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2012年7月29日 - 2012年8月4日

2012年8月 4日 (土)

教訓~つもりちがい十ヵ条

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今日は祭だとか。といっても、手作りの村祭り。急いでいるので今日は簡単に。


「つもりちがい十カ条」、随分有名になりましたが、何回読んでも反省また反省。


これを、ある先生からいただいたのが30年ほど前。その頃は、この教訓、まだ世に知ら

れていない時で、初めて読んだときは、自分の生き方に恥じたものでした。


その時、先生曰く「あんたたちゃ、こんげんもん貰うても、ほったらかしにして、紙くずに出

してしまうじゃろうがな。(標準語訳:あなががたは、こんな大切な物をいただいても、その

ままにして、紙くずに出してしまうだろう)」「一番良かとはな、便所に張っとくことじゃ、気ば

るときに、見えるとこに張っとけば、毎日見るじゃろが。(一番良いのは、便所の中に貼っ

ておくことだ。大の方をするときに、目の前に張っておけば毎日見るだろう)」

皆さんも、この教訓、便所の中に貼って置いて、毎日読んで反省を。


私の場合、もう一つ加えて「(かみさんが)優しいつもりで結婚したら大違い」


小浜を通っていたら海産物屋さんに、「はなまるマーケット 釈由美子紹介 秋芽のり」の

看板が、釈由美子さんといえば素通りもできず、一つ買ってきました。

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釈由美子さんの美しさにポチよ。

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2012年8月 3日 (金)

「てっぺい」さんのソーメン流し(長崎市・滝の観音付近)&「ため池のオブジェクト」(諫早市森山町)

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昨日「滝の観音」の事を書きましたが、すぐに帰るつもりが、見ほれてしまって気がつけ

ば、いつの間にか1時過ぎ。腹が減ったので、どこかないか帰りながら運転していると、滝

の観音から少しいったところに、ソーメンという字と、鮎という字が目に入って。特に「鮎」

が。

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「てっぺい」さんという店。地鶏焼きが専門みたいでしたが。左の建物に入ってビックリ。

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ソーメン流し、竹を使ったり、ぐるぐる回したりするのは見たことがあるのですが、これは初

めて。中央から水が出て、各場所に流れて来る仕掛け。一枚岩を加工した物でしょうが、

これはグッドアイディアもの。もう一台ありましたが、老人ホームの団体が囲んでいました。

大勢で行くのに良いですね。


千々石のやまめの里では「やまめ」、有家の鮎帰りの滝では「ニジマス」、そして滝の観音

さんの所で「鮎」。続けざまに川魚。それぞれに微妙に味が変わっていて、川魚もおいしい

ものでした。

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鮎が2匹並んでいる?ひょうっとしたら、何方かとお二人で?と言いたいところですが、2

匹でワンセット。そんなに大きい魚ではないし、一人で2匹食べてちょうど良い加減でした。

ソーメンのちょっと変わった食べ方をしたい方は是非どうぞ。


若い方は、ここに来るまでに、「モー○ル・けご○」もありますから、ゆくっりと涼んで行って

ください。(涼むどころではないか)


帰りがけ、2月に取り上げましたが、久しぶりに諫早市の森山町へ「ため池のオブジェク

ト」を見に。この地区の土曜会の方(飲み仲間)が、なにかしてみようと作っている物です

が、少し前は、菖蒲だったかアヤメの花だったのですが、オリンピックイヤーとあって、

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オリンピックの人形ですね。真ん中は、体操個人で金メダルを取った、地元諫早市出身の

内村航平選手でしょう。内村選手のご両親は諫早で体操教室をされていて、私の家から

車で30分程度なので、私も習いに行こうかな?次のオリンピックを目指して。


ため池のオブジェクト、以前の記事は→こちらをクリック


ばんがれニッポン、ポチしてメダル。

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2012年8月 2日 (木)

滝の観音~長崎市

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昨日、長崎の病院通いで、お客さんは少なかったものの、予約して行った方が20名くらい

いるとか。昼過ぎまでかかるなと思って、ちょっと長崎の友人宅へ行って戻ったら、予約の

方がまだ全然いなく、あっという間に診察終わり。


諫早に用事があったので、たまには別の道をと、国道34号線。矢上から古賀を通って諫

早の道へ。


途中「滝の観音」というのがあって、知ってはいたのですが、行ったことも無く、時間があっ

たので寄ることに。(小さい写真はクリックすると大きくなります。)


通称滝の観音と言いますが、正式には「長瀧山霊源院」といい、禅宗の一派黄檗宗に属し

ているそうです。長崎県指定「名称文化財」第一号の地です。


寺の由来については全部書ききれないので、興味ある方は、本堂の所に「滝の観音小縁

起」というのが置いてありますから、行かれた方はお読みください。

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第一の門、第二の門を過ぎたところ、右の写真、「伏樹門」どちらが根か分からず、「不思

議門」とも言うそうです。

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正門の所にある仁王様、1697年に、長崎の仏師福島市郎右エ門の手になるものだそう

です。

ずっと中に入っていくと

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左が「普済橋」、右が「羅漢橋」。渡った所が、こんな感じの所ですが

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左の階段の所から登って行くと、石仏と、磨崖仏がとにかくあちらこちらに。

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みんな、それぞれに苔むしていますが、それだけに風格が。磨崖仏の方は、苔に隠れて

いるところがありますから、よく見て行くことが必要。

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滝ですが、いつもお参りに来ている方と話をしていたら、雨がずっと降ってないため、

滝の水が少なくなっているとか。


なお、ここに弘法大師がおとずれ、滝の懸崖に梵字を記したそうです。滝の観音小縁起

に「梵字は今もなお霊瀑中央の水苔深いところに跡を留めている。」と書いてあります。

見れれば見たいものですが・・・でも弘法大師さんと、水戸黄門さん、全国どこにでも行っ

ている見たいですね。我が千々石町にも、隣町の小浜町にも弘法さんの話があります。

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滝壺の側に「竜王様」が、この「竜王様」撫で撫でしながらお願い事をするとかなうとか。私

も撫でながら「妻がいつまでも元気でありますようにと、心にも無いことを、御願いしてきま

した」


その他とにかく、石仏の多いこと。ただ、ここも神仏分離の廃仏運動で、傷つけられた仏

様もおられました。

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石仏が好きな方は何ともいえないところでしょう。境内の石仏は近在の篤信者の喜捨によ

り、佐賀砥川の石匠、平川四右エ門等が1690年代に彫刻したもの。磨崖仏は長崎の油

屋徳兵衛が亡父の追善のため、1705年に奉納されたものだそうです。


なお、もみじが多く、多分紅葉の時は綺麗ではないでしょうか。また、その頃今度は二人

で来ましょう(かみさん以外)。

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ここは、昭和57年の長崎大水害の時、大被害を受けたそうで、この梵鐘はその時の物だ

そうです。

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本堂です。ご本尊は「魚籃観世音菩薩」だそうですが、一年に一回だけ、五月五日の花祭

りの時、ご開帳があるそうです。諫早の領主茂照公の帰依があつく、何度もご参詣に来ら

れたそうです。


本堂に護摩木があり、願い事を書いておくと、年末に祈祷をしていただけるそうで、私も

ひとつ「女房元気で留守が良い」と書いておきました。

(参考・引用:「滝の観音」小縁起より)


あしたは、ここの近くにちょっと変わったソーメン流しがあるのでそのことを。


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2012年8月 1日 (水)

江の浦・熊野神社の天井絵と絵馬&「る・しえる」さんでお食事~諫早市飯盛町・平山町

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昨日、飯盛町の田結の観音様について調べていたら、飯盛町にも、なんとあの「鯖くさら

かしの石」があるとか、これで、時津、西有家、雲仙に続いて4個目であり、捜しに行こうと

思って251号線を走っていたら、

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この看板が。向かいの山は「飯盛山」。この道何十年と通っていたのですが、まったく気付

きませんでした。200mと書いてあったので、たいした距離でなし、ちょっと寄って見ようか

と。

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まあ見かけは普通の神社。鳥居の年代は彫ってあるが古くて読めません。


教育委員会の説明版を読むと、天正2年9月に勧請(かんじょう)。明治39年に神殿その

他が全部改修された折、(天井絵と絵馬が)奉納されたものと思われると、言うことであ

り、作者不明とされていました。


天正2年と言えば安土桃山時代。随分と古い神社です。明治39年に奉納の天井絵なら、

少し調べれば素性が分かるはずなのですが、教育委員会の調査の手抜きかな?説明版

は昭和63年に建てられたものした。


あまり期待感もなく、入ったところが天井を見てビックリ。天井一杯にたくさんの絵が、数え

てみると180枚。

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人物あり、植物あり、動物あり、 物語の主人公みたいなのあり、しばし時間を忘れ見ほれ

ておりました。

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こちらが正面に飾られた絵馬なのでしょうが、これには「秀吉耐忍図」と書いてあり、「明治

三九年一二月四日」の日付と「江之浦村」の奉納者の方の名前が書いてありました。


あと、左側にも、もう一枚あったのですが、写真を忘れました。こちらは「西郷月照之図」と

なっており、天草郡鬼池村と本土町の方の名前が書いてありました。


こんな素晴らしいものを、こんな所で見られるとは意外でもあり、感動しました。教育委員

会の方、もう少し、いわれ等を調べて欲しいものですが・・・看板には「今後の保存が必要

である。」といつものごとく書いてありましたが、本当に保存が必要な感じでした。


場所は、飯盛町のAコープ。レストラン「アニー・オークレー」の近く。国道を少し入ったとこ

ろです。おかげで、「鯖くさらかしの石」、探しましたが、あまり暑くて途中で断念しました。


カミサンがいないので、諫早の「る・しえる」さんへ。以前「オカリナ」という名前でレストラン

をやっていた記憶があるのですが・・・

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アミューズが海老とパスタの味噌風味。スープが冷たいジャガイモのスープ。手作りパン。

赤いのが気になって、「人参パン?」と聞くと、「トマトです」、えっ、と思ってもう一枚貰って

今度はゆっくり味あうと、本当にトマトのほんのりとしたすっぱみが。おいしかった。もちろ

ん、自家製。


カボチャとキュウリのサラダ。メインは、鰺のすり身とゴボウのパネソテー、豚ヒレ肉のソテ

ーストロガノフ。真ん中に見えるほんのりと黄色いソース、甘酸っぱい中にピリッとした味

がマッチしてなかなかのもの。デザートがおからケーキとシャーベット。もちろ紅茶かコーヒ

ーつき。


場所は諫早警察署の交通信号機から、諫交自動車学校の方へ入ってしばらく行った所で

す。18席の店ですから、予約して行った方がいいかな?当日もほとんど予約の方が多か

ったようでした。

昨日は良い物を見られたし、旨いものは食べられたし、実に幸せな一日でした。


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2012年7月31日 (火)

古文書はこんなに面白い★油井宏子~さあ、勉強だ&私的お知らせ

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いろいろ郷土史等調べていると、どうしてもぶち当たるのが古文書。

以前、勉強しようとし思い、何冊か本は買ったものの、何回も中途半端というより、挫折。


今回はなんとしてでもと思って、古文書入門の本をあせくって、探し出したのが上の本。

主人公は、宝暦五年(1755年)、十歳の寺子屋へ通うおでん(淺田傳)ちゃん。その、お

でんちゃんが使った「手本」の後にのっている、寺子屋の規則が材料。


「基本的な心構え」「早朝の学習」「読書は静かに」「復習が第一」「午後の学習」「清書は

入念に」「自宅学習」等々の心構えが書いてありますが、今の学校で注意していることと同

じですね。


でも、十歳の子供が勉強しているものと、あなどっては

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これが原文で、クリックすると拡大します。


しかし、この本一行一行分かりやすい解説があり、最初の行

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縦にすると、長くなるので、首を横に向けて読んでください。

「可相守絛々」返り点等は省きますが、「あいまもるべくじょうじょう」。要するに、「守らなけ

ればならない条文」のことだそうです。


さて、2行目の途中までが

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「夫、手習稽古之道たる」「それ、てならいのけいこのみちたる」。「そもそも、手習いの道

を究めようとするからには」。「夫」「手習」までは何となく分かりますね。「稽古」少し難しい

ですが、まあ、なんとなく。「之」も慣れれば分かる字。「道」はそのまま。


さて、最後の「たる」これは、最後からの2文字目は「堂」の崩し字で「た」と読ませるそうで

すが、そんなの、ありかよと言う感じですね。最後の字は「留」の崩し字で「る」。


読んでいるとルール違反じゃないの、当て字なんか使うと今の学校では×貰うよ、というの

があちらこちらに。


でも、こんなの本当に十歳のおでんちゃんが読んでいたのですかね。恐るべし昔の子供た

ち。今の子供の学力では到底太刀打ちできないでしょう。


最初は、何が何だか分からなかったのですが、やっと十分の一くらいは読めるようになり

ましたが、分かりはじめると古文書もなかなか面白く、皆さんもいかがですか。この本、入

門書としてお薦めしますよ。


さて、私的なことですが、このブログで365回目を迎えました、最初は知人から「ブログな

んて簡単だよ」と言われ、まあ、はじめるなら365日間は、休まずに書いてみようかと思

い、国立病院で診察してもらっても不明の眼病になった2週間を除いては、毎日休まずブ

ログを書けたことは、読んでいただいている皆さんのおかげでだと感謝しています。


読み返してみて、はやり勉強が足りんな、と言うことを実感し、ブログを書く時間を少し勉

強の時間にあてたいと思いますので、今後、時々休む事もあると思いますが、「千々石に

もいた隠れキリシタン」とか「「肥前温泉災記」とか地域情報とか、調べている事もたくさん

あり、出来るだけ書いていきますので今後もご愛読を。


ただ、「平清盛」と「踊る!さんま御殿」が放映されるときは、ズル休みかなと言うところで、

ご勘弁のほどを。


久しぶりに諫早の競技場の近くを通りかかりましたが、大体の感じはできてきた見たいで

す。

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365回目。お祝いのチュじゃなく、ポチよ。

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2012年7月30日 (月)

夫と妻~永六輔

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結婚、人生で一番難しい問題ですね。

いまや、結婚できない人が段々増えているとか。私たちの時代は何とかなったもんです

が・・その上離婚も増加中。



実感として、結婚より、夫と妻になった後が難しく、久しぶりに永六輔さん、「夫と妻」を読ん

で見ました。


永六輔さんについては前にも書きましたが、NHK「夢で逢いましょう」で見たのがはじめて。

いい男では無いけれど、なにかキラキラした、いなせなお兄さんという感じでしたが、いま

や、あのような状態になるとは。ファンとしては早く元に戻ってもらいたいものです。


結婚している人も、婚活中の人も、離婚した人も、この本是非読んで欲しいものです。

2000年に出版された本ですが、中身はまったく色あせていません。気にいった話をつま

み食いで書いてみます。


「十代の夫婦は、セックスで夫婦です。

 二十代になると 愛で夫婦。

 三十代になると、努力して夫婦。

 四十代になると、我慢の夫婦。

 五十代になると、あきらめの夫婦。

 六十代になると、お互い、感謝で夫婦。

 やっと夫婦です。」

あくまで、理想の形でしょう、うちなんかお互いに感謝のかけらもありませんから。


「他人が夫婦になったんや。夫婦が他人になたっかて、いいやんか」


「アカの他人同士が起こす奇蹟。それが夫婦というものです」


「(女はね、どんな高価な化粧品よりも、「キレイだね」という一言できれいになるのよ)

女房がそう言うからさ、毎日キレイだって言っているんだけど、全然、、効果がでない」


「あなたね、女房だと思うから腹が立つんです。どこかの見知らぬ女だと思えば、いいんで

す。どこかの見知らぬ女が、炊事、洗濯、そのうえ、いっしょに寝てくれる。これには頭が

下がりますよ」


「家にこの犬がいなかったら・・・わたしども、夫婦ではいられませんでしたねエ」


下町のさんざん道楽した果ての頭がしみじみ言った言葉。

「歳をとったら、女房の悪口を言っちゃいけません。ひたすら感謝する。これは愛情じゃあ

りません。生きる知恵です」


「亭主が亡くなった実感ですか?・・・・・背中がかゆいときかしら」


「人間になるまえに、男にされたり女にされたりするから、いけないんだよ。まず、人間にな

らなきゃ」


「夫婦の愛情ね。愛情と言われてもねエ。(愛)はもうありません。いまは(情)でつながって

います。(愛)よりも、あなた、(情)のほうが優しいですよ」

ほかにもたくさんありますが、エッセイ、対談もありで、一度は読んでおいた方が良い本で

しょう。


一番気にいったやつ。

「腹上死は変死になりますので、死体は解剖します。そばにいる女性は殺人容疑の扱い

になりますので・・・・・・注意しながらやってください。」


本当に夫婦関係って難しいですね。

「老夫婦はね。女房小ボケ、旦那中ボケ、それでいいバランスです。」

近ごろ、この言葉よく分かるようになりました。うちはどちらもボケなくて困りもんですが。

(と、自分たちでは思っています。)


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2012年7月29日 (日)

この一曲~シューベルト・未完成★私的思い出

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音楽をされる方はご存知だと思いますが。オーケストラの指揮者用のスコアーといわれる

もので、これを見ながら指揮者は指揮をしていきます。これはドボルザークの「新世界よ

り」の途中の所ですが、上からフルート、オーボエ、クラリネット、バスーン(ファゴット)、ホ

ルン、ホルン、トランペット、トロンボーン、ティンパニー、バイオリン(第一、第二)、ビオ

ラ、セロ、ベースという順番になります。


「のだめカンタービレ」の「千秋様」が指揮をするとき、オーケストラのメンバーが腕前を見

るために、クラリネットとオーボエのメロディーを取り替えて演奏し、それが分かるかどうか

試すシーンがありましたが、某指揮者がラジオで話をしているのを聞くと、ままある、という

事でした。


さて、私もクラリネットをやっておりまして。

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一応は「クランポン社」の楽器で、今は普通に買えますが、40年くらい前はフランスからの

取り寄せということで、私の先生が持っていてうらやましい限りでした。まじまじと見るのも

はじめての方もおられると思いますので、これ、5つの部分に分かれます。

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楽器で易しいのは無いと言っていいのでしょうが、結構、性にあっていたのか良い線をい

っていたのですが、

Photo

若かりし頃の私の写真です。すぐに分かりますね。一番いい男。この頃は、もててもてて困

ったものでしたが・・・・これは、長崎の子どものバイオリンオーケストラの客演演奏者とし

て出演した時で、客演演奏者の模範演奏の時のものですが、このとき18歳で、高校3年

生の時。受験勉強しなければならない時期でしたが、音楽にどっぷりはまっていました。


生れて初めて、借り物のスーツなる物を着て、蝶ネクタイを締めて出ましたが、演奏した

のが、シューベルトの「未完成」。


第一クラリネットを吹きましたが、この曲、初めの方にクラリネットが同じ音を、長く吹く部

分があり、途中で息継ぎが出来ないために、はじめに、大きく息を吸っておいて吹くのです

が、大きく息を吸ったとたん、蝶ネクタイがぐっと首にしまって、息が半分しか吸えず、とに

かく音は出さないといけないし、人生あの時ほど困ったことはありませんでした。


顔を真っ赤にして何とか吹き終わりましたが、カミサンからリコンを言いわたされても、あ

の時ほどは困らないでしょう。


あの時以来「未完成恐怖症」になってしまい、40数年この曲聞いていません。この写真

久しぶりに見ていると思い出しました。



今日は「福神漬けの日」だそうです。福神漬けの由来である七福神から、七(しち)二(ふ)

九(く)で「しちふく」の語呂合わせ。関係ないけどポチしてね。

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