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2013年5月27日 (月)

雲仙鉄道 その19~愛津駅周辺

Photo_2

Google_3

今日は、山王さんを抜けてから、愛津駅周辺のことを。山王さんを抜けると、畑が広がりま

す。


上の写真は、愛野町閉町記念誌より、昭和22年の写真。下の写真はGoogleから現在の

写真です。


赤い矢印が雲仙鉄道跡、茶色の矢印が多分愛津駅だと思われます。駅に至る道が、畑

の中に見えます。「1」の部分は、畑で、Googleの写真でも分かるとおり、鉄道跡はすっか

り消えています。

Photo_5

この畑の中を雲仙鉄道が通っていたのです。

Photo_6

愛津駅の記念碑ですが、この後ろの赤の印のあたりに、愛津駅が建っていたそうです。小

さな駅だったという話でした。


ここから、少し行ったところに自動販売機があり、こちらから汽車が入り込んでいたそうで

す。


ここは、家が立て込んでいるため、少し行ったところから左折します。この道を行くと、私が

以前、ここを汽車が通っていたと、偉そうに間違ったことを言った、有明川の土手に出ま

す。

Photo_7 Photo_10

ここから入り込んだ道と有明川の間あたりを汽車が通っていたそうで、以前はデンプン工

場などもあったそうです。ちょうど空き地があったので・・・

Photo_11

赤の矢印が、有明川の堤防に行く道。白い屋根の建物の後ろ、黄色い矢印が有明川。

この間を汽車が通っていた事になります。写真の「2」あたりです。(少し左だだったか

な?)


さて、住宅地を抜けて、また青の矢印「3」の部分から畑の中に、入って行くわけですが、

この場所が、どうにも分からない。


住宅街を抜け、右手に行けば温泉神社、その数メートル先だと思うのですが、通うこと数

日(暇だし、カミサンとは顔を合わせたくないし)。

Photo_12

どうも、写真の距離から見ると、ここかなと思うのですが、

Photo_13

どうにも狭すぎる、写真の線路跡と比べれば、入り方が急角度過ぎる。まあ、撤去された

のだろうと、自分で納得しながら帰ろうとしたら、また、おばちゃんが登場。


すぐ近所の方でしたが、親切に教えていただきました。

まあ、驚くべき話で、ここが畑に入り込む所だったそうで、もっと角度が緩やかに広かった

そうです。


役場の方で、その跡を整備して、橋を架けたそうですが、ある事情で撤去して、現在ある

橋にしたそうです。そう言われてよく見れば、このコンクリートの部分がそうではなかった

のかなと言う感じでありました。これで、又一つ謎が解けたわけです。

(参考:「愛野町記念誌~愛野」・Google earthより)


我ながらポチと素晴らしい、調査能力。興信所でも開こうかな。浮気専門の。  

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雲仙鉄道」カテゴリの記事

コメント

山王さんから愛津駅にかけての線路跡が、当時あったかどうか、残念ながら記憶にありません。
 愛津駅記念碑の下の写真、線路跡と、子供のころ聞いていたので、よく覚えていますが、それらしい雰囲気がありました。
 有明川の土手、私も「汽車道」と思っていたんですが、違ったんですね。
川幅は、古い写真の通り、広くて、ずっと奥のほうまで、潮の満ちひきがありました。ムツゴロウやシオマネキもたくさんいて、近所に、ムツゴロウ取りの名人がいました。

 ところで、貴地には、「浮気調査」の看板が出ていたので、競争が大変ですよ。
だからといって、むりに、浮気を勧めて、仕事を取ろうとしてはいけませんぞ。

お~すごいですね。有明川、あの土手から推測するとかなりの川だったんでしょう。
できれば、見たかったですね。。

祈念碑の写真、右側に堤防らしきものがあり、左が畑になっていますから、千々石~濱駅の区間のような気がします。

 愛津駅がなぜ畑の中にあったのか?なぜ連絡道路が線路に向かって真っ直ぐ伸びているのか?

 愛津村と野井村が合併し愛野村になったのが1889年、島原鉄道の本諫早駅ー愛野村駅が開業したのが1911年、雲仙鉄道の前身、温泉軽便鉄道が開業したのは1923年でした。
 ここから私の推測です。間違っていたらご免なさい。
①旧愛津村の中心は「土井口番所・原口番所■島原藩・佐賀藩の境~長崎県雲仙市愛野町」(5月 3日)にある土井口番所で、愛津駅は220m西側にあります。当時の蒸気機関車は騒音と火の粉が問題で、駅は中心から離れたところに置かれました。
②雲仙鉄道は有明海から橘湾に行くために山王さんの西側を通り峠を越えます。汽車が旧会津村の北側を有明川に沿って通過し、山王さんへ滑らかな曲率と勾配で登っていくため、線路は畑の中を通りました。
③土井口番所の近くには海路の船着き場があったと思われ、愛津駅の連絡道路の先がそうではないか?筑前浪人さんが触れられた「三軒茶屋」に船着き場があったそうですが、そのバス停は土井口番所から850m離れているので、近くという感じでは有りません。

 以上三つの理由で愛津駅が畑の中にあったのではないでしょうか。

 また、愛野駅の位置、千々石駅の位置、濱駅の開業が遅かったことも興味深いところです。

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