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2012年4月 2日 (月)

マイウォーキングロード~森山図書館周辺(諫早市森山町)

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森山の図書館へ本を返しに行き、ついでに、ウォーキングを。いつもお世話になっている

図書館ですが、元町長が、木造、和風にこだわり続けた方で、この図書館も出来た当初

には見学者が引きもきらずで、また、図書だけでなく、郷土の生物、植物を含め、民俗、

史跡、遺跡の情報を収集するために、学芸員まで配置していたのですが、いまはすっかり

普通の図書館になってしまいました。


木造、和風へのこだわりは徹底したもので、公民館、便所なんと消防栓の収納庫も。もち

ろん、町営(当時)住宅も木造です。おかげで地域全体が何となく落ち着いた感じの町にな

っています。

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図書館前のウォーキングロードです。いつか書いたように、ウォーキング、ジョギングする

人の足の事を考え、舗装はしていません。桜も咲いて、気持ちいいですね。

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同じ所ばかり歩くと飽きるので、ちょっと脇道にそれながら・・・・

宮中献穀米の記念碑と、すぐ近くに実際に米を作った田んぼが。

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少し行くと、立派な石垣が続いています。見事だなと思うと。「まちづくり景観資産~慶師野

の石垣通り(長崎県指定)」でした。

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ぐるりと回ると、看板があり「陣野家墓地」とあったので、この寺(六喩庵・近くの子供に

聞くと廃寺みたいな感じ。)の裏手の階段を登ってと書いてあったので。

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なんと立派な墓が・・・

森山町はご存じのように、干拓地です。看板によれば、昔、諫早藩の財政が貧弱であった

頃、干拓の先鞭をつけたのが、初代神野甚右衛門。代々、神野家は先祖の意思を受け

継ぎ、耕地の拡大に尽力をしてきたそうです。

寛文13年に(1673)万灯籠と弁財天を。宝永6年(1709)に、三代目神野与四右衛門

が、祖先の恩に報いるために、六喩庵と三重宝塔を作ったそうです。右の小さなのが、弁

財天でしょう。三重宝塔の真ん中の所にも弁財天が祀られており、何百年も前の物と思え

ないほど崩れてなく珍しい物でした。

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元の道に戻るともう田植えの準備。森山では早場米を作っているとのことで、もうすぐ田植

えでしょう。図書館に行く途中、ラグビー場(2面)がありますが、道から見えにくいので、目

立ちませんが、今日は、何校か集まって練習試合でした。高校生とはいえ、実際に見ると

迫力ありますよ。こうしてぶらぶら歩いてみれば、いろんなものがあるもんですね。

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今日も、かみさんが留守のため、桜の下で、花見弁当、花見サラダ、花見お茶を買って、

一人ゆったりと外食(本当の「そとしょく」)。


西行の和歌に

「ねがわくば 花の下にて 春しなん そのきさらぎの もちつきのころ(山家集)」というの

がありますが、私も花の下、負けずに一首作りました。

「願わくば 花の下にて 飯食わん 三十半(なか)ばの 美女とふたりで」

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今日のおやつ、今はやりの米粉を使ったクレープでした。


一番上の写真、森山町の某所です。近頃有名になり、普段車が少ないのですが、今日の

車の多いこと。良い桜ロードですよ。唐比あたりから山手の方に入る道です。後は自分で

探して下さい。



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