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2013年3月 8日 (金)

元祖「鯖くさらかし岩」~長崎県時津町

P3080166

   (時津町教育委員会説明版より)


時津町というと、有名な「鯖くさらかし岩」があります。


魚売りが近くを通りかかり、岩が落ちそうなので、落ちるのを待って、通ろうと待っていた

ら、魚が腐ってしまった、という話です。


今日、時津に行ったところ、ここは、何回も通ったことがあるのですが、国道のすぐそば、こ

んな所にあったとは気づきませんでした。まあ、昔からボーッとした子だから。

P3080167_2

上の絵は、時津町教育委員会の説明版に描いてあった絵で、江戸時代に書かれた「長崎

名勝図巻」から転記してあるみたいです。ここらあたり、昔の絵とは随分変わっています。

岩の下の方が、「長崎名勝図巻」のようになっているか、下の木を切って欲しいものです

が。



説明版を見ると、前から聞いた話とはチト違うみたいで、岩の名前も、「継石坊主(鯖くさら

かし岩」となっており、「江戸時代、一世の狂歌師として有名な蜀山人太田南畝(長崎奉行

所支配勘定方)が長崎在勤中の文化二年(西暦1805年)時津に遊び、この奇岩を眺めて

「岩角に立ちぬる石をみつヽおればになへる魚もさはくちぬべし」

と歌ったので一躍名高くなった。・・・」


とすれば、この「鯖くさらかし岩」、蜀山人の歌を基にして、名づけられたのかな?それと

も、それ以前に、このような話があって、蜀山人がそれを知って、狂歌を作ったのかな?


この、「鯖くさらかし岩」、以前にも書きましたが、小浜から雲仙に上がる道、西有家から雲

仙に登る旧道、諫早市飯盛町にもまったく同じ話が伝わっており、諫早市森山町にも同じ

話があるとか。まだ、雲仙の「鯖くさらかしの岩」しか、確認していなく、他の所は旧道の所

が多く林の中で、いまだに分かりません。特に、イノシシさんが多くて・・・


考えれば、同じ話が各地に同時派生したとは考えがたく、この時津の話が元祖で、各地に

伝わっていって、「そんな岩なら、おれん所にもあるたい。」、ということで、各地にも「鯖くさ

らかしの岩」と名付けられた岩が、点在するのではないでしょうか。


県南にこの話があるということは、佐世保の県北方面にもこの話、あるのではないでしょう

か、話が残っているところを地図に落としていけば面白いと思うのですが、どなたか調べて

みませんか。私?私はすでに、身も心も、腐りきっていますから、パス。


ロッククライミングの道具を持っていってなかったので、登れませんでしたが、今度はポチと

挑戦してみますか。登攀禁止とは書いてありませんでしたから。

 

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史跡」カテゴリの記事

コメント

私の知人であるT.斉藤さんという方が記事にしたことがあります
http://portal.nifty.com/special05/09/03/
登った訳じゃなく岩までいっただけですが^^;

コメントありがとうございました。遅くなりました。

以前、あの記事読みました。行って見ようとも思ったのですが、準備をしてないのと、車を停めるところがなく、断念しました。

いつか、登って見たいところです。(体力がもてば)

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