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2013年10月 4日 (金)

宇都(うず)墓地の雪山の碑~諫早市

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この話は、諫早の歴史関係の本を読んでも、あまり書かれてなく、「諫早を歩く~山口八郎

著」に載っており、現場に行くと、諫早市教育委員会の説明版があったので、合わせてご紹

介を。


宇都墓地の階段を少し登って行くと、左手に小さな広場があります。ここは、諫江(かんこ

う)八十八カ所の第一番札所でもあります。


二つのお堂の間に、碑が建っています。これが、「雪山の碑」です。

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碑正面には、「雪山和尚品位」と書かれています。向かって左手には、雪山に関する碑文

が彫られています。

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分かりにくいと思いますが、最初の行。「當(?)有天祐寺安吾僧雪山有」から始まります。


「天祐寺」は、いつか紹介したように、諫早家の墓所。「安吾僧」は、個々に修行していた僧

侶が、一定期間、一カ所に集まって、修行する事ですから、雪山は天祐寺の僧ではなく、

天祐寺での修行僧ということになります。


さて、この雪山が、まさにイケメン。雪山見たさに、若い女性が、参拝に押しかけた言うこと

です。


某日、領主の側室が、領主に変わり、参詣に行った折、雪山を見て一目惚れ。色々手を打

ちますが、雪山はシカト。側室の恋心はいつしか憎しみに。領主に、「雪山が私に狼藉をは

たらいた」、と嘘を。もちろん、領主は雪山に打ち首を命じます。


刑場に据えられた雪山は、「私は無罪だ、御仏よ、私の潔白を示すため、私の赤い血を、

白く変え、ここに逆さまに挿す、松の小枝を、根付かせたまえ」と言い、打ち首になりま

す。


雪山の血は白く、松の枝にふりかかり、その後、松は大樹となり、人々は雪山の無罪を証

明するものとして、「雪山の逆さ松」と言い、大事に育てたそうです。碑文に「果白血滴滴」と

言う,文字も見えました。


残念ながら、この松は、大正二年に枯死したそうですが、この松に変わるものとして、、追

善供養塔を建て、碑文を諫早家に依頼したそうです。碑文の最後には、「大正二年二月 

諫早家」と刻んでありました。


場所が少し分かりにくく、宇都町の交差点付近。「魚荘」、「ホテルグランドパレス諫早」の

向かい側に、階段があります。しばらく登って、右の写真の木立のなかですから、私みたい

に見落として、上の方までいかないように。

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まあ、お互いに、イケメンに生まれなかったことを、幸いとしましょう。

(参考・文引用:「諫早を歩く~山口八郎著」・現場の説明版より)




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