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2012年8月12日 - 2012年8月18日

2012年8月18日 (土)

島原鉄道南目線廃線駅(4)~堂崎駅・蒲河駅・有家駅・西有家駅・龍石駅

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「布津駅」から3km「堂崎駅」に着きます。有家町(現南島原市有家町)です。

プラットフォームの横に、現役の公衆電話と史跡の標柱が。ここの駅の所に「堂崎尋常小

学校」があったのでしょう。下の左の写真の待合所の後に「堂崎駅」の看板があったはず

なのですが、撤去してありませんでした。奥の方には自転車の駐輪場が。かなりの台数が

停められるようでした。

この駅が、大正11年、口之津鉄道開業当時の終着駅になります。ホームが一つと、線路

単線です。


「堂崎駅」から1,5kmで「蒲河(かまが)駅」になります。「蒲河駅」は坂を少し登った所にあり

ます。有家町です。昭和7年に開業。

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駅のそばに駐輪場がありましたが、ご覧の通り草に覆われていました。単式ホーム、線

路は単線。


「蒲河駅」から1,5kmで「有家駅」に着きます。

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有家駅はバスの発着所になっているみたいで、数台のバスが停めてありました。駅舎は

そのままにしてあり、待合室はそのまま島原バスの待合室として使われています。

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線路を敷くとそのまま使えそうな感じですが。ホーム2面、路線2線。


「有家駅」から1.3kmで「西有家駅」につきます。有家町、西有家町といえば「そうめん」の

町。

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駅の事務所はブラインドがあって覗けませんでした。少し離れた所に信号機が・・・

ホーム一面。線路単線。


「西有家駅」から2.2kmで「龍石駅」があるはずなんですが?

行ったり来たりして捜たのですがどこにもありません。やっと近くの方に聞いたところ。どう

もここらしかったのですが、完全撤去でしょう。フェンスの右側が線路だったことは間違い

ありません。西有家町(現南島原市西有家町)です。

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次回は「北有馬駅」からです。加津佐駅まであと9駅です。

(各写真クリックすると拡大します)


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2012年8月17日 (金)

守山大塚(もりやまおおつか)古墳~長崎県雲仙市吾妻町

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今日は、今からカミサンの方の兄弟会で、魚が取れたので緊急集合の連絡が。で、短い

話を。


この、守山大塚古墳については、以前から、長崎県内最大級の古墳だと言うことを聞いて

いたのですが、近くにもかかわらず、見たことがないので出かけてみました。


が、なんと全部墓なのですね。多分、この標示がなかったら分からなかったでしょう。

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説明版も何もなしの、古墳らしきものは分かりませんでしたが、回りを一周してみると、な

るほど、前方後円墳の形が分かるのですね。

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       (島原半島の歴史~監修 松尾卓次)

航空写真ですが、こうしてみるとお分かりになるかと思います。


この古墳は「まぼろしの邪馬台国」を書かれた、故宮崎康平氏が発見されたそうです。

平成21年の発掘調査で、4世紀初頭の土器片等が発見され、県内でも最大級の前方後

円墳である事が分かったそうです。


調査によると(回りの水田等を調査したみたいですが)、本来の墳丘は3mほど外側に広

がっていたそうです。全体としては、現在より一回り大きく、80m前後の墳丘長になるそう

です。


この、全面墓というのがものすごく、下に眠ってらっしゃる方は、なにか可愛そうな感じ。

これだけ墓が立っていると、本格的な調査は無理でしょうね。

(参考・引用・写真 「島原半島の歴史」 監修松尾卓次)


今日、8月17日はパイナップルの日だそうです。パ(8)イ(1)ナ(7)ップル。

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2012年8月16日 (木)

島原鉄道南目線廃線駅(3)~瀬野深江駅・深江駅・布津新田駅・布津駅

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安徳駅からすぐの所の鉄橋です。左が廃線になった鉄橋、右が国道の鉄橋になります。

下に流れるのが水無川です。「安徳駅」までは島原市になります。


「安徳駅」から2.1kmで「瀬野(せの)深江駅」駅に着きます。ここから深江町(現南島原市

深江町)になります。昭和7年から開業。

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ホームが1面と単線。待合所が置かれてありますが、ここにも廃線のお知らせのポスター

が張ったままでした。災害のため平成5年営業休止、平成9年営業再開。


「瀬野深江駅」から2.1kmで「深江駅」に着きます。

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ホームが2面、線路が2線。駅舎の中には待合室と事務室があります。

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普賢災害の時の写真などが、まだ張ったままにしてありました。「ご支援ありがとうござい

ます」「新たなる旅立ち 新生 深江町へようこそ」の文字が・・・


「深江駅」から2.4kmで「布津新田駅」につきます。ここから布津町(現南島原市布津町)に

なります。

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線路跡は草が覆い尽くしていました。駅の後は保育園だったか幼稚園のようでした。

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駅はこの路地の突き当たりにあります。近くに、気にいったお堂があったのでパチリ。


「布津新田駅」から1.9kmで「布津」駅に着きます。

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ホームが2面。線路が2線。駅舎の中には待合室と事務室が。

ホームから少し離れたところに、プレハブのような小屋があり「第4保線分區」と書いてあり

ました。

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右の写真、どこだったか思い出せません。


次回は「堂崎駅」からです。加津佐駅まであと14。長いですね。まあ、最後までおつきあい

を。(写真はクリックすると大きくなります)


盆が過ぎるとすぐにお正月。ポチポチ年賀状のアイディアでも考えるか。ポチね。

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2012年8月15日 (水)

島原鉄道南目線廃線駅(2)~秩父が浦駅・安徳駅

少しばかり説明を。

島原鉄道南目線は、「口之津鉄道」により、大正11年に島原湊駅(現南島原駅)~堂崎

間(南島原市有家町)が開業。大正15年に堂崎~南有馬(原城駅)、昭和3年に南有馬

~加津佐まで全線開業。昭和18年島原鉄道が口之津鉄道を合併しています。


「秩父が浦駅」です。島原外港駅から1.1km。いかにもローカル駅という感じ。

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ホームには待合所が設置してありますが、基本的には他の駅もほとんど同じ作りです。

単線、ホームもひとつだけの無人駅。昔は下の写真の様に、駅の標記があったのです

が、ほとんど他の駅も撤去されていました。(下の駅は現在も運行の北目線の阿母崎駅)

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「秩父が浦駅」の待合所の先の方に黄色棒が少し見えますが、安全確認のためのミラー

が設置してあったのでしょう。撤去してありました。もちろん線路も全撤去です。


駅の側の道路に、線路の一部が残っていました。

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鉄路の間がアスファルトで埋められていますが、どうも、線路があると一時停止をする習

慣があって、 線路跡の手前で一時停止をしてしまってから苦笑い。


写真を撮っていると、近くのおばさんが寄ってきて、少し話をしましたが、向こう側からこち

らに来るときは止まらなくても良いのですが、長年の習慣が残っているのでしょう、やはり

線路跡の所で一時停止をするそうです。


「安徳駅」です。「秩父が浦駅」から1.1km。大正11年に「安中村駅」として開業、昭和35年

に「安徳駅」に改称したそうです。

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「安徳駅」は高架の上にあります。もちろん立入禁止になっていました。

普賢岳の火砕流で平成5年に営業休止、平成9年に100mばかり移動して、高架駅になっ

て再開。

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四角いところに、「安徳駅 ANTOK ST」の看板が。左か鉄橋になっており、国道の鉄橋と

平行に走っています。国道からよく見えます。


次回は、「瀬野深江駅」からです。加津佐まで、あと18駅です。


お盆も今日まで、長崎では派手に「精霊流し」。田舎は静かなものです。長崎育ちなもので

この時期になると血が騒ぎます。ポチね。

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2012年8月14日 (火)

島原鉄道南目線廃線駅(1)~はじめに

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女性から「おじさんっぽい」と思われてしまう趣味9パターンというのが書いてありまして、

1 服装からイケてない「釣り」

2 おじさんを通り越してお爺さんっぽい「盆栽」

3 接待のイメージがつきまとう「ゴルフ」

4 画的にも地味すぎる「切手集め」

5 縁側で指しているイメージがある「将棋」

6 オタクな印象がぬぐえない「鉄道」

7 雀荘の荒んだイメージが頭に浮かぶ「麻雀」

8 ほっこりしすぎな感もある「温泉めぐり」

9 それなりの年齢にならないと楽しめなさそうな「骨董収集」

だそうなんですが、まあ、今から若い子にもてようとも思わないし、喋っていても話は合わ

なくて、疲れてしまうし・・・


さて、今回はこの「6」の鉄道で迫ります。どうせ、おじさんなんだから。


上の地図、アバウトで大体こんなもんかと思って下さい。黒い四角が諫早市、黄色い四角

が島原市、赤い四角が加津佐町(南島原市)あたり。


ここを、島原鉄道が通っており、諫早駅~南島原駅(島原市)を北目線、南島原駅~加津

佐駅を南目線といっていたのですが、この南目線、南島原駅と島原外港駅が残っていま

すから、正確には全線廃止というわけでは無いのですが、その他の駅は全部廃止になっ

ています。

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まだ、廃駅に残っている張り紙。

「平成20年4月1日、鉄道一部区間(島原外港~加津佐間)を廃止しました」の文字。あ

れから4年半ほどですか。


某日、何となく廃駅を訪れてみると、ふと「兵どもが夢のあと」という句をふと思い出しまし

て、これからどうなるかも分からないし、今のうちに、記録してみようと2~3日かけて回っ

て見ました。


写真を撮りすぎてどれがどれだか分からなくなり、整理しながら、何日かかるか分かりま

せんし、飛び飛びになると思いますが、ひたすら廃駅の写真をご覧いただきたいと思いま

す。


私自身は、南目線を2回ほどしか利用したことがなく、間違いもあるかと思いますので、

気がつかれた方はコメント欄で指摘を御願いします。

P6290067

懐かしいですね。島原の映画館の看板を張ってあったのですが。何となく哀愁を誘います

ね。(歳ですかね・・・・)


こちらは、南目線で残っている「南島原駅」。この風格が何ともいえません。好きな風景で

す。入り口上の大きな時計の風格。駅の半分はお薬やさんが使ってているのですが・・・

Photo

最終駅の「島原外港駅」。これから先が廃線になっています。

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2012年8月13日 (月)

おそうざいのヒント365日~朝日新聞社

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暑い日が続くなか、毎日3食作っていただいているカミサンには感謝しているところです。

この間、料理しているとき、ちょっとある事で文句をいったら「飯作りは、自分でせんね!

(自分でしたらどうか)」と怒られましたが、顔見ると汗びっしょり。本当に夏の料理は大変

ですね。


私も料理は嫌いな方でなく、独身時代は時間が取れるとき、ほとんど自分でやっていたも

のです。結婚してからも、結構料理はしており、NHKの「今日の料理」は毎月定期購読をし

ております(今も)。


娘が小さいとき、友達が遊びにきており、晩飯を作っていたら、皆こちらを見て、小さい声

で「なっちゃんのお父さんって、料理するの」というのが聞こえましたが、はやり田舎では、

まだまだ夫たるもの、料理はしないものなのでしょう。


私の義理の兄も、まったく料理を作ったこともなく、「料理をするなら、腹んへったとば、我

慢するばい(料理をするぐらいなら、腹が減ったのを、我慢する方がましだ)」という具合。


さて、毎日の献立につては皆さん頭を痛める方が多いみたいですが、私が重宝したのが

上の本。

2

ご覧のとおり、写真も何もなく、1ページにその日の一品のみ、もちろん一品では足りない

ので、後は適当にパラパラとページをめくってもう一品。書き方は、簡潔かつツボを押さえ

てあります。


現在「30分で作る おそうざいのヒント」として、中身も改訂して出版されているようです。

皆さん方の、台所に置いておくと便利ですよ。

スマートフォーンで料理のアプリを入れていますが、こちらの方が良いみたい。

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本格的に勉強したい方はこちら。

なにせ、「だし汁の取り方」「包丁の扱い方」「野菜の切り方」「ゆで方・もどし方・アク抜き」

「魚介類のしたごしらえ」等々。これに書いてあるレシピ通り作ると、ひと味違いますね。

一手間かけると、ひと味違ってきますから、是非お勉強を。


余談ですが、料理学校の先生と話をしていて「毎日、違う料理をよく教えられますね」と聞

いたら、さりげなく「五年先まで考えてます」。やはりプロは違いますね。


今日のおやつ:「雲仙ワッフル」

娘が盆休みで買ってきたやつ。長崎から雲仙に帰ってくるのに「雲仙ワッフル」買ってくる

とは、大物かボケか?まあ、自分が食べたかったからでしょうが、雲仙らしく「じゃがいも」

「いちご」「雲仙茶」味でした。皆さんも観光の時のお土産にどうぞ。

P8130302

ポチより、おいしい料理が大切だよ。

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2012年8月12日 (日)

この一曲~正信偈

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日曜日は、音楽の事を書いてきましたが、今日は何にしようかなと思っていると、今日は

「君が代記念日」。ただ、君が代については、前に書いていたので、明日からはお盆でも

あるし、お経でも。


お経と言えば、仏様の教えなのですが・・・


昔はお経など、早く終わればと思っていたのですが、千々石に移り、カミサンの兄弟が五

人もおり、兄弟また、両親の月命日などに良く集まり、手作り饅頭でも持ち寄って、思い出

話などをして、最後にこの「正信偈」(千々石は寺が一軒で浄土真宗。町民ほとんど浄土

真宗です)を、皆で読経して終わり、と言うことになるのですが・・・


最初は、正座して足がどうにも痛く、もっと早く読めよ、なんと思っていたのですが

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近ごろは、このお経が楽しくなって(歳のせいか?)


読経していると、なかなか良くできているお経で、最初は同じ調子で延々続き、飽きてくる

と言うか、眠たくなってくると言うか、その時に突如、調子が変わって、ハット目が覚め、こ

のところ、音楽と同じように転調する所がなかな面白く、感心をする所です。皆で読経して

いると楽しいですよ。


他の宗派のお経、ご詠歌などのCDも何枚加持っていて、時々出し、読書するときのバック

グランドミュージックとして聞いていますが、不謹慎ながら、これ音楽の範疇でないのと思う

のであります。

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これに、「お経」と「御文書(ごぶんしょう)」 (蓮如上人の文書)が載っていますが、「白骨の

章」、「夫(それ)、人間の浮生(ふしょう)なる相を、つらつら観ずるに。」に始まる文書です

が、「我やさき、人やさき、けふともしらずあすともしらず。・・・されば、朝(あした)には紅顔

ありて、夕べには白骨となれる身なり。・・・野外におくりて夜半のけむりとなしはてぬれ

ば。だだ白骨のみぞのこれり、あわれというも中々をろかなり。・・・」

はやり読んで見ると、名文ですね。最近は実感するとが多くなりました。


明日から折角のお盆ですから、お経の一つでもじっくり読んでみませんか。読経するのも

も優れた呼吸法の一つであり、健康法だと書いてある本もあり、心も静まりますよ。キリス

ト教の方は賛美歌を歌うも良いし。


心静かに、ポチ。 

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