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2013年5月29日 (水)

雲仙鉄道 その21~昔の愛野村駅風景

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             (「愛野町閉町記念誌~愛野」から)

昨日、やっと愛野駅まで到着したのですが、これで終わったと思った方は甘い。


上の写真は、以前、別の本から複写したものを出しましたが、「愛野町閉町記念誌~愛

野」にも同じ写真が載っていました。(愛野町の方は、多分この冊子お持ちだと思いま

す。)


説明によれば、島原鉄道が全線開通した当時の写真ですが、当然ながら、雲仙鉄道はま

だ開通しておりません。後ろに見える山が雲仙岳です。右の建物が愛野村駅でしょう。


島原鉄道は、明治44年(1911年)に、本諫早駅ー愛野村駅が開業し、徐々に線路を延

ばし、大正2年(1913年)に、諫早ー島原湊間に全線開通していますから、その頃の写

真だと思われます。

2_2

            (「愛野町閉町記念誌~愛野」から)

昭和12年、雲仙鉄道が廃線になる前年の愛野村駅の様子です。前の写真とは違って、

かなり大きな駅になっているのが分かると思います。現在は、また小さな駅になっており、

当時の面影はありません。


写真ではホームに人があふれていますが、手に手に旗を振っている様子がうかがえま

す。この年には支那事変がおこっており、多分、出征兵士を送っているのではないでしょう

か?


雲仙市役所愛野支所で話をしていると、この手前の方の線路が、雲仙鉄道の線路だった

ということです。


この雲仙鉄道に関しては、資料、写真があちらこちらに分散しており、調べるのに手間が

かかりますが、新しい情報があったら、また、書き続けていきたいと思っております。


と思っていたら、また、新しい情報が。また、まとまったらポチポチと、しつっっこく書いてい

きます。

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コメント

 貴重な写真をアップして頂きましてありがとうございます。なかなか情報量が多いです。

 写真についてコメントします。
①「全線開通の頃の…」の後ろの山ですが、線路の形状から雲仙岳ではなく諫早方面の山だと思います。
②「全線開通の頃の…」駅舎と同じ建物が「昭和12年…」にも写っています。反対側からの写真ですが、屋根の形状から同じものでしょう。
③雲仙鉄道は「愛野村駅」で専用のプラットホームを持ったターミナルステーションになっています。ご紹介頂いた千々石ネットの「島原半島の鉄道写真」の写真3のガソリンカーのうしろの建物も同じ駅舎と思われ、機関車入れ替えの為の側線へのポイントも同じように見えます。
④「昭和12年…」の見送りの方がいるプラットホームは、雲仙鉄道の機関車の煙で良く見えませんが、駅舎側のものと推定されます。雲仙鉄道の線路(3線)は現在の線路沿いの道路にあったことになります。
⑤プラットフォームの高さは現代のものに比べかなり低いです。現在のプラットホームは高さ調整されているようですが、いずれも当時のものではないと思われます。当時の高さのプラットフォームはJR諫早駅の1番線プラットホームの赤レンガ部分という情報がありますし、栃木県のJR鶴田駅にも残っています。現在のプラットフォーム2面は後世のものと思われます。

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