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2013年8月25日 - 2013年8月31日

2013年8月31日 (土)

2013年8月31日の千々石海岸~雲仙市千々石町

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今日は、2013年8月31日です。脳ドックに行って、最初の検査が、「今日は何年何月何

日ですか」と言われ、分からないことが多く、最近は、手の平に書いていって、誤魔化して

答えていますが、8月31日だけは忘れません。


夏休み最後の日ですから、長年の習慣が身についているのでしょう。学生時代、この日

は、徹夜で宿題をやっていましたから。


さて、今日は、8月最後の日と言うことで、青空の下、海岸の写真を取ろうと思ったのです

が、あいにく台風接近。この頃は、熱帯低気圧に変わっていて、波もさほどひどくなく、何と

なく、中途半端な海。

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左の写真。奥に見える断崖は、千々石断層です。右の写真は、反対側から見た風景。手

前の山が「釜山」です「お」は付けないこと。それに続く、「猿葉山」。

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左の写真、福石様です、千々石に津波が押し寄せたとき、この岩の上の地蔵さんが、海

に身を投げ出し、津波を止めたという伝説があります。


右の写真、海水浴期間、監視台と、奥の方が売店があったところです。こうして見ると、本

当に夏が終わったなという感じ。


昔は、夏といえば、子どもたちは海に行っていたものですが、最近は少子化の上、「海は

ベタベタするから嫌いだ」という子どもが増えているとか。諫早のプールなんかは、芋を洗

うみたいに満員なのですが、親もプールの方がいいのかな?


2013年の夏は終わりました。大げにいえば、歴史上2度と帰らない夏です。今年の夏

は異常に暑かった夏ではありましたが・・・・夏を惜しみながら



パラソルを廻し胎児よろこばす      中尾寿美子

冷や麦に氷山と浮く氷かな        島田青峰

分け入っても分け入っても青い山    種田山頭火

いとけなきふるちんの朝夏休      三橋敏雄

夏山を越ゆる雲あり影もまた       sugikan



今年も、ひと夏の恋はありませんでした。もっともこう暑くては。秋はポチ頑張りますよ。

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2013年8月29日 (木)

第35回 少年の主張長崎県大会 わたしの主張2013 ~中学生のメッセージ~★雲仙市

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昨日、「少年の主張長崎県大会」が開かれました。県大会は、各市で持ち回り。今年は、

雲仙市の当番。会場は南串山町のハマユリックスホール。会場は、ほぼ埋まっていまし

た。

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余談になりますが、宗像市に、「宗方ユリックス」というのがあり、宗像市の市の花が「ユ

リ」、市の木が「クスノキ」で、合わせて「ユリックス」。中学生が考えたそうです。


南串山町も、町の木は「くす」、町の花は「百合」。南串山町は、以前、百合の生産地で、

欧州、アメリカまで輸出をし有名でした。このホール、海の近くにあるので、「ハマユリッ

クス」と名付けたのでしょうが、何となく、宗像市のを・・・・・


さて、今日の長崎新聞に、早々と、昨日の模様が載っていました。

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県内の各市から選ばれた、10名の中学生が、発表をしますが、最優秀賞は、佐世保市立 

相野浦中学校三年の松下綾さん。「思いと言葉の間で」。


お母さんが、2年前にガンで亡くなり、その時、「ありがとう」の言葉だけしか言えなかった

そうですが、そのことに触れ、言葉の大切さを訴えていました。


ほか、県校長会賞、県PTA連絡協議会賞、ココロねっこ賞、長崎新聞社賞、NHK賞等あり

ましたが、発表は、社会に対する考え、自分の夢、国際交流の問題等、皆、立派な発表

で、若者も真剣に、いろいろな問題を考えていることが感じられました。


最優秀賞を取った松下さんは、全国大会に出場しますが、長崎県は過去3回、全国大会

の最高の賞である、「内閣総理大臣賞」を3回取ったことがあります。


昭和59年度、第6回大会、有家町立(現南島原市立)有家中学校、松島吉宏君、「鳴らな

いチャイム」。昭和62年度、第9回大会、県立野母崎養護学校中学部、野田綾子さん、

「心で握手」。これは確か、カッパブックスで出版された記憶があります。平成14年度、第

24回大会、島原立第三中学校、西誠君、「これから頑張るんだ」。


幸いに、私、この3名の発表を聞く機会がありましたが、どれも日本一になるだけあって、

素晴らしい発表でした。今回の、松下さんも、3名に負けす、素晴らしい発表でした。


全国大会で、緊張もするでしょうが、賞は気にせず、自分の考えを、堂々と発表してもらい

たいと思います。


皆さんも、「近ごろの若い者は」、と一緒くたに考えず、素晴らしい若者もたくさんいるので、

機会があったら、是非聞いてみてください。


なお、小浜中学校ブラスバンドが、大会に花を添えてくれました。さすが、全国大会で優勝

するだけあって素晴らしい演奏でした。


なお、この大会の司会、裏方さんは中学生が務めていました。舞台、後の演題も中学生

が書いたものです。

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子どもたちに負けないように、大人もポチと頑張りましょう。

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2013年8月28日 (水)

あまちゃんと宮沢賢治の歌★星めぐりの歌

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「あまちゃん」。今後のストーリーが気になりますね。週刊誌でも、どのようになるか、話

題になっているようです。


実は、私、来週のストーリーは知っているんです。少しだけ書くと、いよいよ試練が訪れま

す。


「東日本大震災」です。なんで、私が知っているか?「TVガイド」に、次の週の粗筋が書い

てあります。あとは見てのお楽しみ。


さて、今日の「あまちゃん」。夏さんと春子さんが、家の中に二人っきり。夏さんが元気にな

り、春子さんが、東京へ戻ろうかと思っていたところ。出てきました。バックの音楽。「宮沢

賢治」の「星めぐりの歌」。


以前にも、出てたなと思っていたら、調べている人がいて、第8話と第39話にも出ていたそ

うです。私の大好きな歌です。



あかいめだまの さそり

ひろげた鷲の つばさ

あをいめだまの 小いぬ、

ひかりのへびの とぐろ。



オリオンは高く うたひ

つゆとしもを おとす、

アンドロメダの くちは

さかなのくちの かたち。



大ぐまのあしを きたに

五つのばした ところ。

小熊のひたいの うへは

そらのめぐりの めあて。



スケールが大きくていいですね。


ところで、サソリ座の赤い星は、サソリの心臓とされ、名前を「アンタレス」。火星と共に赤

く、意味は、「火星に対するもの」と、理科の先生に習い、赤いのは目玉ではないのです

が・・・・まあ、小さい事は気にしないで、今度、いつ、「あまちゃん」の中で、この曲が流れ

るのか、楽しみです。


今夜も、雲が無ければ、南の空に、さそり座が見えます。さそり座の近くに、土星も見えて

ます。他の星も探して見てください。結構楽しいものですよ。


なに、どれがどれか分からない?スマートフォンをお持ちお方は、星座のアプリがあります

から、一つ入れておくと結構楽しいですよ。なに!スマートフォンもない。それなら、500円

程度で星座早見盤(小中学校の時、理科で使ったやつ)が売ってありますから、そちらを

お求めください。文房具屋さんに売ってあります。Amazonでも売ってあります。



二人で星探ししをするもの楽しいですよ。肩なんか抱いたりして・・・ポチ思い出しますね。


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2013年8月27日 (火)

シルバー川柳「満員御礼」~みやざきシルバーネット+河出書房編集部編

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以前、「シルバー川柳」、「シルバー川柳2」、「遺言川柳」をご紹介しました。


前述の、「シルバー川柳」は、社団法人有料ホーム協会+ポプラ社編集部。「遺言川柳」

はUFJ信託銀行編でしたが、今回の出版は、みやぎシルバーネット+河出書房新社編集

部編のものです。


この本に載っている川柳は、仙台圏で発行している、高齢者向け、フリーペーパー「みや

ぎシルバーネット」に投稿されたものだそうで、2013年1月に、一冊目が発売、反響があ

ったのか、7月に、この2冊目が発行です。


発行者は違えども、シルバーのユーモア、変わりませんね。

少しばかり、気にいったのをご紹介。


■婆さんも 性別欄は まだ女 (64歳)

■私の旬 何時かと言えば 今でしょう (67歳) 

■おせちにも 熟女の味が しみている(81歳)

■女っ気 出せば父さん 後ずさり (72歳)

■女盛り 散るのを忘れ 今日も咲き (72歳)

女性とは、すごいもので、67歳になって「旬」ですか。81歳で「熟女」。72歳で、「女っ気」、ど

うやって出すんでしょう。私なら、裸足になって逃げますが・・・


■爺様に 心盗られて 五十年 (66歳)

■みーつけた ジイとバーバが チューしてた (71歳)

■ジジとババ いじめ合っての ボケ防止 (79歳)

仲の良いご夫婦もいるようで、79歳で「チュー」。セックスレスの、若夫婦が、増えて来てい

るという話ですが、見習って欲しいものですね。


■次の世は あなととの出会い ありません (72歳)

これ言われると、辛いですね。生まれ変わったら、夫とは一緒になりたくない、という統計

が出てましたが・・・・男性は又妻と一緒になりたい、という逆の答えが多かったと思い

ます。


■診療所 今日もいかねば 病欠に (60歳)

■大病院 一冊読んで 名を呼ばれ (80歳)

■血圧計 納得するまで 挑戦し (69歳)

病院に行くのも、大変で、私も経験があります。


■人生を 上りきらずに 下り坂 (73歳)

私も、親に、「お前は大器晩成型だ。」と言われましたが、60歳過ぎてしまいました。


■あきらめて 買えば出てくる 探しもの (85歳)

■ぼけたけど 悪口だけは スラスラと (90歳)

90歳になって、悪口がスラスラですなら、「ぼけ」て無いでしょう。


■夏休み 孫よ早よ来い 早よ帰れ (78歳)

他の人と話していると、「孫は来ても良し、帰っても良し。」と言っていましたが、話をしてい

ると、どこでも同じようで・・・


■生きるのは 大変死ぬの また大変 (80歳)

昨年、父、母、続いて亡くなりましたが、つくづく、心に沁みる川柳です。


■女とは 菩薩もいれば 夜叉もいる

私の家はといえば・・・・・・言わなくとも分かるでしょう。


もっと、面白いのがあるのですが、後は是非本を買ってお読みください。1ページに一句づ

つ、大きな字で書いてありますから、老眼鏡をかけなくても、十分に読める本です。



川柳を読むと、皆さん、前向きに生きていますね。私も、前向きに生きたいのですが、どち

らかといえば、「バック」の方が好きで、ポチ困りました。何の話かって?大人の話です。

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2013年8月26日 (月)

たまには、キャラメル。

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父が病院で亡くなる数週間前、「キャラメルが食べたい。」と言い出して、しかも、「グリコ

を。」


なんで、グリコなのか良く分かりませんでしたが、この、グリコ、お店屋さんをいくら探して

も、無いんですね。この事があってから、買い物に行っても、お菓子売り場を気にする事が

多くなって・・・・


いつか、クラッカーの事で、ここらの店には「前田のクラッカー」が、ほとんんど置いて無い

事を書きましたが、森永は見かけるが、グリコは見かけませんでした。


今日、コンビに行って見ると、ありました。ありましたが、昔のグリコとは違って、「アゾビグ

リコ」になっていました。


昔は、箱はこんなに大きくなく、「おまけ」が入った箱が上に付いていて、子どもの頃は、キ

ャラメルより「おまけ」の方が欲しかったのですが・・・・「ひとつぶ300メートル」のおじさん

は変わっていません。

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調べると、昔のグリコはなく、この「アソビグリコ」になっていて、キャラメルが4粒と、木で作

った、「おまけ」。やはり、今の子も、キャラメルより、「おまけ」の方が楽しいのかな?


この「アソビグリコ」は。第4弾で、「おまけ」は10種類あるそうです。私のは「でんでんだい

こ」で、なかなか素朴な感じで、良くできていました。

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グリコは四角ではなく、ハート型。森永は昔ながらの四角形。中を開けると、「森永ミルクキ

ャラメルの歴史~1~」というのが印刷してあり、


「日本で最初にキャラメルを製造し、販売したのは創業者・森永太一郎だと言われていま

す。太一郎がアメリカで製造技術を習得したレシピは当時の日本人の嗜好に会わなかっ

たために、品種改良を重ね、1913年(大正2)年「森永ミルクキャラメル」の名で新発売を

しました。この頃はバラ売りで一粒5厘、最中や大福1個とほぼ同じ値段でした。」


こうして見ると、歴史的にも意外に古く(100周年ですから)、結構、高価なものだった事が

伺えます。


なお、森永にはビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンD等、グリコにはカルシウム、ビ

タミンD、ビタミンB2等、そして、「かきエキス(グリコーゲンを含む)」が入っているので、変

なスナック菓子を子どもに与えるより、いいカモネ。


子どものお菓子だと侮るべからずで、たまには食べて見ましょう。「おまけ」は相変わらず、

大人でも楽しいもんですよ。



グリコさん、おまけに、バニーガールの人形、入れてくれないかな。ポチお願い。

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2013年8月25日 (日)

男のおばあさん~永六輔著

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医者に行って良く、「加齢化」ですね、と言われますが、あれは、ウゾですね。5歳の子ども

が、一つ歳を加えて6歳になるのも「加齢」です。歳を取ると、はっきりと「老化ですね。」と

言われた方がスッキリするんですが・・・・


永六輔さんを知ったのは、小学校の時、テレビ創生期の、伝説的なNHKのバレエティ番

組「夢で逢いましょう」。


黒柳徹子さん、変な外人のE.Hエリックさん、三木のり平さん、田辺康夫さん、テレビに初

めて出演した渥美清さん、エンディングソング、「夢で逢いましょう」を歌った坂本スミ子さ

ん。今月の歌で大ヒット、「上を向いて歩こう」を歌った坂本九さん。「こんにちは赤ちゃん」

の梓みちよさん、音楽は、中村八大さん、ジャズプレーヤーの松本秀彦さんも。その他、

多士済々。歌あり、コントあり、踊りありでした。


特に、司会の中嶋弘子さん。首を傾けて、「こんばんは」の挨拶は、今も記憶に残ってま

す。本職はファッションデザイナー。店が丸の内にあるというので、上京したとき覗いて見

ましたが、本人は不在でした。最後まで、素人ぽっさが抜けませんでした。


そして、作、構成が永六輔さん。ほっそりした、少し、いなせなお兄さんの感じで、舌っ足ら

ずで話していましたが・・・・あのお兄さんが80歳になったとは!考えると、私も一緒に歳取

っていたんですが・・・・


永さんの、ラジオ番組、「永六輔の誰かとどこかで」、50年近く続いていますが、私は仕事

中の番組だったので、ずっと聞けませんでしたが、2年ほど前、聞いていたら、相手役、遠

藤康子さんの後、なにかモゴモゴと、全然分からない言葉で喋る老人の言葉が、一瞬後、

永さんだと分かりましたが。


少し、言葉が不自由だとは聞いていたのですが、これほどひどいとは、最近は段々良くな

ってきて、話していることは、分かるようになりましたが。


と思っていたら、本屋さんに、「男のおばあさん」が並んでいたので、買って来て読んだら、

昨日は、涙がでるやら、おかしいやらで、一気に読んでしまいました。


永六輔さん、この数年、大変みたいだったようで、パーキンソン病、それに伴い、転倒し

て、数度に及ぶ骨折、乗っていたタクシーの交通事故。

でも、はやり永六輔流ですね。パーキンソン病になったとき


「『付き合う』っていうことが大事なんです。

闘病じゃありません。

闘うんじゃなくて、お付き合いをする。

お付き合いをしていると、冗談もいうようになるし、明るくもなるし・・・・・」


江國佳織さんの、お父さん演芸評論家の、江國滋さん。ガンで亡くなりましたが、



おい癌め飲みかはさうぜ秋の酒



という、俳句がありましたが・・・・・


「永六輔の誰かとどこかでは」、入院中も、病室で放送をしたそうです。永さんが、TVを離

れ、ラジオにこだわったのは、いろいろ理由があり、書ききれませんが、小沢昭一さんに

次のように言われたそうです。



「小沢さんに最後に言われたのは、『ラジオを止めるな』でした。

『言っていることがわからなくても、声が出なくても、あなたがマイクの前にいるってこ

とが伝わればいいんです。

いいですねラジオをやめないで』

初めて、小沢さんの前で泣きました」


その、小沢さんの方が先に亡くなり、「小沢昭一的こころ」が聞けなくなりました。恐妻家

で、中年の男の悲哀を感じる、ちょっと助平な、「宮坂おとうさん」。懐かしいですね。


さて、人間必ず歳は取るもので、この本、60歳程度になって、老いを感じ始めたら、絶体

に読む本です。病気との付き合い、老いとの付き合いの準備をしておくために。

なお、パーキンソン病については、詳しく書いてありますので、ご心配の方は是非。



カミサンを見たら、旅行ガイド案内を。また、私を置いて、ポチどこかへ行くつもりか?

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