旧鍋島家住宅(重要文化財)保存修理見学会
まあ、とにかく、いろいろありまして、天正十年、豊臣秀吉の九州征伐の論功により、有馬
領(当時島原半島を支配していたのは有馬氏でした)から、旧神代領3000石が割かれ
て、鍋島家(佐賀藩)に与えられました。東、西神代村、伊古村、古部村です。
どうして、佐賀藩の飛び地領ができたのか、今日は少し疲れたので、詳しいことを知りたい
方は、自学自習して下さい。
(「島原半島の歴史:松尾卓次監修」から)
その後、領地支配のため陣屋が置かれましたが、これが、旧鍋島家住宅で国の重要文化
財に指定されています。
この建物が、現在修理されていますが、長屋門、隠居棟、主屋の一部が「根本修理」、そ
の他が「維持管理修理」。
「根本修理」は建物を解体(または半解体)し、補修をし、組み立て直す修理だそうで、150
年周期を想定しているそうです。次回の修理は150年後と言うことです。
解体の時、釘一本一本でさえ、抜き取り、組み立てるときは、同じ所に、同じく釘を打ち込
んでいくそうですが、どんな手間ひまがかかるのか、分かると思います。
工事中の写真です。
写真では、分かりにくいと思いますので、当日の資料に、保存修理.の流れが分かりやす
く、イラストでく描かれていましたので、当日の説明会資料に使われるだけでは、もったい
ないので、貼り付けておきます。
あわせて、旧鍋島邸を見に行かれる時、旧鍋島邸の作りも、よく分かると思います。文化
財建造物保存技術協会、と書かれていますので、こちらで作られているのでしょう。各イラ
ストはクリックすると拡大します。
今回の修理は、平成21年7月から始まり、完了は25年8月予定だそうです。完成したら
是非お越し下さい。なお、上のイラストを頭に置いておくと、旧鍋島邸の面白さが、倍増す
ると思います。
(参考・引用:「旧鍋島家住宅、説明会当日資料」「島原半島の歴史・監修松尾卓次」より)
これくらいの豪邸に、住んでみたいものですが、掃除が大変だろうな。ポチとしたわが家が
一番かな。ポチよ。
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