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2012年5月16日 (水)

山武士神社とは?~日野江城麓(南島原市北有馬町)

Photo

先日、北有馬町の知人から電話があり、日野江城(日之江城、日ノ江城、日ノ枝城の呼び

名あり)の下に観音山という所があり、そこの祠の扉の所に最近、「千々石」の文字が彫っ

てあるのが分かり、見てくれとの連絡がありお出かけ。


日野江城の下と言うより、日野江城のほんの麓、日野江城の一角とも言えるところでし

た。現在、セミナリョ跡の碑がたっていますが、そこから少しの所に上がる階段があり、山

というより、丘という所の感じ。林の中を少し抜けると、荒れ放題と思っていたのが写真の

ように、こざっぱりした所(夏は草が茂るでしょうが)。誰かがお参りしている様子も。

Photo_2

写真一番左が「山武士神社」の碑。この名前今まで聞いたことのない神社名。ネットで調

べて見ても見当たらず。「山伏」ならまだ有明町などに「山伏の墓」などあって分かるので

すが・・・何でしょう「山武士」というのは。


写真左から二番目です。

Photo_3

頭の所が作り替えてあるみたいですが、多分明治の神仏分離に伴う廃仏毀釈で首を折ら

れていたので、どなたか作り換えたのでしょう。地蔵さんの首が折られているのは、あちら

こちら目にできます。年号等の記銘はありません。


さて、ひとつ置いて、

Photo_4

こちらは、像の台座に寄進者の名前が書いてありました。大正2年。名前を知人に聞くと、

近所の方ではないかとのこと。


さて、問題は

Photo_5

観音さんですが、向かって右の扉はありませんが、左の扉に

Photo_7 

確かに、「千々石里正 宮崎九郎右衛門延髙造立」。


最初、この「里正」が分からない。多分、千々石の「小字名」ではないかと思ったのです

が、該当の字名は無し。ひょっとしたらキリシタンの洗礼名、「ジュリアン」を「寿里庵」とも

書くとことがあり、このたぐいではないのかと思ったのですが、これにも該当は無し。なお、

調べると何のことはない、辞書にちゃんと出ていました。①条里制の里の長②庄屋。村長

のこと。

千々石里正=千々石庄屋。千々石の庄屋と言えば宮崎姓。やっとここまでは分かりまし

た。


なお、「里正」については、江戸時代に使っている例もあり、面白いことに、廃藩置県にな

ったとき、島原藩の千々石村、南串山村、北串山村、小濱村を第五区とし、各村を小区と

し「初ハ此ノ小区ヲ管轄スルモノニハ里正一名副ト改メヌ・・・」と言うことで「里正」という言

葉、条例制の頃から脈々と生きていたのですね。


さて、この千々石の庄屋がこんな所になんで、いつ頃立てたのか。日野江城との関係

は?はたして、何代目の庄屋なのか?

残念ながら、この庄屋さんの子孫は地元には居ず、庄屋跡の敷地も土地ブローカーが買

い上げ宅地にして、石垣がかろうじて残って居るだけで、他はまったく分からない状況。も

ちろん、手がかりになる古文書等も残されていません。


この宮崎庄屋、町史では、「千々石村の庄屋は宮崎家で、村で由緒ある農民が選ばれ、

代々世襲であった。」と書いてありますが、千々石村村誌によると、島原の乱後、高力摂

津守忠房がその戦後経営にあたりますが、二代目の時改易。松平氏が入ってきます。こ

のとき、「・・・庄屋ハ世襲ノ慣例トナリ居タルガ初代目ハ西郷村(現雲仙市瑞穂町)宮崎孫

九郎ト云ヘル人ニシテ・・・」とありますから、根っからの千々石の人ではなさそう。瑞穂町

も調べる必要があるかも?



なお、日野江城は、慶長19年切支丹大名の有馬晴信が岡本大八事件で甲斐の国で切

腹、その後、嫡子直純が延岡城に移封、代わりに松倉氏が入城。しかし、島原城を作りそ

ちらに移りますが、このとき日野江城の石垣を使ったそうです。日野江城は幕を閉じま

す。推察するに、廃城後に祠を建てたのではないでしょうか?


さて、最初に戻り、「宮崎九郎右衛門」わざわざ遠くのこの地に、なぜ祠を作ったのか、「山

武士神社」とは何なのか?その関係やいかに。北有馬町でも「山武士神社」の由来を調

べているそうですから、それを手がかりに・・・何となく推理小説みたいで面白そう。



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コメント

こんにちは。先日コメントしましたものです。本日は、千々石の庄家の名前が我が姓と同じで、もしかして私のルーツ?と思った次第です。といっても確認の使用がございませんが。

ん~ん。
家系図とか、古文書とか、ご先祖の出身地とか分かると手がかりがつかめるのですが・・・
お母さんに一回お聞きになってはいかがですか?

ただ、庄屋さんの消息は分かっていないのが現状です。

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