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2012年7月 6日 (金)

千々石(ちぢわ)の地名について~長崎県雲仙市千々石町

住んでいると、そんなにも不思議に思わないのですが、「千々石」と書くと「せんせんいし」

と読まれるし、「ちぢわ」と言うと「千々岩」と書かれるし、今日は「千々石」の地名について。

一般的には、「肥前国風土記」の中の「高来の郡」について書かれたところがあり、それを

根拠にしています。


「・・・土歯(ひじは)の池。俗(くにひと)、岸を言ひて比遅波(ひぢわ)と為す。郡の西北(に

しきた)のかたに在り。この池の東の海辺に、岸あり。高さ百丈(ももつゑ)余り、長さ三百

余りなり。西の海の波濤(なみ)、常に濯(あら)ひ滌(すす)く。土人(くにびと)の辞(こと

ば)に縁(より)て、号(なづ)けて土歯(ひぢわ)の池と曰ふ。池の堤、長さ六百丈、広さ五

十丈余り、高さ二丈余りなり、池の裏(うち)は、縦横と、廿町(はたまち)余りばかりなり。

潮(うしお)くれば、常に突き入る。荷(はちす)・菱、多(さは)に生ふ。秋七八月(ふみつき

はつき)に荷の根甚甘し。・・・」とあり、この「土歯(ひぢわ)」が「千々石」の名前の元になっ

たと言われています。

P7060437_2

赤で囲んだ所が、この間「ちん釣り石」の所で書いた、温泉神社ですが、多分このあたりま

で入り江がきていたのでしょう。


高くて長い岸があると書いてありますが、ここらは有名な千々石断層が走っていて、

P7060422_2

こんな感じで、高くて長い岸という事になるのでしょう。


なお、最初の写真、黄色の部分、数十年前までは蓮根を作っていました。「荷(はちす)の

根甚甘し。」ですから、「蓮(はす)の根」です。

こうして見れば、「肥前風土記」に載っている地勢等とピッタリという事になり、めでたしめで

たしなのですが・・・・


「西の海」については、「高来郡(現雲仙市)の西の海で橘(千々石)湾をいう、その波が岸

に打ちよせるのである。」と書いてあるのもあり、「南高来郡国見町(現雲仙市)付近の西

の海、有明海。」と解釈してあるのもあり、ここら辺は難しいですね。わずか数行のことで、

何百年前の事を解釈しなければならないのですから。


さて、まだ別説があり、これは伝説になりますが、千々石灘のことにつき、「明治十二年

千々石村村誌」によれば、島原半島の諏訪の池に大蛇が住んでいて、熊本県天草の鬼の

池に住んでいる大蛇と相対して、睨み合い、「然ルニ此ノ二大蛇海ヲ隔テヽ大格闘ヲナシ

海中ハ血ヲ以テ紅ヺ染メタリ 依リテ血々灘ト称シ轉ジテ千々石灘トナルト」ともあります。

まあ、こちらの方が何となく面白いですね。


しかし、この村誌にもう一つ。「又、地名の稱ハ地形産物ノ名ヲ取リテ稱スル所アリ 千々

石ハ至ル所小石多キコト眞ニ其ノ名稱ノ如シ 天然ノ山水地形ハ宛然タル千々石ノ感アリ

故ニ是ニ起因セシニアラザルカ」というもので、確かに川の拡幅工事で川を浚っていると、

石の多いこと、多いこと。どうも、これが正解ではないんですか?

(参考:千々「石町郷土誌」「千々石町誌」「風土記~秋本吉郎・校注」「肥前國風土記」)



今日のおやつ:

健診が終わったので安心して、イチゴとクリームたっぷりの白くん君を。暑いときはこれが

一番。

P7060443_2



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