましたから(意味が分からない

方は、ご主人又は恋人に聞いてください)、飲んでも、飲まなくても同じ事。


この酒は全く不明。

Dscf4064

「アフターショック」。説明には、

「(シナモン系リキュール)ホットな刺激のあとに、超クールな刺激を楽しむことができるユ

ニークなリキュールです。・・・・・・ボトルの中の『クリスタル』はアフターショックの製法によ

ってよってできる天然の結晶。・・・・・『クリスタル』は、ひとつひとつが成長し、変化している

もので・・・・」

Dscf4067

矢印の所、ビンの底に白い結晶が、積もっています。 これが、「クリトリス」 失礼、catface

「クリスタル」です。


ドクターストップで禁酒。人生って悲しいもんですね。皆さんにも、この悲しみを分かっても

らうために、「禁酒法」でも作りますか。



   



2013年10月15日 (火)

縁結びの神社?~長崎市「諏訪神社」

Photo

長崎の氏神様、諏訪神社です。長崎では「お諏訪さん」と言いますが、今日は修学旅行の

生徒さんが、見学にたくさん来ていました。


女子学生の写真を撮ろうと思ったのですが、髭をはやして、アロハシャツ着たおじさんが、

写真撮っていたら、盗撮と間違われるので止めました。


さて、小さいときですが、諏訪神社横の諏訪幼稚園に通い、近所にしばらく住んでいたの

に、この話知りませんでした(最も5才のときですから)。


「くんち」の事を調べようと、諏訪神社のホームページを読んでいると、「縁結びの陰陽石」

と書いてあり、神社参道の敷石に、男石と女石が埋め込まれており、男性は女石、女性は

男石を踏んだ後、拝殿前の両性が合体した石を踏んで参拝すると、縁結びの願い事が叶

うとか。神社ができたのは慶安元年(1648)。今も昔も男女の仲は、変わらなかったのか

な?でも、神社の参道に作るとは、長崎の人間は・・・・・


この神社、縁結びとは関係あるのかと調べて見ると、この神社は3つの神社が合祀したも

のですが、諏訪大神(武神・厄除けの神)、森崎大神(万物創成。縁結びの神)、住吉大神

(海上安全、大漁の神)とありますから、まあ、何でもありの神社でしょう。

私、離婚をかなえてくれる神社があったら、すぐに飛んで行くんですけど・・・・


さて、神社の案内図によれば(ネットに出ています)、「①男石この下↓一の鳥居付近」、と

書いてあります。最初の鳥居は一番上の写真ですから、ここらを探したんですけど、無い

んです。


さても、神様も嘘をつく時代になったかと思って、まあ、一番上まで登って、社務所にでも

行って聞こうかと思っていたら、次の鳥居

Photo_3

この下にありました。男石。

Photo_4

あとで、可愛い巫女さんを捕まえて、聞いてみたら、この鳥居が一の鳥居だそうです。。外

の鳥居と比べると、確かに古いものです。


足が、二本継ぎ、笠木と島木が一体のようで、これは三本継ぎ、ほかの鳥居と比べれば、

全然違う事が分かります。

年代は、文字が風化したものか分かりませんが、この鳥居が最初に建てられたものでしょ

う。

Photo_6 Photo_7

Photo_8

これが、女石、ちゃんと、割れ目ちゃんまでついていて、中の方も少しリアル。でも、なぜ、

六角形なのか?私なら、二重丸を書いて、真ん中に線を入れて、回りに飾りの射線を、チ

ョンチョンチョンと入れるのですが、六角形では、男性は痛いでしょう。


さて、ここで不思議が。神社の説明には、「女石(四の鳥居付近)」と書いてあるのですが、

確か三の鳥居の下にあったですが・・・神社の間違えか?この間にもう一本あって、壊れ

るか何かして、昔は、四の鳥居と言われ、それをそのまま継承したものか?私が呆けて、

数え間違いしたものか?・・・一番最後が正解みたいな気がするのですが・・・まあ、とにか

く行けば分かります。

Photo_9

この階段、見ただけで、いつもグッタリしますね。

Dscf4033

拝殿ですが、この下に、神馬像があります。

Photo_10

横道それますが、この神馬像、千々石とは少し関係があって、明治12年の「千々石村村

誌」に、次ぎのように書いてあります。


千々石出身で、荒飛甚太夫という怪力の者がいて、江戸に上がって力士になった人物が

いますが、そこの部分に、「荒飛嘗テ長崎諏訪神社ニ詣デ銅製ノ馬ヲ高クサシ揚ゲテ以テ

人ヲ驚カセリトカ・・・・」。この、神馬象には、謂われが書いてあったようですが、読み忘れ

ました、年代が分かれば、本当かどうか分かるのですが、ちょっと眉唾な話。


本殿の前には、両性合体石。良く見れば、本当に丸いものが挿入してある感じ。

Photo_12 

なお、この、祝殿横に、「恵比須・大黒縁結び『恋占い』」というのがあって、

Photo_13

Photo_15 Photo_16

男性は大黒様、女性は恵比寿様に寸志(お賽銭)をいれ、恋する人の事を念じ、男性は大

黒様から 恵比寿様へ、女性は恵比寿様から大黒様へ、目を閉じて歩き、たどり着いたら

祈願が成就するのだそうです。


私も、カミサンの顔を頭に思いながら、目をつむって歩いたら、明後日の方へ行ってしまい

ました。


皆さんも、陰陽石をしっかり踏みしめ(男石と、女石を間違わないように。でも、はるな愛ち

ゃんとか、イッコちゃんは、どちらを踏むのかな?)、拝殿前の前の両性合体石をしっかり

踏んで、その夜は、しっかりと合体して下さい。少子化予防にご協力を。



2013年10月14日 (月)

島原城(森岳城)跡石垣復旧工事に伴う発掘調査 現地説明会

Dscf4005

昨年、島原城の石垣が崩れ、現在復旧中ですが、それに伴い、発掘調査で、石垣の背後

に自然石を並べた「石列状遺構」が発見されたそうです。石垣の奥5m、堀底からの高さ6

m、南北に9.5m。写真の赤で四角で囲んだところ。


長崎新聞によると、城郭史・土木工事に詳しい石川県金沢城調査研究所の北垣氏によれ

ば、似たような設備は15世紀後半の京都の寺院などにあるが、こうした伝統的技術を城

に用いた最初の検出例だと言うことだそうです。

Photo Photo_2

説明資料です。正面図ですが、空白の所が、崩落したところ。崩落したところの左右の石

垣にも、膨らみが見られ、赤の矢印の部分に赤い線が見れると思いますが、この部分ま

で石垣を外し、組み直すそうです。

Img_4 

横断図になります。赤の四角で囲んだところが、発見されたところです。

Img_0002

    (両図とも、当日の説明資料による。~島原市教育委員会)

石の下は、固くしまった層(硬化面)で、水を通さないようにしてあるそうです。雨の日に担

当者が見に行ったところ、この部分から水が流れ落ちていたそうです。

地表からの水をくいとめ、水を石垣の外へ排出するためのものだと思われるそうです。多

分、外の所にもあるのでは?


この、部分の1m程下、中世の遺物(輸入磁器など、景徳鎮?)、中国産の15,6世紀の

陶磁器が多く見つかり、多分、ここらに、かなりの豪族がいたことが考えられます。


なお、城の周りには犬走りがありますが、崩落した所を掘ったところ、犬走りのある、地表

下2mばかり石垣があったそうですから、目で見る石垣より、2mばかり高い石垣だと言

えるでしょう。その下に、基礎にした木材等があるらしいのですが、危険性があるので、そ

こまでは掘らなかったそうです。


石垣の裏は、あまり見ることができないので・・・

大きな石が石垣、後に栗石が詰められているのが分かるともいます。

Photo_9

出土品。瓦ですが、表土近くで見つかったため、時代的には新しいものだそうですが、瓦

に付けられた印は何でしょう、壺形に「吉」という文字。

Photo_4 Photo_5

先ほど書いた、中世遺物(輸入陶器)と、栗石の中から発見された、五輪の塔。空輪あた

りかな?

Photo_6 Photo_8

施行は地元の業者さんですが、城の石垣は素人では組めないということで、各地で城郭

等の工事をした、大村市の石工さんが責任者。

Photo_10

石工さんが、楔を打ち込む穴を掘りますが、石屑がたまるためか、火吹き竹の様な物で、

フー。

Photo_11 Photo_12

このあと、見学者の石割実習がありましたが、楔をしばらく叩くと、簡単に割れました。これ

子どもが割りました。

Photo_13 Photo_14

おばちゃま方も挑戦をしましたが、5分もしないうちに、ご覧の通り。

Photo_15 Photo_16

さて、この工事、来年の3月までに完成させるそうですが、とにかく大変な作業でしょう。

Photo_18 Photo_19

工事場現場には立ち入れませんが、お堀の道からはよく見えます。工事が完成しない間

に、一度は是非ご覧下さい。


忘れました、石垣には刻印等がしてあるそうですが、島原城でもはっきりしたものは見つ

かっていないそうですが・・・・

Photo_21

多分、墨書きでしょうが、古文書の専門家によると、「封」と書いてあるそうです。島原城の

石垣は何回か崩れたことがあるそうで、、これを「封」じるためではないかとの意見もあり

ました。はっきりは分かりません。

(参考・引用:当日説明資料・長崎新聞)







2013年10月13日 (日)

皿うどんと金蝶ソースの密接な関係

1

全国チェーンのお店の皿うどんです。


長崎と言えば、「チャンポン」が有名ですが、この皿うどんも、美味しいものです。

最近、チャンポンの元祖、「四海樓」の4代目、陳優継(ちんまさつぐ)氏が下記の本を出さ

れ、読んで見ると、長崎に生まれた私も、初めて知ることがあり、勉強になりました。

Img

チャンポンは最初は「支那饂飩」として売られています。


チャンポンは、肉から野菜、海のもの、何でも入っていることから、ごちゃ混ぜにする事を、

長崎では「チャンポンにする」といい、何気なく使っていたのですが、中国語の福建語で「吃

飯(ご飯を食べる)」を「シャポン」「セッポン」と言い、これが「ちゃんぽん」に聞こえ、美味し

そうに食べている「支那饂飩」と同義語になり、「ちゃんぽん」という料理名になったのでは

ないかと言うことです。


さて、この四海樓は、斎藤茂吉も長崎時代(1917~1921年まで長崎医学専門学校の教

授)の時、かなり通ったみたいです。


吉井勇、増田廉吉、渡辺与茂平、和田魚風、吉屋信子も来店、斎藤茂吉は芥川龍之介、

菊池寛が長崎に来たおり、四海樓を訪れ、玉姫、(四海樓創始者、陳平順氏の娘)と麻雀

をしていったそうです。


1956年には、常陸宮様も訪れ、中華のフルコースの皿うどんを、お代わりされたそうで

す。また、1977年、浩宮様(皇太子殿下)が来られたときも、皿うどんを、お代わりされ

たと言うことです。


この皿うどん、「細麺にしますか、太麺にしますか」と聞かれる事があります。私ともあろう

者が、皿うどんは、最初から細麺が本来の姿だろうと思っていたのですが、この本によれ

ば、皿うどんの誕生は以下の通りでした。


ルーツは「炒肉絲麺」。要するに焼きそばのようなもの。

初期の皿うどんは、チャンポン麺を軽く炒め、次に、具材を炒め、チャンポンのスープを少

量注ぎ、麺を戻し水分が無くなるまで炒めるもの。要するに「焼きチャンポン」。ですから、

皿うどんの麺は、チャンポン麺を炒めた太麺で、これが本来のもの。


平順氏は、これに考案を加え、炒めたり、煮詰めたりで手間がかかるため、麺を細くし、あ

らかじめ油で揚げておき、炒めた具材にとろみを付け、かけることで、迅速にできるようにし

たそうです。


さて、長崎の黒田醤油の初代黒田氏が、中華料理に合うソースはないか、平順氏に相談

しながら、研究していたそうすが、考えれば、中華料理に西洋料理のソースとは。今まで、

不思議に思わなかったのですが・・・・

Pa130034

外のソースと違うのかどうか、金蝶ソースを交えて3本ばかり買って来て比べてみました。

一番右は以前紹介した、醤油とソースをブレンドした「しょース」ですから、これは除外。


3つのソースを比べて見ましたが、ソースは、トンカツとか、フライにかけるもんですね。そ

のまま舐めてみると、刺激が強い、間違っても、ジュースとかビールの代わりに飲まないよ

うに。


さて、この3種類比べて見ると、カゴメソースと、イカリソースは大体のところ似ていました

が、金蝶ソースは、この二つより、味が濃いと言うか、尖っているという感じ。


考えれば、皿うどんは、味付けに砂糖が入って甘めに作ってありますから、これくらい味が

濃いと合わないのでしょう。黒田氏の研究のたまものです。

Pa130038 Pa130039

ちゃんと、「長崎生まれ」、用途は「皿うどん」と書いてあります。皿うどんと、金蝶ソースは

かくの如く、密接な関係です。このソース、Amazonの通販でも買えます。

長崎県民ご当地ソース 金蝶ウスターソース」と書いてありました。

(参考・文引用:「ちゃんぽんと長崎華僑~陳優継著)


 

« 2013年10月6日 - 2013年10月12日 | トップページ | 2013年10月20日 - 2013年10月26日 »

フォト
2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

ブログランク参加中クリックしてね

最近のトラックバック

amazon

無料ブログはココログ