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2012年4月13日 (金)

雲仙鉄道 その3~愛津駅はここだった

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今日は長崎日日新聞の記事を少し離れます。

愛野村(現雲仙市愛野町)とは、明治22年、旧愛津村と野井村が合併し愛野村となった

ものです。雲仙鉄道の線路を辿ってみると、この愛津駅から終着の愛野駅までの経路が

どうにも分からない。


買い物ついでに、確認しようとウロウロしていたら、ちょうど80年配の年寄りの方がいた

ので声を掛けたら、何となく怪訝そうな目で見られましたが、汽車道と言ったとたんに嬉し

そうに教えてもらいました。7~8才のとき廃線になり、線路処理のトロッコに乗って遊んだ

とか。


愛津駅はこの道沿いにあったと思っていたのですが、本当はこの後ろの畑の中ににあっ

たそうです。畑の中に駅の標識立てて欲しかったですね。邪魔でしょうが。

ですから車で走っている道路、正確に言えば汽車道ではないということです。

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後ろの畑の中を通り、赤で囲んだ所に自動販売機が。ここから左に曲がっていたそうで

す。

P4130137 

ただ、ここは家が建っており行き止まりになっていました。

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この道沿いに少し行くと左に入る道がありますから、そこをいくと、下の写真のような感じ。

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ここを向こうから、入ってきましたが、手前に走ると川沿いに出ます。右の建物の裏側が

川になります。

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赤で囲んだ所が、自動販売機があったところの家でしょう。回れ右をすれば川沿いの道。

多分この道が汽車道でしょう。

7_2

ここをまっすぐ行くと、国道にあたりますが、国道を横切ると短い橋が。橋を渡たると右カ

ーブ。島原方面になりますが、昔は少し道が違っていて、諫早方面から島原、小浜方面に

行く時はこの橋は使ってなかったはず。ひょうっとするとこれが鉄橋だったのかな?

写真右の方が右カーブになりますが、直線で行ければ愛野駅になります。今は、倉庫、家

などが建ってまっすぐは行けませんが。


もしかしたら、当時は家も何にもなく、汽車は愛野駅まで直進していたのかも知れません。

ここらあたり、また、しつっこく調べたいと思います。当時の地図が手に入ればすぐ分かる

のですが、探してはいるのですが出てきません。

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さっき書いた昔の道路。

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左右に橋がありますが、左の道路が、今、皆さんが使っている道路。写真手前の方向に

行くと、島原、小浜の別れ道になります。さっきの短い橋があります。


昔は、右の橋を使っていました。手前の方向に走ると島原と小浜の分かれ道。島原と小

浜へ行く車がいつも渋滞していたので左の道を新しく作ったのです。

この、古い橋今は通行止めになっています。遺構が好きな方は見物ですよ。


雲仙鉄道の跡を走ってみたいかたは、何かの参考にしてください。


さて、今日は漢方のお医者さんの所へ。いつもは満員なのに、今日は待っている患者が

奇跡的にたった一人。お医者さんと話をしていると、最近もTVで漢方の番組があり、問い

合わせがかなりあったとか。漢方は魔法じゃないんですがねと言われていましたが・・・


帰りは、ちょうど昼時になったので・・・お一人様昼食会でした。

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ご馳走様でした。おいしかったrestaurant



雲仙鉄道 その1は→こちらをクリック

雲仙鉄道 その2は→こちらをクリック


まだまだ雲仙鉄道続きますよ。線路は続くよどこまでも・・・・


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コメント

こんにちは。駅名の看板写真ばかり載せている高来です(笑)

愛野、愛津間は他のブログや県の報告書などで下調べしたつもりでしたが、やはり歩いてみないとダメみたいですね(汗) 
川沿いの道、やはり汽車道なのでしょうか?私も前回車で通った折、途中遊歩道があったりして、それらしく感じたのですが、そもそもこの区間は残っていないと思っていたので、「ほとんど残っていない」と書いちゃいました。

とにかく、畑の所からカーブするところまでははっきりしたのですが、歩いて見ると、あとは国道にでる道しかなく、その道を使った可能性はほとんどないでしょう。
見通してみて川沿いか、その横あたりを使った可能性もあります。
鉄道跡は農地に転用したという話もありました。
話を聞いたおじいさんを、もう一回追いかけて愛野駅までの線路跡を聞きたかったのですが、もういませんでした。残念!

畑の中の鉄道は国土交通省の国土変遷アーカイブ 空中写真閲覧システムで見ることができます。米軍が1947年に撮った写真です。USA-R153-43
愛津駅は畑の真ん中にあり、国道から連絡道が延びています。
ここからブログの情報が生きます。鉄道は愛野に向かって町並みに入り、反対側に出ます。雲仙農協愛の小町選果場前の写真では、右側画面外の小屋の辺りを通っていたと思われます。
町並みを抜けた鉄道は畑の真ん中を通っています。現在、跡地は畑になっています。道路として残っているのは多分、リンガーハット長崎愛野店の西側の道路でしょう。川を越えて愛野駅に向かっていたと思います。

ところで、反対方向、日吉神社に向かう線路は山の手前から築堤で高度を取っているように見えます。現在は残っていませんが、昔の人はスゴイですね。

貴重な情報ありがとうございます。調べて、また、ブログに書きたいと思います。

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