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2012年4月22日 - 2012年4月28日

2012年4月28日 (土)

隠れキリシタン像 その3~南島原市口之津町

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さて、口之津の金比羅神社に祀られている像です。場所は、吉田氏によれば「唐人町の

集落からかなり離れた高良神社の一角、金比羅神社の石祠の中に、長い間、安置されて

いた。」と書いてあったので、また、山の中かと思って地図で調べたら、唐人町には神社の

名称が、「鎭西八十カ所第17番札所」の文字だけ、多分ここだろうと思ったら、近くの目印

に、「開田公園」が。ここは、今では海から少し入り込んだところにありますが、南蛮船が

渡来した所だそうです。なお、口之津は、南蛮貿易、日本におけるキリスト教布教の地とし

ても有名です。


車を開田公園に置いて、さて、どちらに行こうかと地図を見ていたら、ちょうどジョギング中

のおじさんがいたので聞いてみたら、何年か前、この像のことでTV取材があり、有名女優

が来たたとか。詳しい場所は知らないが、多分TVで見た感じではこちらではないだろうか

と、わざわざ案内をしてくれました。


小浜と違い、山の中ではありませんでした。

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左が、「高良神社」この左側に「金比羅神社」(写真右)があります。この、神社の社殿の中

に一番上の写真の像があり、鍵がかかってはいたのですが、覗くことは出来ました。



帰りがけ、近所におばさんがいたので話をしていたら、昔はこの社殿の裏の祠の中にあっ

たのが、盗まれたのか、どこか遊びに飛んでいったのか(翼がありますから)無くなってし

まっていたのが、また、いつの間にか戻っていたとか。これ以来、社殿を作って中にいれ 

て鍵をかけたそうです。下が本来入っていた祠でしょう、何も入っていませんでした。

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さて、一昨日の小浜の像と比べると。

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違うところはありますが、基本的にはほぼ似ています。ここまで似ていると、同一人物が作

ったか、どちらかが真似をしたものか?

小浜町の隣が南串山町、そのお隣が加津佐町そして口之津町になります。昔は行き来の

交通が不便だったのでしょうが。考えれば海路もあるんですが・・・


ほかにも、西有家町に。南串山町の神社にも、こちらは修験道の天狗神に似た不動明王

ですが翼を持っているそうです。


口之津の郷土史家の方に伺いましたが、隠れ切支丹に関係あるかどうか、評価は分かれ

ていてということで、はっきりしませんでした。

島原のこの地方以外、県外にもこのような像があるのかどうか。なぜ、このような異形の

像を作って祀らなければならなかったのか?謎は謎を呼びますが、うちの近くのキリシタン

地蔵も、弘法様とよばれ、いわれを聞いても、「昔からあった。」といわれるだけですから、

真実はどこにあるのか。


この神社の横に、「鎭西八十八カ所 第十七番札所」がありました。

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こちらは、派手でありました。他の所にあったのを、祠が荒れ果てたのでこちらに移した像

もあるとか。でも、同じ所に三カ所もあると、お賽銭も馬鹿にならなくて、年金暮らしの身で

は・・・weep




参考:有明の歴史と風土第二十号 金比羅神社の有翼天使像とおめき村の掟/吉田安弘   

2012年4月27日 (金)

島原芝桜公園 4月27日現在~ゴールデンウィークはいかが?

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今日も昨日の続きで、口之津町の有翼の天使像を紹介しようと思ったのですが、明日か

ら連休。ちょうど、島原の病院まで行ったので、ついでに島原芝桜公園の状況を覗きに。

3度ほど行きましたが、やっと咲いていました。


これが、今年の2月19日。ボランティアの方が手入れを。

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これが、3月30日。赤色の芝桜がぼつぼつ見えますが。芝桜祭まであと数日。

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一番上の写真が今日の状況です。

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後の山が平成新山。これをバックにすると良い風景ですね。災害の時は大変でしたが。

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砂防ダムを見た風景です。さすがに凄い砂防ダムです。

まだまだ、株と株の間がすいていますが、もう少しこんもり育ったら、長崎県でも有数の芝

桜公園になるでしょう。来年がまた楽しみ。


ゴールデンウィークは天気だとか。お弁当でも持ってゆっくりいかがですか。どうせ、あちら

こちら行ってもごちゃごちゃしていますから。一日のんびりと花でも見ながら。防砂ダムの

向こう側の つつじも結構きれいで、家族揃って家族食でも。


私は、かみさんが今日もお出かけで孤食でしたが・・・

ふと、「帰りに買った福神漬けで、一人寂しく冷や飯食えば古い虫歯がまたまた疼く・・・」な

んて歌を思い出しましたが。そういえば近ごろ虫歯が痛み出したので休み明けにでも・・・


ちょいと用事で口之津町まで行ったので、港近くのお菓子屋さんで、「くちのつマドレーヌ」、

「口之津ロマン」そして「くちのつ恋石」、「くちのつ恋し」のもじりでしょうが、なかなかしゃれた

ネーミングとお味でした。

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2012年4月26日 (木)

隠れキリシタン像 その2~長崎県雲仙市小浜町

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この仏像が文字になって発表されたのは昨日書いた、吉田安弘氏の「金比羅神社の有翼

天使像とおめき村の掟」(有明の歴史と風土第二十号 平成10年刊)が初めてではない

でしょうか。氏は、口之津町の同様な天使像を「島原風土記」に紹介されたそうですが、小

浜高校の先生から、山芋掘りにきて道に迷い、金比羅社と書いた小社に出会い、石祠の

扉を開けたところ、口之津町の像と瓜二つの像を見つけ、吉田氏に連絡をしてきたとか。

吉田氏が確認に行き、その帰り、昨日書いた地蔵に気づいたそうです。


場所は、昨日の所から数百メートル離れたところです。

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まっすぐ行った所が、「山の神様」、ここから写真に写っていませんが、林道が左右に分か

れていますから左の道を行くと。赤い印の所に、長崎県の標識、「やまんかみ水源の森」と

書いてあります。もう少し行くと・・・

3

今の道は歩きやすいようになっていますが、これはこの像が見つかり、表に出たために、

案内標識と木で階段を作り整備したのでしょう。前述の小浜の先生の話から推察する

と、当時はかなり森の中だったと思われます。


「金比羅さん(天狗天使像)」と書いてありますが、80歳くらいの地元のお婆ちゃんに聞い

たらに聞いたら、「天狗天使像」は学者か誰かがつけたもので、自分たちは、「金比羅さ

ん」と言っていたとか。


しばらく歩くと、山道になりますが。きつかった。

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上の岩の方に少し見えてきました。

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人が積み上げた石垣が。かなり古いものと思われます。

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前に、コンクリートで雨、風よけが作ってありますが、これは新しく昭和34年5月1日と書

いてありました。新しいといっても半世紀ばかり前のものになりますが。

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穴を掘った中に安置してありました。一番上の写真ですが、何か新しいようですが、石仏

をいろいろ見ていくと、材質、保管状態で随分違うところがあり、新しいかと思うと何百年も

前だったり、ぼろぼろになっているのが数年前のものだったり・・・


確かに鼻が高いので、天狗、羽があるので天使とつけたのでしょうが。見れば外人とも。

とにかく、キリシタンを思わせるものが2つもあるということは、この場所はキリシタンと何

か関係があるのでしょう。なお、行ったときは高校の先生が言われたという、金比羅社の

表示、石祠の扉は見当たりませんでした。なお、同じような像が口の津にあるとかいうので

見にい来ましたが。また明日。


前にも書きましたが、行かれる方は時期が時期ですからマムシに注意して。ここらは、イノ

シシも多いようですから、一人では行かないこと。





2012年4月25日 (水)

隠れキリシタン像 その1~長崎県雲仙市小浜町

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小浜町の端の方に山領という、集落があります。集落を抜けて、どんどん進んでいくと、人

家も途絶え林道になって行きます。その林道から少し入ったところに、小さなお堂がありま

す。「おばまー史跡めぐりガイドー」によると「今は森林の中に公園ができている。」と書い

てありますから(ここのことです。)、昔は、本当の森林の中だったのでしょう。


地元の方は、「山の神」とか、「水の神」(実際水が湧いています、少し離れた林道には長

崎県の小さな標柱に「やまんかみ水源の森」と書いてありました。)とかいっているようです

が、このお堂の脇に標柱には「水原神社」と書いてありました。「水」の「原」、「水源」のこ

とでしょうか?


ここには、お堂の中と、その左側に弘法大使の像があります。こちらは弘法大使さん。

Dscn2881

さて、問題はお堂の中の地蔵さんです。

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この地蔵さんが両手で持っているもの。

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X型の印が。これについて、郷土史家の故吉田安弘氏は次のように記述しています。「よく

見ると両手に大きい宝珠を持っていた。初めに私は聖体かと思ったが、あまりにも大きい

ので、珠の上の落ち葉を払い、みずで洗ったら上面に見事な×アンドレア十字架が彫ら

れていた。水はキリシタン信徒の生命であろう。この地蔵も又、金比羅社の天使像(注:こ

れについては、次回アップ予定です。)と同じように信仰の礼拝像であろう。然もアンドレア

十字というキリスト教の聖記号が刻まれている。ここは、人里離れた山の中の礼拝所、か

くれ切支丹の聖地であろう。」(「ありあけの歴史と風土 第二十号 金比羅神社の有翼天

使像とおめき村の掟」より)


なお、アンドレア(アンデレ)の十字架について説明しておきますが、アンドレアはイエスの

弟子であり、最後はX型に組まれた十字架にかけられ殉死したといわれ、聖アンドレアの

象徴として、X型の十字架(アンドレア十字)、魚捕りの網、魚があります。


なお、吉田氏は気づかなかったのか書いておりませんが、私が気になったのが祠の上の

印。

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今まで見たことが無く、気になっていたのですが、今日、別件で郷土史に詳しい先生の所

にいってお話を伺っていたとき、、神社の手洗いの所に蟹や魚が這っていたり、水を張る

ところがハート型になっていたら、隠れ切支丹と疑った方が良いと話をしていたら、奥様

が、「この写真、逆にするとハート型よ。」と。逆さまに見ると、「あら、本当!」

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しかも、上の方は縦線を少し伸ばすと十字架に。


なお、ハートもキリスト教のシンボルで、「ミシェル・フイエ著 武藤剛史役 キリスト教シン

ボル事典 白水社刊」によると、「心(心臓):キリスト教の伝統では、心は愛や慈悲の座

である。・・・最も愛に充ちた心とはイエスの心である。かくして、カトリック教会では、キリス

トの『聖心』」への崇拝が大いに広まり(十七世紀)、其れと同時に、槍で刺し抜かれ、茨の

冠をいただき、炎と十字架を背にした心臓という独特のシンボルが用いられるようになっ

た。」

Image1_2

有名なザビエルの肖像がですが、手に持っているのは炎に囲まれた心臓(ハート)と十字

架。


残念ながら私も専門家ではないので、上のマークが他の仏教のマークに使われているか

かどうか、分からなのですが、次にアップする、ここからすぐ近くにある「天狗天使」と考え

合わせれば、吉田氏が言うように、隠れ切支丹の礼拝の場所であったのかも知れませ

ん。




2012年4月24日 (火)

日本人の知らない日本語~蛇蔵&海野凪子

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蛇蔵&海野凪子さん2回目の登場です。1回目は「日本人なら知っておきたい日本文

学」。この、「日本人の知らない日本語」。前の本より面白いこと請け合いです。私も、この

本読んで面白いと同時に、日本語をしっかりと知らないことを反省。汗顔のいたりです。


ところで、この海野凪子さん、日本語教師をしているそうですが、外国人に日本語を教え

ている中での面白い出来事、正しい日本語について、楽しみながらというか、爆笑しなが

ら考えさせられました。

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・才と歳との使い方。

・シカトの語源

・「教えて頂けますか」と「教えていただけませんか」の違い

・「ご苦労さま」は目下に、「おつかれさま」は目上の方へ。「がんばれ」は目下のひとに、そ    

 れでは目上の人には何というか?これ、私も初めて知りました。

・レストランで「ご注文の方は以上でよろしかたでしょうか。」のおかしいところ。


日本語のテストも所々に。

・開封後は早めにお召し上がりください。

・ご注文は何にいたしますか。

・ご注文の品はおそろいになりましたでしょうか。


下線の表現の誤りを正してください。ということですが、いつも聞いている言葉なんです

が、日本語も以外と難しいですね。この本、一度読んで正しい日本語を身につけましょう。

特に新しく社会人になった方は。上の問題の答え知りたい方は本を買って下さい。


ところで、馬と、自転車の正しい数え方知っていますか。「とう」「だい」じゃないんだそうで

す。これ、伊奈かっぺいさんから教えてもらいましたが、「ちゃく」だそうです。そう、「1着、

2着」って言うでしょう。


もう一冊「日本人の変な英語」という本を読んでいますが、これも読んでみて、「Thank you

very much」がもやは使わない英語だと言われては、何のために、何年も英語を勉強して

きたのかガックリしました。この本もまたいつかご紹介を。






2012年4月23日 (月)

お地蔵さん祭&弘法原~雲仙市・千々石町・吾妻町

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4月21日の土曜日は、ご近所のお地蔵さんのお祭りでした。3カ所ばかりあるのですが、

回ってみました。お接待(お参りに来た方に、食べ物や飲み物を振る舞うこと)があるとい

うことだったのですが、残念ながらちょっと遅すぎたみたい。

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上のお地蔵さんは、キリシタン地蔵といわれるものです。これについては以前書いており

ますのでご覧下さい。「キリシタン地蔵」は→こちらをクリック

いつもは、柴か花ぐらいですがこの日は、お供え物もたくさん。いつもより飾ってもらって嬉

しそうでした。

もう1カ所、こちらは普通の弘法様。岡東(おかとう)という神社の所にあります。

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昔はここでお祭りをして、「弘法原」、いまは「吾妻の里」といっていますが、ここに行って皆

で楽しんでいたそうですが、今はいっていないとか。田舎の風習もだんだん現代的に簡略

化されていくのでしょうが、何となく寂しい感じがします。


弘法原は牛の放牧をやっており、以前、千々石からも歩いてここまで来て世話をしていた

そうです。先日、歩いてみたらきつい、きつい。はやり昔の人は強かった。


吾妻の里については以前書いておりますのでご覧下さい。良いとこですよ。

あずま牧場は→こちらをクリック

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さて、弘法原には「弘法さん」の地蔵と、「さおごぜん」の像があるとか、2回ほど行って探し

ましたが、探し出せず、昨日自治会の総会があったので、訪ねてみたら私の見当違いも

良いところ。山の中まで歩いて探したのですが・・・駐車場の横の所にありました。

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こちらが「弘法さん」。以前、なくなっていたと言う話もあったのですが、戻って来たのでしょ

うか?

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すぐ横に、ブロックで囲まれた「さおごぜん」(さよ姫のことでしょう)でしょう。それと十一面

観世音。

Photo_10 Photo_11

ここから話が少し難しくなりますが、ここは「弘法原」とはいいながら、弘法さんに関するエ

ピソードを聞いたことがないのです。また、ここは、からは遺跡が見つかっています。


「吾妻町史」に一つの見解が書かれています。

「・・・この地がかって、聖なる『歌垣』の原であったと推断する。」

「『歌垣』は同族あるいは対婚族間の、豊穣祈念の予祝をかねた、性解放の春の祭りであ

るが、見落としてならぬことは竜蛇神(蛇トーテム)がこの祭礼の軸と成っていることであ

る。」

「聖なる営みの原の中心に立てられたのはこの蛇神の象徴、神の依代としての聖木であ

ろう(私は、不規則な柱跡と目されているのはこの聖木の痕ではではないかと想ってい

る。)この、蛇神の聖木をなんと言っていたか、とこの行事を関連する呼称の謎を解きほぐ

すのは吉野裕子氏の優れた研究(『蛇』法政大学出版)の古代日本では蛇のことを「香香

(又は香)、羽羽(又は羽)と言っていた」

「この祭典は男達は雄蛇に女達は雌蛇になっての性儀であったのだ。おそら”聖木”は

『香木」』あるいは『羽羽木』『羽木』」であったろう・・」

「要するにこの地が、半島のかなり広い地域から対婚族を集めての『歌垣』の原であった

し、このことから地名の古称は『カカイハラ=香合原』であったと思う。この『香合』の漢語

「コーゴ」に、殆ど同音の仏教的類音字「弘法」を当てて、原初からの古習の実態を消し去

ったものと思われる。」

「・・・唐体制が民衆宣撫のために仏教を最大限に駆使したと唱説されている。仏教におい

て最大の覆滅・改変は古信仰・及び古習であった。」


抜き書きで分かりにくかった思いますが、興味のある方は「吾妻町史」の「『弘法原』地名

古称考」をお読みください。なかなか興味をひくものです。


本日のおやつ:「本日のスペシャルケーキ」と言う名ケーキでした。

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2012年4月22日 (日)

この一曲~Take me home,Country road(故郷へ帰りたい)★ジョン・デンバー

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今日は自治会の総会で、いつの間にか監査になっていて、監査は早く来るようにとの連

絡。大体、自治会の監査→自治会副会長→自治会々長→自治会会長会々長→市会議

員→市長→県会議員→県知事→国会議員→総理大臣。という線を狙ってはいるのです

が・・・


とにかく今日は出かけるのでざっと。

ジョンデンバー。若い人は知らないかも知れませんが、アメリカのシンガーソングライター

で、1970年代のフォークソングの代表みたいな存在でした。この曲、スタジオジブリの映

画「耳をすませば」の主題歌だったそうですが(ただし、オリビア・ニュートンジョンのカバー

曲)、私、映画見ていないので知りません。申し訳ない。


1943年生まれ、1977年に自分で運転していた飛行機事故で亡くなっています。53才で

した。優しく、温かい声で時々CD出しては聞いています。


ライナーノーツによればジョン・デンバー、日本、オクラホマ、アリゾナ、フロリダと移り住ん

だそうですが、新聞配達、皿洗い、トラックターの運転手、麦の刈り入れ、猟師までやった

そうです。


彼の、ソングブックにこう書いてあるそうです。

「・・・・ぼくは平和は争いのないこと、暴力は我々の存在の一部、生きている者すべてが僕

の兄弟だということを知りました。それから人生をわかち合える女の人を見つけました。家

を建てることの出来る土地も。そしていつか、家族とそこに住みたいと思います。僕は山

が好きです。星をみるのも、大声で笑うことも、友達と一緒にいることも好きです。でも何よ

りも好きなのは歌を歌うことです・・・・」。そんな男の子の歌です。




故郷へかえりたい

天国ともみまちがう ウエスト・バージニア

ブルーリッジの山々と シェナンド川

昔ながらの生活は 木々よりも古く

山よりも若く そよ風のように流れる


故郷へと続く道よ 僕を連れて帰っておくれ

僕のいるべき あの場所へと

ウエスト・バージニア 母なる山河

連れて帰っておくれ 故郷へと続く道よ


思い出すのは 故郷のことばかり

海など知らぬ 炭鉱の町

暗くほこりっぽい空に ぽつんと

にんじんで浮かぶお月さま 僕の目に涙


朝にはいつも 故郷の呼ぶ声に目を覚ます

ラジオを聞いても 思い出すのは

遠く離れたわが家のことばかり

町で車を走らせながら 感じたんだ

昨日のうちにも 帰っていればよかったんだ



故郷を持つ人は良いですね。

私、生まれは長崎の、昔、遊郭街丸山の隣の加治屋町。物心ついては新興団地アパート

住まい。高校出てからはしばらく東京へ。そして、今はかみさんの居る田舎住まい。30年

になり、それなりに親しくする人も多いのですが、心のどこかに違和感が・・・


私も、川と山に囲まれた、帰るべき心の故郷があればいいなと思っているのですが・・・子

どもたちに故郷づくりを。


そのためには私を総理大臣に。良い国作りますよ。(これ、ここで書くと選挙違反になるの

ですかね?)



(参考・引用:CDライナーノーツより   対訳:野村伸昭)





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