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2013年4月7日 - 2013年4月13日

2013年4月13日 (土)

2013 諫早つつじ祭り~ミニ眼鏡橋、渡ってきました

Photo

なんと、かっこの良い男性か。スタイル満点、心優しく、イケメン。顔をだすと女の子がほっ

とかないので、消していますが・・・私です。


ミニ眼鏡橋の由来については、以前から書いていますから、そちらをお読みください。後の

方に、本物の眼鏡橋が少しばかり見えます。


このミニ眼鏡橋、普段は柵がしてあり、渡れません。出来た当初から、どうしても一度渡り

たく、深夜来て渡ろうと思ったのですが、崩落したら大変だと、我慢していたのですが・・・


さて、4月13日~21日まで、「2013 諫早つつじ祭り」。

Photo_2

今年は、祭りに時期を合わせたように、ツツジが満開。ツツジに眼鏡橋、後には新緑の林

と青空、なんとも絵になる風景。


朝から、つつじ祭のチラシを見たら、小さな字で、「※ミニ眼鏡橋は祭りの期間中(土、日)

限定で渡れます。」と、書いてあるではありませんか。4月13日(土)、14日(日)と20日

(土)、21日(日)です。


どうせ、渡ることが出来るのは、子供だけだろうと思ったのですが、急いで出かけ、一時間

ほど待っていて、係員の人が来たので、「大人も渡っていいんですか?」、「いいですよ。」、

「体重65㎏ですが?」、「かまいません。」と言うことで、係員の方に頼んで、一番上の写真

を撮ってもらいました。やはり、自分で言うものなんですが(他人が言ってくれないから)い

い男ですね。最初はおっかなびっくりで渡りましたが、がっちりしたものでした。

Photo_3 Photo_4

子供が乗っているのは、対州馬です。対馬の馬です。これで、成馬ですが、対馬は急な山

が多く、足が長いサラブレッドなんか役に立ちません。カッコ良いばかりが、役に立つとは

いえない見本です(私は違いますが)。フリーマーケットも大賑わい。


昔の本明川に架かっていた頃の眼鏡橋です。

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       (「”暴れ川”本明川」~長崎新聞社発行より)

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      (「九州の石橋をたずねて」~山口祐造著より)


ミニ眼鏡橋は、石橋を移転するにあたって、石工さんが試しに縮小したものを作りました

が、諫早に置くところがなく、所沢のユネスコ村に置いていたものを、ユネスコ村閉鎖に伴

い、諫早に里帰りさせたもの。


眼鏡橋については、解体の時、その構造が話題になりましたが、特に真ん中の所、ただ単

に立てた物ではなく、「潟泥」の中に杭を打ち込み、その上に基礎石を置いて、その上に橋

を作っています。いわば柔軟構造にしてあるものです。誰が考えたか、天保の時代ですか

ら、凄いものです。今のように、力学なんて学問は無かった時代ですから。


この橋の作りの驚くべき構造については、上記、「九州の石橋をたずねて~山口祐造著」

に詳しく書いてありますので、興味のある方はお読みください。

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                (諫早つつじ祭りチラシより)

天気は良いし、念願のミニ眼鏡橋は渡れたし、良い一日でした。一番上の写真、本当は彼

女とツーショットのもあるのですが、問題になるので載せませんでした。と言いたいのです

が、残念。私はいつもロンリーウルフガイ、カッコ良い一匹狼です。


なお、駐車場は会場横の本明川の河川敷に充分あります。または、高城公園駐車場。歩

いて、足の長さとか、歩く速度もありますが、10分程度です。

(参考・写真:「”暴れ川”本明川~長崎新聞社刊」、「九州の石橋をたずねて~山口裕造

著」、 「諫早つつじまつりチラシ」より。)


ミニ眼鏡橋、渡るときは壊れはしないか、ポチ怖かった。

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2013年4月12日 (金)

原城の抜け穴~長崎県南島原市南有馬町

P4110539

これ、原城を再建したものではありません。ベニヤ板に、描いたもので、「夢一夜城」。ボラ

ンティアの方が作って、22年目だそうです。話には聞いていて、一度は見てみたいと思っ

ていたのですが、思ったよりも立派なもので、驚きました。明日13日は、「原城一揆祭り」

が昼から、夜にかけて開催されるようです。ネットで検索すると、イベントの時間帯も分かり

ますので、行かれる方はチェックを。


さて、この原城に抜け穴がある事は、世界遺産登録にも絡み、平成9年頃のマスコミを賑

わせたようです。某記事には「発掘調査に新年度から着手する」と書いてありました。


この穴については、以前から、すでに知られていたようで、昭和44年発行の、「南有馬町

郷土誌」に以下のように載せてあります。


「昭和三十八年四月豪雨の浸水で地盤が沈下し直径三米から三,九米の大空洞が突然

できたが、これは天守閣から通じる抜け穴で下の海岸から約六米の高さの所に一.一米、

幅0.七米、乃至0.八米の洞窟があり二十七米で三叉路になり奥が三畳敷になって水が

出ている洞窟につながったものであろうと想像されたのであるが、我国史家の泰斗『黒坂

勝美博士』の令息で、文化財保護委員会の黒坂技官の説によると、往事は築城に当たっ

て排水溝を作るのが普通であるから、これもまたその一つではないかといわれる。またこ

の洞窟は「原城構築」に際に掘られたものであろうが、一揆軍が籠城に際し掘起こして抜

穴に利用したことも同年八月に発掘した際傾斜した穴でこの穴からでた瓦陶器の破片から

察せられるが明確にいえない。」と書いてあります。


この穴は、現在崩落して入れないそうですが、2009年頃、ロボットカメラを入れて調査し

たと思われる写真が、ネットの「有家史談会 嶽南風土記」、2009年09月23日の記事に

載ってましたので転載します。

Photo

私も、心動かされ見に行ってみたのですが、本丸の方はからは、フェンスが張ってあり、分

かりませんでした、と言うより、ネットがなくても、海側は絶壁になっていて、とてもじゃない

けど、おっかなくて・・・


下から、行ってみると、途中までは良い道で、護岸工事などしてありましたが、途中で途切

れて、藪になっており、一人ではちょっと無理

P4110556 P4110557

最初は右手から行ける所まで、次は左手から行ける所まで行ったのですが、ついに分かり

ませんでした。


この絶壁の上に原城の本城があり、とてもじゃないけれど、海側からは攻められないこと

は一目瞭然です。崖はかなり崩落をしておりました。


ただ、途中少し変なところがあり、

P4110560

入り口は完全にふさがっていますが、よく見ると穴らしきものが少し見え、かなり古くなって

いますが、材木で支えたような所が、ひょっとしたらかな?

いずれ、抜け穴も解明されるでしょうが、楽しみにしましょう。


さて、原城というと、観光の方は本丸だけ行かれますが、平成12年版「長崎の文化財」に

原城の全景が分かる写真があったので

Img

皆さんが観光で行かれるのは、赤い四角の所だけだと思いますが、ほかに、「鳩山出丸」

「東二の丸」「南三の丸」「西二の丸」「北三の丸」等も在り、こうして見れば、この原城を

築城した、有馬氏の勢力のほどがうかがえます。なお、この原城は北有馬町にある、日之

江城の支城になります。

(参考・文引用・写真転載:「南有馬町郷土誌」「平成12年度版 長崎県の文化財~長崎

県教育委員会発行」。ネットより「有家史談 嶽南風土記」)


歴史というのは謎が多いですね。ウチのカミサンの心に、ポチと似ています。

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2013年4月10日 (水)

センゴク一統記第3巻 宮下英樹著~出ましたよ

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桜も散り、ツツジが咲き始め、一年経つのも早いもの。私の人生も段々と短くなるばかり。


さて、本屋へ行ってみたら、出てました。「センゴク一統記」、第3巻になります。いよいよ、

歴史上の謎、「本能寺の変」へと進んで行きます。


あまり書くと、読む方が面白くないので、簡単に。この巻は明智光秀が主人公になり、なぜ

「本能寺の変」を起こしたか、主に精神的な面から書いてあり、今までとは若干趣が違って

います。


本の帯の裏の方に、こう書いてあります。

「明智光秀が、信長の中に見たものは輝く桃源郷か、それとも破滅か・・・・

一人の天才の生涯を通して人間の実存をとう、”本能寺の変”前夜!!

静かなる”序奏”が幕を開ける」

なんのことか分からないでしょうが、読めば分かります。書いてあるとおりです。


さて、本能寺の変については、諸説あるようで、「ウィキペディア」によると、「「怨恨説」、「野

望説」、「恐怖心説」、「理想相違説」、「将軍指令説/室町幕府再興説」、「朝廷説」、「四国

説」、「イエズス会説」、「諸将黒幕説」。面白いのは、明智光秀は生き延び、徳川家康の幕

僚として活躍した「南光坊天海」になったと言う説。是非、「ウィキペディア」の「明智光秀」

の所、お読みください。面白いですよ。


これだけある説で、著者がどんな自説を展開していくのか、チラリと見えてきますが、難

しいですね。人の説を真似ても意味ないし。どんな進行になるのか。「ヤングマガジン」連

載ですから、それを読めば早いのですが・・・・


今回は、主人公仙石秀久は出演なしでした。影も形も見えません。いつも、著者の後書き

があるのですが、今回は無し。ひょっとしたら、作者がどう展開していくのか悩んでいるの

かな?


作者の参考文献は、前にも書きましたが、「改撰 仙石家譜」、「信長公記」、「天正記」、

「日本史(ルイスフロイス)」、「川角太閤記」、「雑兵物語」、「身自鏡」、「晴豊記」、「日々

記」、「籾井家日記」、「牧田茂兵衛氏所蔵文書」、「惟任謀反記」、「備中兵乱記」、「溝江文

書」、「立入左京亮入道道隆佐記」、「明智氏一族相伝系図書」、「多門院日記」。


こう並べると凄いですね。読むだけでも大変でしょう。古文書、良くて読み下し文があるて

いどでしょうから・・・この資料を基にどう物語が進んで行くのか・・・・・いよいよ「本能寺の

変」、いかに・・・


ウチでも、本能寺の変、やってみたんですが、ポチポチポチと、軽く、あしらわれただけでし

た。

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2013年4月 9日 (火)

長崎のハタ・諫早の凧揚げ取り締まり

1

さて、皆さんは長崎名物をご存じでしょうか?


「長崎ぶらぶら節」という民謡があります。「長崎名物 ハタ揚げ 盆祭り 秋はお諏訪のシ

ャギリで 氏子がぶらりぶらりと いうたもんだいちゅ」。と言うことで、第一番目に、「ハタ揚

げ」があげられています。ということで、長崎名物の第一がハタ揚げと言うことになります。


「盆祭り」は「精霊流し」、他の所と違って、爆竹などを使って、賑やかなお盆行事。

「秋はお諏訪のシャギリ」は、諏訪神社の「おくにち」の祭りのこと。


これに最近は「ランタン祭り」が加わり、以前の日銀長崎支店長が講演会で、長崎は祭り

が多いところですね、などと言ってました、どうも、口調からすると、長崎人は浪費癖がある

という感じでしたが・・・・


さて、ハタと言えば唐八景、唐八景と言えばハタ揚げと決まっていて、4月7日にハタ揚げ

大会が開かれていました。


この大会、ハタを揚げるヨマ(ハタを揚げる糸)に、ガラスを細かく砕いて、糊と混ぜ、ヨマに

塗り、乾かして、ハタの方に、このヨマを使い、ハタとハタを絡ませ、ヨマを切るというもの。

切れて飛んだハタを追っかけて、拾いに走った思い出があります。この、他人のハタに絡

めて切るのは、難しいものです。


もちろん、切られたからといって、恨むようなことはありません。あくまで大人の粋なお遊び

です。


さて、長崎のハタは上の写真の様に菱形です。裏は

2

実に単純で、二本の竹を組み合わせたもの。ヨマを竹が交差した所と、一番下の部分に取

り付け、この二本を結び、これに揚げるヨマを結びつけます。バランスを取るのが難しく、下

の方に、ほそ長く切った紙を使い、長い尻尾をつけたりします。


さて、長崎でハタ揚げが盛んなら、お隣の諫早でも盛んで、江戸時代に取り締まりまであっ

たとのこと。


「諫早市史」の、「奢侈(しゃし)取締」の所、「寛永年間の倹約令」、「文化向上と服装取

締」、「諫士に對する取締」などの中に、「凧揚げの取締」というのが書いてあり、長いので

要約すると、長崎では凧の大きさを文数で呼んだそうで、長崎は20~30文の小型が多か

ったそうです。


これに対し、諫早では、紙の枚数で何枚入りと言ったそうで、八枚入りになると、かなり大

型になり、長崎ではこの大型の凧を「つぶらかし」と呼んでいたそうで、これに凝ると、財産

を潰すからだと言われています。


その、費用のかかる遊びを、お上が見逃すはずはなく、取締が出たそうです。


一、左の通り達帳を以て相達候事。

   達   帳

凧揚の儀、童、子供尾長の外一切後停止置かれ候については、一統其の心得いたし、吃

度、取止め候様、・・・・・・・自然心得違ひ取り扱い候者これあるい於ては、御取揚の上、其

者は申すに及ばず、親々々も急度其〆り仰付らるヽ儀に候。」


「尾長」は多分、子供用の凧の下に、紙で長く尻尾をつけたものかな?「其者は申すに及

ばず」、「親々々」まで、取締の対象になるとは。


なお、面白いことに、凧ばかり取り締まっても、それを揚げるヨマを売る者があってもよろし

くないと、それも取締になったそうです。


一、市中、其外において、凧相拵(こしらえ)、扨(さて)又、右よま杯一切賣出さざる様、自

然相用ひざる者之有るに於ては、御取揚げの上、急度手當仰付けらる儀候。


この取締が出たのが、慶応四年、江戸時代最後の年号。4年後に明治になりますが、取締

はなくなったため、反動的に盛んになり、凧商などが集まり、凧合戦などを主催したそうで

す。いまでは、この大型のハタ見たことがありません。ゲイラカイトばかりが飛んでいます。

(参考・引用:「諫早市史」より)


女遊びは、できないし、ハタ揚げにでもポチ凝ってみますか。

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2013年4月 8日 (月)

愛のハタあげ大会~長崎県雲仙市愛野町

Photo_2

今日の長崎新聞を読むと、「長崎のハタ揚げ大会」と、「雲仙・愛のハタあげ大会」の記事

が並んで載っていました。長崎では「凧」ことを「ハタ」と言います。


「愛のハタあげ大会」。本来は土曜日の予定が雨。日曜日も、朝から雨が降ったり止んだ

り。どうかなと思いながら行ってみると、ちゃんとやってました。

Photo_3 Photo_4

子ども用には、小さなハタを準備して、これはお土産。旗が立ててあったので見ると、「愛の

まち剣舞箏保存会」、と書いてあるので、剣舞をやっている人が、主催か手伝いかと思って

いたら、新聞に書いてありました。「剣舞箏」は「けんぽうそう」と読むそうで、その、「愛のま

ち剣舞箏会保存会」の主催。


「剣舞箏」はハタの一種で、島原半島北部に伝わる、剣をかたどった形が特徴だそうで、

「剣をかたどった形のハタ」、どこかで見たことがあるなと、考えているとハタ(親父ギャグで

すみません coldsweats01 )と思い出し、確認に行ったところありました。


愛野町の公民館、1階から2階に上がる階段の所。一番上の写真が、「剣舞箏」です。意外

と呆けてないな、と自分で感心。公民館の方に、作った方など聞いてみても、全然知りませ

んでした。少しはお勉強を。


さて、その他、いろいろな大型のハタがありました。

Photo_5 Photo_6

これも、立派に遠くの空に飛んでいて、肉眼ではよく見えません。いつか書いたように、老

眼と近眼と乱視混じりだから。


私も、大きなハタをしばらく借りて遊びましたが、手袋を忘れて、糸を持ったところが焼けて

まだヒリヒリ。


このハタの裏側

Photo_8

赤の四角の所、弓みたいなのが取り付けてあります。弦のところは、お菓子の箱を包むよ

うな、平たい紐です。これが、風を受け、振動し、「ブーン」という、何とも言えない音を出し

ます。


この紐、以前、お年寄りの家に、この型のハタが飾ってあったので、話をしていると、「この

紐んところ、いまはビニールの平たい包み紐をつかっとるが。昔はの。」と言いながら、箱を

持ってきて、見せて貰いましたが、「昔は馬の皮をなめして、薄く削って、平らな紐にして使

つとったもんじゃ。」、と言うことでした。


多分、この話は、段々と忘れられてしまうことでしょうが・・・・庶民の歴史は、はかないもの

ですね。


次回は、長崎のハタと、江戸時代の諫早における、「凧揚げの取り締まり」などについて・・


ハタのように空を自由に飛んで見たいな。でも、紐を持っているのはカミサンか。ポチ残

念。

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2013年4月 7日 (日)

春の全国交通安全運動

P2210788

4月6日~15日は、「春の全国交通安全運動」です。


最近は、赤信号でも、突っ切っていく、ウインカーはつけないで曲がっていく、人が道を譲っ

てもあいさつなし。運転以前の方が増えて来たみたいです。


私?模範的安全運転です。というより、年を取ったら、運動神経が鈍くなって・・・・後の車か

ら追突されないか心配なので、まだ該当者ではないのですが、高齢者のマークと、初心者

のマークと2枚貼り付けて、走っています(もちろん、冗談です)。


さて、先日買い物に行って、ふと隣の車を見ると、フロントウインドーの上の所に、張り紙が

してあって、よく見えないので、何かと思って、写真の望遠で見たら、思わず笑ってしまいま

した。

P2210792

良いですね。運転の三原則、「一、脇見運転はダメ」、「二、飲酒運転はダメ」、「三、六〇K

以内で運転」。


全くその通り。この運転手さん、どんなわけで、こんな物をわざわざ貼り付けているのか?

ひょっとしたら、脇見運転をしたり、飲酒運転をしたり、速度違反をいているので、自戒のた

めに貼ったのか?よほど真面目な方なのか?どちらなのか?


戻って来た方を見ると、七十代の男性の方でした。多分、後者の方みたいでした。

私もマネをして貼っておきました。「浮気はダメ。」

皆さんも見習って、安全運転を心がけましょう。


カミサンが今日は花火大会のご見物。今日こそは遅くなりそうだし、鬼の居ぬまに、ポチと

命の洗濯を・・・・

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