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2011年11月6日 - 2011年11月12日

2011年11月12日 (土)

正一井猿葉神社②~雲仙市千々石町

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階段の左右にお稲荷さんがあるのが分かるでしょうか。右の写真が本殿です。

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中を見ましたが、ご本尊様は扉に隠されてみえません。

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ここからは小浜方面がよく見えます。海岸沿いが小浜温泉です。

さて、本殿の横に社務所があるのですが、気になる張り紙が。

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やはり何とかの沙汰も何とかなのでしょうか。

帰りに気になる鳥居が。

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普通は家内安全なのですが、「夫婦円満」とは?

仲が良いのでもっと円満になるように、なのか、仲が悪いので良くなるようにと、願をかけ

たのか?

私の所は後者なのですが、思い切って二十万出して鳥居を建てて大きく「夫婦仲良く」と書 

いて貰おうかな。

さて、帰りがけはご注意いを来た道を戻るとすれ違いが出来ません。左の道を行くこと。

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さて、千々石から小浜に行くとき、右の方を見てください。古い鳥居があります。

昔は、こちらからも登っていったのでしょう。

鳥居の左側に円柱の低い石が分かると思います。

何かと思ったら、道案内の標柱でしたが、円柱の標識は珍しかったのでの写真に撮ってき

ました。

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「右ハ 千ゞハ」(千々石)  「左ハ ヺバマ」(小浜)   「右ハ トミツ」(富津)

と書いてあります。ちょっと面白い書き方ですね。

確かにここは左右は間違いありませんが、富津は左に少し行ったところから坂を下ったと

ころです。もしかしたら、右側から下にくだる旧道があるのかも(あったのかも)しれませ

ん。

興味のある方はきかいがあったら見てください。趣のある標柱です。

それでは、小浜温泉でごゆっくり。








2011年11月11日 (金)

正一位猿葉神社①~雲仙市千々石町

諫早から小浜に向かう途中、千々石町に猿葉神社があります。お稲荷様です。

千々石と言えば橘神社が有名ですが、猿葉神社も正月は一杯になります。

橘神社から2~3キロ行ったところにあります。大鳥居が見えます。

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狭い道ですから注意をしてください。

駐車場はかなり広いですが、確か正月は

駐車料金を取られた気がします。

古い鳥居がありますが、昔は下からこの鳥

居をくぐって登っていったのでしょう。

今は車を使いますから、通る人も無く、道も

草に覆われ歩くことが出来ません。                    


この神社はたくさんの鳥居が奉納されてい

ます。圧巻的です。嘘八百とか言いますから、

八百本とでも言っておきましょうか(冗談、冗談)。

お稲荷様ですから、商売関係の方からたくさん奉納されています。東京、広島など遠くの

方々も奉納をしています。やはりご利益ががあるのでしょう。

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歩くこと15分。ラストスパートです。

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明日、かみさんを朝早く送っていくので今日はここまで。又続く。


2011年11月10日 (木)

ターシャ・テューダ最後の言葉

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実はターシャ・テューダについてはほとんど知ってなかったのですが、公民館の図書室にこ

の本が置いてあり、中の素晴らしい写真にひかれて借りてきました。

ついでに二冊の絵本も。

Photo_3

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どちらも、テレビも、コンピューターも電灯もない時代の物語です。

「コギーヒルの一番楽しい日」はクリスマスを中心とした絵本。

「輝きの季節」は古い時代の、一年を通しての生活を描いたものです。

どちらも、ほのぼのとした絵と物語です。

ターシャーの本の写真では、花の手入れをし、果樹の実を摘み、お茶を淹れといった優雅な

生活が撮されています。

こんな生活が送れたらと思いますが、ターシャの長男が後書きに書いています。

■時に、ターシャに向かって「あなたのように生きられたらいいのに」という人がいます。で

も実際の彼女の人生~人里離れた場所に済み、文明の利器や携帯電話を持たず、買い物

の為の便利な交通手段を持たず、一日三回ヤギのミルクを搾り、家畜小屋の掃除をし、そし

てなによりも四人の子どもを育て、芸術の世界で成功するために一生懸命に仕事をし、お金

の心配をし四十代で離婚をする、などなどを考えるなら、それほど魅力的ではないでしょう。



ターシャのようなな生活を送るのは、よほど強固な精神がいるのでしょう。

便利な生活に慣れた私たちには、とうていこのような生活は送れないでしょう。

この本に、良くお茶(紅茶?ハーブ?)を淹れてる写真がありますが、昼のゆっくりした時間、

お茶を飲みながら、せめてもは、この本と絵本を読みながら、このような生活を送ってる自分

を空想することも楽しいかもしれませんよ。

またテストです

修正できているかテストです。

なお、下の女性は私のかみさんではありません。念のため。

Photo

2011年11月 9日 (水)

テストです。

書いたブログが、ブログの新着記事の所に反映されなく、写真も前日のしか反映されていな

いので今日はテストです。申し訳ありません。

Chidiwa_test

2011年11月 8日 (火)

育児日記~山田風太郎

Photo_3

山田風太郎と言えば高校時代「くノ一忍法帖」等にはお世話になりました、(「お世話」の内

容については男性の方にはお分かりになると思います)

その山田風太郎がこんな愉快な本を(日記を)書いていたとは予想外でした。

内容はは2人の子どもの育児日記ですが、はやり父性の目での日記ですが、少し書き

写したいと思います。

■子どもの顔を見たらユーゼンとして父性愛を生ずるかと思いしに、、ちっとも生ぜず、上

野博物館にある南米の土人の首を乾かし固めかためたやつみたいな顔を見ながら憮然

としている。

■もし佳織(娘さん)が死んだらどうするかと聞いたら啓子(奥さん)曰く「死んでも一週間く

らいは抱いて寝る。」それから又曰く「あなたは風呂にゆかないから死んだらすぐすぐ埋め

てしまいます」と

■夜五十嵐家で麻雀しようとしたれども佳織泣きわめきて啓子加わる能わず。従って麻

雀出来ず。大いに腹を立て牌を佳織の頭に叩きつける。

啓子曰く「三十三になって、九ヶ月の赤ん坊とケンカするのか」と。

■子どもの名、当用漢字にあって、字がきれいで、意味があって、発音が良くて、ほかに

例がなく、しかもあまりヒネリ過ぎないものとなると困惑せざるを得ない。

「知樹」(長男)とす。

さてこの子の生涯の運命やいかに。

■余と啓子(奥様)とトックミアイノ真似をしていると、佳織、人形を放り出し、「コノヤロ

メ!」と余に向かって来る。そして啓子に向かって「はやくにげな!」という。

■佳織、夕食を食べていてビワを食いたいといい出す。「もっとご飯を食べろというと、胸

をさして「ムネ(胸)まで来ているの」という。

「そんならビワももうたべられないはずだ」というと、頭をさして、「ここはまだ空いているよ」

■子供が無心に遊んでいる。それを眺めている父親の心は母親より冷淡であろうが、そ

れだけ複雑なものがある、冷淡だから複雑なのか。複雑だから冷淡なのか。

■よい学校にいれてやるのは、クレヨンを与えるに似ている。親としてはなるべくよいクレ

ヨンを数多く与えてやるのが義務であろう。しかし、それを以て人生の絵のを描くのは、つ

いに子供の天性の技量である。

■子供というものは、存在するだけで親はその報酬を受けている。

テーブルの向こうに小さな赤い顔をならべて飯を食っている風景、午後になると佳織りは

学校から、夕方になると知樹は外から「タダイマ-」と声はりあげて帰ってくる声、それだけ

で充分である。

■五十嵐家へは歩いて半里、途中、野あり森あり、先日佳織りと散歩したとき「佳織、一

人でお使いにゆけるか」ときいたら、しばらく考えて、「赤頭巾ちゃんみたいね」と、いった。

■天金にいって天ぷらを食う。子どもたち、めずらしいと見えて、良く食う。佳織り言う

「お父さん、無駄遣いじゃないの」

■知樹をだいていると、啓子「知樹の顔はお父さんより大きい」という。うっかり「この大頭

にずいぶんソシツの悪い脳みそがつまっているんだ」といったら「オレの頭のわるいのは

おまえのせいだゾ-ッ」と泣き声をあげ、死にもの狂いの声をだして怒った。悪いことをし

た。


取り上げれば切りが無いのでこのへんで止めますが、この日記は長女佳織さんの誕生か

ら中学校の1年の途中までの記録です。

山田風太郎は毎日、日記をつけているようですが、その中の子供に関する部分だけ書き

抜いて佳織さんの結婚がきまり、家を出て行くとき贈られたのがこの日記だそうです。

こんな素晴らしい結婚祝いは、世界中一とつとしてないでしょう。

佳織さんも「この日記は、かけがえのない私の宝物です。死んだら棺に入れてもらおうと決

めていました」と書いています。どんな遺産よりすばらしい遺産でしょう。

わたしも、これを読みながら日記をつけておけばと反省。


読みながら、うちの子も、あんな事、こんな事あったなと思い出すと、目がウルウルとして

きました。

子育てが終わった方も是非お読みください。愉快で、子供がいた頃の楽しかったことを思

い出しますよ。

それから、これから育児をされる方、へんな育児書を読むよりこの本のほうが役に立ちま

す。

2011年11月 7日 (月)

有家町キリシタン史跡公園②~南島原市有家町

さて、前回ご紹介したように今回は、宝篋印塔に隠された十字架からご紹介します。

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宝篋印塔の笠の部分ですが、上の方が何となく雑な作りで、後でとってつけたような感じ

がします、上に凹部がありますが、それにもしっくり合わないようで何かの事情があったの

でしょうか?

さて、この上の部分を取ると中に隠し十字架か彫ってあります。

Photo

有家近隣町の人は島原の乱で全滅と言われていたのですが、何名かは乱に加わらず残

り転びバテレンの振りをしながら祈っていたのではないでしょうか。

さて、気になるのがこの2つの石仏。

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 説明版には「この地で発見されたもので室町期のものと推定される。」と書いてあります

が、昭和56年発刊の「有家町郷土史」下記のような写真が掲載されています。

Photo_2

こちらには、石人(猿石)という説明になっています。

有家町で調査をしたところ、20数体の石人像が発見されたそうで、全国に類を見ない「猿

石(さるいし)」の類である事が判明したそうです。

昔、雲仙が信仰の対象の山でしたが、その一つ高岩山に神社が祀られ、その道々、大小

ありますが猿石がおかれていたと聴いたことがあります。猿石は有家町(深江町にも?)

独特であり、他の町村には見られないそうです。

報告書で調査委員吉田正隆氏は「一連の初期仏教関係の、特に弥勒信仰関係の石像仏

(猿石)は現時点では韓国益山弥勒寺、奈良明日香村吉備姫王陵と、有家町高岩山参道

を中心とした島原半島しか知られておらず(略)」と書いています。

史跡公園の像が「猿石」と呼ばれるものかどうか分かりませんが、興味は尽きないところ

です。


なお、島原半島のキリシタン墓地の調査は、1983年に県立有馬商業高等学校の郷土史

研究会生徒が調査をし手作りですが、資料を出しています。

Photo_3

キリシタン墓碑については、残念ながら、これ以後あまり研究がなされていないようです。

各町それぞれにはそれなりの資料はあるみたいですが、町村合併で段々と不明になって

行く事を懸念してやみません。

(参考~有家町郷土史・有家町教育委員会キリシタン史跡資料抜粋)











2011年11月 6日 (日)

この一曲~クレン・グールド/モーツァルト・ピアノソナタ第11番第1楽章

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中学校から音楽と言うより、ジャズばかり聴いていた。ジャズにあらずんば音楽にあらずと

いう毎日..。

ある日、ラジオドラマで寺山修司の作品をやっており、そのバックミュージックにモーツァル

トのピアノソナタ15番をやっていた.。気にいったので、手に入れよう思ったのだが、モーツァ

ルトのピアノソナタのレコードはたくさんあり、どれが良いのか分からなかったが、少し変わっ

た演奏家がいると言うことで写真のレコード(もちろん33回転LP)を買った。金がなかったの

で手作りのチープなスピーカーで聴いたが、レコードに針を落として、最初の曲ピアノソナタ1

1番「トルコ行進曲」第一楽章を聴いたときその遅さにびっくりし、しかしながら小林秀雄の「モ

ーツァルト」の中での「モオツァルトは目的地など定めない、歩き方が目的地を決めた。」とい

う文章が頭の中に浮かんだ。この演奏もまったくその通りのような気がした。演奏者の名前

は「グレン・グードル」とにかくこんなゆっくりしたすごい演奏は聴いたことがない。


ちなみにこの曲をバックハウスと比べると第1楽章 7分58秒対6分30秒、第2楽章 6分3

6秒対4分27秒、第3楽章が4分04秒対3分11秒、遅い方がグールド。全部1分前後の違

い、何というゆったりした演奏でしょう。(勿論、曲によっては早引きもある。早いのはすごく早

い)

あっけにとられるような演奏だったが、それからから、ジャズ青年がクラッシックも好きになっ

たのです。その時、私23歳。

そして、グールドのバッハのすばらしさ。初レコードのゴールドベルク協奏曲で有名になった

のですが、もちろん悪評もありましたが・・・

(左が最初出たデビューレコード盤 右がCD盤)

P1060185 Photo_2

彼に関しては、演奏活動を止め、録音のみにしたり、いろいろとエピソードがあり、評伝も何

冊かでて、自分も持っているが、読んでもあの演奏さえ聴ければそんなものどうでも良いよう

な気がしている。


演奏は曲は非常に限られ、私が持っている物でも、バッハ、モーツァルト以外は、R.シュト

ラウス、ベートーベン、ベルグ、ウェーベルン、クシェネック、ハイドンくらいでリストも、ショ

パン、ドビッシーなどおきまりのピアノ演奏は一曲も残していない。

レコードのデビュー曲がバッハのゴールドベルク変奏曲なら、最後の(2回目の録音)録音

も同じゴールドベルク変奏曲。

(左が最後ののレコード盤 右がCD盤)

P1060181 2

NHKでも一回興味深いドキュメントがあったが、今回映画でもあるようです。

多分長崎まではこないでしょうが・・・

1982年10月4日亡くなりましたが、あれからもう30年ですか。つい最近のような気がし

ているのですが。

あれから何か音楽に興味を無くしたみたいな気がして・・・

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