開高健「夏の闇」~「新潮」掲載から直筆原稿版そして司馬遼太郎追悼文
頼んでいた、開高健の直筆版が届きました。本当は、開高健記念会から出した、原稿用原
寸大をそのまま印刷したものが欲しかったのですが、700部の限定、気づいたときにはす
でに手遅れ。仕方ないので、新潮社から出版された「直筆原稿縮刷版」を買いました。
やはり、印刷とはいえそのままの字。直しも少なく、意外と読みやすく、少し丸っこい字が、
晩年の開高健を彷彿とさせます。
もちろん万年筆の字ですが、モンブラン社マイスターシュテック149番を使ったそうです。
私もある事情で買いましたが、20年ほど前6万円だったかな?ペン先も良いですね。
さて、この小説は「新潮 昭和46年10月号増大号」のために書き下ろされた小説です。
292ページのうち6~139ページを占めています。書き出しは、題があってそのまま本文
に入っています。
普及版の方は少し違って、本文にいる前に序文が入ります。昭和47年3月15日発行。
・・・・われはなんじの行為(おこない)を知る、
なんじは冷ややかにもあらず熱きにもあらず、われはむしろなんじが冷ややかならんか、
熱からんかを願う。 『黙示録』 (序文です。)
この後、昭和47年5月25日に特装版が出版されます。2500部の限定ですが、60部は
個人で買い取り検印の所に「私」と書いたそうです。多分知人の方に贈呈したのでしょう。
他の2440部は「ken」と書いてあり、自署、パラフィン紙で保護してあります。
この本フランス装丁本といって、小口が切ってありません。ペーパーナイフで切って読むも
のですが、もちろん私のも切らないままにしています。読むのは普及版で。
『・・・前作の「輝ける闇」をだしてから三年ぶりである。三部作にするつもりでその第二部と
してかいた。』・・・・『第一部の「輝ける闇」が雄ネジだとすると、これは雌ねじである。そうで
なければならないのである。そうだとしてすべてをはこんだ』・・・・・・
これを読めば、書かれなかった小説はどんな小説だったのか。雌ねじと、雄ネジだけで、
他に何か入る余地があるのか?それだけで完結しているのではないか?
さて、開高健の葬儀の際、弔辞を読んだのは司馬遼太郎です。夫人の牧洋子さんから
依頼されたみたいです。この「文學界」で10ページに及ぶ長文の弔辞です。
『大兄の病篤し、との知らせを仄かにうかがった朝、天から舞い込むようにして「文學界」所
載「珠玉」がとどき、吸い寄せられるように読みました。第58頁、なにやら輪廻のごとき思
想的述懐がのべらているくだりにいたって奇しくも訃報に接しました。』にはじまる、名文と
も言っていいでしょう。この中で、日本文学における開高健の試みを「夏の闇」を中心として
語っていますのですが、
『ここで、思い出すことがあります。
大兄に最後にあったのは一昨々年1987年12月11日・・・夜半、別れるときに、大兄は、
はにかみをこめた笑顔で「いま、小説を書こうとしている」と話しました。ただひとことでし
た。大兄と小生のあいだで、小説とか文学とかいう言葉が用いられたのはこのときただ一
回きりで、それも二秒か三秒ほどのあいだでありました。小生は不用意にも、大声で答え
ました。
「やめればいいのに」』・・・・
『「やめればいいのに」ということばについて、小生は言い足りぬまま年をすごし、今
この場に立っています。いま、それを、言い足さなければならないと思っています。』
『・・・大兄は五十代の後半になっていました。さらにいえば「夏の闇」一作を書くだけで、天
が開高健に与えた才能の返礼は十分以上ではないかと思われたのです。それほど小生
は「夏の闇」気にいっていましたし、それを越えるものを書こうとするのは無駄だろうと思っ
たのです。以上が小生が言い足りなかったことどもです。』
「輝ける闇」を書いたのが、昭和47年、42歳の時。司馬遼太郎に「いま、小説を書こうとし
ている」と言ったのが昭和62年、57歳の時。この間15年、開高健は小説の構想を練って
いたのでしょうか。
それから2年後の平成元年死去。享年58歳。できていたらどんな小説だったのか。
死者は黙して語らず、残された我々は只追想するのみか。
最後の小説は「珠玉」まさに「珠玉」のような小説です。
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