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2013年6月 7日 (金)

「多助ぼぅっさん」★土橋多助(貞恵翁) その2~多助橋と貞恵翁堀

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昨日の続きですが、当時は、今のように道路状況等も良くなく、今でいう公共事業を貞恵

翁は私費でおこなっています。


橋がなく困っている人のために、諫早から森山町にかけ、半蔵橋、田代橋、くじら橋、段道

橋、多助橋、また、灌漑用水に困っているところにはため池、藩校好古館には学校田など

の寄付をしています。

森山町には、多助橋、貞恵翁のため池が残っているので、ぶらりぶらりと・・・・多助橋は慶

師野川沿いと言うことで・・・・こちらは、事前に調べると、コンクリート橋に変わっていると

か。


まあ、場所が分からないので、川沿いに行くと、建物があって、その前になにやら胸像

が・・


ここは正式名称、「諫早市健康福祉センター森山分館・森山保健センター・諫早市南部地

域包括支援センター」。3回読むと舌をかみそうな名前。四角いところに胸像があり、ひょ

っとしたらと思い、寄ってみたら、案の定、上の、「土橋貞恵翁」の胸像。はやり、郷土の先

覚者として、いまも名を残しているのでしょう。

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多分、ここの職員さんなら知っているかと入って見みると、美人の職員さん。お茶でも誘お

うと思ったのですが、どうせ振られると分かっているので、多助橋の場所を聞いたら、すぐ

そこの橋。予想どうり、架け変わっていました。河川改修がおこなわれたためでしょう。

せっかくなら、どこかに保存して欲しかった。

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以前調べたときは、橋の名前もなかったそうですが、現在は

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ちゃんと、橋の名前が入っています。せっかくなら、説明板と昔の写真が欲しいところ。


今度は、ため池の方に。場所は森山町図書館から国道の方角の反対側に歩いて行くと、

町営住宅(今は合併で市営住宅かな?)のすぐそば。

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意外と大きく、費用もかかったことでしょう。

四角の赤の所に、2体石仏が祀ってあります。

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左は首が取れ、他の石をつないでありますが、例によって、廃仏毇釈運動の犠牲でしょ

う。

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森山町図書館の調査カードによれば、左の台座には、「文久元年(1861) 施主 知足庵 

庄屋 次助 横目 和?」と彫ってあるそうで、「知足庵」とは、昨日書きました、貞恵翁が

晩年、仏門に入ったときの名前です。

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右の石仏は「倶利伽羅明王」。倶利伽羅竜王、倶利伽羅不動ともいうそうで、上に巻き付

いているのは、うなぎではなく、竜です。


調査カードには、「右手に剣をを持ち、左手には宝珠を持っており、頭上には、倶利伽羅

明王本来の姿である、竜王が刻まれている。」とありました。

ため池も、他にもあるらしいのですが、残念ながら分かりませんでした。

(参考・引用:「森山町郷土誌」「高城の散歩道~山口裕造著」より)


この倶利伽羅さんの竜、目付きが鋭く、生きているような感じで、ポチとビビりました。

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