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2012年10月

2012年10月31日 (水)

「政局」 ★お昼ごはんは「愛菜館」で(雲仙市千々石町)

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どうにも調子が上がらなくて、というより、先日、書きましたが、「特定健康検査」の肝機能

のALTの値が102(基準値5~30)。あれから、3度ほど血液検査をしたのですが、また、

数値があがり、脂肪肝くらいだったら良いのですが、とにかく、国立の病院に行って精密検

査ということで、紹介状を書いてもらい、明後日受診予定です。


こんなときは、本でも読んで気を紛らわそうかと。

「政局」。良いですね。帯に書いてある、「必ず潰してやる」。現代にぴったりの話題ではあ

りませんか。この本「実録BUBKAタブー」に連載された「日本政界 陰の実力者たち」に大

幅に加筆、訂正したものだそうです。


やはり、秘密裏に運ばれた話を読むのは面白いもんで、登場人物は、輿石東、小沢一郎、

仙石由人、後藤田正晴、金丸信、竹村正義、梶山静六、青木幹雄、野中広務、飯島勲、三

木武吉、大野伴睦。


若い方には、知らない人もいるでしょうが、この流れが、連綿として現在の政局に繋がって

いるのです。これに、石原新太郎、橋下徹が載っていると、興味津々なんですけれど。


しかし、政権への執着心は皆さんすごいですね。執着心が強いから、政治家になれるので

あって、私なんぞは、女性以外、執着心がないので(そのわりには、もてませんが)、政治

の世界は、まったくダメですね。

中身は紹介すると、読む楽しみがなくなりますから、買って読んでください。


★今日のお昼ごはん

千々石と小浜の間にある「愛菜館」、「愛妻館」ではありません。私の家は「恐妻館」。

いろいろと、こだわりの店です。


このお店、そば打ち体験もできます。ホームページもありますのでご覧を。

私も、一度、年越しそばを打ちに行ったのですが、中身はそば、形はうどんになってしまい

ました。でも、自分が打ったそばだと思うと、おいしかったですね。家族は誰も、おいしいと

は言ってくれませんでしたが・・・・

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マイタケのてんぷら付きのランチ。メニューには、定食もあり、日本棚田百選のごはん付き

で、おかわり自由です。


お蕎麦は「つるつる」。ブログランキングは「ポチ、ポチ」よ。

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2012年10月30日 (火)

管理機(耕うん機)買い代えました

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「管理機と女房は新しい方が良い。」と言ったのは、断じて私ではありませんが、やはり、

新しいのはいいですね。肌つやといい、スタイルといい、元気な事といい・・・・


今まで、10年ほど使っていたのですが、馬力がなくなってきて、そろそろ買い替え時かと。

若い時は、スコップと鍬で耕していたのですが、20~30坪ほどあると、段々しんどくなって

買ったものでした。使えば、便利は便利。


以前のものより、少し大型ですが、使ってみると、前のものより、深く耕すことができまし

た。


98cc、1,5馬力、空冷4サイクルOHV式ガソリンエンジン。いま、家庭用カセットこんろボ

ンベで使えるのもあるようで、考えたのですが、なんとなく、頼りがないようで、ガソリンのも

のにしました。昔取った杵柄で、改造車にしようかな・・・


調べてみると、耕うん機は正式には「耕耘機」と書くそうで、田んぼや畑を耕すもの。「管理

機は」、様々な作業を行えるものですが、耕耘機の家庭用汎用機と思えばいいでしょう。

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新しいのは、爪が4枚付いていること、以前のは2枚でした。赤の所に爪が2枚、黄色い所

に爪が2枚。


黄色い爪は、ピン1本だけで、簡単に外せます。赤い爪の所だけ使うと、狭い所も耕せると

いう、すぐれもの。


畝立て用のアタッチメントもありますが、そんなに大げさにやるほどは広くはなく、金もない

ので、こちらは手でやることに。


さて、説明書の最初の所を読んでいると

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いつも「悪い例」の方でやっていたのですが、今度からは「良い例」にならって、やってみま

す。


★今日のお昼ごはん

「和牛の祭典」に行って、牛さんを食べられなかったので、コンビニの「牛丼」で。

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ちゃんと、「長崎和牛銘柄推進協議会」のラベルが貼ってありました。


「モーモー」は牛さん。「ポチ、ポチ」は私。

 

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2012年10月29日 (月)

椎木キリシタン墓地~長崎県雲仙市小浜町飛子

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        (キリシタン遺跡の研究~竹村覚著より)

上の写真には、「小浜町飛子」以外の説明文がありませんが、飛子地区には、土手の元

の墓碑もありますが、こちらは「椎木キリシタン墓碑」です。

写真、右の下の方がキリシタン墓碑です。

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現在の写真ですが、近所の方に聞いたら、写真の桜の木は、家を作るため、切って、墓

碑を現在のようにしたそうです。


一番上の写真は、もう一段高い所に畑があったので、そこからとったものでしょう。ジャガ

イモが植えてあったので入れませんでしたが、バックの風景から見て間違いないでしょう。

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一番上の写真と比べると、墓碑の上部の傷が位置的に一緒だと分かると思います。


正面に花十字が彫ってあるそうですが、形ははっきりとは分かりませんでした。「日本キリ

シタン墓碑総覧~南有馬町教育委員会企画・大石一久編集」に拓本が載っていましたの

で、コピーさせていただきました。

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さて、もう一枚の写真

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               (長崎県の文化財より)

こちらの方には説明があり、「飛子名の上方組に『山伏の墓』と伝承されてきたものが2か

所ある、ひとつは飛子部落の北端にあるもの、花十字を軸面に刻んだかまぼこ型・・・・桜

樹の根元にあり、この木を切れば祟るとの伝説があったが、いつの間にかきられてい

る。」


最初の写真、桜の木が写っていますが、非常に貴重な写真だと思います。

日本キリシタン墓碑総覧にも、「片岡弥吉『長崎縣下發見キリシタン墓碑總覧』(昭和17

年)によれば、・・・・当時は『畑の片隅に桜の切り株があり、(中略)その根元に四個の台

石を設け、その上に本墓碑が伏臥し』し、『山伏の墓』として祀られていたという」と書い

てあります。一番上の写真では、台石が良く分かりません。ひょっとしたら、桜を切ったとき

に設置したのかも知れません。


この墓碑は、小浜町飛子にありますが、道が狭いため、車は下の港の駐車場に置いて、

郵便局の横から15分程度。少し分かりにくいので、聞きながらいかれた方がいいと思い

ます。飛子の皆さんから、いろいろ親切に教えていただきました。感謝です。

(参考・引用:「長崎県の文化財」「キリシタン遺物の研究」「日本キリシタン総覧」)


日ごと寒さが募ります。ポチポチ炬燵でも出すかな。

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2012年10月28日 (日)

この一曲~思い出のグリーン・グラス

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一時、カントリーミュージック、ウエスタンミュージック、ブルーグラスミュージックが流行っ

たことがありました。どんなわけか、小学校の時、ハンク・ウイリアムズが好きでした。


この「想い出のグリーングラス」、1965年頃に歌われ、森山良子さんあたりが有名でした

が、キャンディーズ、森昌子さんあたりも歌っているようでした。(You Tube参照)


メロディーが爽やかなためか、青春時代の音楽と、とらえがちですが、実は知る人ぞ知

る、そんな甘い音楽ではないのです。


The old home town lookde as same

As stepped down from the train

And there to meet me was my Mama and myPapa

Down the road I looked  and there was Mary

Hair of golden and lips like cherries

Was good to toch the the green green grass of home

(以下面倒くさいので略、何しろ英語は3でしたから)


さて、意味は、頭の良いあなたにはお分かりと思いますが、私のまずい意訳、誤訳で・・・


故郷はいつもおなじ

汽車を降りると そこにはパパとママ

そして 道を見るとメアリーが走って来るのが

金髪でサクランボのような唇

緑につつまれた故郷って 良いもんだ


二番も同じような、故郷の素晴らしさを歌っていますが、問題は三番。


Then I awoke and look around me

At the four grey walls that surround me

And I realized that only dreming

thre's a garden and there's sad old paker

And arm in arm I'll walk at daybreak

The green green grass of home


yes,they all come to see me

In the shade of of old oak tree

As they lay me'neath

The green green grass of home


そして、目覚めてみれば 

灰色の壁の部屋の中

そうなんだ 僕は夢を見ていただけなんだ

看守と 悲しい顔した 老人の牧師

夜明けには 腕を取られ 歩いて行く 

緑につつまれた 故郷を 思いながら


そう みんなが僕に会いに来る

古い樫の木の木陰 僕を横たえてくれるために

緑につつまれた 僕の故郷


この歌、実は死刑囚が、死刑執行の前日に見た夢の事を、歌ったものなのです。死んだ

後に、本当に故郷へ帰れると言う事です。日本では、ほとんど三番は歌われませんね。


このCDではジョニーキャッシュが例の渋い声で歌っていますが、森山良子さんとは、まっ

たく別の歌みたい。どちらが良いかは、人それぞれでしょうが・・・


久しぶりに聞いたら、やはり良い歌ですね。ただ、三番まで歌うとすると、歌い方も変わっ

てくるでしょうし、難しいでしょうね。


20年ぶりに、英語を打ったり、訳したりしたので、間違い、誤訳もありますが、そこらへん

は、よきにはからえ。(平家物語を見ながら書いていますから、口調がうつってしまって、ス

ミマセン


よきにポチせよ。お願いねm(_ _)m

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2012年10月27日 (土)

伊能忠敬地図展・島原測量200周年★雲仙岳災害記念館~島原市

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昨日は、「和牛のj祭典・島原会場」の事を書きましたが、この会場が、島原復興アリーナ。

おもにスポーツがおこなわれる会場ですが、道を隔てた所に、雲仙災害記念館がありま

す。


雲仙災害の記録を風化させることなく、後世に残すため、その当時の記録が残してあり、

また、体験学習できる施設です。


その、施設で、伊能忠敬が島原測量をした200周年を記念し、「伊能忠敬地図展」が開催

されていました。


今年だったか、佐賀市で伊能忠敬の地図展があり、体育館一杯地図をひろげた展覧会

で、うらやまし思いをし、やはり、長崎まで来ないのは後進発展途上県なのかと悔しい思

いをしていていたのですが・・・今回、この「伊能忠敬地図展」が開かれるということで、やっ

た、と思ったのですが、残念ながら、ミニ展でした。


伊能忠敬については、「四千万の男~井上ひさし」ということで、書いたこともありました

が、「和牛の祭典」の近くの会場。一石二鳥ということで・・・・

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レプリカだそうですが、方位盤、像限儀、わんからしん。


これが「わんからしん」だそうですが、立てても水平が保たれ、360°の目盛りと、十二支

の方角を示す目盛りが刻まれています。確か、井上ひさしさんの小説にも出てきます。

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あの時代に、こんな道具で、あのような正確な地図が作れたと、伊能忠敬の天才性と努力

に関心しました。


さて、伊能忠敬の地図で、二つ確認したかったことが。


ひとつは、千々石町内の道が一部つかめない部分があること(私的に)。

もうひとつは、潜伏キリシタン関係で「コリャード徴収文書」というのがあるのですが、この

中に、「千々石村 大津留 キリシタン書付」と言うのがあり、7名の名前が書いてあるの

ですが、この「大津留」という地名が小字名を調べてもなく、郷土史家の方に尋ねても、ま

ったく分からず、ひょっとしたら、忠敬の地図に記載されていないか、淡い期待を持ってみ

たのですが、予定どおり、大字までは書いてありましたが、小字までは書いて無く、残念で

した。

第一の問題もはっきりしませんでした。こちらは別口の地図があるので、確認だけでよか

ったのですが・・・

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しかし、まあ、あの時代にこれだけ正確な地図がかけたものだと、頭が下がりました。実

際のものを見て、新たに感動をした一日でした。


スマートフォンでも、地図が利用できて、良い時代になりました。明日もスマートフォンを見

ながら、どこかへポチポチと。ポチポチね。

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2012年10月26日 (金)

和牛の祭典・島原会場(全国和牛能力共進会)★牛はどこだ~島原市・島原復興アリーナ

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和牛の祭典が、今日から長崎の島原会場でも開催されるとか。おいしそうな牛さんがいた

ら、少しお尻あたりを削ってこようかと、包丁を研いで、ひそかに持っていったのですが、

会場によって、内容が違うらしく、牛さんがいるところは、佐世保の会場だとか。残念。

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日曜日まで開催だとのことで、今日、朝から出かけていったら、あいにくの雨。おまけに駐

車場も、ほぼ満車状況。土曜、日曜お出かけの方はお早めに。

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出店も多く、平日にもかかわらず、結構な人出。一番多かったのが、長崎和牛の試食コー

ナー。食べたかったんですが、行列なのでパスしました。

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一番上の写真のお肉が、ここで焼かれてるお肉みたいでした。少し、削ってこようと思った

のですが、人目が多すぎて・・・

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参考になるかどうか、会場図を貼っておきます。クリックすると拡大します。


なお、味わいのエリアでは「B-1グランプリコーナー」「富士宮焼そば」「津山ホルモンうど

ん」「日田焼きそば」などの出品。

「ザ・北海食道」では「漁師のカニラーメン」「炭焼き本ズワイかにの甲羅盛り」など。

「かざべこ市場」では、県内外の特産品の展示、販売、17店舗。

「ご当地グルメ大集合」は27店舗。

「ジオまるしぇ」では島原半島の物産展、43店舗。

「長崎実り・恵みの感謝祭」では、長崎県内の新鮮野菜、水産物など48店舗。

残念ながら、全国各地のブランド牛の食べ比べはできないようです。



まあ、これだけあると、あちらこちら、少しずつ試食をしていくと、お弁当もなにもいらない

んじゃないんですか。ご家族でお出かけを。


なお、そのほかイベントもいろいろあるそうです。多分大混雑する感じですから、お出かけ

はお早めに。


ところで牛はいませんかね。ポチッと削らせて欲しいな。

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2012年10月25日 (木)

体温計いろいろ

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20年ぶりに熱がでたのを記念して、体温計を一つ買ってきました。


左の4本がいままで使っていたもの、と思っていたら、今日、水銀の体温計が3本、デジタ

ルの体温計が2本出てきました。合計9本。買ってきたのを入れると10本目になります。

風邪をひきそうになったとき、買ってきたものが、たまったものとみえます。



さて、買うにあたって、体温計の事を調べてみました(なにか小学生の自由研究みたい)。

昔は、写真一番左の水銀を使ったものばかりで、小さい時は、中の水銀柱を手で振って

下げるのが楽しみでしたが、なかなか難しく、ちょっとしたコツなんですが、これを、5分ば

かり脇の下に挟んで、じっとしていなければならず、まだかまだかと思っていたものです。


これに、変わったのが「サーミスタ式」で、電子回路で体温を測定するものですが、「実測

式」と「予測式」があります。デジタルの体温計です。


「実測式」はセンサー部分が、体温と同じになったとき、終了。「予測式」は温度の上昇

を分析・演繹することで、最終的な値を算出するもの。体温計を買われる時、裏の表示を

読むと、「予測」とか「予測+実測」などと書かれてあります。よく、お確かめを。


さて、体温はなんと、体内の温度を測ることだそうです。といっても、わきの下などを、しっ

かり締めておけば、体内部の温度が反映するそうですが、わきの下で10分くらいかかるそ

うです。私のでは、「実測」で測るときは10分ほどかかります。より正確さが必要な時は、こ

ちらのほうで。


ちょっと変わった体温計がないか調べると、「舌下温」。舌の下に入れて測るもの。洋画な

んか見ていると、熱を測るのは、ほとんどこの場面がでてきて、わきの下で測るシーンは

ほとんど出ていませんね。ちょっと、かっこいいので、これ買おうと思っていたのですが、田

舎のドラッグストアー、残念ながらありませんでした。


「直腸温」、もちろん肛門から入れて、体温を測るもの。前立腺の検査で、入れるのは慣

れていますから、これをと思ったのですが、これも無し。


「鼓膜温」耳から入れて測るもの。これも無し。あと、赤外線などを使った、「非接触性体温

計」、体に接触させないで、おでことかで測るもの。もちろん、これも無し。


結局は、ごく普通の体温計を買ってきましたが(予測+実測)、なんと15秒で体温が測れる

というもの。


買っては来ましたが、これで、本当に測れるのか、心もとないものがありましたが、試して

みたらちゃんとしたもの。15秒でなく、実測の10分間も試したのですが、同じ値でした。

他の体温計でも試しましたが、ほとんど変わりはありません。



やはり、日本の技術はたいしたもんですね。そういえば、10年以上前買ったのに、まだ、

十分使えるものばかりです。


なお、余談ですが、体温計は42℃以上は測定できないそうです。体温が42℃を超えるよ

うな、生命の危機にある状態では、正確な体温を測ることは、あまり意味がないからだそ

うです。  (参考:ウィキペディア、体温計会社ホームページ)


熱も下がってきたし、ポチポチと、ポチポチしてみようかな?ポチポチよ。

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2012年10月24日 (水)

小浜神社の天井絵~雲仙市小浜町小浜神社

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小浜には、小浜神社と劔柄神社があり(その他にもありますが)、小浜神社は島原領主松

平忠房公の命により小浜大明神として建立し、のち小浜神社として祀ってきたそうです。


劔柄神社も同じ頃の建立だそうです。その後、多分近年でしょうが、新しく社殿を立て、小

浜神社として合祀をして、現在の小浜神社になっています。鳥居の横に残る、額束。

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旧小浜神社跡、昔の写真を見ると、立派な建物だったようですが、合祀したとき、このよう

に作り替えたのでしょう。

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灯籠には寛政六年の文字。天井には絵が描いてありましたが、これは、移転したときに、

記念として新しく描いて、奉納したものでしょう。


さて、下の方が現在の、小浜神社の本来の天井絵です。旧の小浜神社から移設したもの

でしょう。

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かなり色あせていますが、ガイドブックの史跡巡りには「大蛇」と書いてあります。「龍」のよ

うな感じ?


作者不明ですが、金箔を使って、一夜で描いたそうです。これだけ大きなもの、かなりの

実力を持った絵師のものだと思われます。実に生き生きとしています。



さて、この大蛇、口伝によると、寛政四年の島原地震の折、天に舞い上がり、大津波が来

るのを告げ、普賢岳から流れる溶岩を身をもって防いだそうです。


なお、「フルベッキの写真」まだ、無事にかかげてありました。

小浜神社に寄られたら、天井絵、玉垣額之助の祈念碑、フルベッキの写真は是非ご覧下

さい。  (参考・引用:「小浜町史談」「おばまー史跡巡りガイドー」より)


日に日に寒くなってきます。風邪にはポチポチ注意しましょう。ポチポチよ。

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2012年10月23日 (火)

小浜神社秋祭~雲仙市小浜町

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土曜日は、千々石温泉神社の秋祭り。日曜日は、隣町の小浜神社の秋祭り。特に、浮流

があるというので、見物に。


バッハも良いし、モーツアルトも良いし、マーラーも良いし、シューベルトも良いし、フィリッ

プ・グラスなんて、現代音楽家も好きだし、グレゴリアン・チャントには心洗われるし、アタ

ワルパ・ユパンキ、チーフタンズもほとんCDそろえたし、ジャズも大好きだし(なにかこう

書いてみると支離滅裂だな)。


それでも、この浮流というのは、心引かれるというか、西洋音楽では、考えられないけれ

ど、笛のピッチは不揃いで、でも、これが、日本の音楽かなと思うわけでありまして、この、

鄙びた感じ、なんで、こんなに好きなんでしょう。


小浜には、富津地区の富津浮流と、木指(きさし)地区の木指浮流があるそうですが、今

年は、木指の子ども浮流でした。この木指浮流、昭和38年に途絶えたそうですが、平成9

年、34年ぶりに復活したそうです。よく覚えていた方がおられたものだと思います。

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こうして、神社を背景に見ると良いもんですね。笛と太鼓も、たまりませ~ん、という楽の音

(ひょっとしたら、私、浮流フェチかな?)。太鼓も、4人の小さな子どもで、代わりばんこ

に叩いていました。カワイイですね

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この後、商店街を通って行きましたが、多分、お花もたくさん付けてもらった事でしょう。


神社の前には甘酒が置いてあって、「ご自由にお飲みください」の張り紙が。美味しかった

ですね。昼飯を食べなくても良いように、たらふく飲んできました。ごちそうさまでした。


なお、昼から、子ども相撲大会(玉垣額之助の出身地ですから)、演芸会もあったみたい

です。白鳳とか、日馬富士とか、髷をつけたプロの力士も、ウロウロしておりました。(なに

せ、近眼で、老眼で、乱視で、白鳳と日馬富士に見えたんですが・・・責任もてません。)


相撲も、見て行きたかったのですが、この日、多少調子が悪かったので、家に帰りました

が、2~3日前書いたように発熱。歳のせいか、20年ぶりの発熱で、ちょっと体がきつい

ので今日はこれまで。


今日は、朝から久しぶりに、ポチポチと言うより、ザーザーと雨が降っていました。

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2012年10月22日 (月)

とんちゃん!おめでとう!!~「B-1グランプリ」銀賞・対馬市

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昨日から熱がでて、カミサン優しくしてくれないかなと、期待していたのですが、「期待があ

るから絶望がある」というのは、本当ですね。


さて、臥せったまま新聞を読むと、北九州で開かれていた、ご当地グルメの「B-1グラン

プリ」で 、対馬の「とんちゃん」が、銀賞をとったとの記事が。


実は、数十年前、私も対馬に3年半ばかり赴任していて、賄いつきの下宿でしたが、土曜

の夜は、いつも、この「とんちゃん」でした。


豚肉を、甘辛のダレにつけ、焼くだけのものですが、タレは各家庭によって微妙な違いが

あるようでした。


この「とんちゃん」が、出場することは知っていたのですが、まさか、銀賞まで取るとは。思

わず、お~、という歓声をあげ、あの頃、一緒に仕事をしたり、遊んだりした人の顔が思い

出されました。


さて、ついでに、対馬にはもう一つ「いりやき」と言うのが、あるのですが、下宿のおばちゃ

んが、今日は「いりやきだよ」、と言うので、なにを焼くんだろうを思って食堂に行くと、なん

と、よせ鍋。


これはなにと聞くと、これが「いりやき」。意味不明なれど、郷に入れば、郷に従えで

そのように思うようにしました。


この「いりやき」、忘年会の時など、良く作りましたが、一隊は山に入って、シイタケをとって

くる係。対馬は山の中にいくと、シイタケ栽培をやっておりますので、「もらっていきます、あ

りがとうございました。」と、一声かけて、もちろん、誰もいませんが・・・もう時効です。


あと一隊は、もっと山の中に入って行って、山芋掘りの係。ここらで売ってあるものとは、

全然違いますね。横綱と序の口、象と蚤、マリリン・モンローとうちのカミサン、アインシュタ

インと私の頭脳。


これに野菜をいれて、鍋にして食べますが、最後に、そばを入れます。これも職員のおば

あちゃんが、そば畑を持っていて、石臼でひいて、「何時ころ食べるね。」と、時間に合わ

せて、作ってもらいました。田舎そばですが、おいしかったこと


私は、鶏の係で、地鶏を買ってきて「南無阿弥陀仏」は他の方にやっていただきましたが、

あと、羽をむしり、腹を割き、内臓をあらい、ぶつ切りにし・・・都会育ちの、ひ弱な私は、最

初はおっかなびっくりだったのですが、3年半もやれば・・・焼鳥屋だってできますよ。


魚は、親父が漁協の方がおり、良い魚を食いきれないくらい食べました。

グルメ、グルメといいますが、考えると、対馬に住んでいたころ、あれが本当のグルメだっ

た気がします。あわび、さざえ、ウニもよく食べました。


対馬は過疎の島で、最近韓国からの観光客が増え、一息ついているみたいですが、皆さ

んも対馬へどうぞ。良いところですよ。


頑張れ「とんちゃん!」、がんばれ「対馬!」、ついでに「ポチ」もがんばれ!

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2012年10月21日 (日)

この一曲~村祭・2012 温泉神社大祭(長崎縣雲仙市千々石町)

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近ごろは、あちらこちらと、秋祭りが始まっています。千々石の温泉神社でも、昨日、祭が

開催されました。


以前書いたように、千々石には7名(みょう)あって、当番で祭を実施します。7年に一回で

す。各名出し物も、棒踊り鍬踊りなど特色があります。


今年の当番町、南船津は、銭太鼓(棒の中に銭を入れて、回したりして音をだし踊るも

の)。皿踊り、鯨曳きです。神社で神事の後,出発。


銭太鼓の方。

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皿踊りの方。右手に皿を2枚持って、打ち付けながら音をだしていきます。

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子どもの鯨曳き、少子化のため、大人も加わっています。

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残念ながら、車付きの御神輿です。担いだ方がかっこいいんですが、何せ距離が遠くて。

もっとも、最近はトラックで運ぶところもあるとか。

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商店街の中を、道踊りして行きますが、この日は、天気晴朗なれど、暑すぎて、踊り子さん

は大変だったと思います。

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御旅所で、奉納踊り。銭太鼓はピッタリ揃って、随分練習したんでしょう。

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鯨曳き、子どもも、御旅所にくるまで、かなりへたばったんでしょう。「しっかりせんか」とカ

ツを入れられていました。


本当は、演芸会もあるのですが、人数不足のため今年は中止になっていました。

祭が終わると、もうすぐ冬です。年賀状の用意をしなくっちゃ


昨日暑い中、半日つきあい、どうも具合が悪いと思って、,いま熱をはかったら38度。もう

寝ます。カミサン優しくしてくれるかな?ポチだけは忘れないでね。


歌を書くの忘れていました。具合がわるいので、一番だけ。



村 祭

村の鎮守の 神様の

今日はめでたい 御祭日

どんどんひゃらら どんひゃらら

どんどんひゃらら どんひゃらら

朝から聞こえる 笛太鼓


いい歌ですね。日本の原風景といったところでしょうか。祭は、いつまでも、残して欲しいも

のです。

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2012年10月20日 (土)

宗方の岩どんさん~長崎県諫早市★お昼ごはんは「フェローズ」さんで

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いつも愛読している、山口八郎氏の「諫早を歩く」を読んでいると、「宗方の岩どんさん」

というのが載っていて、いつも、諫早に買い物行く道から、1.5㎞入り込んだところだと

か。買い物のついでにちょっと寄ることに。


諫早~愛野の間に小野小学校がありますが、小野小学校の諫早側の道から入ります。

愛野側にも道はありますが、こちらは諫早の三大景勝地「金比羅さん」に行く道です。いつ

か、紹介はしたいと思っています。


しばらく走ると、二つの大岩、どうして、この岩だけ残っているのか摩訶不思議です。高さ3

0mくらいあるそうです。問題は赤の四角で囲んだところです。


さて、近づいていくと、

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右の建物には、仏像等が置かれていました。元来、この右の方に「性空寺末庵痴雲寺」が

あったそうです。性空寺の文書に「性空寺末庵痴雲寺」「右庵往古から旧跡に御座候を、

元禄年中桂巌塔所に中興仕候事」とあるそうですから、古い霊場だったと思われます。


残念ながら、昭和32年の諫早大水害の時、この上の金比羅さんからの山津波が寺を一

呑みにしたそうです。

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「痴雲寺」があったところで、現在は「宗方ゲートボール愛好会」が管理をしているそうで

す。車が止まっているところがゲートボール場。

右が愛好会の建物です。ちょうど昼食時間だったのですが、少しお話を。


さて、この岩と岩の間、「諫江八十八カ所の第五十一番札所」があります。

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かなり古い石造物もいろいろとありますが、これは「痴雲寺」に残っていた物をここに集め

た物だそうです。

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年代を見るとかなり古い物ばかりでした。

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お魚咥えたではありませんが、地蔵さんが持っているカゴのなか、お魚さんが入っていまし

た。こんなの初めて見ましたが、愛好会の方に聞くと、お魚さんが獲れるようにとの地蔵だ

ろうという事でしたが、恵比寿さんとケンカにならないのかな?


さて、いよいよ問題の所です。

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岩の上の方に、「南無観世音菩薩」と彫ってあります。下の方は木が邪魔で見えません。

先ほどの、ゲートボール愛好家の方によると、昔は気づくものもあまりなく、数年前、足場

を組んで金泥を塗ったそうです。いわれについては、まったく分からないそうです。


日本の信仰を見て行くと、石とか、特に大きな岩に精霊を感じるのでしょうか?あちらこち

ら見て行くと、巨岩の所に神様が祀られていることが多いようです。

でも、どうしてこんな所に「南無観世音菩薩」と掘り込んだのでしょう。


★お昼ご飯は「フェローズ」さんで

今日も、うちのカミサンどこへ行ったやら。

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海の見えるレストランですが、建物自体は40年ほど前できたもので、当時はここから、ハ

ングライダーが飛んでいました。中でも食べられますが、今の季節、テラスの方で食べる

のがベターでしょう。

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お昼のランチ、鶏とキノコの和風スパゲッティです。


場所が分かりにくくて、というより、国道には看板が出ていないもんで・・・

国道251号線を橘湾沿いに走ると、「杉谷本舗橘店」がありますから、そこの横の道を入

っていった所です。ちょっと隠れ家的な所です。海でも見ながら、どうですか?

(参考・引用:山口八郎「諫早を歩く」より)


今日10月20日は頭髪の日、10(とう)、20(はつ)。抜け毛がポツポツあって、気になる

お年頃。ポツポツ。

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2012年10月19日 (金)

河童の行司地蔵さん~雲仙市小浜町★お昼ご飯は「さくらや」さんで~諫早市森山町

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小浜の公立病院近く、山の上浄水場付近に、かっぱ様が祀られているとかで、病院に見

舞いに行ったついでに、探していたら、川のそばにありました。

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浄水場が3カ所ばかりあって、一番上の方でしたが、左の写真、川を渡ったあたり。右の

写真、左側の白い祠には「山の上 水神神社改築 平成六年九月十三日」と書いてありま

した。かっぱ様は赤の四角のところ。石の上に鎮座しておりましたが、見てみると、どこか

ら見ても、行司さんの姿。

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頭には烏帽子、手には軍配、左の腰には刀らしきもの。

「民間信仰事典」によると、「河童は性状として、相撲を好み人に挑む。」「夏祭りの神饌で

あるキュウリを好むのは、河童が零落してもなお水の神の痕跡をとどめている証拠であ

る。」とあり、「民俗学事典」にも、「もとの形は水神少童とでも名づけられるものであったろ

う。実際に河童を水神として祀り、あるいは河童祭りをしている所がある。」とも書いてあり

ます。



この場所には浄水場もあり、水も湧いています。相撲が好きで、水神様として祭られたの

でしょうか?でも、行司姿とは、何かあるのでしょうか?


この地蔵のいわれについては、調べると「おばまー史跡巡りガイド-」に「かっぱ様」として

存在が書かれているだけで、近所の方は、存在すら知らない感じでした。不思議な地蔵さ

んでしたが、近くにもいろいろ面白いものがあるもんですね。


★今日のお昼ご飯

昨日も今日もカミサンが留守で、外食でした。諫早市の森山町のおそば屋さんへ。店は知

っていたのですが、入るのは初めて。国道から入ったところですから、初めての方には、

ちょっと分かりにくいかも。唐比の国道付近に小さめの看板が出てはいます。

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外は普通ですが、入って見ると、おっ、と言う感じ。

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彫り物がたくさんありますが、ご主人に聞くと、チェーンソウで作る彫り物だそうです。こち

らの方も本職らしく、イベントなどにも呼ばれているとのことです。

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外の方でも、ゆったり食べられます。


こだわりの店らしく、そば粉は、無農薬栽培農産物(農林水産省表示ガイドラインによる)

に適合した栽培法で、栽培されたそば粉。


だしは、天然利尻昆布、枕崎産のかつお、宗田節削、さば節削、むろ節削、うるめ節削を

使ったもの。わたしは、板蕎麦と、まぜご飯を。

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ちょっと変わって、美味しいところです。皆さんも是非どうぞ。コーヒーはセルフサービスで

飲み放題。くどくど書いていたらホームページがありました。詳しくは→こちらをクリック。


お蕎麦はつるつる、下をポチポチ。

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2012年10月18日 (木)

西正寺キリシタン墓碑群(八良尾キリシタン墓碑)・白浜キリシタン墓碑~南島原市:北有馬町・口之津町

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  (長崎県の文化財 昭和36年発行より)


以前、南島原市教育委員会企画、大石一久編集の「日本キリシタン墓碑総覧」について

書いたことがありますが、墓碑の分布について、「墓碑の総数は192基であるが、その7

6%にあたる146基が長崎県で確認される。しかもそのうち131基が島原半島にあり全

国の68%が集中しているが、131基中112基(58%)は南島原市で確認され、・・・」とあ

り、こちらも島原半島に住んでおり、以前、少し紹介をしましたが、その他、ちょこちょこ写

真を撮っているので、少しずつ紹介をして見たいと思います。


キリシタン墓碑は、現在、保護されていますが、昔は畑などに放置されたものもあり、ま

た、水神として祀られたりしていたものもあります。


上の写真は、口之津町白浜の昔の墓碑の姿です。


「長崎県の文化財」の著者の一人である、片岡弥吉氏は、本書で「昭和15年1月4日ここ

の砂取場から天草石(石英粗面岩)のカマボコ型キリシタン墓碑7基(全部が欠損或いは

半壊したものを見い出した。昔は墓地であったものが砂丘に埋没したものと思われる。」

と書いてありました。現在は、下の写真の様に保護されています。

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こちらの方は、北有馬町八良尾(はちらお)にある、墓碑です。八良尾は1588年(天正1

6)~1595年(文禄4年)の間に、通算2回セミナリヨが置かれたところです。


道路の案内標識には「八良尾キリシタン墓碑」と書いてありますが、現地の説明版また

「日本キリシタン墓碑総覧」には「北有馬西正寺キリシタン墓碑」と書いてありますが、同じ

所なので、お間違えの無いように。

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一番右の墓碑ですが、片岡氏の「長崎縣下發見キリシタン墓碑總覧」(昭和17年)によれ

ば、「底部に刳る掘りがあり、水盤に用ひられたことを思わせる」(日本キリシタン墓碑総

覧より)とあるそうです。

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発見当時の姿です。発見当時の具体的な場所は不明だそうです。

(参考・引用:「長崎県の文化財」「日本キリシタン墓碑総覧」)


「日本キリシタン墓碑総覧」は200部限定ですが、まだ入手可能なようです。興味のある

方はぜひどうぞ。「長崎文献社」で、検索を。


秋深しとなりはポチをする人ぞ。(なんのこっちゃ

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2012年10月17日 (水)

野岳登山~長崎県雲仙市雲仙岳・野岳

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ひとくちに、雲仙岳とは言いますが、雲仙岳と言う山があるわけではなく、「三峰五岳」とい

って、普賢岳、国見岳、妙見岳の三峰、野岳、九千部岳、矢岳、高岩山、絹笠山の五岳を

総称して、雲仙岳といいます。

この山々、登るルートが、いくつかあるところもあり、心臓病が出るまでは、毎週のごとく登

っていたのですが、この、「野岳」だけは、どうにも登り口が分からなく、適当に登って、ここ

らあたりだろうと思っていたのですが、これが、最近ネットで調べると大違い。


野岳は、仁田峠の駐車場の所にあります。写真の一番高いところです。駐車場の端か、便

所の階段の所から、歩いて行きます。途中、展望所があって、妙見岳、平成新山、反対側

はゴルフ場、諏訪の池、橘湾、天草方面が望めます。

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さて、ここから少し歩いて行きますが、道は良く整備され

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ハイキングコースにちょうど良い感じ。途中道の端を見るとイノシシが掘った跡が。た

だ、他の所よりは、荒らされていませんでした。高山で寒いせいか、下に降りていったので

しょう。

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途中、休息所がありますが、ここらあたりは、季節になると、紅葉が綺麗なところです。

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もう少し行くと、昭和24年5月26日に、昭和天皇陛下が九州巡幸の折、休息日だったそう

ですが、野岳に登られたそうです。その時詠まれ御歌の記念碑があります。

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手前は、元吉田茂総理大臣、元西岡武次郎長崎県知事による記念碑。赤の四角いところ

に昭和天皇の御歌が。

   

   高原に みやまきりしま うつくしく むらがり咲きて 小鳥とぶなり


なお、仁田峠で当時の宮内府長官が、「あのあたらりが阿蘇でございます。」との説明に、

昭和天皇陛下は「あーそう。」と言われたそうです。(これ、ダジャレですよ。)


ここから少し行ったところに、登り口の標識が。昔無かったので、分からなかった・・・

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少し登ったところに、大きな岩が重なり合っていて、間を通ることも出来るかな、と思ったの

ですが、メタボぎみの体で、はまり込んだら、遭難になるのか、目撃者がいないので、変死

体になるのか?岩を回り込んで、あとは急な斜面を登りました。そんなに、時間はかかりま

せんでした。


道が途切れ、一番高いところにでると、これ本当に頂上という感じ。他のブログにも書いて

ありましたが、2~3名立つと満員。

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本当にここ頂上なんでしょうね?昭和天皇陛下はここまで登られたのかな?

いろいろ調べると、どうも、本当に登られたみたいですね。ここ立たられたんでしょうか?

意外とタフな方ですね。

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頂上から見た、妙見岳、平成新山の眺めです。


不整脈もおこらず、無事帰還しました。おまけです。野岳に登らず、道をまっすぐに行くと、

九州電力の電波塔に出ます。以前はここらあたりが頂上かと思っていたのですが・・・

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子どもでも、ポチポチ登れますよ。

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2012年10月16日 (火)

2012 温泉神社大祭しめ縄作り~長崎県雲仙市千々石町 付録「三十路苑」情報・雲仙市小浜町

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千々石町には、7つの名(みょう)があって、持ち回りで、温泉神社大祭を担当でします。

今年は、南船津名が当番で、大祭は10月20日(土)に、お下りがあります。お上りは10

月21日(日)。それに、先だって、鳥居のしめ縄作りが、先日の日曜日に行われました。


これだけのしめ縄を作るのは一日がかり。

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藁をすぐって(ハカマ、ゴミを取り除くこと)、藁を打って、柔らかくし、藁を編んでいき、荒縄

を作ります。


このあと、荒縄を編んで、しめ縄にするのですが、写真を撮りに行ったときは、もう終わって

いて、ここの写真はパス。一番良い所なのですが。スミマセン

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このしめ縄を、鳥居に付けるのが大仕事で、何しろ7年に一度ですから、ああじゃない、こ

うじゃない、もう少し右とか、下げろとか、外野がわいわいやりながら、一番上の写真の様

に立派にできあがりました。


南船津名のお下りは、「銭太鼓道踊り」「皿踊り道踊り」「鯨曳き」で、海岸の御旅所まで、

商店街を通って、10カ所道踊りがあるそうですから、写真愛好家の方は是非どうぞ。


長崎の「くんち」「精霊ながし」「ランタン祭」など、大きな祭も良いですが、田舎の祭もなか

なか風情があって良いものですよ。


飾り終わって、田んぼをみると、刈り取ったばかりの田んぼが、夕日で綺麗でした。しばし

見ていましたが、こんなことに感動する歳になったかと思うと・・・・

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付録

去年のアクセスを見ると、小浜~雲仙の途中、モミジの名所「三十路苑」に関することが多

く、10月20日現在の状況です。

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まだまだですね。オーナーの方に聞くと、来月27,28日頃が、見どころだろうということで

した。


暇だったら、祭、ポチと見に来てね。10時から神事、10時50分から踊り行列出発です。

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2012年10月15日 (月)

2012 島原旧車ミーティング その2~長崎県島原市

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土曜日の続きになります。島原の「旧車ミーティング その2」です。


懐かしのダイハツミゼット。これは、丸ハンドルですが、最初はバイクと同じバーハンドル

で、扉がついて無かった記憶が。大村崑さんがCMをやっていました。

雨の日に、急カーブで、三輪でバランスが悪いのか、コロッと転ろびましたが、運転手さん

がでてきて、どっこいしょと、起こしてそのまま走っていった記憶があります。


ホンダのS600。これだけピカピカに、レストアするのに、いくらぐらいかかったのか

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S800も負けていませんよ。

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ダットサン2000。トヨタの800が出てないのが残念でしたが。

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ダントツに多かったのは「ハコスカ」でしたが、「ケンメリ」が一台。はやり、後から見る姿が、

一番良いですね。ハンドルの右に、2本のバーが。ライト用と、ウィンカー用。左にウォシャ

ー用の、少しずんぐりしたレバーがあります。写真の左上に、箱形の物が少し見えますが、

多分、後付け用のエアコンでしょう。あの頃は、車に純正エアコンなんて・・・

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縦目のグロリア。凄い貫禄。懐かしき「ホンダN360}、良く見かけたものです。

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マツダの三輪。これもよく見かけました。右、「ピアピア日本グランド」と書いてありました

が・・・

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さて、バイクはなんといっても、「カワサキW1」が多かったのですが、メグロも何台か出てい

て。これは珍しく、右の写真、ウィンカーが付けてありますが、オーナーの方に聞くと、後付

けしたもので、最初は何にも無かったとのこと。車も少ない時代で、多分、右折、左折につ

いては手信号(今の教習所では教えているのかな?)で指示していたのではないかとの事

でした。

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ミニバイクさんも参加。ゴリラに、モンキーに、ダックス。CB72、250cc。レース用改造か

な?

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どうですか、このピカピカのW1。中古だったら程度の良い車一台買えますよ。

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皆さん、自慢の愛車を展示して、やはり、話を横で聞いていると、専門的ですね。


来年は私も出車しますよ。映画の「007」にも出ていた「トヨタ2000GT」をひっさげて。た

だし、段ボールで作って。(各写真クリックすると拡大します。)

(島原旧車ミーティング終了)


お金がもう少しポチとあると、私も手に入れるんですがね。

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2012年10月14日 (日)

この一曲~ラジオ体操

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ご近所の、小中学校に運動会を見に行くと、今は、最初にストレッチをやるんですね。

昔は、必ず、ラジオ体操だったんですが、どうも、このストレッチ運動、いつから運動会に

取り入れられたのか、今や全国的でしょう。見ていて、何となく、気が抜けるような感じ。


さて、最近はラジオ体操が見直されて、お医者さんにいったときも、「時間がないときは僕

はラジオ体操をやっているよ」とのこと。


思えば、小学校の夏休み、6時半に子ども会で集まって、ラジオ体操をしていたもので

す。今でも、曲が流れると、自然と体が動き、何年たっても覚えているもんですね。


さて、現代、お若い親の方が、めんどくさいのか、土曜日、日曜日、お盆はお休み。時間が

早いので、テープを使い、時間をずらして、7時とか、7時半に。何を考えているのか、日本

の将来はどうなるんでしょう。


お母さん方も、一緒にやれば良いですがね。この本に、書いてあります。「これは特に女性

に嬉しい効果かも知れませんが、美脚、小尻になる、二の腕が引き締まる、バストアップ

る、姿勢が良くなる。」良いことばかりじゃありませんか。おまけに美人になる、とは書い

てありませんでしたが・・・


でも、ラジオ体操、きちんと出来る人は少ないですね。出来れば、効果を高めるために、一

つ一つの動作を正確に覚えてください。


さて、いかがですか、明日から6時半に起きてラジオ体操は。早寝早起きの、規則正しい

生活にもなりますよ。子どもさんも、親のマネをするでしょうし、早寝早起き、規則正しい生

活を送る子は、成績が良いとの事ですよ。


私も、明日から早起きしてラジオ体操をやって見ようかな・・・・3日で終わるだろうけれど。


ところで、「ラデオ体操第4」。知ってますか。YouTubeでやってますが。是非ご覧下さい。

凄いですよ。「ラデオ体操第4」→こちらをクリック 。よい子の皆さんはマネしないように。


1,2,3,4,ポチ、ポチ、ポチ。

 

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2012年10月13日 (土)

2012 島原旧車ミーテイング その1~長崎県島原市

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先週の日曜日、島原復興アリーナで「島原旧車ミーティング」が開催されたので、出かけて

みました。坂本龍馬のお出迎え。後の山は平成新山。龍馬さん、ここへ、設置するにはい

ろいろあったのですが・・・


あまり、出車はないのかなと思っていたら、県外からも多く、ビックリしました。若い人から、

中高年の方まで、若い方には新鮮に見えるでしょうし、それなりの年の方には、懐かしいだ

ろうし・・・・


さすが、ポルシェ、ど凄い迫力。

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ダットサン・フェアレディー2000CC。良いですね。後ろ姿なんか最高。

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説明を全部付けようと思っていたのですが、ちょっと多すぎて、あとは写真を貼っておきま

すので、各自楽しんでください。皆さんが若いとき、乗っていた車もあるかな?

各写真はクリックすると拡大します。

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まだまだあるんですが、まとめきれないので、続きは月曜日に。バイクもあるよ。


ポチポチと、安全運転でね。

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2012年10月12日 (金)

小浜のつりスポット!(埋め立て地周辺)~長崎県雲仙市小浜町

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秋たけなわ、天気は良いし(長崎は)、休みだし、釣りでも行ってみようかという方に。


この、看板、小浜温泉観光協会がスポンサーで、平成20年度卒業の、小浜小学校の生

徒が描いたらしく、町内のあちらこちら、名所案内板が架けてあります。この、案内板は海

岸近くの物産店の所に架けてありました。「小浜のつりスポット!!」


これは、多分魚釣りの好きな仲間が集まって、何回も試しに釣りに行って、描いたのでしょ

う。


小浜で釣れる魚。(各写真はクリックすると拡大すると思います。)

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春の釣りのポイントです。真ん中少し右上。赤い楕円の所が、イベントなどが行われる、マ

リンパーク。赤の矢印は、雲仙への道路です。魚が連れるポイントは色分けしてあります。

スズキ、あおりイカ、アラカブ、アジ、メバル。

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夏の釣りのポイント。私の好きなキス、ベラ、アジ、マゴチ。

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いよいよ秋の釣りポイントです。アオリイカ、タチ、アジ、タイが釣れるようですね。

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これからの冬のポイント。クロヒラアジ、アラカブ、アオリイカ、メバル。

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さて、私は魚釣りと、女釣りはしませんから、釣れなくても責任は持ちません。


ちなみに、ここには、日本一の足湯がありますから、釣れなかったら、足湯で楽しんでいっ

て下さい。足湯は無料です。


釣れなくても、ポチしてね。

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2012年10月11日 (木)

2012 白木峰高原のコスモス(10月11日)&昼食は「草ぶき」さんで~長崎県諫早市白木峰・森山町

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今日の新聞に、佐世保展海峰でコスモスが満開との記事が。


そういえば、うちの庭のコスモスも満開で、入場料を取って見せようかな、と思っているの

ですが、展海峰の15万本には、14万9953本ほど及ばず、止めました。


見に行ってみようとも思ったのですが、遠方で、体調がまだ戻らず、思い出したのが、諫

早の「白木峰高原のコスモス」。以前から知ってはいたのですが、行ったことがなく、近場

だから、出かけて見ました。


諫早の、少年自然の家に行く途中にあります。標高349メートル。さすが、肌がひんやりしま

した。ここには、20万本のコスモスが咲いているそうです。


平日のせいか、思ったより人出が少なく、ゆっくりと見られましたが、仲の良い夫婦連れと

か、若い時は、スマートだった思われる女性の軍団が闊歩したり、近ごろ多い、カメ女(本

格的カメラを持った女性)がパチリパチリと。もちろん、アベックも。


女性は、機械に弱くという偏見が多く、昔はほとんど○○チョンカメラしか持ってなかった

のですが、今や、すごいカメラを自由自在に使いこなしておりまして。良いことですね。いま

や、男性はあてにならない時代ですから。


私のカメラは、いつも愛用の、店頭展示品で買った、格安のデジカメ。おじさん一人でウロ

ウロしているのは、私一人でした。(ガールフレンドが欲しいな。カミサンは絶体イヤ

。)

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天気がよければ、有明海の方が望めるのですが、今日は少し曇って、残念でした。

今度の土曜、日曜はすごい人出になるでしょう。

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草そり場もあって、幼稚園の子どもが、よく動くこと。電池も入ってないのに。

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なお、すぐそばには、「コスモス花宇宙館」というのがあって、自然体験施設ですが、入場

無料です。ぶらりと寄ってみるのも面白いでしょう。


なお、150㎜屈折望遠鏡、400㎜反射望遠鏡もあって、天体観察会もやっておりますの

で、ホームページで確認をして、秋の天体を楽しむのも楽しいでしょう。


 昼食は、久しぶりに森山町の(国道沿い)「めん工房 草ぶき」さんへ

昼食時は、いつも一杯なのですが、早めに行ったのでゆったりと。屋根は茅葺きで、これ

だけでも大変だったっでしょう。

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たしか、奥様が美術の先生をされていたという話を聞いたことがありましたが、湯飲みなど

も、手作りだと聞きました、お品書きも手書きですか。特に、おそば、鰻はこだわりです。


医者に怒られて、少し痩せなければならないので、軽く「ざるコロ」を。ざるそばとコロッケと

おにぎり。650円也。

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この、そば湯が、黙っていても出てくるのは良いですね。これも手作りでしょう。

そば屋さんに行っても、頼まなければ、そば湯、出してくれないところが多くて・・


もっとも、長崎はどちらかと言えば、うどん屋さんが多く、そして、もちろんチャンポンの本

場なので、なかなか、そばの美味しいところには当たらないのですが。


わたしも、どちらかというと、本格的そば食いではなく、そば汁に、麺をじゃぶじゃぶ浸けて

食べる方なので・・・偉そうなことは言えません・・・


じゃぶじゃぶと、ポチして下さい。

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2012年10月10日 (水)

真面目な話★宇宙空間でのセ××スは可能なのか~十八禁

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今日は病院へ。でも、なぜ病院は午前中、患者さんが一杯で、夕方は少なくなるんでしょ

う。夕方から行けば、そんなに、待たなくても良いし、お医者さんとも、ゆっくり話せるのに。

みんな、気があせる人ばかりなのかな?


しばし、待ち時間があったので、病院の備え付けの本、「話のネタ帳」を読んでいたら、面

白真面目な話が載っていたので、ご紹介を。これは、米国のNASAも研究しているらしく、

真剣な話なので、一応書き写しますが、表現上問題があるので、その部分は「×××」で

書きます。勘の良いあなた、分かると思います。


将来、宇宙旅行など、宇宙滞在の長期化が予想されますが、それに伴って、宇宙船での

××××をどうするかの問題なのです。


「無重力空間では、血圧が低くなるので、男性の××力が落ち、×たない可能性が高くな

るのだ。

 かりに××したとしても、×位の問題が残っている。NASAの研究によると、無重力空間

では、正×位での××××は不可能で、20種類の××のうち、4種類の××はなんとか

可能で6種類の××は補助装備をつけることで可能になるという。

 それなら、男性が××さえすれば、××××できそうに思えるが、無重力空間ではさら

なる問題が待ち構えている。×液や汗、××が、宇宙船の航行の障害になりかねないの

だ。

 そもそも、無重力空間では、水分は非常にやっかいな存在である。×液や××が×外

からこぼれ落ちると、小さな水滴となって四散し、宇宙船内を浮遊してしまうのである。

 その回収はひじょうにむつかしく、×液や××が精密機械の中にはいってしまえば、機

器がダウンしかねない。

 宇宙船での××××は、それくらい危険な行為なのだ。

 また、宇宙には「宇宙酔い」という現象もある。少し動いただけで目まいがしてくるので、

××××の最中に宇宙酔いし、快感、×頂どころの話ではなくなる可能性も指摘されて

いる。」

との話でしたが、これでは、彼女と一緒に、ロマンティクに宇宙旅行とはいけませんね。ま

あ、あえて挑戦したい方は止めはしませんが。


なに?「×××」の所が全然分からない?ここでは書くわけにはいけないので、本を買っ

て下さい。わずか500円。その他にも、面白い話が載ってますよ。

(「その先が聞きたくなる 話のネタ帳」より)


宇宙旅行で××××とポチを。

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2012年10月 9日 (火)

「センゴク天正記 第15巻」「センゴク一統記 第1巻」~やっと発売

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体調思わしからず、かようなときは、軽い読み物でもと、本屋に出向けば、出ておるではあ

りませんか。「センゴク天正記 第15巻」。

「センゴク天正記 第14巻」までは→こちらをクリック


なにげなく隣の本を見れば

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「センゴク一統記 第1巻」。「センゴク」シリーズの第3部になるそうですが、買おうかどうし

ようかと思って、腰巻(注:業界用語で本の帯の事、これ、脱がせても、期待のものは見れ

ません)を読むと、端の方に「本能寺の変 前夜」と書いてあるではありませんか。買わな

いわけにはいかないでしょう。


このシリーズ、第1部が「センゴク」、第2部が「センゴク天正記」、そして、第3部が「センゴ

ク一統記」。第1部の「センゴク」も読んで見たいのですが、田舎の本屋の悲しさ。置いてあ

りません。


まあ、Aを飛ばしてB,Cといく時代(なんのことかって?あのことですよ。あなたも経験あるで

しょう)。と言うことで、第1部はスルーして。


「センゴク天正記 第15巻」は、武田家との戦いですが、上杉家と覇を争った武田家が、

なぜ滅んだか、よく分かりますね、。この本、やはり教科書に取り上げるべきですよ。


「センゴク一統記」。毛利攻めになりますが、「仙石権兵衛秀久」が、やっと主人公らしく登

場します。


毛利攻めの一環として、当時、豪族がややこしい所の淡路島へ使わされ、豪族をまとめき

れれば、大名への第一歩。失敗すれば・・・・


「センゴク一統記 第2巻」は、来年1月発売です。

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2012年10月 8日 (月)

稲刈り真っ最中~長崎県雲仙市千々石町

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昨日は、島原で旧車ミーテイングがあるとかで、行ってみると、懐かしい車とバイクが、ず

らりと並んでいました。写真を撮りすぎて、整理していますのでそのうちに。


天気が良すぎて、どうも具合が悪いなと思っていたら、軽い不整脈が出始めて、急いで

かかりつけのお医者さんに行ったら、治ってしまっておりまして、今日はおとなしく、ご近

所をぶらぶらと。


天気も良いせいか、あちらもこちらも、稲刈りの最中。前にも書きましたが、昔は、地域全

員で出て、刈っていたそうですが、今や、機械化で人影はあまり見当たらなくて、一人で稲

刈りをやっているところも。

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これ、コンバイン。正式には、自脱型コンバインというそうで、本来は、稲を刈って、脱穀し

て、精米ですが、このコンバインは、稲を刈り取りながら、脱穀ができる機械です。


太いパイプからトラックの方へ、脱穀した米が流れ落ちているのが分かると思います。あと

は、農協の、通称カントリーといっていますが、そこへ持って行って、精米してもらうだけで

す。


しばらく、話をしていましたが、暑い夏でしたが、だいたい平年並みの出来だそうです。

台風も来なくて良かったということでした。

Pa080603

こちらは、確かバインダーだったかな?昔は手で刈っていたのを、この機械で刈り取って、

稲の結束まで出来る機械。


あとは、架け干しにしたり、田んぼで乾かしたりして、脱穀します。この、架け干し米、干し

加減がなかなか難しいそうですが。

Pa080587 Pa080598

これ、昔、知った方から作っていただいた、ミニ俵ですが、今では俵を見ることは、絶無に

なりました。一俵が60㎏だったかな。これを、運んでいたんですから、昔の人は強かっ

た。

Pa080610

ぶらぶらしていると、はやばやと、イチゴが育ち初めていました。今から雑草取り、マルチ

を架けてハウスにして、大変な作業が待っています。特に、イチゴは病害に弱くて、気を使

う果実です。

Pa080572

さて、もうすぐわが家にも、頼んでいた新米が来るのですが、楽しみですね。何回も書きま

したが、日本棚田百選で獲れた米ですよ。


  新米や夫婦二合の米を炊く  sugikan   おそまつさまでした


某所でみた、果実でですが、この木なんという木なんでしょう?初めて見ました???

Pa080546

新米とポチで元気な毎日を!

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2012年10月 7日 (日)

この一曲~マジカル・ミステリー・ツアー★ビートルズ

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              (長崎新聞から)

今日は、朝から新聞を読んでいて、愕然としました。


「ビートルズ」、「007」が、デビューして50年だそうで、ということは、私もあの青春時代か

ら50年。


「007」といえば、初代のショーン・コネリー。7作品に出ていました。1930年生まれです

から、82歳ですか。007が持っている道具にいろいろな仕掛けがあって、面白かったで

すね。確か、日本を舞台にして、丹波哲郎さんとか、浜美枝さんとかも出ていましたが・・・


私は、ビートルズが出てきたときは、ジャズ少年で、あまり興味は持ってなかったのです

が、来日したときTVで見ましたが、まあ、すごい騒動でした。


髪型が不潔だとか、歌ってるんではなく、叫んでいるだけだ、音程が合ってない、聞いてい

る奴は不良だとか、随分、大人の非難も浴びましたが、今や、教科書にも出てくる具合。

時代の流れを感じます。

Img_0001

どんなわけか、「マジカル・ミステリー・ツアー」のCDだけは持っているのですが、これ、映

画のための音楽ですね。


「マジカル・ミステリー・ツアー」、」いわゆる「ミステリー・ツアー」で、映画のための音楽でし

たが、ビートルズのレコードレビュー曲「ラブ・ミー・ドゥ」から50年、我々はビートルズか

ら、随分と「行き先のない、不思議な音楽の旅」に連れていってもらった思いがします。



みんな集まれ ミステリ・ツアーに旅立とう

集まれ集まれ 世にも不思議なこの旅に


ジョン・レノンご存じのように40歳、ジョージ・ハリスン58歳で亡くなりました。

ポール・マッカートニー70歳、リンゴ・スター72歳。まだまだ、元気みたいです。


「光陰矢の如く」、「少年老いやすく、学なりがたし」。いや~、本当に実感する今日この頃

です。秋が来たせいかな?


あなたと、私の青春にポチを。

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2012年10月 6日 (土)

雲仙まで~古写真に見る

3

            (小浜町80周年記念誌より)

鉄道、バスができるまでには、小浜、雲仙に来るには、長崎の茂木港から船で来るか、

陸路、日見峠~矢上~有喜~愛津(愛野)~千々石~小浜、もしくは、諫早まで汽車。そ

れから、徒歩、人力車、馬車で来ていたそうです。

Photo

  (長崎県衛生公害研究所報 雲仙・小浜温泉誌 平成元年より)

茂木港からの汽船ですが、こうしてみると、思ったより大きな船です。乗客は多かったので

しょう。毎日2時に出港、江の浦、有喜、唐比、千々石を経由し、午後6時に小浜へ着いた

そうです。


さて、小浜へ着いたら雲仙まで行くのに(小浜で湯治で済ませる人もいたでしょうが)、一

番上の写真、チャーカゴ(チェアー)、これは四人で担ぐもの、下の写真、二人担ぐ籠、

馬、徒歩で雲仙まで登っていました。

ただ、多分いまの国道ではなく、、山道もあったと思いますが、大変な事だったでしょう。

Photo_2

 (長崎県衛生公害研究所報 雲仙・小浜温泉誌 平成元年発行 より)

明治42年の温泉(うんぜん)小浜案内記(平凡社:日本百選と土産品・名山・名湯 昭和5

5年)では、チャーカゴが3円、籠は1円50だったそうです。

Photo_4

 (長崎県衛生公害研究所報 雲仙・小浜温泉誌 平成元年発行 より)

こんな大名行列みたいな、一行もあったそうです。先頭の人力車に乗っているのは、西洋

人だそうです。よほどの大金持ちさんでしょう。

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           (小浜町80周年記念誌より)

雲仙への道路の整備、車の発達で、車が利用されますが、上の車の列は、昭和7年頃の

写真ですが、ゴルフ場へ向かうタクシーだそうです。雲仙のゴルフ場は大正2年に開設し

ています。雲仙には、外国人が多数、避暑に訪れていたといいます。


なお、「長崎県衛生公害研究所(現・環境保健研究センター?)」の報告書等はネットで公

開されていますので、興味ある方はご覧下さい。

(参考・文引用:「小浜町80周年記念誌」「長崎県衛生公害研究所:雲仙・温泉誌」



温泉でゆっくりとポチしましょう。

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2012年10月 5日 (金)

雲仙鉄道 その12~古写真で見る愛野駅・千々石駅

P9210479

現在の愛野駅です。「愛野駅~阿母崎(あぼさき)駅~吾妻駅」となりますが、一時この

「愛野駅~吾妻駅」の切符が「愛野吾妻(いとしのわがつま)」ということで、かなり売れたこ

とがあります。(ちなみに、愛しのわが妻、なんて新婚当時の幻想でしょうが・・・)


さて、いろいろ写真集をあせっていたら、意外と珍しい写真が出てきて。これは大正2年頃

の愛野駅だそうです。

Img

   (目で見る島原・南高の100年 監修:松尾卓次 郷土出版社)

これマジと言いたいのですが、明治44年に諫早~愛野間が開通しており、大正2年に諫

早~島原が全線開通しますが、その頃の写真だそうです。

Img_0001_3

        (長崎県衛生公害研究所報・第29号)

こちらは、「雲仙岳後援会発行:雲仙」 昭和2年 小浜町観光ホテル蔵」と注釈が入って 

います。ずいぶん違ってますね。

「小浜観光ホテル」つい数年前潰れましたが、知っていたら・・・


さて、千々石駅です。

Photo

   (長崎県衛生公害研究所報・第29号)

千々石駅の写真は、記念碑の下にプラットフォームの写真が印刷してあるの

ですが、この全景の写真を見たのは初めてでした。

P9100020

P9210483

この駅、全景の古い写真を見ていると、手前の方に欄干みたいなのが写っていますが、

今、記念碑が建っている後の方に溝が通っています。


と言うことは、どうも、この記念碑の後の畑の所に本来の駅があったのでは、と推理してい

るのですが・・・愛野町の愛津駅もやはり、本来は、記念碑の後の畑の中にあったそうで

すから。

Img_0001

           (目で見る島原・南高の100年)

愛野町~千々石間が開通した時の、開通式、大正12年の写真だそうです。人々があふ

れかえっていますが、それだけ、喜ばれ、珍しかったのでしょう。


朝夕寒くなってきました。人肌恋しい季節。ポチッとそばへ。

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2012年10月 4日 (木)

雲仙鉄道 その11~トンネル工事の写真

  Img_2

          (目で見る島原南高100年~松尾卓次監修・郷土出版社)

またも、しつこく「雲仙鉄道 その11」です。これまでの分をご覧になりたい方は、左のカテ

ゴリー「雲仙鉄道」をクリックしてください。


さて、「雲仙鉄道」と一括していますが、この間書いたように、当初は、愛野駅~千々石

駅と千々石駅~肥前小浜駅に別れています。


愛野駅~千々石駅は「温泉軽便鉄道」として会社を設立。その後、「温泉鐵道」に社名を

変更、最終的に、「雲仙鉄道」になります。


千々石駅~肥前小浜駅までは「小浜地方鉄道」として設立。その後、「小浜鉄道」に社名

変更。最終的に合併して、「雲仙鉄道」に社名を変更します。込み入ってくるので、最終的

な社名「雲仙鉄道」に統一して書いています。


さて、この鉄道の記録、写真等がなかなか見つからないのですが、K町の観光ボランティ

アガイドさんが、小浜町の富津に研修に行った折、私も参加させて頂きましたが、その

時、富津のボランティアガイドさんのMさんが何気なく取り出したのが、上の写真。


ビックリしました。聞いたところ図書室の写真集にあったとか。残念ながら、本の名前は忘

れたとかでした。


3日ほど図書室に通って(暇だから)、やっと探し出しました。「目で見る島原南高の100

年 松尾次監修・郷土出版」。その他、「小浜町八十周年記念誌」からも。

5_4                   (小浜町80周年記念誌)

これを見れば、機械の無かった時代、いかに困難な工事だったかが分かると思います。

Photo

                    ( 小浜80周年記念誌)

木津のトンネルに、汽車が走ってくるところです。

図書室を調べていると、他にも「長崎県衛生公害研修所」から出ている論文にも、面白い

写真があったので、明日はそれを含めてご紹介を。


線路は続くよどこまでも、ポチ、ポチ。

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2012年10月 3日 (水)

漁人(ふなと)市場「とっとっと食堂」・その正体は~長崎県島原市

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実は、どうしようかと数日間考えていて、まあ、島原まで行って、それから決めようかと。


「嶋原半島史」という本があって、千ページ弱の上、中、下、三巻。昭和29年に発行の本

ですが、ほとんど手に入れにくく、Amazonでも、中古の本で出ていますが、何しろ5万円程

度の本。


市内の公民館の図書室にも置いてあるのですが、どこかの誰かが、何十年も借りて行っ

ているらしく、三巻揃っている所はない状態。


島原城の近くの古本屋さんで見つけ、状態はあまり良くありませんが、他の所より安く、と

いっても年金暮らしでは高く。どうしようかと、島原城の周りをグルグル回っていると、いつ

しかお昼。まあ、優柔不断のみが取り柄の私。


昼になったので、とりあえず飯でも食ってと。どこで食べようかと思っていたら、魚料理専

門のお店を思い出して。来たのは初めてですが。

1

「とっとっと食堂」。「とっとっと」とは長崎弁。知人のために、取っている汽車の座席などを

他人が座ろうとするとき、「そこ、とっとっとですよ。」なんて使います。どこかみたいに「そこ

の座席は、私の知人のためにとっておりますから、ご遠慮ください」なんて、長ったらしいこ

とはいいません。「そこ、とっとっと」ですみます。


さて、この食堂は、島原市の湊新地町、上の写真の船着き場の近くに建っていますが、

ここの湊は、

3

1864年(元治元年)2月22日、勝海舟、坂本龍馬一行が、長崎に行くために、熊本から

船で着いたところなのです。雲仙を越え、当日は会津(愛津・現雲仙市愛野町)に一泊、次

の日には長崎へ着きます。


なお、この周辺は幕末、明治にかけ栄えたところで、北原白秋、与謝野鉄幹、種田山頭

火、竹久夢二(「島原巷談 精霊流し」を描いています)などが訪れた所だそうです。


さて、この食堂

4

その正体は、島原松平藩七万石の穀物倉庫だったのです。「殿様ん(とのさん)蔵」と呼ば

れていたそうです。


本来、この倉庫が五棟建っていたそうですが、三棟が台風、シロアリの被害で解体。残る

一棟も痛みがひどく、この倉庫だけが無事で、解体された倉庫の木材を利用して、梁や椅

子などに使っているそうです。


竹久夢二の絵が、飾ってあるので見て歩いていると、中年の女性から「説明しましょうか」

といわれ、近くの方らしく、昔の、ここらの様子を伺うことができました。なかなか、有意義

なお話でした。(美人の方でしたけれど、もう少し若かったらな・・・・)

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一日限定10食につられて、干し甘鯛の焼き魚を。おいしかったですね。家で焼いて食べ

るのとは大違い。


食堂の横には、生け簀で魚を売っていて、「ふぐ」をこちらでは「がんば」と言いますが、フ

グにあったって死んでも良いように、「棺」(がん)ばそば(棺をそば)に置いてでも食べたい

という意味ですが、その「がんば」が美味しそうに泳いでいて

5 6

カミサンのために、「キモだけ売ってくれない」と頼みましたが、断られました。


さて、本の方ですが、目をつぶって財布から金をだして買ってきました。

全部文章ばかりですが、最初に四十ページ弱、貴重な写真があって、もったいないので一

枚だけお見せします。以前にも書いたように、明治の廃城令によって、島原城も民間払に

下げ、解体されますが、その時の写真です。

Img_2

           (「島原半島の歴史」より~林銑吉編)

今の復元された島原城。

Dscn0097

帰りがけに、普通の本屋さんによりましたが、「楽園のカンヴァス」(1600円)、「屍者の帝

国」(1800円)、「天守再現 江戸城のすべて」(648円)、「ハーモニー」(1600円)、「天

草回廊 カクレキリシタン」(2000円)。プラス「島原半島の歴史」。(?万円)、その他、雑

誌「俳句」「週刊朝日」「夢(健康関の本)」「ビックコミックオリジナル」「ビッグコミックスペリ

オール」を買いました。そして、昨日はついに買いました「日本キリシタン墓碑総覧」(800

0円)。ばれたら、カミサンからおごられるな、間違いなく。


もっとも、金の心配より、死ぬまでに読めるのかな?

おまけに、図書館から借りてきている本が、五冊。どれから読んで良いのやら・・・


まあ、本より、これくらい彼女がいれば、楽しいのにな。本音をポチッとばかり。

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2012年10月 2日 (火)

西郷(にしごう)の板碑~長崎県諫早市

Pa020284

県指定の有形民俗文化財(昭和46年)「西郷の板碑」です。前から聞いてはいたのです

が、行ってみたら、なんと、市営住宅のアパートの前の広場に!

総合運動公園の近く「TSUTAYA」とか「docomoショップ」の後ろ側になります。


「板碑」とは、難しく言わなければ、極楽浄土へ行きたいと思う人々が建てた、中世仏教の

供養塔だそうです。下の写真は昭和50年ころの状況です「九州の石塔(多田隅豊秋

著)」。

Img_3                  

この板碑には種子(梵語)と建てた年号が彫ってあります。

Pa020262

Pa020263 Pa020267

(クリックすると拡大します)左の写真、板碑の上の方、一番大きな円の中に胎蔵界大日

如来を現すアークの種子(梵字)。その下に、右の写真の右の円の中、不動明王を現すカ

ーンの種子。左の円の中に毘沙門天を現すパイの種子。

下の二つの円に挟まれて、建久元年十一月の文字が刻まれています。

サイズは、高さ2メートル、幅1,2メートル、厚さが7,5㎝の以外と大きなものでした。


なお、ここは江戸時代、天祐寺の末寺「石坂山慈眼院」があったところと伝えられ、板碑

の横に「石坂山」と彫られた石造物が。

Pa020269 Pa020270

右が裏から見た写真ですが、多分、鳥居か何かに差し込むように作られているような感

じでした。


広場の隅っこの方にも、墓石のようなものが。

Pa020275 Pa020281

ただ、片方には、「天??五?」「奉 白???門?十五萬巻」「三月吉日」と書いてある

ので、墓石ではなく、なにか、寄進したときか何かの供養塔なのかな?フランス語で書いて

あればペラペラ読めるんですが・・・

なお、この板碑は長崎の紀年銘を持つものでは最古のものだそうです。

(参考:説明版・「諫早を歩く」「九州の石塔」)

良い季節になりました。青空にポチ。     

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2012年10月 1日 (月)

宿神(しゅくじん)★夢枕獏~困ったもんだよ、この男!

Img

ファンだから、買いましたが、困ったもんです。


以前に「新餓狼伝巻ノ二~やっと出ました」にも書きましたが、「餓狼伝」も「東天の獅子」

も「キマイラ」も完結していないんですよ。それで、これを新聞連載してたなんて。


この間も書いたとおり、「餓狼伝」から「新・餓狼伝」変わりましたが、「餓狼伝」第一巻が

出たのが、1985年、要するに「昭和」の時代、昭和60年。今は平成24年。ず~と読み

続けていますが、「俺の青春を返せよ!」って言いたい気分。


「東天の獅子」にいたっては、第四巻の最後の方で、やっと、主人公の「コンデ・コマ」こと

「前田栄世(後、光世に改名)」が登場。但し、まだ少年として。これでは、いつ終わるのや

ら・・・


夢枕獏曰く「今現在全部で十四本の小説連載を抱えている(2008年現在)」、下手した

ら、作者の寿命で十四本の未完の小説が残るかも。


まあ、「作者といえば親も同然。読者と言えば子も同然」と言う言葉もあるじゃないですか。

(あったかな)。作者が死んでしまえば、読者は孤児も同然。どうしてくれるんですか?


さて、この「宿神」、朝日新聞に連載されていたものらしいですが、うちは地方新聞しか取

ってないので、知りませんでした。「平清盛」と「佐藤義清(後に出家して西行)」が、親友

であったという設定。


え!平清盛と西行が親友????しかし、小説に書かれているように、両人とも「北面の

武士」。まあ、あり得ないことでしょうが、そこは小説。夢枕獏さんでなくては想像できない

ことでしょう。NHKTVの「平清盛」と重ね合わせて読めば、なお面白い。第三巻と第四巻は

11月発売だそうですが、これは、完結しているみたいですから安心。


作者はいつも後書きで書いています。「・・・本編を読み返して見たのだが、いやいや、本

当におもしろい」、いつも、自作を褒めるのが夢枕獏の口癖。


面白いと言えば、「神々の山領(いただき)」。これ、山岳小説としては最高の小説に属す

るでしょう。


なにせ、「そこに山があるからだ」の名言で有名な、マロリーの写真機(エベレストで遭難。

数十年後、遺骸は見つかったが、カメラは行方不明。これは、史実。)と、日本人カメラマ

ンが巡り会うところから始まり、マロリーがエベレストへ登頂したかの謎。山岳登山の醍醐

味。


「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」、楊貴妃も出てきたりして、伝奇小説として読み応えがあ

ります。


とにかく、夢枕獏は面白い。ただ、ちゃんと最後まで書いてくれると。これ以上連載は増や

さないように祈ってます。本当に困った男です。


今日は夢枕獏に、ちょっと腹がたっているので、文章がめちゃくちゃ。(いつもか


ポチしてなぐさめてね。

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