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2012年5月20日 - 2012年5月26日

2012年5月26日 (土)

孤独のグルメ~久住昌之・原作★谷口ジロー・作画

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「孤独のグルメ」。題が良いですね。かみさんが、なんだかんだで、私も3日ばかり、「孤独

のグルメ」やりました。もっとも、ストアーの498円の弁当ばかりでしたが。


この本、1997年に出版され、2000年2月に文庫で出版され、2012年2月で39刷です

から、じわっと息の長い本といえるでしょう。


作画の谷口ジロー、私の愛読している漫画家ですが、明治の4部作「坊ちゃんの時代」な

んかはまさに名作です。いつか、紹介をしたいと思います。


さて、この本、絶対的に男しか読まない本でしょう。女の方のグルメとはちょっと違います。

全部で18話の話からなりますが、題名を読んだだけでも、楽しくなってきます。


第1話 東京都台東区山谷のぶた肉いためライス

第2話 東京都武蔵野市吉祥寺の廻転寿司

第3話 東京台東区浅草の豆かん

第4話 東京北区赤羽の鰻丼

第5話 群馬県高崎市の焼きまんじゅう

第6話 東京発新幹線ひかり55号のシュウマイ

第7話 大阪府大阪市北区の中津のたこ焼き 

第8話 京浜工業地帯を経て川崎セメント通りの焼き肉

第9話 神奈川県藤沢市江ノ島の江ノ島弁   etc

後は本を買ってお読みください。


主人公は、

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40歳程度か?独身。店舗なしの、事務所だけを持つ輸入雑貨商。それなりに、儲かって

いるみたいで、恋愛経験もあり(女優との恋愛もあり)。ただし、酒はまったくダメ。甘いも

のが好き。といえば軟弱な気がするが、これだけ食って良い体格。ふと見せる格闘技の経

験。漫画にはでてきませんが、よっぽどのトレーニングをしているのでしょう。


B級グルメの走りかも知れませんが、主人公には確たる信念があって、「第12話 東京都

板橋区大山町のハンバーク・ランチ」において、主人公が不愉快な店主に怒る場面があ

り、曰く、「あなたは客の気持ちを全然まるでわかってない!モノを食べるときはね、誰に

も邪魔されず自由で、なんというか、救われなきゃダメなんだ、独りで静かで豊かで・・・」。

そう、これこそ「孤独のグルメ」。マスコミに害されたグルメ、B級グルメとはひと味違った、

「グルメ本」。ただし、出てくる食堂はフィクションか、ノンフィクションかは分かりませんが。


明日も、かみさんはいないし、久しぶりに外食の、「誰にも邪魔されず自由で、独りで静か

で豊かな」、「孤独のグルメ」といきましょうか。「雲仙市千々石町国道脇中華食堂の唐揚げ

定食」でも。


小浜に用事でいったら、豪華客船が入港していました。

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こんな船で世界一周できたら?私は、絶体行きません。泳げませんから。 



読んでいて、お腹が減ってきた人はポッチ、ネrestaurant

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2012年5月25日 (金)

悲恋の猿石伝説~雲仙市小浜町

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今日は島原の病院へと。雨は降るし、この間痛めた足は治らないし、何となくスッキリしな

い今日この頃。


さて、雲仙にも昔からいわれのある遺跡、史跡があるのですが、時代の流れか、残念な

がら、段々忘れ去られようとしています。上の写真「猿石」です。

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場所は雲仙に登る途中、籠立場(かごたてば)というところがあり、広いパーキング場にな

っています。ここから、200m~300m登った道路の左側、ガードレールのすぐ横です

が、今は少し草が茂って見にくい感じ。この石、見方によっては、亀や蛙に見えるので「亀

石」とか「蛙石」と呼んでいるそうです。一種の奇岩といってもいいでしょう。

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この岩には一つの悲恋の話があります。

雲仙は昔、仏道修行の場所であり、女人禁制。愛し合う修行僧と女がここで別れたが、ど

うしても会いたく、この場所で密会を繰り返えす。しかし、山番にあやしまれ後をつけられ、

二人はひき裂さかれようとしたが、僧は「これから我等ふたり人にあらず、猿なり」と言っ

て、一身同体のまま岩になったそうです。


場所の説明版もなく、車で通れば気がつかないような場所。何となく、猿石が侘びしく見え

ます。


雲仙には、まだまだ隠れた所があります。ボチボチと紹介をしますので、雲仙に来られた

ときの参考に。


天気が良ければ、仁田峠でつつじでもと思ったのですが、霧と雨。宝原の方へ回ったら、

もうすぎていて、かわりにヤマボウシが咲いていました。霧の中のヤマボウシも、楚々とし

た白い花で、風情があって良いですよ。うちのかみさんも昔は楚々としていたのですが・・・

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島原から雲仙の登りがけに「ガトーブリアン」というお菓子屋さんがあり、この間タウン誌に

載っていたので、寄ってきました。ケーキの名前、「エキゾチック」だったかな。お菓子のケ

ースの横にカウンターがありましたので、お茶もできるようでした。

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(参考:おばま~史跡巡りガイド)


また、ポッチしてね。

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2012年5月24日 (木)

「耳採(みみとり)」の地名について★キリシタンの受難~雲仙市小浜町

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寛永六年七月、長崎からキリシタンの男性37名、女性27名が小浜の石合浜に、舟で運

ばれてきました。石合浜付近です。

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いまは、海沿いに国道が通っていますが、これは全部埋め立てられたもの。

石合浜とは場所が違いますが、下の写真のようにして、小浜の海岸線は埋め立てられて

いったのです。写真は明治時代のものです。

Umetate

          (写真:おばま~史跡巡りガイドより)


さて、64名のキリシタンは坂を登り、役人は庄屋元の石清水で水を飲み休息しましたが、

キリシタンには水を与えなかったそうです。庄屋元の所ですから、ここ、上の川の湧水でし

ょう。石垣の裏が庄屋屋敷跡です。

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この後、刈水、椎木坂、道前、鬢串(びんぐし)を通ります。いまの、自動車道路ではなく、

雲仙に車で登る、左手の山の中の急坂を辿って行ったのでしょう。当時の道は全然違って

います。


この間、夏の暑さの中水一滴与えられなかったそうです。笹ン辻にかかったとき水を与え

たそうですが、全員の左の耳を切り採ったそうです。


長崎の二十六聖人が京都から長崎まで連れてこられたときも、京都の一条戻り橋に到着

したとき、秀吉の命令で耳と鼻をそぐようにしてあったそうですが、キリシタンに好意的な

石田三成が、左の耳をそいだにとどめたそうです。


小浜のキリシタンは、キリシタンの転向を迫られて切りとられたのか、逃げられたときの目

印に切りとられたのか、役人が京都の例にならって切りとったのかは分かりませんが、後

日、村人が切り捨てられた耳を集めて埋葬し「耳塚」を作ったそうです。昭和32年、小浜

~雲仙の国道改修までは残っていたそうでが・・・


場所は、小浜~雲仙間の「六兵衛茶屋」、近ごろ紅葉で有名になっている三十路苑あたり

です。

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現在は、わずかにバスの停留所に「耳採」の名前が残っているのみです。(一番上の写真

と、赤の四角がバス停です) 

(参考:「小浜町史談」「おばま~史跡巡りガイド)



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2012年5月23日 (水)

飯盛鬼塚古墳/諫早市飯盛町★犬丸古墳跡/雲仙市千々石町

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今日は、長崎の漢方のお医者さんの所へ。朝9:30に着いたのですが、診療が終わった

のが昼の12:30。待つだけで疲れました。


お医者さんと話をしていると、この間からTVで漢方の番組をやっているので、そのせいか

電話の相談、新しい患者さんが増えどうにもならない状態とか。また、近年の天候不順、

季節の変わり目で、自立神経が乱されて来院する患者さんが増えているそうです。

そのうえ、この時期にもインフルエンザの患者さんがまだ多くて、インフルエンザなんかは

あまり関係ないんだけどと言うお話。


今日は、新患さんが多いせいか時間がとくにかかったみたいです。漢方は、同じ風邪の症

状でも、やせている、太っている、体力のある人、無い人など、各人に合わせて薬を処方

するため、話を聞きながら、脈を取ったり、腹の触診などがあって、新患さんの場合は早く

て30分、だいたい40分はかかりますから、2~3人いるともう待つ時間が大変。


とくに、ビックリするのは若い女性の多いこと。漢方も万能ではないんですがね、というお

医者さんの話なんですが・・・流行すれば何でも飛びつく日本人の悪い癖ですね。


さて、いつも長崎に行くとき、飯盛町の所に「飯盛鬼塚古墳」の看板が気になったので帰り

がけ行ってみました。看板から2.2㎞です。皆さん方も、行く機会が無いと思いますので

写真で見てください。


6世紀後半の古墳だそうです。今は上の写真の様に回の畑が盛土してありますが、本来

は橘湾、天草灘を一望出来る高台だったそうです。

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縦2,1m、横1,4mの横穴式石室。発見当時墳丘はなかったそうです。天井石は失われ

ていたそうですが、2,5mほどだと思われるそうです。副葬品として、金環(耳飾り)、須恵

器、鉄農具があったそうです。見晴らしは最高だったでしょう。


千々石の古墳です。こちらは「古墳跡」ということで、本来ここらあたりは小さな丘陵で、開

拓をしていたときに出土したそうです。今は、原型はとどめていません。

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棺は臥棺で、長さ5尺、横3尺で、中から太刀、曲玉があったそうです。当時の人は地方

豪族の墓として石碑をたて、「崇徳興仁」と刻んでいます。真ん中の石碑です。一説では、

郡司の制度が大化の改新後のことで、1700前頃ではないかと言われているそうです。

場所は、千々石商店街の宮本書店の横から100mくらい入ったところです。

説明版に、すこし古ぼけていますが、発掘当時の写真が展示されています。

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人骨も分かると思います。小さな古墳でも、見ていくといろいろあって面白いですよ。当時

を想像しながら。

(参考:各説明版より引用)



昼過ぎたので、お食事へ。久しぶりに日本食を、矢上の食堂ですが、いつも人が多くて、

駐車場一杯。日替わりの、揚げ出し豆腐定食、ドリンク付き。735円也。

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2012年5月22日 (火)

島原半島観世音三十三霊場「二十四番霊場」木場観音~雲仙市千々石町

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近ごろ,パンフレトと見れば持ってくる癖があって、これ、どこから貰ってきたのか覚えてい

ませんが。島原の代表的な郷土史家、松尾卓次先生を中心として、全部巡ってきた写真

と、状況が書いてありました。何となく読んでいると、住んでいる千々石町にも「二十四番

霊場『木場観音』」と書いてあり、全然知らなかったので出かけることに。


パンフレットには、「・・・長い石段を登る。これを登るのも修行の一つだと足を動かす。三

百段登ったら観音堂があって、さらにその上に、岩盤を削り込んだ中に御堂がある。そこ

には又急な階段が十数段続く。よつんばいになって登らなければならない。・・・千手観音

を祭っいるというがご本尊はよく分からない。・・・」と書いてあります。


さて、入り口には「熊野大権現」の額。

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脇の灯籠には、文化十年の文字。1800年前半の時代。

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パンフレットに書いてあった、階段です。二百八十五段ありました。足はガクガク・・・

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上に着いてみると、車が入れるように道が!

まあ、辛い思いをして登ってきたのも修行かと思って。

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上には、「宝暦八年」の文字が入った標柱が、宝暦と言えば1700年代の中頃。鳥居の文

政の文字があった灯籠は後から奉納されたものでしょう。

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左が、パンフレットに書いてあった観音堂、右が御堂。なるほど急な坂が。建物がまだ新

しく、、最近建て直したものでしょう。

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観音堂の中を見ると、左右に今まで見たことのない石像が。

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後からつけたものでしょうが、木で作った刀が取り付けられていました。右大臣、左大臣で

しょうか?帰りがけ、近所の人がいたので聞いてみましたが、全然知りませんでした。

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さて、いよいよ本尊様へ・・・

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急な坂があり、登って開けゴマ。正面より右側の方に祠が。

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岩を多少は削ってはあるのでしょうが、どうも岩の割れ目を利用したみたいな感じでした。

この祠の後ろ側、少し岩の裂け目があり、光が漏れていました。

左右に狛犬、祠の中には三枚の銅鏡のみ。

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ひょうっとしたらこの祠の中に、千手観音が祀られていたかも知れません。見たかったな。


有名な神社、お寺も良いのですが、最近はこんな小さな地区の氏神様に興味が出て、車

で走っていて、見つけるといつも寄って行くのが、習慣になってしまって・・・結構いろいろあ

って面白いですよ。石ころ一つのご神体もあり。


しかい、仏様でもなく、神道でもなく、教祖も教典もなく、素朴な信仰で、その地域で何百年

も守り続けてきたと思えば、見ているとじわっと感慨ふかいものがこみ上げてきます。

皆さんの所の氏神様もゆっくり御覧になってはいかがでしょう。


全部回るのも大変なら、パンフレットを作るのも大変だっだったでしょう。「島原の交流人

口を増やす会」の皆様ご苦労様でした。

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2012年5月21日 (月)

マザー・グースを口ずさんで~鷲津名津江★マザー・グースを楽しむために

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マザーグースと言えば、知らない人はいないと思います。たしか、音楽の時間に「ロンドン

橋落ちた」を習った記憶がありますが。訳本も、たくさん出ていますが、なかなか意味不明

なところが多いと思います。

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「バラのまわりを」。この曲、「バラのまわりを 手をつないで回ろう ポッケにゃ花束 いっ

ぱいだ あ ハクッション あ ハクション あれ しりもちついた!」と輪になって歌いなが

ら、クシャミのあとに尻餅をついて、転がるという子どもの遊び歌なのです。


しかし、この詩は、作者の鷲津さんによると、「1664年から65年にかけて、ロンドンでは

ペストが大流行をし、多くの犠牲者をだしました。この詩はそのときのことをうたっていて、

"rose"(注:バラ)はペストの特徴である赤い輪形の発疹を、"posies"(注:花束)は毒消し

のハーブの花束を、クシャミはこの病気の末期的症状を、転ぶのはだれでもが倒れて亡く

なることを意味しているのです。」ということだそうです。

この本には、このようなマザーグースに関わるいろんなエピソードがたくさん書いてあり、マ

ザーグースの理解に役立つと思います。


さて、この作者の鷲津名津江さん、実はあの童謡歌手の小鳩くるみさんです。おかあさん

といっしょの、うたのおねえさんもやっていました。今は、目白大学でマザーグースを中心

にした研究で、大学教授をしているみたいですが、すごいですね。


「歌手・小鳩くるみとして、マザー・グースのLP盤をつくることになり、20数曲まとめてレコ

ーディングする機会に恵まれました。そのとき、英語で聞くマザー・グースはとても楽しいの

に、なぜか日本語の歌詞でうたうと、本来の楽しさが半減するように思いました。このこと

が、マザー・グースに興味をもったきっかけになったのかも知れません。」


絵本の英語の部分、水色の所がありますが、その部分、強く読んでください、と書いてある

のでその通りやってみたら、あら本当、リズミカルに読めるんですね。英文自体は、中学

程度ですから、難しいことは無し。是非お試し下さい。

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こんな楽しい、写真、イラスト満載です。マザー・グースを楽しむために是非一読を。


といっても、残念ながらこの本廃本になっているみたいですが、図書館か、Amazonでも手

に入るみたいです。他に、マザーグースに関する本も出していますので、こちらでも楽しめ

ると思います。

おまけにです。私の好きな、おなじみの積み重ねの語りです。口に出して、一気に読んで

見てください。



ジャックの建てた家

「これはジャックの建てた家」

「これはジャックの建てた家

でつくったこうじ」

「これはジャックの建てた家

でつくったこうじ

を食べたねずみ」

「これはジャックの建てた家

でつくったこうじ

を食べたねずみ

をころした猫」

「これはジャックの建てた家

でつくったこうじ

を食べたねずみ

をころした猫

をいじめた犬」

「これはジャックの建てた家

でつくったこうじ

を食べたねずみ

をころした猫

をいじめた犬

を突いたツノ曲がりの牝牛」

「これはジャックの建てた家

でつくったこうじ

を食べたねずみ

をころした猫

をいじめた犬

を突いたツノ曲がりの牝牛

の乳をしぼったひとりぼっちの少女」

「これはジャックの建てた家

でつくったこうじ

を食べたねずみ

をころした猫

をいじめた犬

を突いたツノ曲がりの牝牛

の乳をしぼったひとりぼっちの少女

にキスしたみすぼらしい男」


「これはジャックの建てた家

でつくったこうじ

を食べたねずみ

をころした猫

をいじめた犬

を突いたツノ曲がりの牝牛

の乳をしぼったひとりぼっちの少女

にキスしたみすぼらしい男

を結婚させた禿(はげ)の坊さん」

「これはジャックの建てた家

でつくったこうじ

を食べたねずみ

をころした猫

をいじめた犬

を突いたツノ曲がりの牝牛

の乳をしぼったひとりぼっちの少女

にキスしたみすぼらしい男

を結婚させた禿(はげ)の坊さん

を起こした早起きのおんどり」

「これはジャックの建てた家

でつくったこうじ

を食べたねずみ

をころした猫

をいじめた犬

を突いたツノ曲がりの牝牛

の乳をしぼったひとりぼっちの少女

にキスしたみすぼらしい男

を結婚させた禿(はげ)の坊さん

を起こした早起きのおんどり

を買っている麦蒔きの農夫」


できましたか、一気に読むことが出来たときの爽快感は何ともいえませんよ。

これ、寺山修司さんの訳です。


マザーグースでいえば、高石ともやの「107ソングブックシリーズのVOL6 ハンぷティ・ダン

ぷティ」も44曲の曲を取り上げていますが、これも楽しレコード。


そういえば、谷川俊太郎さんの訳のも持っていたのですが、行方不明。

谷川俊太郎さんも、同じような話で「これはのみのぴこ」と言うのを書いていますが、ライブ

の朗読会で一息に読んだときはすごかったですよ。あの歳で・・・・



一息に読めた人は下をポッチね。pass

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2012年5月20日 (日)

この一曲~上海バンスキング/リンゴの木の下で★吉田日出子

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「上海バンスキング」、「バンス」は借金のこと、「キング」はもちろん、「王」、すなわち「上海

借金王」。


1979年に吉田日出子主演、オンシアター自由劇場で上演。舞台は昭和初期の上海。

当時のジャズメン達の、時代に流されていく物語です。残念ながら、田舎暮らしのため

NHKの「芸術劇場」の時間だったでしたか、TVでしか見られませんでしたが。


吉田日出子は歌手ではなく俳優、自由劇場の団員も楽器はアマチュアでしたが、特訓した

のでしょう、吉田日出子の甘い歌声と共に、黎明期のジャズの雰囲気がよくでていました。


LPも持っていたのですが、CDも買ってしまいました。下の写真はLP。はやりこんな曲はLP

で聞くのが良いのはわかっているのですが・・・・CD,LPではプロのミュージシャンもサポー

トしています。

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この中から一曲選ぶのは難しいのですが、「リンゴの木の下で」。寺山修司、「林檎の木

ゆさぶりやまず逢いたきとき」、とか、島崎藤村「まだあげ初めし前髪の/林檎のもとに見

えしとき/前にさしたる花櫛の/花ある君と思ひけり・・・・・」、という作品が頭の中にあるか

らかな。林檎と言えば、アダムとイブもあるし、林檎には何か人の心を誘うものがあるので

しょうか?


こちら長崎は林檎はなく、みかん畑とジャガ畑ははうちの回りにたくさんあるのですが、み

かんとか、ジャガはロマンティクではないんでしょうか?そういえば、ウイリアム・テルもりん

ご。ビートルズもアップルレコード。コンピューターもアップルコンピューター。白雪姫もりん

ご。どうも、長崎の人間としては東北の方にコンプレックスを覚えますね。



リンゴの木の下で


リンゴの 木の下で

明日 又会いましょう

たそがれ 赤い夕日

西に 沈むころに

楽しく 頬よせて

恋を ささやきましょう

深紅に 燃ゆる思い

リンゴの 実のように


吉田日出子の、切ない歌声、うっとりしますね、

「ウェルカム上海」、「月光値千金」、「スィート・ジェニ・リー」、「サイド・バイ・サイド」、「貴方

とならば」、「私の青空」、「浮気はやめた」、「アレキサンダース・ラグタイム・バンド」、「ペ

ーパー・ドール」、「スター・ダスト」・・・・

CDの曲名を見ているときに、ひょっとエノケンこと榎本健一のこと思い出しました。小学校

の時、「私の青空」、「月光値千金」、「ダイナ」などラジオで聞いていて、耳の底に残っいて

いるんですね、ネットで調べるとYou Tubeなんかにもありました。懐かしいので、「ダイナ」

の歌詞をおまけに。この歌詞をジャズで歌うんですから、はやり喜劇王といわれただけは

ありますね。



エノケンのダイナ

ダンナ のませてちょうちょうダイナー

おごってちょうダイナー

だんとは呑まない ね、いいでせう(しょう)


ダンナ 盃ちょうダイナー

コップなら尚結構

こいつはいける


酒はうまい うまい 少し酔うた

酔ううたら さあ来い


ダンナ のませてちょうダイナー

けちけちしなさんな かけつけ三杯


・・・・・・・・あとは、You Tubeでお楽しみを


この曲訳詞をみたら、サトウハチローでした。

たまにはこんな古い曲もいかがですか?



一日一回ポッチで健康。ポッチしてね。kissmark

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