« 2012年8月19日 - 2012年8月25日 | トップページ | 2012年9月2日 - 2012年9月8日 »

2012年8月26日 - 2012年9月1日

2012年9月 1日 (土)

第62回 長崎県地域婦人団体研究大会(雲仙・南島原大会)~長崎県雲仙市

P9010090_2

今日は「第62回 長崎県地域婦人団体研究大会(雲仙・南島原大会)」が、南串山町の

ハマユリックスホール(旧南串山町の町花が浜百合で町木が楠の木、合わせて、ハマユリ

ックスだったかな?どこかにも同じような名前の所があるのですが・・・)で開催されました。


昨年は、離島の壱岐市で開催予定だったのですが、台風で船が出なくて中止になったの

ですが、今年は無事開催。

P9010097_2

これ、全部おばちゃん方(失言取り消しcatface)女性の方です。長崎県下から、婦人会の方が

集まった研究大会ですが、長崎は壱岐、対馬、五島と離島を抱え、船に乗り、飛行機に乗

り集まるだけでも大変。


最初のオープニングアトラクションが、小浜中学校のマーチング、全国大会でも金賞を何

回も取った学校。真ん中の丸いのは「小浜せんべい」、ちゃっかりと宣伝です。みんな、ノ

リノリでした。もう一つが、南有馬中学校、島原の乱の「原城」があるところですが、しっと

りと、郷土芸能「落城の賦」、婦人会の方が指導されているそうです。

P9010072_2

P9010088_2

後は、挨拶関係とか歓迎の言葉とか、型どおりの開会式。その後、分科会。


でもって、休息時間にトイレに入っていたら、「こっちも空っとよ(標準語訳:こちらも空いて

いるよ)」と、どっと男子便所へ御乱入(全員女性の方ですから女性トイレは満員)。おかげ

で、私の出かかっていた小便、ビックリして止まってしまい、男は私だけですから、こそこそ

と退散しました。女性の方も歳をとると・・・・

P9010129 P9010132_2

P9010148 P9010159

分科会の様子です。


それでもって、婦人でもない私がなぜ参加しているかというと、カミサンが関係者で(写真

のどこかに写っていますが・・・)、「写真撮っといてよ。」と言うご命令、「いやだ」と断れな

い、弱い私。


さて、昔は婦人会、青年団というと、地域の中心になって活躍していましたが、今や婦人会

も高齢化、千々石の青年団も解散、自治消防団も、若い人が入らなく困っている状態。自

治会の話し合いも欠席する人が多いことも。


まさに、地域のために、何かをやろうという気持ちが無くなった、自己中時代の到来でしょ

う。その中でも、こうして頑張っている姿みるにつけ、応援したいですね。


町村合併後、地域が崩れていくのを感じます。前にも書きましたが、「大きいことは良いこ

とだ。」の幻想に、いつまでとらわれているのでしょう。道州制絶体反対しますよ。


男便所には入らないでね。お願いだから。ポッチ。

 にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ 




2012年8月31日 (金)

8月の終りに

P8310059

今年は西暦2012年。日本では平成24年。8月が今日で終りです。


人類が、あと何百万年、何千万年続くか分かりませんが、この、2012年の8月は、2度と

来る事はありません。


8月といえば夏休み。小さいときは、夏休みが待ち遠しいものでした。大学4年、夏休み最

後の8月31日、「あ~、これからの人生、もう夏休みが来ることは無いのか。」と思ったも

のですが、退職してしまうと、夏休み、冬休み、春休み、おまけに秋休みに梅雨休み・・・


萩原枯石という俳人が下のような俳句を作っておられます。


    八月や六日九日十五日



もちろん、六日は広島に原爆が落とされた日。九日は長崎に原爆が落とされた日。十五

日は終戦の日。


最近になって、この八月という月が、我々日本人にとって、どんなに重たく、また、その影

響を引きずっているのかが、今になって分かってきたような気がします。


もう来ることはない、2012年の8月を静かに送ってやりたいと思います。


心静かにポチね。

にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ 


2012年8月30日 (木)

事典、辞典って面白い

いつも利用している図書館ですが、「参考図書室」というのがあって、要するに事典等が

置いてあり、調べ物をするための部屋なのです。


時々利用をしていますが、多種多様の事典を見ていると、調べて書いた方の情熱という

か、執念というか、ひしひしと感じるので今日は、ほんの一部をご紹介。

Photo Photo_3

「地名読み方事典」、「足温泉」読めませんね。「たるおんせん」、岡山県にあるそうです。

「日本女性人名辞典」、女性有名人が載っています。

Photo_4 Photo_5

「難読稀姓事典」、「百面相」、「ひゃくめんそう」ではありません。「どおめき」又は「とどめ

き」だそうです。もちろん人の名前です。全国、いちいち調べたんでしょうか?「戦国全

史」、ちょっと欲しい本です。

Photo_6 Photo_34

「国際紛争・内戦史事典」。「新編 日本地蔵辞典」、全国の地蔵さんの、いわれ、場所等

が書いてあります。これも手に入れたい本。

Photo_8 Photo_9

「日本史人物生没年表」、山田風太郎の「人間臨終図鑑」を思い出しました。「医者から

もらった薬がわかる本」。いまやネットで調べるとすぐに分かりますね。

Photo_10 Photo_12

男の子が好きな、「恐竜事典」と「世界の妖精・妖怪事典」。

Photo_15 Photo_16

「日本未確認生物事典」、「怪物の事典」、「ケープ・カナヴェルのモンスター」なんて載って

ますが、これ映画に出演しているモンスターのようです。

Photo_17 Photo_18

「食のフランス事典」。「日本石造美術事典」。何となく、私好みの本。

Photo_19 Photo_21

「法名戒名揮毫實典」、法名、戒名がいろいろ書いてあって、自分で戒名を考えるのも楽

しいでしょう、以前にも書きましたが、故立川談志の戒名、自分で生前に決めていて、「立

川雲黒斎家元勝手居士(たてかわうんこくさいいえもとかってこじ)」。「歌舞伎 浄瑠璃 

外題よみかた辞典」、「採雑而植込石台」、「とりまぜてしこうしてうえこみのせきだい」。こ

んなのがあたっかって?初演明治15年5月、東京、中島座ってなってました

Photo_22 Photo_23

「珍説愚説辞典」、なかなか面白い説が書いてありますよ。「企業博物館事典」、学校あた

りで見学に行くのに役立つでしょう。

Photo_24 Photo_25

「魔法事典」、恋の魔法をかけたいあなた。是非ご一読を。「世界の神話百科」。

Photo_26 Photo_27

「新宗教教団・人物事典」もちろん、世間を騒がせた例の方も入っています。

Photo_28 Photo_29

「新聞小説史年表」、考えれば新聞小説にも、優れたのがいろいろありました。「架空人名

辞典」。

Photo_30 Photo_31

「日本架空伝承人名事典」、大体想像はつかれると思います。面白かったのが「国鉄乗車

券類大事典」。かくの如く、乗車券がずらりと印刷されています。愛好家の方が読まれてい

るのでしょう。

Photo_32

さて、私が一番気に入った本。

Photo_33

実に良い本で、「のだて『野点』=お茶の会の野外でのお手前。転じて××××。」とか、

「のぬふ法=男は××に××した××を、ただ激しく××××をしがちだが、静かに右や

左と×××すような動きをするのが大切である。そこで、××を抜き差ししながら「の」

「ぬ」「ふ」と言う字を描くように×を動かすのが良いと、判りやすい方法が考え出された。

この××××を俗に「のぬふ法」と言う。」

××はここでは書けませんが、勘の良いあなたなら分かると思います。分からない方はご

一読を。


さて、今やネットの時代で、何でも分かると思いがちですが、ネットの記事を読むと、孫引

きが目につき、やはり、このような心血を注いで書かれた事典、辞典などをきちんと調べ

ることも必要なのではないでしょうか?


たまには図書館で事典などを広げて見てね。面白いよ。ポチして図書館へ。

 にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ 





2012年8月29日 (水)

センゴク天正記★宮下英樹~マンガと侮(あなど)るなかれ

Photo

中学生の時から、歴史が苦手というより、あの年号を覚えるのが苦手で、日本史、世界史

の授業はまったく上の空で聞いていたものですが、近ごろ、少し興味を持ち始め、といって

も簡単に読めないものはないかと思っていたら、このマンガが本屋の棚に並べてあり、あ

まり期待もしなかったのですが、「史上最も失敗し挽回した男・千石権兵衛秀久」との宣伝

文に釣られ、読み始めたら面白く、あっという間に14巻読破。


主人公は千石秀久。秀吉の古参の家臣。信濃小諸藩の初代藩主だそうで、ウィクペディ

アにを読んでいると、「一色軍記」では石川五右衛門を捕らえたとの記述が残されている

そうです。

4 6

仙石さんと、秀吉さんですが、まあ、マンガだからマンガ的には書いてあり、最初の方に、

老眼では見えないような、小さな文字で、「この物語はフィクションであり、実在の人物、団

体等はいっさい関係ありません」、と書いてありますが、なんのなんの。


一巻目の最初に「言合戦(ことばがっせん)」のことが書いてあり、「言合戦」とは戦国時

代盛んに行われた神経戦術だそうで、「細川幽斎覚書」にある「言争い(ことばあらそい)

の条」によるとその戦術とはー「正楼(せいろう)の上に二~三人も上がり、拍子木を打

て音頭を取り(中略)竹束の裏に有之同勢一同に声をそろえ、時の声をつくり、鉄砲をは

たはたと打ちかけ候、左様に致す時は、夜の五つ時、また夜明けにも致し候、幾度も右の

如くに致し候へば、城中(中略)殊の外騒ぎ、慌てるものにて候」という風に、本格的に書

いてあります。


そのはずで、参考文献が「改選 仙石家譜」、「信長公記」、「甲陽軍鑑」、「武功夜話 前

野家文書」、「雑兵物語」、「寛政重修諸家譜」、「細川幽斎覚書」、「北条印判状」、「武田

信繁家訓」、「日本史(ルイスフロイス)」「桑山基氏文書」、「早雲寺殿廿一箇条」、「耶蘇会

通信」、「革島一宣宛信長朱印状」というものですから、まさに本格的に調べて書いたも

の。マンガといえども侮れません。


さて、主人公は仙石秀久なのですが、一番重きを持っているのが、織田信長。

7

かっこいいですね。典型的な肉食男子。あまり、表には出てきませんが、実質的な主人

公。


戦いについても、

2

ちゃんと図示してあり、分かりやすいですね。このマンガで学校の授業をしてくれたら、興

味が持ったんですけれど。


ただ、この本、14巻目が「中国戦略編」の所までで、次が武田との戦い、まだ本能寺まで

も行ってなく、どこまで続くんでしょう?本の帯には、「センゴク天正記」は次の15巻で完結

だそうですが、「センゴク第3部(仮)」がヤングコミックで連載されるそうです。ここまで来た

ら、最後までお付き合いでしょう。年金暮らしには本代が辛いんですがね。


マンガでお勉強なんて良い時代ですね。ポチね。

 にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ 




2012年8月28日 (火)

こうぼうさま~南島原市南有馬町菖蒲田

P6290050

民俗学を研究している人と話をしていたら、「歴史上有名な人物が出てくるが、それとは別

に、我々民衆の歴史があるはずだ。それを研究していくのが民俗学だ。」といわれたこと

がありました。私は専門でないので、それが正確な言葉かどうかは、わかりませんが。


しかし、あちらこちら廻っていると、確かに、平将門とか徳川家康などとは違った、歴史書

などにも出てこない、民衆の歴史というものを感じることがあります。


先日から、島原鉄道の廃線になった南目線を廻っていると、南有馬町で、ふと目にした、

神社でもないし、なんと言ったらいいか分かりませんが、不思議なものが。


立ち寄って見ると、お二人の女性の方がいたので聞いてみると、愛野町に嫁がれている

そうですが、昔から「こうぼうさん」と言って、いわれも何も分からないそうですが、中を見る

と「弘法大師様」の像が祀られていました。


こちらに帰ってこられたときは、寄るそうで、お願い事は必ずかない、特に、子作りに効果

があるそうですが、私も、お祈りを。子作りは関係ないので、いつもの如く「女房元気で留

守が良い」。


年代が書いて無いか調べると、「安政七?(安政七は庚申ですから多分「庚」でしょう)申

二月」と書いてありました。安政七年(1860)と言えば「桜田門外の変」が起こったときで、

今から152年前の事で、その時代から祀られていたのでしょう。


一番上の写真の四角で囲んだところ、何ともいえない石造物が

P7110531

狛犬のようでもありますが、耳の所に穴が空いています。なんのためか?笠がありますか

ら灯籠のようでもあり・・・

P7110532

正面から見ると、はやり狛犬を感じさせます。ひょうっとしたら、狛犬と灯籠をかねて、穴の

所にローソクでも立てていたのかな?とにかく、面白い石造物でした。


どのような理由から、ここに「こうぼうさん」を作ったかは分かりませんが、152年もの間、

この付近の方で守られてきたもの。庶民の歴史を感じました。


近くに来られたら寄って見てください。島原バス「菖蒲田バス停」の付近にあります。ちょっ

と不思議な感じのする所でした。


願い事がかないますように。ポチね。

 にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ 



2012年8月27日 (月)

平山古墳(島原市指定史跡)~長崎県島原市有明町&昼食は「はなざしき 和香」へ

P8270632

この間から、長崎の「曲崎古墳群」、吾妻町の「守山大塚古墳」、国見町の「高下古墳」、

飯盛町の「鬼塚古墳」、千々石町の「犬丸古墳」など、見に行ったらなかなか古墳も興味

深く、今日も島原の帰りがけ「平山古墳」を見学してきました。


場所は、愛野~島原のグリンロードを通っていると、有明町に「平山古墳」の標識が建て

てあり(あまり大きくないので要注意)、少し狭い道に入って(十分車は通れます)1km弱くら

い行くと、「平山古墳」があります。

P8270627 P8270628

フェンスが張ってありますが、中に入って奥の方へ行くと一番上の写真の所に出ます。

回りは、コンクリー、石垣で固めてあり、若干本来の形とは違っているみたいでした。

残念ながら、私、古墳はあまり詳しくないので、説明版を貼り付けておきます。

P8270629

羨道から中を見た写真と玄室です。各写真クリックすると拡大します。

P8270633_2 

P8270638 P8270639

あまり大きな古墳ではありませんが、古墳の作りがよく分かる古墳でした。隣の愛野町に

も二つほどあるというので、行って見るつもりです。


さて、今日も帰ってもカミサンはいないし、外食ということで、有明町の国道沿い「はなざし

き 和香」へ寄って見ました。初めての店で、和食系統ですが・・・ちょっと張り込んで、野

点弁当を(一番安かったので・・・・)。これ平日のみですが。

P8270615

P8270618 P8270623

左の写真の、一番左のお皿、しゃれた野菜サラダでした。ご飯は、白米と、じゃこ飯。じゃ

こ飯を頼みました。なお、予約のお客さんが多いみたいで、もし行かれるなら予約した方

が良いでしょう。なお、「美人ランチ」というのもあり、これ、食べると美人になるという意味

でしょうか、美人の方が食べるというものでしょうか?


美人になりたい人はポチよ。

 にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ 



2012年8月26日 (日)

この一曲~バッハ無伴奏チェロ組曲★パブロ・カザルス

P8260544 Photo

説明しなくても良い曲、というより、私ごとくには説明が不可能な曲。バッハの「無伴奏チェ

ロ組曲」全6曲です。


これも、レコードとCD二つ持っていますが、左がLP3枚組で片面に一曲づつ入っていま

す。楽譜付です。右のCDは2枚組。


バッハの音楽を聞くときは、何となく背筋を伸ばして聞かなければいけないような雰囲気。


ご存じのように、バッハは音楽の父といわれていますが、その死後1世紀ばかり忘れられ

た音楽家でした、メンデルスゾーン、シューマンなどによる発掘、特に「マタイ受難曲」あた

りで復活してきています。


「パブロ・カザルス 喜びと悲しみ」(新潮社)に、このチェロ組曲との出会いについて、次

のように書いてあるそうです。


「つぎに、私たちは港の近くの古い楽器店に立ち寄った。束ねて積んである楽譜の拾い読

みをしていたが突如、一束の楽譜を見つけた。古くさくなっていてくしゃくしゃになっており、

色もあせていた。それがなんとヨハン・セバスチャン・バッハの無伴奏組曲ーチェロのため

の独奏だったのだ。私は驚きの目をみはった。なんという魔術的な神秘がこの標題に秘

められているかと思った。この組曲の存在を聞いたことは一度もなかった。先生さえも私

に話したことはなかった。・・・・・・・部屋に入るなり、楽譜をむさぼるように繰り返し読ん

だ。あれは私が13歳の時だった。・・・・・・私は12年間、日夜この曲を研究し弾いた。私

が組曲の一つを演奏会で公開する勇気が出るまで、そうだ12年かかり、私も25歳になっ

ていた。」


カザルスの曲を聴くと、この曲にかける思いが分かってくると思います。でも、凄いです

ね。公開するまで12年間かかったなんて。


ところで、バッハは二回結婚して、最初の妻との間に7名、二回目の妻、有名なアンナ・マ

グダレーナの間に13名の子供を持たそうですから、こちらの方も凄いですね。(成人した

のは10名。架空の息子も存在する、と書かれてもいますが。)奥さんも大変だったでしょ

う。(参考:各ライナーノーツ)


奥様のご苦労にポチね。

 にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ 




« 2012年8月19日 - 2012年8月25日 | トップページ | 2012年9月2日 - 2012年9月8日 »

フォト
2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

ブログランク参加中クリックしてね

最近のトラックバック

amazon

無料ブログはココログ