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2013年6月30日 - 2013年7月6日

2013年7月 6日 (土)

鉄人チャーハン★パラパラのチャーハンの作り方~程一彦さんのレシピによる

Photo

どうも写真が悪くて、うまそうに見えませんね。はやり、カメラのせいでしょう。


チャーハンは、どこの家庭でも作られると思いますが、ご飯がうまくパラパラにならなくて、

くっついてしまい、あまりうまくできない方もおられると思います。


今日も、カミサンがいないので、弁当でもと思ったのですが、外は大雨、弁当も飽きたし、

今日は、私の黄金の料理の腕をふるうことに。


さて、あり合わせの材料でできると言えば、手っ取り早くチャーハン。チャーハンと言って

思い出すのが、程一彦さん。


程一彦さんといえば、NHKの「今日のお料理」に出たり、伝説的放送、「料理の鉄人」に出

て、陳健一さんを破った方です。一時、程さんのチャーハンの作り方が流行ったことがある

のですが、お若い方はご存じないと思いますので。


程一彦さんのチャーハンの作り方、誰でも(世の中、例外の方もおられますが・・・)、パラ

パラ、サラサラのチャーハンができます。もっとも、チャーハンは、しっとりしている方が良

いと主張される方もいましたが・・・・・


材料は、

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昨日の余り物の、ウィンナー、マイタケ、近くの農家の方から貰ったタマネギ、自家製のニ

ンジン、しおれたアスパラ。あと、適当にニラとか、ホーレンソウとか、あり合わせのものを

入れるのもいいでしょう。面倒くさければ、冷凍のミックスベジタブルで、しっかりと水気を

取って。ガーリックチャーハンも良いですね。


家庭料理ですから、間違っても、フォアグラとか、キャビアとか、フカヒレとか、カラスミと

か、トリュフは入れないように。



さて、ここからが、程一彦さんのオリジナルです。

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中華料理屋さんは、大火力のコンロを使い、プロの腕で鍋をあおっていくので、バラバラ

のチャーハンができますが、これは普通の家庭では無理。


程さんの作り方は、上の写真のように、最初から、ご飯に卵を混ぜ合わせます。要する

に、最初から、卵でご飯をコーティングしていくわけです。これで、熱を加えると、卵同士が

バリアーを作って、ご飯同士がくっつき合うことは無いということになります。まさに、発想

の転換。


あとは、

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先ほどのご飯を炒めて、具材を入れますが、最初にを具材を炒めておいて、ご飯が炒まっ

たところで、具材を入れた方が、炒めすぎないで無難だと思います。どちらが良いかは、

自己責任で・・・・


あとは、ひたすらご飯がパラパラになるまで炒めるfだけ。味付けは、塩とコショウ。中華味

の調味料を使うのも、以外と良いお味。

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ということで、できあがりです。卵黄をあと一個分入れると、もっと、黄金に輝くチャーハン

ができるのですが、なにせ、コレステロールが気になって・・・・・

なお、この作り方、YouTubeで「程一彦」と検索すると、見られます。是非、ご参考に。


忘れてました、最後の仕上げにお醤油を。直接かけるのでなく、鍋肌に。香り付けです。

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う~ん、なんと美味しいことか。進むべき道をポチ誤りました。料理人になるべきだった。  

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2013年7月 5日 (金)

雲仙鉄道 その25~鉄道発祥の地

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今日の話は、直接雲仙鉄道とは関係ありませんが、今後の話題で、少し関係が出てくる

ので書いてみます。


今日は、カラット晴れた、とはいえない、梅雨空。しかもムシムシとした天気。諫早まで行っ

た帰り、運動公園を一周、約5000歩ばかり。この公園には、機関車置いてあります。


この機関車は、昭和14年に誕生。名古屋、金沢、富山、人吉、宮崎、鹿児島で、昭和50

年まで活躍し、326万キロを走ったそうです。


この、展示してある機関車の良いところは、運転席に登れること。

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もちろん、可動部分は溶接して動きませんが、すごい迫力。赤い部分が、お釜さんで、ここ

から石炭をくべたのでしょう。


さて、この横に説明板が立ててあり、

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赤いところ、「慶応元年(1865年)トーマス・グラバーが長崎の大浦海岸で蒸気機関車

(SL)を走らせたのが、日本で最初でありSLの発祥の地ともいえる。」と書いてあります。


普通、鉄道の発祥と言えば、「汽笛一声新橋を・・・・」との歌とともに、明治5年9月12日

に、新橋駅~横浜駅が開通したと習っていたのですが。


じつは、先日から「九州鉄道物語~桃坂豊著」を読んでいたら、「鉄道発祥の地」として、

長崎の事が書いてあり、要約すれば、1865年7月22日発行の英国の新聞「レールウェイ・

タイムス」に長崎の事が掲載され、これを、トムリンソン氏が発見し、長崎高等商業学校の

武藤教授にそれが伝わり、門司で開かれた「鉄道五十年祝典記念講演会」で披露し、当

時の新聞では、鉄道の発祥は長崎にありと誇らしげに自慢してあるそうです。


当時、長崎の外人居留地の大浦海岸通りに、「グラバー商会」が一時的に軌道を敷設し

(他の資料では、市民病院から松ヶ枝橋までの600メートル)、小型蒸気機関車で客車

を引っ張り、見物人に見せ、その後、上海で使用する予定だったそうです。


私は残念ながら見ておりませんが、長崎市民病院前に、「鉄道発祥の地」という祈念碑が

あり、説明板には「慶応元年(1865)英国人貿易商人トーマス・グラバーは、日本で初

めて英国製の蒸気機関車アイアン・デューク号(鉄の伯爵)号を敷いて走らせた。集まった

人々は驚きの歓声を上げて見物した。この試走は日本近代化の牽引車になった。」と記さ

れてあります。


ところが、この、「九州の鉄道ものがたり」、もう少し先を読むと、今度は「日本初の蒸気機

関車」という文があり、これによると、1855年(安政2年)、日本人の手によって、「蒸気機

関車」が作られていたとのことです。


長崎に寄港したロシア軍艦「ハルラータル」号の艦上で模型の蒸気機関車の運転がおこ

なわれ、それを見ていた、佐賀藩士中村奇輔が、負けてなるかと藩の精煉方挙げて、制

作をしたそうです。


佐賀県は地味に見えますが(佐賀県の方ごめんなさい)、実は佐賀藩の事を学ぶと、進取

な所があり、藩主の考え方にもそれが見えます。佐賀県は、「葉隠」、バルーンフェスタ、タ

レントのはなわさんだけではありません。


2年をかけ作り、大きさは、全長39,7㎝、幅14,3㎝、高さ31,2㎝の小さなものです

が、蒸気機関車は蒸気機関車です。この機関車、佐賀県立博物館に展示してあるそう

で、ネットでも見られます。なお、燃料はアルコールですが、藩の記録によれば「焼酎をた

いて走る」とあるそうです。

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   (「九州鉄道ものがたり」より。注:こちらは模型だそうです。)


さて、鉄道発祥の地あり、日本初の蒸気機関車あり、「汽笛一声・・・」の方は、官営による

営業の始まりの鉄道だったといえるでしょう。

長崎県、及び佐賀県の方は、俺が鉄道の元祖、本家だと、胸をはって言いましょう。


実は、私、鉄道にはあまり詳しくなく、補足がありましたら、コメント欄に書き込んでおいて

下さい。他にも諸説あるみたいで・・・ 

(参考・引用:「九州鉄道ものがたり~桃坂豊著」、他、各ネットより)


蒸気機関車懐かしいですね。大学受験の折、蒸気機関車で行きましたが、当時、、富士

山を見たら落第するとのジンクスがあり、ポチと富士山を眺めたら本当に落第しました。

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2013年7月 3日 (水)

たなばた様~雲仙市千々石町

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買い物の帰り、千々石橋の近くを通りかかると、おや?

川にロープが張ってあって、飾り付け。この写真の手前の方には、七夕の竹の飾り付け

がありますから、七夕に向けての事でしょう。

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ペットボトルを半分に切って、色のビニールテープを結びつけ、下に短冊が。その中で、

「上塩浜自治会」と書いてあったので、この近所の自治会の思いつきでしょう。

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自治会の方の集合写真かな?他に、自慢の写真なのか、一緒に付けてありました。


今や、少子化の時代、地方は疲憊(ひはい)するばかり、地域の人のつながりも薄くなり、

ウチの近所でも、お年寄りは、「近頃は、どの子が、どこの家の子やら、よう分からん。」と

いう時代。


近所の自治会の方が、みんな集まり、このような思いつきを、どんどんして貰うと、また、

地域も変わっていくんでしょうが・・・・小さなイベントですが、良い思いつきですね。

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この川に架かる橋は、千々石橋といい、大正12年にできています。

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橋の渡り初めの写真ですが、どうですか、この行列。橋の渡り初めの場合、その土地に住

む、一番お年寄りのご夫妻が先頭を歩きますが、これには「椿山家」としてあります。


写真をよく見ると、洋装が若干、あとは和服ですが、男性は紋付き袴、女性も正装。こんな

時代もあったんですね。


橋も代わり、人も代わりですが、この七夕様のような思いつき、各地でもおこなってもらい

たいものです。


さて、朝から、小浜海岸の足湯あたりを散歩していたら、結構なお客さん。

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でも、話している方言が分からない。自慢じゃないが、北は宮城県から、南は沖縄まで彼

女を持ってた男(正確に言うと、宮城県と、沖縄県に一人ずつ、計2名)。方言ならほとん

ど分かるのですが・・・・・・・・・・なお、良く聞くと、中国語でした。時代は変わった。


今日もついでに湯煎餅を買ってきました。ポチ湯煎餅中毒になたっかな?

 

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2013年7月 2日 (火)

湯煎餅★後日談~これが湯煎餅の耳だ

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昨日、7月1日の長崎新聞を読むと、雲仙・湯せんぺいの包装紙について、大きな記事が

載っておりましたが、私の調べた範囲とあまり大きな違いは無く、謎は残るというところで

した。


さて、今日は雲仙に用事があり、出かけましたが、あいにくの雨。ということで、この間、唯

一残っている、湯煎餅の手焼きをしているお店に寄ると、実際焼いているではありません

か。お店中、煎餅を焼く良い香り。

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標高の高い雲仙で下界より、涼しいとはいえ、焼いているところは火を使ってますから、熱

気むんむん。


さて、煎餅をやく道具を見ていただければ分かると思いますが、少しばかり、煎餅の種が

はみ出ています。煎餅を丸く成形するとき、この部分を切り取りますが、これが前に書い

た、古くは「煎餅の子」、今では「煎餅の耳」になります。一番上の写真です。現代の機械

で焼くと、この間も載せたように

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このようになるわけです。違いが分かると思います。


さて、一枚一枚焼いているところの、窓口を見ると、なんと、この耳が一袋置いてあるでは

ありませんか。写真で見て、お分かりの通り、はみ出た部分ですから、そんなに大量には

出るものではありません。この出会い。これが奇跡といわず、何を奇跡というのでしょう

か。何十年ぶりに出会った初恋の人という感じでした。


機械焼きは、型の中に種を流し込み、焼きますから、耳の部分も、本体の部分も同じよう

に焼けます。これに対し、手焼きは、手焼き道具からはみ出て焼かれますから、当然、焼

かれ方も違ってきます。


最初は、同じようにパリパリしているのだろうと思っていたら、意外や、意外、モチモチとし

ていて、噛めば噛むほど味がでるという感じ。お土産で売っている湯煎餅も美味しいです

が、こちらも素朴な趣をもった良いお味でした。


ところで、手焼きの湯煎餅が、この店一軒だとしたら、この耳、日本で唯一というか、世界

で唯一のお耳ですね。


お店の名前ですか?教えません。私が又買いに行ったとき、無くなってたら残念ですか

ら。ヒントだけ、雲仙の温泉神社の前のお店屋さんです。すぐに分かりますが、遊びに行っ

て捜すのも、旅の楽しみの一つですよ。


今日は、何というか、日頃、酒も飲まず、タバコも吸わず、パチンコもせず、浮気もしない、

品行方正な私への、ご褒美として、神様、仏様が煎餅の耳への出会いを作って下さった

一日だと、ポチどころではなく、感謝、感謝の日でした。 

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2013年7月 1日 (月)

7月1日はところてんの日~雲仙市千々石町

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このお店の写真、4,5回になりますか。7月から9月までの3ヶ月間しか開いておりませ

ん。


通りかかると、店が開いていたので、もう7月になったのかと、店に入ったら、去年と変わら

ず、

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メニューは、ところてんとラムネのみ。昭和レトロが流行っていますが、昭和レトロそのも

の。

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下の段に、ところてんの水槽があり、天突きで突き出します。


ところで、たかが、ところてんと思って、ウィキペデアで調べてみると、正倉院の書物中に

「心太」と記され、奈良時代には、「こころてん」または「ところてん」と呼ばれていた様だと

言うことです。


なお、同正倉院の記録では、「御食国」(日本古代から平安時代まで、皇室、朝廷に海産

物を中心とした御食料を貢いだ国と推定される国を指す言葉)」と呼ばれる地域からテン

グサを送ったという記録があり、宮中の節気行事に使われた事がうかがえるそうです。な

お、テングサは、ところてんの材料です。

ということを考えると、歴史的にも、たかが、ところてんとは言えません。


さて、カロリー面でも、ところてんは174グラムで、わずかの3カロリー。砂糖、醤油、酢、

ごまでタレをつくり、青のりをのっけても23カロリーだそうです。食物繊維として整腸効果

もあるそうです。健康と美容にところてんを!


この、ところてん屋さんの前の庭、いつもきれいにしてあり、

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石仏が2つあまり、右下にはきれいなわき水が湧いています。もちろん、飲めます。夏場

は、ひんやりとして美味しいですよ。


ところで、「7月1日はところてんの日」は全国的なものでは、ありません。俵万智さんの短

歌に、「『この味が良いね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」というのがありま

すが、各自、何かの日を持っているのが面白いなと思って、7月1日に、このお店が開くの

で、私が勝手に、「7月1日はところてんの日」と決めたものです。

(参考・文引用:「ウィキペディア」より)


日記に、「今日は浮気記念日」とポチ書いてみたいんですが、相手がいないんじゃね・・・

 

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2013年6月30日 (日)

2013 唐比ハス園(6月30日)満開&唐比蓮祭のお知らせ

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今日は、朝から風雨にもかかわらず、日曜日のせいか、唐比のハス園には、大勢の人。


蓮の花は、長い茎の上に咲き、大きな花弁のため、雨、風には弱く、少し乱れ気味。御髪

が風に乱れるのと一緒(光頭の方には関係ありませんが・・・)。


天気が良ければ

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こんな素敵な花が鑑賞できるのですが。

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写ガールさんが、良いカメラをぶら下げて、被写体さがしているのですが、お花が少し乱れ

て残念。しかし、全種類のハスの花が満開で、見事なものでした。


さて、先日「唐比すれんの会」の方からコメントをいただき、今年の「唐比蓮祭り」は、7月7

日、午前10時から開催、イベントが10時30分からです。


ひょっとこ踊り、琉球太鼓、諫早のんのこ、天満太鼓、釣り大会などイベントがあるそうです

が、雨天中止だとのことだそうです。ポスターをみかけたので。

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問い合わせは、「唐比すれんの会~電話 36-1872」、又は「諫早市森山支所~電話

36-1111」だそうです。是非、お越しを。


今日で6月が終わり、ポチ早すぎませんかね。スローライフの時代なんだから・・・  

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