千々石、今昔~写真による今と昔 その1★長崎県雲仙市千々石町
雲仙の紹介が多かったので、たまには地元の千々石のことでも。
平成4年、千々石老人クラブ連合会が、各家に眠っている写真を集めて写真集をだしました。
見ていると、時代、風景の大きな変化を感じます。「昔がよかったはずがない」という本があり
ましたが、クーラーもない、車もない、テレビもない、PCもない、冷蔵庫もない、ゲームもなか
った頃の写真と、今の風景をできるだけ同じ角度から写真に取ってみました。
皆さんの、近所も多分同じように変わって来ていると思います。写真が多いので2回ほどに分
けます(各写真クリックすると拡大します)。
下左の写真は大正12年にできた千々石橋です。橋の渡り初めは、三世代そろった家族(今
は珍しくありませんが。)が先頭を歩いたものです。このときは地元の椿山家が務めたそうで
す。
橋の後ろ側、松が生えているのが分かると思います。今は一本も残っていません。
昔は千々石道といわれる街道がありました。下の写真です、長崎まで島原の殿様が通り、伊
能忠敬、坂本龍馬、勝海舟も多分この道を通ったはずです。写真には「大正末期塩浜街道」
と書いてありますが、この塩浜街道という言葉はもう使われておりません。やはり左側の松
林、今もありますが、随分減ってきているのが分かると思います。
この道の左側に海がありますが、昭和41年「このしろ」が大量で、網で引き上げが出来ず、
渚から荷揚げしたそうです。波打ち際白く見えているのが「このしろ」です。今やこんな風景見
たことありません。海岸に堤防ができ、煮干工場が少なくなってしまいました。
海岸近くといえば以前書いた「福石様」がありますが、少子化のため子どもが遊ぶ風景も少
なくなりました。昔は「福石様」に通じる道は無かったんですね。牛を洗っているのが分かると
思いますが、牛や馬を飼う家自体もほとんどなくなりました。
これも以前紹介沁ましたが、八カ島という所で牛市をやっていました。戦時中の写真だそうで
すが、今は影も形もありません。市営住宅が並ぶばかりです。
昭和中期の写真。この道の上に墓地がありますが、お墓参りの風景。ここらあたりは、あまり
変わっていません。ちなみに、かみさんの実家の墓もこの墓地にあります。ひょっとしたら、う
ちのかみさんも写っているのかな?
明治23年から昭和29年まで使われた役場庁舎です。昭和30年に木造モルタル庁舎に建
て変わりましたが、平成3年に新庁舎ができ、旧敷地には病院ができました。病院の後に見
える建物が現在の雲仙市千々石支所になります。
何となく、写真で見ると昔が、ゆたっとした感じで・・・年かな?
(写真:千々石老人クラブ連合会・千々石町懐かしいふるさと写真集)
よかたらポッチね。
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