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2013年8月 9日 (金)

南島原市南有馬町八幡神社 その1~肥前鳥居と供養塔

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お~!肥前鳥居ですね。島原半島で、瑞穂の八幡神社に次いで、2本目の発

見。


他にも、見つけて、分布図、年代等調べれば、文化の伝達が、分かる思うので

が。肥前鳥居は、お隣、佐賀が本家です。


それにつけても、このどっしりした姿。惚れ惚れしますね。一番上の、笠木と島

が一体になって、端の方がそそりたった姿。貴女も、そそり立ったのだお好き

でしょう。


下は、橘神社の鳥居です。こちらも立派な鳥居ですが、

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比べると、肥前鳥居の方が、素朴で落ち着いた感じがします。


ただ、残念なのは、笠木、島木の下の「貫」が新しいこと。近所の方に聞いたら,

後の方を車が走って・・・・・・多分、重機あたりが当たったのでしょうか?


八幡神社の本殿は、もっと奥の方にあったそうですが、「6・3・3」制の学校改革

で、境内に中学校が出来たそうですが、中学校が拡がってきて、昭和28年、社

殿が移築されたそうです。「軒下を貸して母屋を取られる」の例でしょう。


社殿近くで見た狛犬、

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狛犬の口の中に、玉が見えます。もちろん取り出せません。口の中を彫るとき、

緒に彫り込んだ物でしょう。狛犬といい、よほどの腕の石工さんと見ました。


この神社、島原の乱の原城の近くにあり、乱以前のことは、詳細には分から

いらしいのですが、島原の乱後に再建されたものだそうです。


鳥居には、「?延宝三暦・・・」が読めましたが、あとは、良く分かりませんでし

た。寄進者の名前も書いてありましたが、調査すると子孫の方が分かるかも。


さて、この神社に、あまり知られていませんが、島原の乱に関係する、供養塔が

あるのですが、それは、また明日。(参考:「南有馬郷土誌」)



何となく、鳥居フェチになりそうですが、本当は熟女フェチがいいな・・・

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コメント

 際どい「一言」が増えてきたので、女性の訪問者が、二十人ばかり減ったかもしれませんよ。(笑)

段々と本性が出て来たのでしょう。
徐々に、際どいのを、お楽しみに。( ̄ー ̄)ニヤリ

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