御館山(みたちやま)稲荷神社 その1~長崎県諫早市
諫早市に、宇都(うず)町と言うところがあり、ここの交差点から、諫早市の文化会館付近
を見ると
下の大きな建物が文化会館ですが、その上に立派な神社が。諫早に住んでいないので、
えらく立派な神社があるなと、いつも思っていたのですが、調べて見ると「御館山稲荷神
社」。源氏の頭領、源為朝とも関係があるみたいで、出かけて見ました。地図で調べて・・
こちらが、参道。右には社務所がありますが、左に遙拝殿。本殿まで遠いので、身近に拝
むことが出来るようにしてあるそうです。
この階段を登ると、長い長い、足がいうことをきかず、もう帰ろうかと思っていたら、なんと
車道が。そう、ちゃんと、ここから数百メートル行ったところに、車でいける参道の入り口が
あったのです。
もちろん、引き返して、車で車道を登って行くと、神社の横には、立派な駐車場までが・・・
この神社は大宝年間に行基菩薩が開基されたともいわれていますが、頂上北部に巨大な
岩が林立し、古代の人は、神の宿る場所、盤座(いわくら)としていたそうです。
ここの山頂に、四面上宮(しめんじょうぐう)、今の諫早神社の浄宮として祭祀されたそうで
すが、その石碑と、船霊明神(ふなだまみょうじん)があるということで、見に行きましたが、
道が分からず、本殿の後ろ側らしいので、道らしき所はなかったのですが、とにかく直線に
登ると、なんと、ちゃんとした道が・・・意外と広い場所に出ました。
左の祠には、「四面上宮」と書いてあり、向かって左側には、「享保十三年」の文字が彫っ
てありましたが、本来の開基は元禄五年だそうです。
右が「船魂明神(ふなだまみょうじん)。夜ここから光る霊光が、有明海の漁夫の大漁を守
ったと言うことです。
なお、この神社は、諫早一揆にも関りがあり、詳しくはホームページがあるので、是非ご
覧下さい。なお、私の記事も、ホームページを参考にしています。
御館山稲荷神社ホームページ→こちらをクリック
あと、「鎭西八郎為朝の矢受け石」等ありましたが、また明日。風景は諫早を眼下に眺め
る素晴らしいものでした。
なお、諫早の詩人伊東静雄はこの神社を、「日に一度御館の山に祈るこそ二十の吾の日
課にてありき」と詠んだそうです。
(参考・引用:「御館山稲荷神社ホームページ」「諫早を歩く~山口八郎著)
なんともいえず清々しい神社でした。私も、ポチじゃなく、心を込めてお祈りしてきました。
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