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2012年2月19日 - 2012年2月25日

2012年2月25日 (土)

キリシタン地蔵~ああ!勘違い!! (雲仙市千々石町)

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(写真1 大繰子(うぐるす)の地蔵)

以前、キリシタン地蔵として紹介した写真で、前垂れをまくるのと罰が当たらないかと、中

身の写真を「島原半島のキリシタン文化~かくれ切支丹の遺物と遺跡」から紹介。

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(写真 2)

しかし、よく見ると大繰子の地蔵としてもう一点載っており、他にも腑に落ちないところがあ

りもう一度、見にいって、めくってみると(めくるのは大体好きなのですが。スカートめくり世

代ですから。)なんと。下の写真。まったく違っています。ああ!ミステーク。

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(写真 3)

手に持っているのは密教などで使う法具、三鈷杵(さんこしょ)、刃が三本に別れているの

が三鈷杵、中央の刃の周囲に四本の刃をつけたものが五鈷杵、同じく七鈷杵、九鈷杵。

この、三鈷杵に十字が刻まれています。これが根拠で切支丹地蔵ということで記載されて

います。(私が持っているのが、ちんこ。)

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(写真 4)

ところが、調べていると近所の人が、三人ほど寄ってきて、「これ前にあった地蔵さんとは

違っているよ」とのこと。

話を聞くと、20年以上前、調査があり戻って来て気がついたら違っていたとのこと。前垂

れをつけているので、すぐには分からなかったのでしょう。誰が調査をしたかを聞いても、

昔のことで記憶なし。どこのと入れ替わったかはもう不明でしょう。

昔、対馬にいたとき大学の調査で仏像を持って行ったまま戻らなかったということもあり、

やはり、ずさんな人はどこにでもいるのでしょう。


では(写真 2)の像はどこにあるのか?同じ大繰子と書いてあるので、2~3日ウロウロし

たが見つからず。そのうち調べると近くの岡東(おかとう)にもあるとのことで、神社の横と

聞き、確かに地蔵さんはありましたが、前垂れをめくってみると普通の弘法大師地蔵さ

ん。

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困っていると、おばさんがいたので聞いてみたら、この先の方だと言うことでわざわざ連れ

て行ってもらいました(もう少し若い女の方が良かったが)。

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ありました、標柱も有りで間違いないでしょう。めくると(今日三度目のめくり)間違いなし。

(写真2と比べてください。)

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「島原半島の切支丹文化」によると、「円頭地蔵でω(オメガ)右手の4本と左手の3本で7

本、7はキリスト教の聖数である。聖体(聖なるパン)には星が彫られている。北斗七星を

暗示している?」「?」がついているのに注意。この本に雲仙の絹笠山の山中にもあると

書いてあるので、行って見たら、あるにはあるましたが若干の疑問が、まだ調査中なので

後日。


さて、おばあさんとしばらく話していると、昔の道とか(今は全然変わったところも有り)、弘

法原という放牧場のことなども聞くことができました。こんな時は、はやりおばあさん。

なお、四月二十一日に、この地蔵さんのところで祭りがあり、お接待(お参りに来る人にま

んじゅうとか、ぼた餅を振るまうこと)もあるとのこと。時間がある方は、地蔵さん見学方々

出かけられたらいかが。

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今日は一件落着ということで、中学校を通りかかったら白梅、紅梅とも開花。

     白梅のあと紅梅の深空あり   飯田龍太

の俳句など思い出しましたが。帰ったら今日は地蔵さん巡りをしたため、おやつは田舎ら

しく「はっちゃんだご」。都会の方は分かりますか「はっちゃんだご」?





2012年2月24日 (金)

日本人なら知っておきたい日本文学/蛇蔵&海野凪子~あなたの魅力に知性をプラス

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今になってみれば、若いとき、もっと勉強すべきだったなと反省しきりの今日この頃。

本を読んでも、頭に入らない、目は見えない。耄碌(もうろく)するとはこの事か。

でも、最近、難しい本が、漫画などを使って分かりやすく書いてある本が増え始めたので

便利になりました。


おかげで、ドフトエフスキーの「罪と罰」とか、最後まで読める人はほとんどいないという、プ

ルーストの「失われた時を求めて」も漫画ですらすらとで読んでしまいました。

さて、婚活のあなた。女性が可愛くて、知的なのは魅力的なもの。そのあなたに、もう少し

知性をプラス。上の本はいかが。とは言っても中身は漫画と若干の説明文。

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という感じで書いてあります。


内容は

・清少納言(枕草紙より)~言いたい放題

・紫式部(紫式部日記より)~ぐるぐる悩む

・藤原道長(御堂関白記より)~夢の男コンプリート

・阿部清明(大鏡より)~伝説になった高級公務員

・源頼光(今昔物語より)~イケメン戦隊の司令官

・菅原孝標女(更級日記より)~夢見るオタク少女

・鴨長明(方丈記より)~家に執着する男

・兼好(徒然草より)~脱サラ・フリーランサー


なんとなく、読みたくなる内容でしょう。読んでみて、彼氏との会話の中にちらっと散りばめ

てはいかが。でもあまり詳しく話すとメッキがはがれますからほどほどに。特に、文学部の

男の子の前では絶体にしないこと。

私も、この美貌に、ちらりと知性が加わりました(かな?)。

2012年2月23日 (木)

水晶観音様その他~諫早市森山町唐比

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昨日、唐比のことを書いたので、今日は唐比に大いに関係ある水晶観音様と、その他の

事を。

国道251号線の唐比あたりに「水晶観音」というバス停があります。お寺には小さな

駐車場がありますが、登りにくいので、私はいつも国道に不法駐車をしています。

屋根は昔、茅葺き屋根だったそうですが、職人もいなくなり、トタン屋根にしたそうです。

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この階段を上がると、水晶観音様を祀った補陀林寺があります。このお寺と、水晶観音様

には言い伝えがありますが、寺の前に説明文がありますので。(写真クリックすると拡大し

ますので読んでください。)

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寺をお守りしている方が、今はお一人のため、留守の時は参拝できせん。私も3回行っ

て、やっと拝むことができました。水晶観音様は別室に保管してあり、拝みたい旨お願い

すると奥の方から持ってこられました。

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さすが、小柄ながら立派な物でした。写真を撮って良いか憚られたのですが、お願いする

と、「良いですよ」とのこと。でも、写真撮っていると何か手が震えてまともな写真にはなり

ませんでした。寺の横には福々しい六地蔵さんが。昔からあったそうですが。なにか、ほっ

とするお顔。

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まあ、良いお顔ですね。お線香をあげて寺を後にしましたが、その晩から不思議な事が。

いつもは、パソコンを打っているせいか、目が眼精疲労みたいになっていたのが、その晩

から、調子が良いこと。ご利益なのですかね。水晶観音様は雨乞いと、安産の神様なので

すが・・・これなら遠くのパワースポットに行くより、こちらの観音様にお祈りした方が良いん

でないですか。この補陀林寺は唐比の「唐比ハス園」のすぐ上の国道の所ですから、ハス

見学の折りには是非、こちらの方にもご参拝を。


下の写真が、水晶観音様と関係のある、寅(虎)御前さんです。右の方が、昔からあっ

た祠だそうです。奧にあるのが、新しく(昭和3年)に再建された祠です。「唐比温泉センタ

ー」近くの林の中にあります。

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「くり舟」です。温泉センターの横に水につけたまま保管されていますが、水が濁って見え

ませんでした。これは、掃除をしたときの写真です。

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「くり舟」の説明版です。

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「池の御前さん」です。「唐比ハス園」の駐車場のすぐ上にあります。寅御前の乳母様を祀

ってあるそうです。

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なお、唐比の大鰻という話があり、唐比が昔池だった頃、大鰻が住んでいたという言い伝

えがあり、昭和57年7月4日大早魃に困まり、住民全員で池をさらえ雨乞いの祈願をした

とき、池の中央の水穴から大鰻が姿を現したのを、数人の者が見つけ、拝み、後世に伝

えるため写真を撮ったそうですが、その写真をこの社殿に奉納してあります。

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さて、ここらあたりをうろつくと、竜馬が歩いた道の看板があちらこちら。

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こちらは、古いやつでしょう。どうも、両方辿ると少しずれがあるような?

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ここらあたり、長崎への街道の重要な場所でもあり、島原藩松平の殿様が異国船警備の

ため長崎往来の時通られた道。殿様が休憩した「休屋」また、関所もあったそうですが、

見つけきれませんでした。


あなたも利用した森山のモーテル。国道から分かれ道に入りますが、モーテルの前に

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下の方には「陸上自衛隊 竹松部隊」。竹松部隊といえば大村の部隊。訓練の一環とし

て、道路等の敷設をしたりすると言うことがあるそうですが。裏を見ると「昭和36年12月1

0日」の文字。昔は、今の国道の一段下を通っていたことになるのでしょうか?モーテルの

入り口は目の前。相手がいたら入りたかったな。


帰りは、風の森によって、この間入らなかった「フランス食堂 みち草」へ。

もちろん、一番豪華で一番安いプレートランチを注文。中央のパリパリに焼いた鶏肉はお

いしかった。

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外を眺めながら、本日もおひとり様ランチでした。

(参考:森山町郷土誌)


2012年2月22日 (水)

唐比(からこ)一周一万歩~諫早市森山町唐比

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いつも同じ所を歩いていると飽きるので、今日は唐比盆地を一周することに。

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下に見えるところが、唐比です。ちょっときついかな、と思いながらも、ここは道が縦横に

走っているので、ダメな時はショートカットと言うところで。


出発点は「唐比温泉センター」から。中に入ったら幻の唐比レンコンが売ってありました。

古い街道図を見るとここらは蓮根畑と書いてあり、古くからレンコンで有名だったのでしょ

う。作業がきつく段々と廃れていったのですが、最近復活させようと取り組みを始めていま

す。

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センターを出て右側の林の中に虎御前の像があるのですが、この話は補陀林寺、水晶観

音と関係があり話が長くなるので今日はカットします。又の日に。

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この道を行くと国道にでるのでその手前から「唐比のハス園」へ。と言っても、今は枯れ

蓮。これはこれで心を打つものが・・・。ハス園の上に池の御前さんがあるのですが、これ

も水晶観音と関係があるので今日はカット。少し行くと神社が見えてきます。天満宮です。

(写真右)

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興味ある方はちょっと寄ってみて。もちろん、天満宮ですから菅原道真を祀ってあります。

本堂の横の方に二つの地蔵さんと(諫江八十八ケ所の第五八番札所)、六地蔵さんが。こ

の写真の左側にももう一つ六地蔵さんがあるのですがどちらとも顔が削ってあります。

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これについては、①寛永年間のキリシタンによるものか。②明治初年の廃仏毀釈によるも

のか。③子供のいたずらか。と郷土誌には記載されていますが、②の可能性が大きいと

書いてあります。本堂の横をみると、珍しい、昔の消防用のポンプ車ですね。これを担い

で、現場まで行って消火したのでしょう。ほぼ完全な形。

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さて、少し寄り道を。唐比あたりの国道で写真の左のカメを見たことありませんか。

「しぇふ亭」の看板です。右が店ですが、看板がなかったら分からないでしょう。昼食のみ、

大体10名程度の予約制で、畳でのフランス料理。旦那さんが亡くなって、もったいないの

で奥様がやられている店です。うちのかみさんも時々昼食会をやっています。

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元に戻って、神社から盆地の周囲に沿って歩くと、右の方にお堂が、唐比権現の神仏と仏

像です。神像はクスの一木造りで、背面に「肥前高来郡唐比村」「奉寄進熊野大権現」「天

和三癸亥二月(1663年)」と銘文があるそうです。「諫江八十八ケ所第56番札所」です。

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少し行くと、「唐比ふれあい牧場」が。動物は馬、牛、ひつじと少ないのですが、人なつっこ

くて、うちの孫がそこらの草をむしってやったら、寄ってきて、手からそのまま食べてしまい

ました。

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これは珍しい。手前は対州馬、向こうはどさんこ馬。

対州馬は長崎の離島対馬の馬です。小さいみたいですが、これで成馬です。対馬は山が

険しく、サラブレットのようにスマートで、足が長いのは役にたたないのです。(人間と一

緒。私も足が短いが。)対馬にもほとんどいなくなっているそうです。物を運ぶのは機械に

なってしまっていますから。

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さて、ここを去ってもう少しがんばれば唐比一周です。ハスのシーズンはハス見学のつい

でにどうでしょう。温泉センターで汗を流していくのも良いですよ。車でも回れますが、運動

不足のあなたどうですか。寄り道しながらですが、大体一万歩でした。

なお、ここの盆地は貴重な動植物があるということであり、、自然のままにしてあります。

興味ある方は、お越しを。(各写真クリックすると拡大します。)

(参考:森山町郷土誌 各看板説明文)



2012年2月21日 (火)

家庭菜園~なんちゃってマイ菜園

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昨日は、調べものをしようと雲仙あたりに行く予定が、かみさん、「これ植えとってよ。」の

一声、かみさんの声は神様の声でありまして、「へい、へい、へい。」と予定を変え久しぶり

の畑仕事。

と言っても、ブロッコリー4株、チマサンチュ4株、水菜4株だけですけれど。

いつものように、いい加減に堆肥、有機石灰、元肥をばらまき、本当は袋に1㎡に何グラ

ムと書いてあるのですが、理科の時間じゃなし。

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ここで愛機の登場、さすが我が愛機、一月くらい使ってなかったのですが、一発でエンジン

始動。スコップと鍬で耕すと、心も体も弱い私、一日かかっていたのですが、15分程度

で、整地。

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適当な間隔で、穴を開け、水を流し込み(こうすると、後で上から水をやるより、効率的)

後は、苗を植えるだけ。

右の列に、ブロッコリー。ブロッコリーは品種によって、葉が縦に伸びるやつ、横に伸びて

わき芽まで楽しめるやついろいろありますが、まあ少し広めに。水菜はあまり好きでない

ので、端っこの方に。左の方がチマサンチュを。まあ、いい加減だなと思いながらも作業

終了。少し空きがあるので後日また何か。

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前植えたのを見ると。空豆、やっと花が咲いてきました。近所のプロの畑を見ると、マルチ

をしてあって、成長が随分違っており、こちらもマルチをしておけばと反省。

右はわさび菜、一株しか植えていませんがこれで十分、サラダなどのアクセントに。

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ホーレン草はまあまあ。玉葱は、晩生はマルチをかけるなと言うことだったのですが、雨も

少なかったせいか、何となく情けない姿。まあ、大器晩成を期待しましょう。(私も小さい

頃、親から大器晩成と言われましたが・・・晩成してもこの程度)

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パセリは少しは虫に食われながらも無事。キャベツも虫に食われ全滅と思っていましたが

ましたが、一個だけ残っていました。

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カリフラワーこれもマルチをしておくべきだったか。

野菜だけでも思って少し花を植えていますが、チューリップの芽が出ていました。もうすぐ

は~るですね。

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パンジーと、デイジー、プリムラ。まだ寒くてかわいそう。

最後の大根ですが、追肥を忘れていたらこの姿。先細りでまるで私の人生みたい。

良いじゃないの、食えさえするば。と言うことで一日終了。

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2012年2月20日 (月)

しまばら芝桜公園~長崎県島原市

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島原の火砕流から20年ほどたちます。寛政4年にも噴火が起こり、甚大な被害が起こっ

ています。その時の記録がいろいろあるのですが、そのうちのひとつに「肥前温泉災記」

があります。現在、島原図書館に所蔵してありますが、図書館に所蔵する以前にコピーし

た方があり、幸いにそれをコピーすることができました(孫コピー、本物は色付)。文章と上

のような絵が入った貴重なものです。


昨日、その折の溶岩流に登ることができるということで、出かけようとした所、新聞に「しま

ばら芝桜公園」のことが出ていたので、そちらにもついでにということで出発。

途中雲仙で車外に出ると寒い、寒い。


久しぶりに、災害に遭った大野木場小学校に寄って見ましたが、何回見ても自然の脅威

を感じます。写真、左上の山が平成新山です。ここから、火砕流が流れてきました。

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看板がありましたが、時間が掲示。あれから20年半ほどたつのですね。ついこの間と思

っていたのですが。あのとき生まれた子どもたちが、もう20歳とは。

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さて、砂防ダムですが、この内側に「しばざくら公園」が作られています。ダムの下に段ボ

ール箱に入った芝桜が置いてありました。まだ、植えている所でしょう。

Cimg0074

下の写真の右側、車がたくさん停まって、多くの人がいました。多分、ボランティアの方々

でしょう。


長崎新聞によると、3年前から整備を初め、21万株の芝桜を植えたそうです。地元の観

光行団体等による「芝桜公園を作る会」を2009年に発足。元気になった島原を見てもら

おうと計画。市民から募金を集め、メンバー、ボランティア4500名が参加をし、島原振興

局、島原市も協力をしたそうです。


まだ、芝桜は咲いていませんが、すげえ眺め、見応えはありました。これで、芝桜が咲い

ている所を想像すると・・・

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芝桜が咲いたときの予想図でしょう。鯉が泳いでいますね。真正面に平成新山を眺め、い

い景色になるでしょう。

4月1日から29日に「芝桜まつり」があるそうです。待ち遠しいですね。

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ボランティアも募集しているようですが、あなたもいかがですか。

問い合わせは、芝桜公園をつくる会事務局(島原温泉観光協会)だそうです。

私の目的地は、チェーン規制があって、行けませんでした。又後日。

 

最新情報は3月30日のブログ→「しまばら芝生公園速報」(クリックしてください)へ。

最々新情報4月27日現在はこちらをクリックして下さい。




2012年2月19日 (日)

この一曲~川のほとり/笠木透

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数十年前、笠木透さんを長崎の瑞穂町の青年団が呼んだことがありました。

笠木さんについては、ほとんどマスコミに出ることも、レコードも、もちろんTVに出ることも

なく、一般的には知られることがありませんでしたが、青年団の努力で公民館の講堂がほ

ぼ満席にだったことを覚えています。坂庭省吾さんも一緒だった記憶があります。

私は高石ともやの107ソングブックシリーズの「No7 山と川」で良く知っていたので、もち

ろん行きました。


まじめそうなおじさんが出てきて、高石ともやさんとは違い、足を踏ん張り、地に響くような

力強い声で歌ったのを覚えています。でも、最後はみんなで、おならの歌だったかうんこの

歌をだったかを、子供からお年寄りまで一緒に楽しく歌いました。

高木透さん、作詞がおもですが、「私たちのこどもたちへ」「私に人生があるなら」「わが大

地の歌」「川のほとり」いい歌がたくさんあるのですが、一般に知られていないのが惜しい

ですね。


この、CDブックス表紙にかいてあるように、戦時中、戦後の子どもたちの替え歌が入って

います。「月月火木金」「紀元二六〇〇年」「負けてくるぞと勇ましく」「討匪行」等々の替え

歌です。戦時中の困窮した時代にもかかわらず、子供の力強さが分かるかと思います。


インターネットで調べると直接買えそうです。笠木さんの考えについてはこちらを呼んで頂

ければ共鳴できると思います。是非ご一読を。(こちらの所ををクリックしてください)

この、本にはありませんが笠木さんの歌で私の好きな歌を。



川のほとり(詞:笠木透 曲:田口正和)

1 めぐる春の 水が光る

  川のほとりの ネコヤナギ

  春をつげる 花なのに

  心を ひらく人はなし

2 めぐる夏の 雲がゆく

  川のほとりの 月見草

  一夜かぎりの 花なのに

  心をよせる 人はなし

  ※おなじ土 おなじ草

   変わりはないのか かなしいぞ

   人は去り 時は流れ

   変わっていくのか かなしいぞ

3 めぐる秋の 風がゆく

  川のほとりの 彼岸花

  まっ赤にもえる 花なのに

  心をゆるす 人はなし

4 めぐる冬の 雪がまう

  川のほとりの 枯れあざみ

  うしろ姿の 花なのに

  心をとめる 人はなし

  ※繰り返し


多分インターネットでとれると思います。一度聴いて見てください。忘れられない曲になるで

しょう。私も、時々口に出る歌です。




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