「鯨の塔」捜索記 ① ~諫早市
諫早に「鯨塔」というのがあると聞いて、調べると、昭和40年初版、昭和49年復刊の田中
為市氏著の「諫早史談」に、「鯨の塔と諫早津漁民たち」として書いてありました。
諫早市の説明板によると、ここら一体は、「諫早津」とよばれ光江(みつえ)、古中川原(ふ
るなっこら)、新中川原(しんなっこら)、倉屋敷、唐津の5地区の総称だそうです。「津」と付
いていますから、船舶が来着するところです。
昔は、長崎輸入の生糸の荷を運ぶルートの拠点として、この光江が使われたそうで、長崎
から陸路光江まで運び、光江から海路有明海を、それから筑後川を遡り、久留米の住吉に
揚げ、長崎街道に入っていったそうです。今では、新しい家などが建ち、面影は残っていま
せん。
さて、「鯨の塔」は明治18年に建っていますから、そんなに古いものではありません。
「諫早史談」をまとめてみると、当時、漁業で生計を立てている方が多く、あまり漁業がふる
わず、生活が苦しいとき、この漁区に大きな鯨が迷い込んで来て、逃げられないように、追
い込んで仕留めたそうです。
おかげで、近隣に売りさばき、収益を上げたそうですが、その年の正月も楽しく送ることが
でき、これも、鯨様の恩だと言うことで、鯨の霊を慰めるため、「鯨塔」を建てたそうです。
ここにも、庶民の歴史があるなと、一度訪ねることに。本によると、本明川下流に架かる、
光江橋の対岸にあるとかで、この橋はすぐに分かりましたが
光江橋です。改修されているのが一目瞭然。左右の欄干も違っています。
河原も意外ときれいにしてあり、石垣は昔の岸壁でしょう。
本によると「自然石の大きな碑であって・・・」「それから80年を経た今日では塔も古びて、
あまり人通りもない堤防の一隅に寂しく建っているが・・」ということで、すぐに分かるだろう
と思ったら、どこを捜しても無い。一時間ばかり捜したが無い。日が暮れたので、再度、調
べに。
今度は、少し住宅街に入っていって、高齢者の方に、聞くことに・・・
第一の男性、70歳代の方でしたが、聞くと、やはり昔はここらあたりは、ほとんど漁業関係
者が多かったとか。今では、全然面影もありません。
さて、「鯨の塔」の場所を聞くと、「そこを右に曲がって、左に行って・・・・」。なにせ、私、良
家のお坊ちゃまで、世間の右も左も分からない人間。とにかく、「右は箸を持つ手、左は茶
碗を持つ手、私のチンポコ右曲がり。」などと、気楽に行っていたら、完全に迷子。
まあ、川の方に行けばと思い行っていると、今度は第二の男、70歳代くらいの男性。
「鯨の塔は」と聞くと、「ああそれなら、そこの土手に上がって、左に曲がって100m位行っ
たところに・・・」
これで、やっと見られると喜んだら、「昔、あったとばってん、いつの間にか、なくなってしま
っとっとよ。」これには、「ゲッ」。対馬の国宝級の仏像なら盗まれるのは理解できるのです
が・・・
とにかく、ここらあたりだろうと、跡かなにかないか、見に行きましたが、何にもない。
そこへ、現れたのが第三の男、「鯨の塔」はと尋ねると・・・・・
おあとがよろしいようで、続きはまた明日。
(参考:「諫早史談~田中為市著」「諫早市説明版}より)
3月5日は啓蟄(けいちつ)。冬眠をしていた虫が穴から出てくる頃のこと。私の浮気の虫も
ポチと顔を出してきました。
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「鯨が迷い込んで・・・」のところを興味深く読ませていただきました。
2002年?だったと思いますが、「金シャチ」がシンボルの地元名古屋に、
よりにもよって本物の鯱が海から川へ迷い込んできた事件?を思い出しました。
さすがに「食べちゃう」わけにもいかず、その際には多数の船・人員を繰り出して、
無事に海まで誘導したのですが、水面から出ている背ビレの高さだけでも、
ゆうに人間の背丈ほどありましたから、それはもう迫力あるデカさでした。
その思い出に応援クリックとコメントをさせていただきました。
また、寄らせていただきます。
投稿: 住兵衛 | 2013年3月 7日 (木) 10時00分
コメントありがとうございます。
本物のシャチとは豪勢な。さすが名古屋ですね。
数十年前、対馬にいましたが、海岸に鯨を上げていたという跡がありました。護岸工事で
壊されてしまいましたが。
色々調べると、昔は、近海まで鯨がいたようですね。それだけ、多かったのでしょう。
私の小さい頃は、ステーキというと、鯨のステーキのことでしたが・・・・
投稿: sugikan | 2013年3月 7日 (木) 23時24分