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2013年3月26日 (火)

「鯨の塔」後日談 その1

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3月5日~6日、2回にわたり「鯨の塔」の事を書き、多分、漁協の解散時に、ここに移転し

てきたと考えていたのですが、漁協の解散の時期がいつか、どうも気になって、図書館へ

調べに行ったら、あいにくの休館。


考えていると、頭にピコンとくるものがあり、もう一度出かけ、この碑の裏を見ると、

Photo_3

なんと、全部書いてあるではありませんか。これに気づかなかった、私のおろそかさ。

はやり、裏を見るのも大切ですね。私も、カミサンの裏を見なかったので、失敗しました

が・・・


本文と概略を書いてみると、「当諫早業業協同組合は、諫早湾(泉水海)の湾奥に位置し、

魚貝が湯水の如く湧き出る豊かな漁場で、我々の祖先は此のよき漁場を護り・・・」。ここ

で、諫早湾(泉水海)と書いてありますが、調べると、有明海の湾内西部にはさらに、諫早

湾(泉水海)といわれるところがあっただそうです。


明治35年法令の制定で、「漁業組合」、昭和6年に「漁業会」、昭和24年、水産業協同組

合法の施行により「諫早漁業協同組合」として発足、泉水海12組合の本部組合となったそ

うです。


さて、昭和27年に諫早湾干拓の構想が持ち上がり、西岡、久保、高田県知事と受け継が

れ、ご存じの通り紆余曲折を経て(いまも問題を引きずっていますが)、県政に協力をする

ということで、平成3年6月、解散に至ったそうです。


と言うことで、この時期に、「鯨の塔」も移設したのかと思ったのですが、ちょうど、近所のお

ばあさんが出てきたので、この「鯨の塔」について尋ねたところ、「気がついたら立っとっ

た。」との返事。


まあ、興味の無い方には、全く関係ないのでしょうが、この方、野呂邦暢さんが住んでいた

頃のことも知っておられ、実際に話もしたことがあったとか。野呂さんの一面も聞くことがで

きました。はやり、誰にでも声はかけて見るもんですね。面白い話でした。ここには書けま

せんが。


さて、帰ろうかと思っていたら、80年配の男性がおられたので、同じ事を聞いてみたら、

意外な情報が・・・・・少し長引くので、明日へ続く。


何でもポチポチと努力すると、ポチポチと情報が集まるものですね。女の子の方もポチポ

チ努力して集めようかなheart01

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